「癒やしを求めてペットをおねだりしました〜旦那様が伝説の神獣(フェンリル)をポメラニアンに圧縮錬成しました!〜」
私の二度目の人生の装備画面は、もはや「呪いのアイテム博覧会」と化していた。
左手の薬指には、私の心拍数と位置情報をユリウス様に筒抜けにする『星屑の指輪』。
鎖骨の下には、私が受けるダメージをすべてユリウス様が肩代わりする『魂の紋章』。
右手首には、ユリウス様と私を物理的に二メートル以内の距離に縛り付ける『呪いの赤い糸』。
頭上には、私の怯える顔を二十四時間高画質で録画し続ける『魔導カメラ』が三台。
そして極めつけは、ユリウス様の漆黒の礼服の胸ポケットに、大事そうに折りたたんで入れられている『血染めの未完成ハンカチ(※前回の刺繍の事故)』である。
どう見ても猟奇的殺人事件の証拠品にしか見えないのに、本人は「これぞ究極の血の契約だ」と狂喜乱舞し、肌身離さず持ち歩いているのだ。
「……はあ」
私はふかふかのベッドの上で、赤い糸の限界距離(二メートル)の端っこに座りながら、深く、ひどく重い溜息をついた。
(息が詰まる……。もう、精神的な疲労が限界だわ……)
ユリウス様は私のことを「星の海を渡ってきた無垢な天使」と激重解釈し、私に一歩も歩かせず、一切の苦痛を与えないよう、完璧な過保護(という名の軟禁)を敷いている。
しかし、四六時中あの美しい顔で狂気じみた愛のオーラを向けられ、少しでも心拍数が上がれば(指輪が光れば)「誰が君を脅かした!? そいつを物理的に消し去ろう!」と大騒ぎされる毎日は、私にとって拷問以外の何者でもなかった。
(癒やしが欲しい……。前世のニホンにいた頃のような、見返りを求めない純粋な『癒やし』が……!)
私は無意識のうちに、ポツリと呟いていた。
「……モフモフした、可愛いペットが飼いたいなぁ。猫さんとか、犬さんとか……」
「――ペット、だと?」
ピクッ!と、私の呟きに反応して、書類仕事をしていたユリウス様が顔を上げた。
その瞬間、頭上の魔導カメラ三台が、ウィーン……と音を立てて私にズームインしてくる。
「あ、いえ! 独り言です!」
「リリア。君の口から『私以外のもの』を求める言葉が出るとはね。その『ペット』というのは、ニホンの文献にあった、愛玩用の小動物のことかい?」
ユリウス様の氷の青い瞳が、スッと細められた。
彼の背後に、ドス黒い嫉妬のオーラが立ち昇り始めている。
(やばい! 「私以外のものに癒やしを求めるのか!」ってヤンデレスイッチが入るパターンだわ!)
「ち、違います! ただ少し、フワフワしたものに触れたら、心が落ち着くかなって思っただけで……ユリウス様がいれば私は十分幸せですから!」
「……フワフワしたものに触れて、心を落ち着かせる、か」
ユリウス様は顎に手を当てて、何かを考え込むように目を閉じた。
そして、数秒後。カッ!と目を見開くと、狂信的な光を瞳に宿して立ち上がった。
「なるほど! 君は『星の海を渡ってきた天使』だ。そんな高次元の存在である君が、私という俗物にすべてを奉仕されるだけでは、心の均衡が保てないのも無理はない! 君には、君の慈愛を注ぐための『無力な対象』が必要だったのだな!」
(解釈が斜め上をいってる!! 私はただ犬とか猫をモフモフしたいだけなのに!!)
「よし、分かったぞリリア。君が望むなら、この世界で最も君の慈愛を受けるに相応しい、最高の『フワフワ』を用意してあげよう」
「えっ、あの、その辺の街角にいる子猫とかでいいんですけど……」
「それでは君の格に合わない。――行くぞ、リリア」
ユリウス様が左手をパチンと鳴らした瞬間。
私たちの足元に、巨大な青白い転移の魔法陣が展開された。
「ひゃっ!?」
「赤い糸が繋がっているから、君も一緒に転移できる。さあ、私にしっかりとしがみついているんだよ」
「えええええっ!? どこに行くんですかぁぁっ!!」
私の悲鳴は、魔法陣の眩い光に飲み込まれ、一瞬にして公爵邸の寝室から消え去った。
――ヒュゴォォォォォォォォッ!!
「……っ! さ、寒い……!」
視界が晴れた瞬間、私を襲ったのは、肌を刺すような極寒の吹雪だった。
足元は深く積もった雪。周囲には、天を衝くほど巨大な針葉樹が立ち並び、空はどんよりとした鉛色に覆われている。
間違いなく、王都ではない。
「ここは、大陸最北端の『死の魔境』だ。君の肌が冷えないように結界を張ったが、少しは寒さが和らいだかい?」
ユリウス様が私の腰を抱き寄せ、ポンッと魔力のドームを展開してくれたおかげで、吹雪の冷気はピタリと止んだ。
しかし、私の心臓は別の理由で凍りつきそうになっていた。
(し、死の魔境!? なんでペットを探しにSランクダンジョンの最深部みたいなところに来てるの!?)
