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「スパイ疑惑を晴らすため干物女になりました〜旦那様が火の精霊王を熱源にした『コタツ』を錬成しました!〜」

私の二度目の人生は、もはや逃げ場という概念が原子レベルで消滅していた。


 左手の薬指には、心拍数と位置を筒抜けにする『星屑の指輪』。


 鎖骨の下には、私が受けるダメージをすべて彼が肩代わりする『魂の紋章』。


 右手首には、ユリウス様と私を物理的に繋ぐ『呪いの赤い糸』。


 頭上には、私の怯える顔を四六時中録画し続ける『魔導カメラ』が三台。


 そして極めつけは、私が眠っている間に深層心理にダイブしてくる『睡眠時の脳内ハッキング(夢共有魔法)』である。


「……もう、嫌だ。プライバシーが息をしていない……」


 私はふかふかのベッドの上で、抜け殻のように呟いた。


 最近では、夢の中で前世の故郷(ニホン)の思い出に浸ろうとするだけで、ユリウス様が「そんな拷問器具(※満員電車)は燃やしてやる!」と乱入してきて、夢の世界を物理的に更地にしてしまうのだ。


 起きている時も、眠っている時も、ヤンデレ公爵様の愛という名の重圧がのしかかっている。


(このままじゃ、精神が持たないわ……! どうにかして、ユリウス様に「私は全く無害な存在だ」と証明して、せめて監視の目を緩めさせないと!)


 私のスパイ脳は、極限状態の中で必死に思考を回転させた。


 これまで私は、「健気な妻」や「家庭的な女」をアピールしてスパイ疑惑を晴らそうとしてきた。


しかし、それはすべて「健気すぎて怪しい(あるいは愛おしすぎる)」という激重解釈を生み、逆効果になっていた。


(だったら……逆よ!)


 私はハッと閃いた。


(「完璧な妻」を演じるから怪しまれるのよ! いっそ、何もできない『駄目人間』……つまり、前世の休日の私のような『干物女』になればいいんだわ!!)


 一日中パジャマでダラダラし、お菓子を食べてゴロゴロするだけの、自堕落で怠惰な女。


 そんなだらしのない姿を見せれば、いくらユリウス様でも「なんだ、こいつはただの怠け者か。スパイどころか、国を脅かす知能すらないな」と呆れ果てるはずだ!


 運が良ければ「こんな無能な女、妻にしておく価値もない」と、念願の『円満離婚』を切り出してくれるかもしれない!


「よし、やるしかないわ……!」


 私はベッドから飛び起き(赤い糸が届く範囲で)、隣の執務室のソファーで片手で国政を回しているユリウス様に声をかけた。


「あの、ユリウス様!」


「どうしたんだい、リリア? 何か欲しいものでもあるのか?」


「はい! 私、ニホンの冬の伝統的な魔法具である、『コ・タ・ツ』が欲しいんです!!」


「コタツ……?」


 ユリウス様は羽ペンを置き、不思議そうに首を傾げた。


「はい! 机の下に熱源があって、その上に分厚い布(お布団)を被せたものです。その中に足を入れると、全身がポカポカ温まって、一度入ったら二度と出られなくなるという、恐ろしい魔力を持った家具なんです!」


「一度入ったら、二度と出られない……」


 そのキーワードを聞いた瞬間、ユリウス様の氷の青い瞳が、キラァン!と妖しく輝いた。


「素晴らしい……! 君を閉じ込めておくのに、それほど最適な魔法具がニホンに存在していたとは! よし、今すぐ王立魔術師団と木工職人を総動員して、至高の『コタツ』を創り出そう!」


(解釈が不穏だけど、コタツを作ってくれるならよし!)


 数時間後。


 公爵邸の寝室のど真ん中に、ユリウス様が国家権力を乱用して錬成した『超・特注コタツ』が鎮座していた。


「さあ、リリア。完成したよ」


 そのコタツは、私の知っている庶民的なものとは全く違っていた。


 天板は最高級の黒檀(こくたん)の一枚板でできており、掛け布団は先日ハンカチの材料にもなった『天上の白蜘蛛のシルク』に、極上のフェンリルの冬毛(※ペットの白犬がブルブル震えながら毛を毟られていた)をたっぷり詰め込んだ、雲のようにふかふかの特注品。


 そして、肝心の熱源はというと……。


「中の熱源には、南方の火山地帯から『火の精霊王』を召喚し、絶対服従の契約を結ばせて閉じ込めておいた。これで、永遠に君の好みの温度を保ち続ける最高の暖房器具となる」


「火の精霊王をコタツのヒーターにしたーーっ!?」


 私は絶句した。


 コタツ布団をめくると、中から「解セヌ……」という精霊王の悲痛な声が聞こえてきた気がしたが、ユリウス様の氷の視線で一瞬にして静かになった。


「さあ、リリア。この『コタツ』とやらに入ってごらん」


 私は恐る恐る、その超高級コタツの中に足を入れた。


「……あ……はあぁぁ……」


 瞬間、全身を包み込むような極上の温もりが、足先から脳天へと駆け抜けた。


 火の精霊王の熱はただ温かいだけでなく、まるで温泉に浸かっているような深いリラックス効果(マイナスイオン的な魔力)を放っていた。


フェンリルの毛の布団も信じられないほど柔らかく、私の体を優しく絡め取ってくる。


(こ、これは……前世のニホンのコタツを遥かに超える、本物の『人をダメにする魔具』だわ……!)


