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「夢の中までストーキングされました〜旦那様が満員電車を拷問器具と勘違いして破壊しています!〜」

 私が「癒やし」を求めてペット(犬や猫)をおねだりした結果、ユリウス様が魔境から伝説の神獣(フェンリル)を拉致し、魔法でポメラニアンサイズに圧縮錬成した前回の騒動。


 さらに「犬を撫でるなら私を撫でろ」というヤンデレ公爵の理不尽な嫉妬により、私は『夫の頭を延々と撫で続ける』という新たな労働(愛の儀式)を科せられることになった。


「……ふぅ。これで、何時間目かしら……」


 公爵邸の最上階、逃げ場のない寝室。


 私はベッドの背もたれに寄りかかり、自身の太ももの上にユリウス様の頭を乗せ(膝枕)、右手の指で彼の漆黒の髪を梳き続けていた。


 右手首には、ユリウス様の左手首と繋がった『呪いの赤い糸』。左手の薬指には『星屑の指輪』。頭上には三台の『魔導カメラ』がウィーンと羽音を立てて浮遊している。


「……んっ……ああ、素晴らしい……。君の指先から、愛が私の脳髄を直接溶かしていくようだ……」


 ユリウス様は目を閉じ、完全に無防備な顔で恍惚とした吐息を漏らしている。


 ベッドの足元では、元・神獣の白犬(ポメラニアン形態)が、前足に顎を乗せ、『クゥン……(主よ、俺の命を救うためにすまない……)』と、私に対して同情と連帯感に満ちた熱い視線を送ってきていた。


(腕が限界……。でも、ここで撫でるのをやめたら、また白犬さんが氷漬けにされちゃう……)


 私はコクリ、コクリと舟を漕ぎ始めていた。


 連日の軟禁生活による精神的疲労と、この単調な撫でる作業。


そして、ユリウス様の体温が膝からじんわりと伝わってくる心地よさ。


 限界に達していた私の意識は、ゆっくりと、深い深い眠りの底へと沈んでいった。


「……リリア?」


 私が規則正しい寝息を立て始めたことに気づき、ユリウス様がそっと目を開けた。


 彼は私の膝から頭を退け、眠りに落ちた私の体を優しく抱き上げ、ベッドの中央へと横たわらせた。


「疲労させてしまったね。すまない、私が君の温もりに甘えすぎてしまったようだ」


 ユリウス様は私の額にキスを落とし、愛おしそうに私の寝顔を見つめた。


 しかし、その直後。彼の氷の青い瞳に、暗く、重たい執着の光が宿った。


「君が眠っている間、君の意識はどこへ行くのだろうか。……以前、君はニホンの『オマツリ』を懐かしがっていた。もしかして、夢の中で、私には手の届かないあの故郷へ帰ってしまっているのではないか?」


 ユリウス様は、私の左手を取り、星屑の指輪に自身の唇を当てた。


「許さない。たとえ夢の中であろうと、君の魂が私の視界から消えることなど。……私は、君の無意識(すべて)をこの手で守り抜く」


 ユリウス様が低く恐ろしい呪文を詠唱すると、彼の魔力が青白い光となって、眠る私の額へとスゥッと吸い込まれていった。


(……ん? ここは……)


 私は、ガタン、ゴトン、という規則正しい揺れと音で目を覚ました。


 ふと周囲を見渡すと、私は見覚えのある『鉄の箱』の中に立っていた。


 蛍光灯の白い光、窓の外を流れる灰色のビル群、そして、周囲をぎっしりと埋め尽くす、疲れた顔のスーツ姿の男性たち。


「あ……これ、満員電車だ……」


 そう、そこは前世の私が毎日乗っていた、ニホンの通勤電車の中だったのだ。


 どうやら私は、夢を見ているらしい。


 あの息が詰まる公爵邸の鳥籠から解放されて、深層心理が懐かしい故郷の光景を見せているのだ。


「ああ、なんだかすごく落ち着く……」


 周囲のおじさんたちの整髪料の匂いや、身動きが取れないほどのすし詰め状態。


 普通なら不快に感じるはずの満員電車だが、今の私にとっては『ユリウス様の殺気とヤンデレオーラが一切ない、平和で無害な空間』だった。誰も私の心拍数を監視していないし、誰も私を物理的に縛り付けていない!


