「旦那様が外交のため『外遊』することになりました〜馬車を移動式鳥籠に改造し、領土一つを白紙にしています!〜」
「獄中生活」と呼ぶにはあまりに豪奢で、しかしプライバシーという概念が物理的に存在しない――そんな公爵邸の寝室での監禁生活に、ついに転機が訪れた。
「リリア。少しばかり、大陸西方の『ザハ帝国』へ外遊に行かねばならなくなった」
ユリウス様が、私を抱きしめながら、私の首元に浮かぶ『魂の紋章』を指先で愛おしそうになぞった。
私の右手首には『呪いの赤い糸』、左手には『星屑の指輪』、頭上には『魔導カメラ』三台。
完全に、私という存在が彼の一部(所有物)として定義されている状態での、唐突な発表だった。
「が、外遊……ですか?」
私のスパイ脳が、瞬時に希望の光(=逃亡チャンス)を見出した。
遠い異国の地に行けば、今の監視体制も多少は緩むのではないか!? 現地の協力者と接触して、公爵邸のセキュリティを無効化できるかもしれない!
「そうだよ。隣国との国境問題、そして先日の『刺客(※ただのハンカチ作り)』の件で、帝国側から直接の謝罪と交渉の申し入れがあってね。王命により、私が直々に乗り込むことになった」
ユリウス様は私の頬にチュッとキスを落とし、氷の青い瞳を妖しく光らせた。
「だが安心してほしい。君をこの冷たく危険な公爵邸に残して行くような真似は、絶対にしない。君は、私と一つ(赤い糸)だ。もちろん、連れて行く」
「えっ……!?」
私の淡い期待(=置いていかれる希望)は、ものの数秒で砕け散った。
「馬車の中を、君が快適に過ごせる『移動式鳥籠』に改造させておいた。さあ、支度をしよう」
翌日、公爵邸の前に現れたのは、もはや『馬車』という枠組みを超越した、巨大な移動要塞だった。
「……あの、これは……?」
私の目の前にあるのは、六頭のペガサスが牽引する、金糸で装飾された巨大な車両だ。
しかも、走行中に外部からの干渉を受けないよう、四重の結界魔法が施され、車輪は騒音を立てない『反重力浮遊装置』付き。
そして何より――。
「君の望む『ニホン』の文献をすべて積み込み、君の好みの温度を保つ魔法も完備した。そして何より……」
ユリウス様がパチンと指を鳴らすと、馬車の屋根に設置された無数のクリスタルがカシャリと展開した。
「全方位を録画する『高性能・広域移動魔導カメラ』を六台追加した。これでもう、君が寝返りを打つ瞬間から、道端の小鳥を見る視線まで、余すことなく記録できるね」
「(馬車の中でまで撮影するのーーっ!?)」
私の二度目の人生は、もはや「どこへ行こうとも、何をしようとも、すべて記録・監視される」という、移動式のディストピアに成り下がっていた。
ザハ帝国への外遊が始まってから三日。
私は移動式の鳥籠(馬車)の中に幽閉され、窓から見える景色は、常に『ユリウス様の魔力で保護された透明シールド』越しであった。
「綺麗な山ですね、ユリウス様」
「ああ。だが、君の美しさには及ばない。……おい! あの山を背景にリリアの横顔を録画せよ!」
移動中の馬車の中でも、ユリウス様は私の膝枕で寛ぎ(※寝ながら仕事)、片手で私を撫で、もう片方の手で国政を回し続けている。
そして到着したザハ帝国の王都。
帝国側は、氷の宰相が来訪するとあって、軍隊を並べて盛大な歓迎(あるいは威嚇)を行っていた。
しかし、ユリウス様は馬車から降りるなり、周囲の騎士たちが私に視線を向けたことに気づくと、恐ろしいほどの殺気を放った。
「……貴様ら。私の妻の姿を、その不潔な眼球で汚そうというのか?」
「「ヒィッ!?」」
刹那、ユリウス様が指を鳴らすと、帝国側の警備騎士の全員が、魔法によって『強制的に目隠し』をさせられ、地面にひれ伏した。
「これだ。私のリリアを拝む資格など、この世の誰にもない」
「(外交交渉の初日に敵を作りすぎです!!)」
結局、ユリウス様は帝国での交渉中も、私を馬車(移動式鳥籠)の中から出そうとせず。
交渉のテーブルに、赤い糸で繋がれた私の椅子(特注)を無理やり設置させ、帝国側の全権大使の前で、私の膝に頭を乗せて「愛の語り合い(=監視)」を始めたのだ。
「……あ、あの、ユリウス様……大使様が困惑されています……」
「無視していい。リリア、口を開けて。この帝国名産の果物は、君の肌の色に似ていて愛らしいね」
私は帝国大使の前で、ユリウス様に果物を口移しで食べさせられるという、公開羞恥プレイを演じさせられた。
大使は「……これが噂の、氷の宰相の……」と、恐怖と困惑に引きつった笑みを浮かべるしかない。
夜。帝国が用意した豪華絢爛な客室(※ユリウス様が魔力で結界を貼り直した)。
私は赤い糸で繋がれたまま、ユリウス様に「愛の儀式(寝物語の朗読会)」を強要されていた。
その時、客室の窓の外から、真っ黒な影が忍び込んできた。
――暗殺者だ!
影は短剣を抜き放ち、ユリウス様の背後へ迫る。
(ついに来た……! 帝国のスパイか、実家の残党か……! これでユリウス様が暗殺されれば、私も……!)
私がかすかな期待を抱いた瞬間。
パチンッ。
ユリウス様は振り返りもせず、指を鳴らした。
次の瞬間、忍び寄った影は、全身を凍り付かせて床に転がった。
「……愚かな。私の妻の周囲三メートルは、私の魔力領域だ。心拍数の変化一つで、刺客の存在など丸分かりだと言っているだろう」
ユリウス様は、氷の剣で刺客の仮面を剥ぎ取った。
そこにいたのは……意外な人物だった。
「……あら、こんなところで会うなんて。久しぶりね、リリア」
それは、私の前世からの因縁である『かつての同僚スパイ』の残党だった。
「ゆ、ユリウス様! 違うんです! 私は彼らと何の関係も……!」
私が弁明しようとすると、ユリウス様はフッと笑い、私の赤い糸を手繰り寄せた。
「知っているとも。君は、彼らのことなどとうに忘れている(はずだ)。……リリア、君には関係ない。これは、君の『過去の恐怖』を私が掃除するだけの、単なるゴミ処理だ」
ユリウス様は氷の剣を振り上げ、刺客の影を文字通り『塵』へと還元した。
「これでまた一つ、君の人生から不純物が消えた。……安心していい。君の過去に関わる者は、私がすべて、世界の裏側まで追いかけて焼却処分してあげるからね」
(私のスパイとしてのキャリアと協力者が、全部殺虫剤で消されるみたいに消えていくーーっ!!)
私の二度目の人生の自由は、外遊という移動先ですらユリウス様の愛の炎によって焼き尽くされ。
私は、もはや「公爵家の所有物」であること以外の何者にもなれない、完璧なディストピア・ラブロマンスの主役として、次の帝国(次の処分場)へと移動させられることになったのだった。




