「人間としての尊厳を守るため雪遊びを提案しました〜旦那様が私を模した巨大な氷の女神像
私が「干物女(駄目人間)アピール」をするために要求した『コタツ』が、火の精霊王を熱源とする『絶対に抜け出せない魔の家具』として錬成されてから、数日が経過した。
「さあ、リリア。次は温かいお茶を飲もうか。熱くないように、私が口の中で適温に冷ましてから流し込んであげるからね」
「んんっ……!! むぐぅっ……(自分で飲めます!!)」
公爵邸の最上階、寝室の中央に鎮座する超特注コタツの中。
私はユリウス様の広い胸の中にすっぽりと収まり、文字通り『赤子のように』すべての世話を焼かれていた。
私が少しでも腕を動かそうとすれば、右手首の『呪いの赤い糸』がスッと引かれ、ユリウス様が「指を動かすと疲れるだろう?」と先回りして果物を剥き、お茶を飲ませ、あまつさえ口元を優しくハンカチ(※私の血染めの刺繍入り)で拭ってくれる。
(だ、駄目だ……! このままじゃ、私の人間としての尊厳が完全に失われてしまう……!!)
スパイ疑惑を晴らすために怠け者を演じた結果、ユリウス様の「君は何もしなくていい、私が骨の髄まで甘やかして生かす」という究極の依存システム(介護)が発動してしまったのだ。
頭上の魔導カメラ三台が、口移しでお茶を飲まされて涙目になっている私の顔を、今日も超ドアップで録画し続けている。
「……ゆ、ユリウス様。私、そろそろコタツから出たいです」
「ん? どうしてだい? 火の精霊王の温度調節が気に入らなかったかな?」
コタツの中から「解セヌ……」という精霊王の呻き声が聞こえた気がしたが、私は必死に首を横に振った。
「違います! その……ずっとコタツにいると、足腰が弱ってしまいますから! 少しは体を動かさないと……」
私が窓の外へ視線を向けると、そこには王都の冬の訪れを告げる『初雪』が、チラチラと舞い降りていた。
邸の中庭は、うっすらと純白の雪化粧を始めている。
(そうだわ! 雪よ!!)
「ユリウス様! お庭に雪が積もっています! 私、ニホンの冬の伝統的な遊びである『ユキダルマ』を作りたいです!」
「……ユキダルマ?」
ユリウス様が、ピクリと反応した。
「はい! 雪を丸めて大きな玉を二つ作って、重ねてお顔を作るんです。体を動かして遊べば、健康にも良いですし、何よりすごく楽しいんですよ!」
雪だるま作りなら、コタツから出られるし、無邪気な子供のように遊ぶ姿を見せれば「私は暗殺者ではありません、ただの雪遊びが好きな平民です!」という『無害アピール』の再挑戦ができる!
私の必死の訴えに、ユリウス様は氷の青い瞳をスッと細め、顎に手を当てた。
「……なるほど。ニホンの文献によれば、『ダルマ(達磨)』とは、星の海の向こうの国において、災厄を払い願いを叶える高位の守護神(仏教の祖)を意味する言葉だったはず」
「(やばい、またスケールが壮大になってる!!)」
「つまり『ユキダルマ』とは、雪を素材としてその守護神の像を創り出し、神聖な祈りを捧げる冬の宗教儀式というわけだな。君がそれほどまでに故郷の神を敬い、儀式を行いたいというのなら、夫として付き合わないわけにはいかないだろう」
ただの雪遊びが、完全に『異教の召喚儀式』に誤訳されていた。
しかし、コタツから脱出できるなら背に腹は代えられない。
私は「は、はい! その儀式です!」と力強く頷いたのだった。
数十分後。
公爵邸の中庭(※完全封鎖・騎士団による厳重警備付き)へと降り立った私は、雪の冷たさなど微塵も感じないどころか、逆に汗だくになりそうなほどの重装備をさせられていた。
「どうだい、リリア。火竜の逆鱗を編み込んだ特注の防寒コートに、雪山の魔獣イエティの毛皮で作ったブーツだ。これなら、絶対零度の吹雪の中でも君の体温は一・度たりとも下がらない」
「お、重いです……雪だるまを作る前に体力が……」
モコモコの球体のようなシルエットになった私に、ユリウス様は「ああ、雪だるまのように丸くて愛らしい……」と謎の感動を覚えている。