(夢の中でくらい、普通の平民としての生活を満喫しようっと!)


 私が吊り革に掴まり、ガタンゴトンという揺れに身を任せてニコニコしていると。


 ――ピキィィィィィィンッ!!!!


 突然、電車の天井から、耳を劈(つんざ)くような凄まじい氷の破砕音が響き渡った。


「えっ!?」


 次の瞬間、バリィィィィッ!!という轟音と共に、電車の天井の鉄板が、まるで紙屑のようにひしげ、宇宙船のハッチが開くように『上空へと吹き飛んだ』のだ!


「きゃあああっ!?」


「な、なんだ!?」


「テロか!?」


 周囲のサラリーマンたち(夢の中のモブ)がパニックになって叫ぶ中。


 天井を失い、青空が剥き出しになった電車の上空に――。


 漆黒の礼服の裾を風に翻し、背中に巨大な氷の翼を生やした、あの冷酷無比な魔王(ユリウス様)が、般若のような形相で降臨したのだ。


『見つけたぞ、リリアァァァァッ!!』


「ゆ、ユリウス様ぁぁぁっ!?」


 私は夢の中で絶叫した。


 なぜ!? なぜ私の夢の中に、旦那様が侵入してきてるの!?


(わ、わかったわ! これは『自白剤』の最上級版……対象の夢の中に直接ダイブして、深層心理に隠された国家機密(スパイの情報)を読み取る『精神尋問魔法』なんだわ!!)


 私のスパイ脳が、瞬時に最悪の警報を鳴らした。


 恐ろしい! ついに起きている時の監視だけでは飽き足らず、私の脳内(夢)にまでストーキングして、黒幕の情報を探ろうとしている!!


『おおお……なんというおぞましい地獄だ!!』


 上空から電車の中を見下ろしたユリウス様は、氷の青い瞳を極限まで見開き、血の涙でも流さんばかりにワナワナと体を震わせた。


『狭い鉄の箱の中に、人間をすし詰めに閉じ込め、ガタガタと揺らして精神を崩壊させる……! ニホンの文献にあった「テツの箱(ジドウシャ)」とは、このような非人道的な拷問器具のことだったのか!!』


(解釈が違う!! ただの公共交通機関です!!)


 ユリウス様のヤンデレフィルターは、満員電車を『罪人を閉じ込めて苦しめる地獄の拷問箱』だと完全に誤認していた。


『しかも……あろうことか、私の愛しい天使(リリア)の柔らかな体に、どこの馬の骨とも知れない薄汚い男どもが、密着しているではないか!!』


 ユリウス様の視線が、満員電車の構造上、私と肩がぶつかっている周囲のサラリーマンたちを捉えた。


『許さん……!! 私の妻の肌に触れるなど、神への冒涜だ!! 貴様ら全員、微塵切りにして異次元の彼方へ消し去ってやる!!』


「やめてぇぇぇっ!! ただのおじさんたちだから!! 通勤してるだけだから!!」


 私が全力で叫ぶ間もなく、ユリウス様は空中で右手を振り下ろした。


 ――『絶対零度の粛清剣(アイシクル・パニッシャー)』!!


 ズバァァァァンッ!!


 無数の巨大な氷の剣が雨のように降り注ぎ、夢の中のサラリーマンたち(幻影)が、次々と氷の彫像へと変えられ、パリンッ!と砕け散っていく。


「ひぃぃぃぃっ!!」


「痴漢はしてません! 冤罪ですぅぅぅ!」


「俺にはローンがぁぁぁ!!」


 夢の中のモブたちの悲鳴が響き渡る中、ユリウス様は氷の翼を羽ばたかせて急降下し、電車の床にへたり込んでいる私をガシッと抱きかかえた。


『リリア! 助けに来たぞ! もう大丈夫だ!!』


「だ、旦那様! どうして私の夢に!?」


『私が君の心に直接アクセスする『夢共有魔法』を使ったのだ! 君が眠りながら魘(うな)されているような気がして、飛び込んでみれば……こんな凄惨な拷問にかけられていたとは! やはりあの男爵家め、君の深層心理にまで呪い(トラウマ)を植え付けていたか!!』


(私が怯えていたのは、満員電車じゃなくて、今あなたの魔法で周囲のおじさんが砕け散ったからです!!)


