「1/7スケールフィギュアの制作を提案しました〜三面図とパッケージデザインが『完璧な監視と監禁の箱』に誤解されて私が箱詰めされました!〜」
ザハ帝国への外遊という名の『超豪華・移動式鳥籠ツアー』から帰還し、私は再び公爵邸の最上階、あの精神病棟のような真っ白な寝室へと戻ってきていた。
左手の薬指には『星屑の指輪』。
鎖骨の下には『魂の紋章』。
右手首には、ユリウス様と私を繋ぐ『呪いの赤い糸』。
そして頭上には、私の疲れ切った顔を全方位から録画する三台の『魔導カメラ』。
「……やっぱり、ここが一番落ち着くわね、リリア。君という至宝を保管するのに、この純白の聖域以上の場所はない」
「……はい。そうですね……」
私は死んだ魚のような目で頷いた。
外遊先でも一歩も馬車(結界付き)から出してもらえず、暗殺者(元同僚)は一瞬で氷の塵にされ、私のスパイとしての過去は物理的に消却され続けている。
もはや私が「実はスパイでした」と自白したところで、証拠も協力者もこの世のどこにも存在しないのだ。
(もう、謀略とか逃亡とか、そういう次元じゃないわ。いかにしてこの過酷なスキンシップ(愛の監禁生活)から意識を逸らし、自分の精神の平穏を保つか……それが私の唯一の生存戦略よ!)
私は、前世の故郷である『ニホン』の記憶を探った。
部屋から一歩も出ず、危険な刃物も使わず、ただひたすらに集中できる無害な趣味。
(そうだわ! 『ホビー(造形)』よ!)
前世の私は、休日にアニメや物語のキャラクターをデザインし、それを立体化する趣味を持っていた。
これなら、粘土とヘラさえあればベッドの上でもできる!
「あの、ユリウス様!」
「どうしたんだい? まさか、外遊の疲れを癒やすために、再びコタツの中で二十五回の愛の儀式を所望するのかな?」
「違います!! 私、工作がしたいんです!」
私は全力で身を乗り出した。
「ニホンの文化で、物語の登場人物や妖精などを、本物の『七分の一(1/7)スケール』に縮小して立体化する『フィギュア制作』という芸術があるんです! 私、それをやってみたくて!」
「……七分の一スケールの、人形作り?」
ユリウス様は不思議そうに首を傾げた。
「はい! 指先を使う繊細な作業なので、すごく集中できるんです。もちろん、危険な刃物は使いません。柔らかい魔法粘土を用意していただけませんか?」
私の必死の懇願に、ユリウス様は「君が芸術に興じたいというなら」と快諾し、王宮の錬金術師に命じて、絶対に毒性を含まない最高級の造形用魔法粘土を用意してくれた。
数十分後。
私は寝室のテーブル(※もちろん赤い糸が届く範囲)に向かい、真っ白な羊皮紙に羽根ペンを走らせていた。
「フィギュアを作るには、まず緻密な『キャラクターデザイン』の設計図が必要なのよね」
私は前世の記憶を頼りに、可愛らしい鎧を着た架空の騎士キャラクターの設計図を描き始めた。
立体化の資料として絶対に欠かせないのが、対象を『正面』『横(側面)』『背面』の三方向から正確に描いた『三面図』だ。
「よしっ、正面の装飾はこれで……横から見た時のマントの広がり方はこうして……背中のベルトの構造はこう、と」
私は久しぶりのオタク作業に没頭し、寸分の狂いもない見事な『三面図』を完成させた。
さらに、ただ人形を作るだけでなく、それを飾るための『パッケージデザイン』の構想も練り始めた。
「1/7スケールフィギュアの醍醐味は、未開封の箱のまま飾ることでもあるのよね。前面は中身が見える透明な窓にして、背景にはキャラクターの世界観を表す美しい台紙を入れて……完璧だわ!」
私は羊皮紙に、ブリスターパック(透明な箱)に収まったフィギュアの完成図を、嬉々として描き込んだ。
これでしばらくは、ユリウス様の過剰な干渉を避けて、無心で粘土をこねる有意義な時間が過ごせるはず!
そう思って、筆を置いたその時。
「……リリア。君のその素晴らしい『設計図』、見せてもらってもいいかい?」
いつの間にか私の背後に立っていたユリウス様が、低く、震える声で囁いた。
「あ、はい! これからこの図面の通りに、1/7スケールで作るんです!」
「…………ッ!!」
羊皮紙を見た瞬間、ユリウス様の氷の青い瞳が、極限まで見開かれた。
そして、ワナワナと両手で顔を覆い、天を仰いだのだ。
「お、おおおお……! なんという、なんという恐ろしくも美しい執念だ……!!」
「えっ?」
ユリウス様は羊皮紙を手に取り、私が描いた『三面図』を、まるで神の啓示でも受けたかのような狂信的な目で見つめた。
「正面、側面、そして背面。対象を三つの視点から同時に捉え、死角を完全にゼロにする構図……! 君はただの人形遊びではなく、対象の逃げ場を一切なくし、全方位から完璧に監視し尽くすための『絶対監視魔法陣(三面図)』を設計していたのだな!!」
(解釈がホラー!! 立体物を作るためのただの資料だよ!!)