隣には、同じく雪遊びに駆り出された(連行された)白犬のフェンリル(ポメラニアン形態)が、ブルブルと震えながら雪を掘っていた。
「さあ、リリア。君の望む『ユキダルマ(守護神の像)』を創りたまえ。私が手伝おう」
「はい!」
私は重い防寒手袋をはめた手で、雪をギュッ、ギュッと握って小さな雪玉を作り、それを雪の積もった地面の上でゴロゴロと転がし始めた。
次第に大きくなっていく雪玉。いびつだが、なんとか胴体と頭の二つの雪玉を重ね合わせ、落ちていた小石で目と口を作り、木の枝を腕として突き刺した。
「できました! これがニホンのユキダルマです!」
私の膝丈ほどの、少し不格好で愛嬌のある雪だるま。
これを見たユリウス様は、氷の青い瞳を大きく見開き、信じられないものを見るように絶句した。
「……リリア。これが……君の故郷の神の姿なのか?」
「はい! 可愛いですよね!」
「なんという……なんという前衛的な抽象芸術だ。これが神……いや、君は私に気を遣って、あえて簡単な形で妥協してくれたのだな!」
(妥協してない!! 雪だるまってこういうものだから!!)
ユリウス様は首を横に振り、私の作った雪だるまの隣にスッと歩み出た。
「駄目だ、リリア。君の魂の故郷の神を、こんな歪な雪の塊で表現するなど、夫として許されることではない。君の信仰心を満たすためにも、私が最高の素材と魔力で『真のユキダルマ』を錬成して見せよう!!」
「えっ、真のユキダルマ?」
ユリウス様が、両腕を天に向かって高く掲げた。
その瞬間。
公爵邸の中庭の雪が、まるで意思を持ったかのように空中に舞い上がり、凄まじい青白い魔力の奔流となって渦を巻き始めたのだ!
「我が魔力よ! 愛しき妻の祈りを具現化する、至高の神像となれ!! ――『絶対氷河の創造』!!」
ゴゴゴゴゴゴッ!!
地響きと共に、舞い上がった雪と氷が一点に集束し、凄まじい速度で彫刻されていく。
数秒後、雪煙が晴れた後に現れたのは――。
「…………え?」
高さ十メートルは下らない。
透明度の高い、ダイヤモンドのように輝く巨大な『氷の彫像』だった。
しかもその彫像の姿は……ダルマでも何でもない。流れるような長い髪、憂いを帯びた美しい瞳、そして純白のドレスを身に纏った……。
「わ、私……!?」
そう、それは他でもない。
私の姿を、一寸の狂いもなく神々しく模写した、超巨大な『氷の女神像』だったのだ!!
「見よ、リリア! これぞまさに『真の守護神』だ!」
ユリウス様は巨大な私の氷像を見上げ、恍惚とした表情で両手を広げた。
「私にとって、この世界で祈りを捧げるべき神は、君ただ一人! ならば、君が望むユキダルマ(守護神)とは、君自身の姿であるべきだ! どうだ、君のまつ毛の一本一本、唇の柔らかな曲線に至るまで、私の愛と記憶のすべてを注ぎ込んで完璧に再現したぞ!」
(自己顕示欲とヤンデレのスケールが天を衝いてるーーっ!!)
中庭を警備していた騎士たちが、「おおお……公爵夫人の女神像……ありがたや……」と雪の上に平伏して祈り始めている。
ただの雪遊びが、完全に巨大新興宗教の建立イベントにすり替わってしまった。
「そ、そんな巨大な私の像を庭に置かれたら、恥ずかしくて外に出られません!! 早く壊してください!!」
「壊す!? 冗談だろう! これは私から君への愛の結晶……いわば私たちの子供のようなものだ!」
私が顔を真っ赤にして抗議していると。
突然、ギギギ……という重い音が中庭に響いた。
「え?」
見上げると、十メートルある『巨大な私の氷像』が、ゆっくりと首を動かし、私とユリウス様の方を見下ろしていたのだ。
そして、その巨大な氷の腕が、ズンッ!と地面を揺らして動き始めた。
「ひぃぃぃぃっ!? 像が動いたぁぁっ!!」
「……む?」
私が悲鳴を上げてユリウス様の背後に隠れると、ユリウス様は感心したように顎を撫でた。
「なるほど。私が像を錬成する際、君への『深すぎる愛』と『君を守りたいという強い意志』を込めすぎたせいで、ただの氷像ではなく、意思を持つ『氷の守護巨兵』として受肉してしまったらしい」
(魔力が強すぎてフィギュアが自律稼働しちゃったーーっ!!)