 私は完全に骨抜きにされ、コタツの天板に上半身を突っ伏して、スライムのようにとろけてしまった。


 コタツの魔力に取り憑かれた私は、本来の目的である『干物女(駄目人間)アピール』を完璧に実行に移した。


「ユリウス様ぁ……私、もうこのコタツから一歩も出たくありません……」


「そうか。君がそこまで気に入ってくれて嬉しいよ」


「だから、今日はもうお風呂も入りませんし、着替えもしません。ずっとこのパジャマのままで、ここでゴロゴロします。……私、本当はすごくズボラで、だらしのない女なんです。ごめんなさい」


 私は髪をわざと少しボサボサにし、コタツの上のみかん(この世界に似たような果物があった)の皮を適当に剥きながら、ダラッとした態度で宣言した。


 さあ、どうだ! このだらしない姿を見て、百年の恋も冷めるがいい! そして「こんなスパイ(駄目人間)に警戒していた自分が馬鹿だった」と、監視カメラを撤去するがいい!


 私がチラリとユリウス様を見上げると。


 ――トクンッ、トクンッ!!


 私の左手の『星屑の指輪』が激しく点滅したわけではない。


 なんと、ユリウス様自身の心臓の鼓動が、部屋に響き渡るほど大きく高鳴り始めたのだ!


「…………ッ!!」


 ユリウス様は、氷の青い瞳を極限まで見開き、ワナワナと両手で顔を覆った。


 そして、その場に崩れ落ちるように両膝をついたのだ。


「ゆ、ユリウス様!?」


「おおおお……神よ!! 私は今、これまでの人生で最高の奇跡を目の当たりにしている!!」


「えっ!?」


 ユリウス様は顔を上げ、狂信者のような、ドロドロに蕩けきった瞳で私を見つめてきた。


「君が……あの、常に私に気を遣い、怯えたように完璧な妻を演じようとしていた君が!! 私の前で、これほどまでに無防備で、自堕落で、何もできない『赤子』のような姿を見せてくれるなんて!!」


(解釈が真逆ーーっ!! 呆れられるどころか大歓喜してる!!)


 ユリウス様はコタツの横ににじり寄り、私のボサボサの髪を、神の宝物でも撫でるように愛おしく梳いた。


「そうか……『コタツ』とは、妻が自らの意志を放棄し、夫にすべてを委ねて依存するための、神聖な退行の儀式だったのだな! 君はついに、私という絶対的な保護者の前で、警戒を完全に解いてくれたんだ!!」


「ち、違います!! 私はただの怠け者で、スパイとしても三流の駄目人間だってアピールを……!」


「ああ、なんて可愛いんだ! そのとろけた目、だらしない姿勢……すべてが私の独占欲を刺激してやまない!!」


 私の「干物女アピール」は、ユリウス様の中で『究極の依存宣言』へと魔改造されてしまったのだ!


「君がもう何もしたくないというなら、それでいい。君は呼吸だけしていればいい。それ以外のすべては、この私がやってあげよう」


 ユリウス様はそう言うと、自らもコタツの中にスッと潜り込んできた。


 赤い糸で繋がれた左手だけでなく、全身がコタツ布団の下で私と密着する。


 長身で鍛え上げられたユリウス様が入ってくると、広い特注コタツの中も一気に狭く感じられ、彼の冷たい香木の香りと、熱い体温が私を包み込んだ。


「ひゃっ!? ちょ、ユリウス様、近い……っ!」


「さあ、リリア。みかんが食べたいのだろう? 私が剥いてあげよう」


 ユリウス様は私の手からみかんを取り上げると、器用に皮を剥き、薄皮まで丁寧に取り除いた。


 そして、その瑞々しい果肉を、彼自身の口に含んだのだ。


「……え?」


「んっ……」


 ユリウス様は私の後頭部を引き寄せ、そのまま――強引に口づけを落とした。


 甘酸っぱいみかんの果汁が、ユリウス様の舌と一緒に、私の口の中へと押し込まれてくる。


「んんっ!? むぐっ……!」


「……どうだい、リリア。甘くて美味しいだろう? 君は指一本動かす必要はない。私が噛み砕いて、君の喉の奥まで流し込んであげるからね」


(小鳥の餌付け!! というか完全に事案!!)


 私は顔を真っ赤にしてパニックになり、ユリウス様の胸をバシバシと叩いた。


「だ、駄目です! 自分で食べられますから! 咀嚼くらい自分でできます!!」


「遠慮しないで。君は『何もしたくない』と言ったじゃないか。着替えも、お風呂も、すべて私がやってあげる。君が立ち上がれなくなるくらい、このコタツの中で私が骨の髄まで甘やかして、完全に私なしでは生きていけない体に作り変えてあげるからね」


 耳元で囁かれる、甘く、そして背筋が凍るほど重たい『究極の介護(依存)宣言』。


 頭上の魔導カメラ三台が、激しくシャッターを切りながら、コタツの中のディープキス(餌付け)を全方位から録画している。


 コタツの隅では、白犬(フェンリル)が「俺は見なかったことにする」とばかりに丸くなって震えていた。


「あ、あああ……」


 スパイの疑いを晴らすために干物女になろうとした結果。


 私はユリウス様に「何もできない赤子」として認定され、食事の咀嚼すら奪われる『究極の依存生活』へと自ら足を踏み入れてしまった。


 星屑の指輪と、赤い糸。


 そして、火の精霊王をヒーターにした、絶対に出られない『魔のコタツ』。


 私の二度目の人生の自由は、みかんの甘酸っぱい果汁と共に、ヤンデレ公爵様の重すぎる愛の海へと完全に溶けてなくなってしまったのだった。

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