「ち、違います! ただ背中のデザインを確認するために描いただけです!」
「誤魔化さなくていい。これほどまでに執拗で、対象のすべてを把握しようとする視線……。そして、極めつけはこの『箱』だ」
ユリウス様の指先が、私が描いた「透明な窓付きのフィギュアの箱」のイラストをなぞった。
「対象を、外界の汚れから完全に遮断する密閉空間。しかし前面だけは透明にくり抜き、装飾された背景の中で、対象が最も美しく見える状態のまま、永遠に自分だけの所有物として鑑賞し続ける……!」
ユリウス様の背後に、ドス黒い、しかし圧倒的な歓喜のオーラが立ち昇り始めた。
「ああ、リリア! 君もついに、愛する者を完璧な『箱庭』に閉じ込め、己の支配下に置いて鑑賞する悦びに目覚めたのだな! このパッケージデザインこそ、究極の監禁と愛の形だ!!」
(私のパッケージデザインへの情熱が、ヤンデレの『監禁美学』と完全にリンクしてしまったーーっ!!)
「ゆ、ユリウス様! 落ち着いてください! これは1/7スケールの、手のひらサイズの小さなお人形を入れる箱の話で……!」
「七分の一スケール? 冗談じゃない」
ユリウス様は私の手から羊皮紙を奪い取ると、熱を帯びた瞳で私を見下ろした。
「愛する者を閉じ込めて鑑賞するのに、縮小された偽物など必要ない。本物をそのまま、等身大(1/1スケール)で箱に収めるべきだ!!」
バチンッ!!
ユリウス様が指を鳴らした瞬間。
ゴゴゴゴゴゴッ!!
真っ白な寝室の中央の床が隆起し、凄まじい魔力の光と共に、巨大な『透明な箱』が錬成された。
「ひぃっ!?」
それは、私が羊皮紙に描いたパッケージデザインと全く同じ意匠。
ただしサイズは『等身大』。
背面には、純白の薔薇と氷の結晶が散りばめられた美しい装飾台紙がはめ込まれ、前面と側面は、絶対に破壊不可能な魔法ガラス(ブリスター)で覆われた、巨大な『人間用のフィギュアボックス』だった!
「さあ、リリア。君の素晴らしいアイデアを、君自身の手で完成させるのだ」
「えっ!? ちょ、待っ……!」
ユリウス様は私をヒョイと抱き上げると、その巨大なフィギュアボックスの中央に設置された、ベルベットの台座の上へと私を立たせた。
そして、パタン……と、前面の透明なガラス扉を閉め、魔力で完全に『ロック(未開封状態)』してしまったのだ。
「あ、開けて! ユリウス様、開けてぇぇぇっ!!」
私はガラスをバンバンと叩いたが、外には全く音が漏れていないらしく(防音仕様)、ユリウス様はボックスの外から、うっとりとした表情で私を見つめている。
「おお……素晴らしい。背景の純白の薔薇と、君の怯えた瞳のコントラスト……最高だ。正面から見た君の美しさは言うまでもないが、こうして側面から、そして背面から鑑賞する君の姿もまた、筆舌に尽くしがたい」
ユリウス様は、私の描いた『三面図』の概念を実践するかのように、巨大パッケージの周りをぐるぐると歩き回りながら、あらゆる角度から私を鑑賞(監視)し始めた。
頭上の魔導カメラ三台も、箱の周囲に配置され、私の『未開封状態』を克明に録画している。
(どうしてこうなったのーーっ!? 私はただ、粘土で小さいお人形を作りたかっただけなのに!!)
「リリア。君という至高の『プレミアム等身大フィギュア』を手に入れた今、私はもはやこの箱の前から一生動くことはできないだろう。安心しなさい。食事や排泄の時だけは、私が直接箱を開けて、手厚くメンテナンス(お世話)をしてあげるからね」
箱の外で、ユリウス様が恍惚とした表情でガラス越しに私の頬に触れる(ような仕草をする)。
無害なオタク趣味(キャラデザとフィギュア制作)をアピールしようとした結果。
『三面図』は全方位監視システムに、『パッケージデザイン』は究極の観賞用牢獄へと最悪のヤンデレ翻訳をされ。
私は文字通り、未開封の『等身大フィギュア』として、強固なプラスチック(魔法ガラス)の箱の中に完全密閉されてしまったのだ。
星屑の指輪が虚しく光る、美しくも狂気に満ちたショーケースの中。
私の二度目の人生の自由は、新品未開封のまま、ヤンデレ公爵の冷たいコレクション棚のど真ん中に、永久に飾られてしまうのだった。




