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「厄払いの豆まきを提案しました〜旦那様が『年の数だけ愛の儀式』という悪魔のルールを捏造しました!〜」

 私が逃避のために読もうとした流行りの恋愛小説(逃亡劇)が、ユリウス様の手によって『ヤンデレ夫の監禁ハッピーエンド』へと歴史改竄(かいざん)されてから数日。


「『……ああ、君はなんて愚かで愛おしいんだ。私の指輪(GPS)から逃げられるとでも思ったのかい? さあ、私の赤い糸で永遠に縛ってあげよう』……どうだい、リリア。素晴らしいロマンス(純愛)だろう?」


「……はい。とても、勉強になります……」


 公爵邸の最上階。寝室のど真ん中に鎮座する『超特注コタツ(熱源:火の精霊王)』の中で、私は完全に死んだ魚の目をしていた。


 ユリウス様は私を片腕でしっかりと抱き込みながら、自身が改竄させた大ベストセラー小説『監禁公爵の重すぎる溺愛』を、この世で最も美しいバリトンボイスで朗読して聞かせているのだ。


 左手の『星屑の指輪』、鎖骨の『魂の紋章』、右手首の『呪いの赤い糸』、そして頭上を飛び回る『魔導カメラ』三台。


 これらの呪いの装備をフルコンプリートしている私に対する、これ以上ないほど強烈な「逃亡防止の洗脳教育(サイコホラー朗読会)」である。


(もう嫌だ……。心が、精神が削られていく……!)


 このままコタツの中でヤンデレ小説を聞き続けていれば、私の人間としての思考能力が完全に崩壊してしまう。


 どうにかして、この息の詰まるイチャイチャ(監禁)空間から意識を逸らし、健全な活動を提案しなければ!


「ゆ、ユリウス様!」


「ん? どうしたんだい? まさか、この小説のヒロインのように、私に赤い糸でぐるぐる巻きにされたくなったのかな?」


「違います!! その……もうすぐ、季節の変わり目ですよね。ニホンでは、冬の終わりに『セツブン』という神聖な厄払いの儀式を行うんです!」


 私は勢いよく身を乗り出し、ユリウス様の朗読を物理的にストップさせた。


「セツブン……? 厄払いの儀式だと?」


「はい! 『マメマキ』と言って、炒った大豆を投げて『オニ(邪鬼)』を追い払い、代わりに『フク(幸福)』を家の中に呼び込むんです。これで一年の無病息災を願う、とても大事な伝統行事なんですよ!」


 豆を投げるという物理的なアクションがあれば、コタツから出られる。


 そして何より「厄払い」という名目なら、私の周りにまとわりつくこの恐ろしいヤンデレの怨念(オーラ)も、少しは浄化されるかもしれないという淡い期待があった。


「なるほど……オニを打ち払い、フクを招く、か」


 ユリウス様は本を閉じ、氷の青い瞳をスッと細めた。


「君の心にまだ巣食っている、暗殺の恐怖や過去のトラウマ……それらを『オニ』と見立てて、物理的な魔力弾(マメ)で殲滅する戦闘儀式というわけだな。素晴らしい。君の心の闇をすべて吹き飛ばすために、私が王立魔術師団に命じて、オリハルコン製の『絶対貫通の散弾(マメ)』を錬成させよう」


(解釈が物騒すぎる!! 家の壁が蜂の巣になるわ!!)


「だ、駄目です! 本物の大豆じゃなきゃ意味がないんです! 食べ物を粗末にしてはいけませんが、豆には霊力が宿っているという言い伝えがありまして……!」


「なるほど。植物の生命力(マナ)を込めた自然魔法の一種か。ならば、東の国の幻の霊薬畑で採れた、最高級の黄金大豆を用意させよう」


 オリハルコンの散弾は阻止できたものの、結局、一粒で平民が一ヶ月暮らせるような超高級大豆が、山のように木箱に入れられて運ばれてきた。


「さて、リリア。準備は整ったが、その『オニ』というのは、誰が標的になるのだ?


庭に王国の死刑囚でも並べて、君が彼らに向かって黄金大豆を投擲(とうてき)して処刑するのか?」


「(節分が公開処刑に!?)ち、違います!! 家族でやるものです! ユリウス様が『オニ』の役をやってください!」


「……私が、オニ(標的)を?」


 私がユリウス様を指差すと、彼は少し驚いたように目を見開いた。


「はい! オニのお面を被って、私が投げる豆から逃げ回るんです。もちろん、本気で痛めつけるわけじゃなくて、ただの遊びですから……」


 私はメイドのマリーに作らせた、紙でできた可愛らしい赤鬼のお面(角が一本生えている)をユリウス様に差し出した。


 天下の宰相閣下にこんな間抜けな真似をさせれば、「ふざけるな」と怒られるかもしれない。


そうすれば、私は「無知で教養のない駄目妻」として呆れられる……という計算もあった。


 しかし。


 ユリウス様は、その赤鬼のお面をジッと見つめた後。


 ブルブルと体を震わせ、両手で顔を覆って――歓喜のあまり天を仰いだのだ。


「おおおお……神よ!!」


「えっ?」


「君が! あの常に私に遠慮していた君が! 自らの手で私を『標的』に指名し、愛の弾丸(マメ)を私にぶつけたいと望んでくれるとは!!」


(解釈がおかしい!! ストレス発散でぶつけたいわけじゃない!!)