私の姿をした巨大氷像は、のっしのっしと地響きを立てて私たちに近づいてくる。
そして、その巨大な両腕を広げ、私に向かって……まるで愛しい我が子を抱きしめるような仕草を見せたのだ。
『……リ……リ……ア……(守ル……愛ス……)』
「ひゃああっ! 潰される!!」
氷像の体長は十メートル。あんなものにハグされたら、愛どころか物理的に圧死してしまう!
私が死の恐怖に震え上がった、その時だった。
「――そこまでだ」
絶対零度の声が、中庭の空気を切り裂いた。
ユリウス様が、私を自身の背中に完全に隠し、巨大な氷像との間に立ちはだかったのだ。
「ゆ、ユリウス様?」
「……私が創り出したとはいえ、その姿で、リリアに触れようとするなど。たとえ無機物であろうと、言語道断だ」
ユリウス様の氷の青い瞳が、ドス黒い殺意と嫉妬の炎で燃え上がっていた。
左手の『星屑の指輪』が、私が怯えて心拍数を上げているのを感知し、激しく点滅している。
「リリアに触れていいのは、宇宙でこの私ただ一人!! 私の魔力から生まれた分際で、私からリリアを奪おう(ハグしよう)とするとは……万死に値する!!」
(自分で作った自分の魔力に嫉妬して激怒してるーーっ!!)
氷像ゴーレムは、ユリウス様の殺気に首を傾げた。
彼の中には「リリアを愛し、守れ」というユリウス様の初期命令が組み込まれているため、ただ純粋に私を抱きしめようとしているだけなのだ。
『……ジャマ……ヲ……スルナ……。リリア……ヲ……ハグ……スル……』
氷像がユリウス様を巨大な手でどかそうとした、次の瞬間。
「我が妻に気安く触れるなゴミがぁぁぁぁっ!! ――『超極大・終焉の業火』!!」
ドゴォォォォォォォォォッ!!!!
ユリウス様の手から放たれた、雪をも一瞬で蒸発させる凄まじい業火の魔法が、十メートルの巨大氷像を真正面から打ち抜いた。
彼自身の最高傑作であるはずの「リリアの巨大氷像」は、断末魔の悲鳴すら上げる間もなく、一瞬にしてドロドロに融解し、ただの水蒸気となって天空へと消え去った。
「…………えぇ……」
私は、ポカンと口を開けたまま、ただ立ち尽くした。
自分で作って、自分で燃やした。
マッチポンプという言葉すら生ぬるい、完全なる狂気のワンマンショーである。
「……ふぅ。危ないところだったね、リリア。君の美しさを模したとはいえ、あんな化け物に君を触らせるわけにはいかないからね」
ユリウス様は息を吐き、何事もなかったかのように私を振り返って微笑んだ。
「さあ、外はやはり危険がいっぱいだ。雪遊びはもうこれくらいにして、安全な寝室の『コタツ』へ戻ろう。君の体が冷え切ってしまう前に、私が体温で直接温め直してあげるからね」
そう言って、ユリウス様は私をヒョイとお姫様抱っこし、有無を言わさず公爵邸の中へと引き返していった。
中庭には、私が最初に作った膝丈の「いびつな雪だるま」と、水蒸気でビショビショになった白犬だけが、ぽつんと取り残されていた。
コタツから抜け出し、健康的な干物女アピールをするための「雪だるま作戦」は。
巨大ゴーレムの暴走と、夫の自家中毒(嫉妬)による爆破という、スペクタクル巨編の末に大失敗に終わった。
魔導カメラに怯える顔を撮られながら、私は再び火の精霊王が待つ魔のコタツへと連行され。
私の二度目の人生の自由は、春の雪解けよりも早く、一瞬にして蒸発させられてしまったのだった。




