「ヨガで凝り固まった体をほぐしました〜旦那様がポーズを『秘められた誘惑の型』と誤認して寝室をプライベート・ヨガスタジオに改造しました!〜」
真っ白な壁、真っ白な天井、真っ白なシーツ――。
『ホワイトデー』に私の尊厳ごと塗りつぶされた、まるで精神病院の隔離病棟のような寝室で、私はひたすらに『コタツ』という名の魔境に沈み込んでいた。
三台の『魔導カメラ』が、私のわずかな瞬きすら見逃すまいとウィーンと羽音を立てて浮遊し、右手首の『赤い糸』はユリウス様の左手首と固く結ばれている。
この閉鎖空間で、私の唯一の運動といえば、ユリウス様に「あーん」で果物を食べさせられる際に、口を開けることぐらいだ。
「……あいたた……」
私がベッドの上で少しだけ背伸びをしようとした瞬間、背中の筋肉がビキッと悲鳴を上げた。
運動不足と、コタツの中で寝姿勢を強要されているせいで、私の体はガチガチに凝り固まっていたのだ。
「どうした、リリア? またどこかが痛むのか? 私の肩代わりが足りないのか!?」
ユリウス様が瞬時に書類を投げ捨て、青い瞳に焦燥を浮かべて駆け寄ってくる。
「いえ、そうじゃなくて……ただの運動不足です。体が凝り固まってしまって……」
「運動不足……。ならば私が、君の四肢を毎日百回ずつ曲げ伸ばししてやろう!」
「やめてください!! それは運動じゃなくて拷問です!!」
私は慌ててユリウス様を制止し、もう一つの『生存戦略』を練ることにした。
そうだ。体をほぐすなら、前世の『ニホン』で流行っていた、あの健全な健康法があるじゃない!
「ユリウス様、なら『ヨガ』をさせてください!」
「ヨガ……?」
ユリウス様は、氷の青い瞳を瞬かせた。
「はい! ヨガは、呼吸を整えて体の歪みを治し、心身の健康を保つためのニホンの(※厳密にはインド発祥だが、便宜上ニホン文化として押し通す)素晴らしい健康儀式なんです! これなら、狭いコタツの上でも、誰にも迷惑をかけずに一人で体をほぐせます!」
私は必死に、ヨガのポーズをいくつか説明した。
猫のポーズ、ダウンドッグ、コブラのポーズ……。
どれも無理なく体を伸ばし、リラックス効果がある、まさに健康のためのメソッドだ。
これなら「私は家の中で健康管理に努める無害な妻です」とアピールできるし、物理的にユリウス様の監視範囲内だから、彼も安心するに違いない!
ヨガのポーズが、ヤンデレの導火線に
私の提案を聞いた瞬間、ユリウス様はハッとしたように目を見開き、そしていつものように、信じられないほどの深読みを開始した。
「……なるほど。ヨガ、か。単なる運動ではない……! あの複雑な体勢は、自身の柔軟性をアピールすることで夫を魅了し、心拍数を操作して愛を深めるための『官能的な誘惑の舞』だったのだな!」
(ええっ!? ただのストレッチよ!?)
「よし、分かったリリア。君のその情熱的な『求愛ダンス』、夫として全力で受け取ろう。寝室の改装は、私に任せなさい」
ユリウス様がパチンと指を鳴らすと、寝室の真っ白な空間に、鏡張りの壁と、柔らかい高級ベルベットのマットが魔法で敷き詰められた。
まるで、最高級のプライベート・ヨガスタジオだ。
「さあ、リリア。その薄いドレス(前回渡された透け感のあるドレス)のままで、先ほどの『ヨガ』という名の愛の舞を見せてくれ」
……私は顔を真っ赤にしながら、マットの上に立った。
頭上の魔導カメラ三台が、私の姿を多角的なアングルで録画し始めている。
そして何より、目の前では、ユリウス様が目を輝かせてこちらを見つめている。
「では……まずは『猫のポーズ』です」
私は四つん這いになり、背中をゆっくりと丸めた。
ふふっ、これくらいなら、ただのストレッチよ。
「……っ!!」
ユリウス様が呼吸を止めた。
彼にとって、四つん這いになって背中を反らせる私の姿は、ニホン流のヨガではなく、全く別の刺激として脳に刻み込まれたらしい。
「リリア……。そんな、無防備な……! 私以外の男に見せれば、即座に連れ去られてしまうような姿を、私にだけ見せてくれるのか……!」
ユリウス様はフラフラと歩み寄り、私の背中のラインを、指先で震えながらなぞってきた。
「ゆ、ユリウス様……! 集中が……!」
「ああ、いいぞ……! 君の体が、私に誘惑のシグナルを送っている……! 続いては、どんなポーズなんだ!?」
もはや止まらない。
『ダウンドッグ』をすれば「お尻を突き出しての挑発行為だ!」と叫ばれ、『コブラのポーズ』をすれば「私の愛を求めて悶える官能的な姿だ!」と歓喜される。
私のヨガは、ことごとく『性的誘惑の型』と誤認され、そのたびにユリウス様は激しい情熱に当てられていくのだ。
一時間後。
私は完全に息が上がっていた。
運動不足の体に過酷なストレッチ、そしてユリウス様の「愛の解釈」による過剰なスキンシップ。
私は最後のアウトラインである『シャバーサナ(屍のポーズ)』をとった。
マットの上に仰向けになり、全身の力を抜いて、完全に意識を手放す最後のポーズだ。
「……ふぅ。これで、最後です……」
私は大の字になり、目を閉じた。
ユリウス様、頼むからこの時だけは静かにしていて……!
「……なんと」
ユリウス様の声が、驚きと感動に震えていた。
「このポーズ……ニホンの伝統では、『屍』を装うことで、自らの命を一度夫に預け、夫の愛によって再び生命(魂)を吹き込まれるという、究極の『復活の儀式』だったのか……!」
(違います!! ただのリラックスよ!!)
ユリウス様はゆっくりと、私の上に覆いかぶさってきた。
「君の命を預かった。ならば、その儀式通り、私の愛で君を完全に支配し、私色に染め上げて、何十回でも復活させてあげよう」
「ぎゃああああああああっ!! 違う!! ただの健康法!! 健康法ですぅぅぅっ!!」
私の絶叫も虚しく、コタツとヨガマットが敷かれた密室の中で、ユリウス様による『過剰な復活の儀式』が始まった。
カメラは、私の涙目で叫ぶ顔を、今日も克明に録画し続けている。
健康的で無害なヨガは、ユリウス様のヤンデレ解釈によって「妻を悦ばせ、服従させるためのダンス」へと魔改造され。
結局、私は今日も一歩も外に出ることなく、公爵様の愛という名の『純白のスタジオ』から抜け出せなくなってしまったのだった。