 私の深層心理は、自らの手によって地獄絵図へと書き換えられていた。


『これ以上、この忌まわしい鉄の箱を野放しにはしておけない。君の魂を縛る過去の亡霊(ニホン)は、私の手で完全に破壊する!!』


「えっ?」


 ユリウス様は私をお姫様抱っこしたまま、電車の屋根の上(空っぽ)へと舞い上がった。


 そして、眼下を走る通勤電車――いや、夢の中に広がる『東京の街並み』全体を見下ろし、両手に恐ろしいほどの魔力を集束させ始めた。


『我が妻の心を蝕む、狭き拷問の街よ。私の愛の炎で、すべて浄化されよ!』


「ま、待ってください!! 街を燃やさないで! そこには私の思い出のコンビニが!!」


『――『終焉の業火(メテオ・ストライク)』!!』


 ゴォォォォォォォォォッ!!!!


 夢の空が真っ赤に染まり、巨大な隕石(炎の塊)が、新宿の高層ビル群に向かって容赦なく降り注いだ。


「ぎゃああああああああっ!! 私の故郷(の記憶)がぁぁぁぁっ!!」


 私は絶望のあまり、ユリウス様の腕の中で白目を剥き、意識(夢の中の意識)を完全に手放した。


「ハッ……!!」


 私はビクンッ!!と体を大きく跳ねさせて、現実のベッドの上で目を覚ました。


 ガバッと上半身を起こすと、全身が嫌な汗でぐっしょりと濡れている。


「リリア! 気づいたか!」


 隣には、私を心底心配そうな顔で見つめる、現実のユリウス様がいた。


 彼の大きな手が、私の汗ばんだ額を優しく拭ってくれる。


「ゆ、ユリウス、様……。夢、でしたか……」


「ああ、夢だ。だが、私は君の夢の中で起きた凄惨な光景を、すべてこの目で確認した」


 ユリウス様はギリッと奥歯を噛み締め、私を壊れんばかりの力で抱きしめた。


「すまない、リリア。君の心の中に、あんな恐ろしい拷問器具(満員電車)の記憶が残っていたなんて……。見ず知らずの男たちに押し潰され、狭い箱に閉じ込められる恐怖。それを私は『故郷への未練』などと勘違いしていた」


「ち、違います、あれは普通に生活の足で……」


「無理をして庇わなくていい! もう大丈夫だ、君の心の中に巣食っていたあの鉄の箱と、不潔な男どもの幻影は、私が夢の中で完全に焼き払った。これからは、あんな悪夢を見ることは二度とないからね」


(私の故郷の思い出が、物理的に焼却処分(トラウマ化)されたーーっ!!)


 私は絶望で声も出なかった。


 スパイの深層心理(情報)を抜かれると怯えていたら、まさかの『故郷の記憶ごとディストピア認定されて焼き払われる』という、斜め上の暴力を受けてしまった。


「だが、一度ああいう悪夢を見た以上、君の魂はまだ不安定だ」


 ユリウス様は私の右手の赤い糸にキスを落とし、氷の青い瞳を妖しく光らせた。


「これからは、君が眠るたびに、必ず私が『夢共有魔法』を使って君の心の中にダイブしよう。君の夢の中に、少しでも私以外の男や、君を不安にさせる景色が現れたら……その都度、私が夢の世界ごと破壊して、美しい花園(私との愛の世界)に書き換えてあげるからね」


(夢の中まで二十四時間ストーキング宣言が出たーーっ!!)


「ひっ……! い、いりません! 私は一人で寝られます!!」


「遠慮しないで。現実でも、夢の中でも、君の視界のすべてを私で満たしてあげることが、夫としての最大の愛情表現なのだから」


 ユリウス様は私の抵抗を甘い口づけで塞ぎ、私を再びベッドの奥深くへと引きずり込んだ。


 現実世界では、星屑の指輪、呪いの赤い糸、魂の紋章、そして魔導カメラの四重監視。


 それに加え、ついに『睡眠時の脳内ハッキング(夢共有魔法)』という、究極の精神的束縛システムが実装されてしまった。


 私の二度目の人生は、もはや起きている時も眠っている時も、ヤンデレ公爵様の愛という名の炎に包まれ、一片の逃げ場すらも残されていないのだった。


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