 ユリウス様は赤鬼のお面を恭しく受け取ると、それを自らの美しい顔に被った。


 漆黒の礼服に、紙の赤鬼のお面。シュール極まりない姿だが、本人は最高に興奮している。


「さあ、リリア! この私は君の心の闇(オニ)だ! 君の長年の苦しみ、悲しみ、私に対する不満……すべてをこの大豆に乗せて、私の体に思い切り叩きつけるがいい! 私は君のすべてを、この身で受け止めよう!!」


「いや、そんな重い感情は乗せませんけど!?」


 私はドン引きしながらも、木箱から黄金大豆を一掴み手に取った。


 頭上の魔導カメラ三台が、ウィーンと最適なアングルを探してホバリングしている。


「いきますよ! ……オニはー、外っ!」

 私は手加減をして、パラパラとユリウス様の胸元に向けて大豆を投げた。


 ポスッ、ポスッ。


「……ッ!! ああ……!!」


 大豆が当たった瞬間、ユリウス様はなぜか膝から崩れ落ち、胸を押さえて甘く切ない吐息を漏らした。


「素晴らしい……! 君の体温と魔力がこもった大豆が、私の体に当たって弾けるこの感覚! まるで君の愛が、私という分厚い鎧を貫いて、直接心臓を撫で回しているようだ!! もっとだ! もっと私を打ってくれ!!」


(宰相閣下がマゾに目覚めてるーーっ!!)


 私は恐怖で顔を引きつらせた。


 ただの豆まきが、ヤンデレ特有の『妻からの攻撃=最高の愛情表現(ご褒美)』という狂気の図式に変換されてしまったのだ。


「オニはー外!!(いい加減にして!)」


 私は少しヤケクソになって、強めに豆を投げた。


 すると、ユリウス様は飛んでくる大豆を避けるどころか、自ら顔(お面の下)を前に突き出し。


 ――パクッ、パクッ!


 なんと、空中で飛んでくる大豆を、一粒残らず口で直接キャッチし始めたのだ!!


「ひぃっ!?」


「……美味い。君の手垢……いや、君の指の香りが染み込んだ大豆。これはどんな超一級品の宝石よりも価値がある。落とすなど、もったいなくてできはしない」


「犬じゃないんだから口でキャッチしないで!! 怖いです!!」


「リリア。オニへの攻撃はこれくらいで十分だ。私の心臓は君の愛(マメ)で満ち溢れそうだ」


 ユリウス様は赤鬼のお面を外し、熱を帯びた氷の青い瞳で私をじっと見つめた。


「儀式には続きがあったはずだな。……『フク』を招き入れる言葉を言いなさい」


 本来なら「福は内」と豆を部屋の中に撒くところだが、今の彼に豆を投げればまた食べられてしまう。


 私は豆を握ったまま、恐る恐る口を開いた。


「……フクはー、内……っ」


「――ああ。その言葉を待っていた」


 ユリウス様は赤い糸をグイッと引き寄せ、私を再びコタツの魔の空間(彼の胸の中)へと強引に引きずり込んだ。


「ひゃっ!?」


「『フク(私)』を、『内(君の中)』へ。……君から私を招き入れてくれるなんて、なんて従順で愛らしい妻なのだろうか」


「言葉遊びしないで!! そういう意味じゃないです!!」


 私の抗議の口は、ユリウス様の熱い唇によって完全に塞がれた。


 コタツの温もりと、彼の高い体温が混ざり合い、私の思考がドロドロに溶かされていく。


「んんっ……! はぁっ……ゆ、ユリウス様、まだ儀式は終わってません! 最後に、自分の年の数だけ豆を食べるルールが……っ!」


 私が必死に唇を離し、抵抗のための口実をひねり出した。


 そう、年の数だけ豆を食べて無病息災を願うのが、節分の最後の仕上げだ!


これなら彼も大人しく豆を食べて終わるはず……!


 しかし、その言葉を聞いたユリウス様の顔に、悪魔のように魅惑的な、そして絶望的な笑みが浮かんだ。


「なるほど……。最後に、自らの年齢の数だけ『フク(幸福の象徴)』を体内に取り込むというわけか」


「そ、そうです! だから豆を……」


「ならば、ルールはこうだ」


 ユリウス様は私の耳元に顔を寄せ、その低く響く声で囁いた。


「私は今年で二十五歳になる。君が私に与えてくれる『年の数だけのフク』……それはつまり、君と深く結びつく『愛の儀式』を、このコタツの中で二十五回行うということだな?」


「…………はい?」


 私の脳が、その言葉の意味を理解するのを全力で拒否した。


 二十五回!? 大豆の代わりに!?


「ち、違います!! 豆です! 大豆を二十五粒食べるんです!!」


「遠慮しなくていい。君の故郷の神聖な儀式だ、妥協は許されない。……安心しなさい、リリア。君の体力が尽きないように、私の治癒魔法と魔力譲渡をフル稼働させながら、朝までかけてゆっくりと『フク』を注ぎ込んであげるからね」


「ぎゃああああああああっ!! 誰か助けてぇぇぇ!!」


 私の悲痛な絶叫は、分厚いコタツ布団と防音結界によって完全に遮断され、三台の魔導カメラだけがその一部始終を容赦なく録画し続けた。


 厄払いと健康維持(コタツからの脱出)のために提案した『節分の豆まき』は。


 「夫がマゾヒズムに目覚める(豆を口キャッチ)」という怪奇現象を経て、「年の数だけベッド(コタツ)で愛される」という前代未聞の悪魔のルールへと改悪されてしまった。


 星屑の指輪が心拍数(パニック)を検知し、赤い糸が逃走を物理的に封じ、魂の紋章が私のダメージをすべて無効化する。


 私の二度目の人生の自由は、鬼(魔族)よりも恐ろしいヤンデレ公爵の愛の前に、年の数だけ徹底的に貪り尽くされてしまうのだった。


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