「ユリウス様! 帰りましょう! こんなところに可愛い犬さんや猫さんがいるはずありません!」
「案ずるな。ここに、世界で最も毛並みが美しいとされる『神獣』が眠っているという伝承がある。そいつを君のペットにしてやろう」
「神獣をペットにしないで!! 生態系が!!」
私が全力で止める間もなく。
ズシンッ……!!と、大地を揺るがすような重い足音が響いた。
吹雪の奥から現れたのは――見上げるほど巨大な、山のような体躯を持つ、白銀の『超巨大狼』だった。
『グルルルルルル……!! 我が聖域を侵す愚かな人間どもめ。その命、我の牙で――』
空気を震わせるような恐ろしい念話が、直接脳内に響いてくる。
蒼い炎のような瞳、家一軒ほどもある巨大な口。伝説に語られる、神すらも喰らうとされる魔狼『フェンリル』だ!
「ひぃぃぃぃぃぃっ!! 食べられるぅぅっ!!」
「リリア、目を瞑っていなさい。あんな下等生物の醜い姿、君の美しい瞳に映す価値もない」
ユリウス様は私を片手で背後に庇い、もう片方の手を、その巨大な魔狼へとスッと向けた。
「我が妻が、貴様の『毛皮』を所望している。大人しくペットになるか、ここで氷の彫像となって永遠に砕け散るか、選べ」
『フハハハハ! 狂ったか人間! 我は誇り高き神獣フェン――』
「――『絶対零度の檻』、からの、『極限圧縮錬成』」
ユリウス様が、恐ろしいほどの無表情で魔法の詠唱(二重詠唱)を完了させた。
その瞬間。
『ギャウンッッッ!?』
魔狼の巨大な体が、青白い氷の立方体に一瞬で閉じ込められ、そのまま――ギュルルルルルッ!!というすさまじい音と共に、みるみるうちに小さく『圧縮』されていったのだ!
「えっ……えええええっ!?」
山ほどもあった巨大な狼が、ものの数秒で、私の膝丈ほどのサイズにまで縮んでしまった。
氷の檻がパリンッと割れると、そこから転がり出てきたのは……。
「キャン、キャンッ!」
真っ白で、フワフワで、丸っこい。
前世のニホンで見たことのある『ポメラニアン』と『サモエド』を足して二で割ったような、超絶可愛い小型犬サイズの毛玉だった。
「……終わった。さあ、帰ろうかリリア」
「神獣を物理圧縮してポメラニアンにしたーーっ!?」
私はあんぐりと口を開けたまま、ユリウス様に抱きかかえられ、再び転移の魔法陣の中へと放り込まれた。
数秒後。
私たちは、公爵邸の温かく安全な寝室へと帰還していた。
ベッドの足元には、先ほどの巨大な魔狼フェンリル……の成れの果てである、フワフワの白犬(ポメラニアン形態)が、ブルブルと震えながら丸まっていた。
「さあ、リリア。君の望んだ『フワフワのペット』だ。牙も爪も魔力もすべて封印し、愛玩動物のサイズに完全固定しておいた。これなら君を傷つけることは絶対にない」
ユリウス様は満足げに腕を組んで、白犬を見下ろした。
白犬は、ユリウス様の氷の視線を浴びて「ヒィン……ッ」と情けない声を出し、前足で顔を覆ってガタガタと震えている。
(……可哀想すぎる! 神獣としての誇りを完全に粉砕されてるじゃない!!)
私は居ても立っても居られず、ベッドから降りて(赤い糸がギリギリ届く範囲で)、白犬の前にしゃがみ込んだ。
「よしよし、怖かったね。ごめんね、いきなり拉致してきちゃって……」
私がそっと手を伸ばし、白犬の頭を撫でる。
その瞬間。
――モッフゥゥゥン……。
「……っ!! な、なんて柔らかいの……!!」
私の手が、まるで高級な絹の雲の中に吸い込まれるような、極上の『フワフワ感』に包み込まれたのだ!
さすがは世界一の毛並みとされる神獣。前世で触ったどの動物よりも、圧倒的に柔らかく、温かく、そして良い匂い(お日様のような匂い)がする!
『クゥン……』
フェンリルは非常に知能が高かった。
この部屋で自分が生き残るためには、あの魔王の最愛の存在であるこの少女に媚びを売るしかないと、瞬時に理解したのだ。
白犬は私のお腹にコロンと仰向けになり、短い前足をパタパタとさせて「撫でて!」とアピールをしてきた。
「ああああっ、可愛いっ!! 天使!!」
連日の極限のストレスと恐怖で疲弊しきっていた私の心に、神獣のモフモフがダイレクトに染み渡っていく。
ドーパミンがドバドバと分泌され、私は夢中で白犬のお腹をワシャワシャと撫で回した。
「すごい! 肉球がぷにぷにしてる! はあぁ……癒やされるぅ……っ!」
――トクンッ、トクンッ、トクンッ!!
その時だった。
私が嬉しさのあまり心臓をバクバクさせたことで、左手の『星屑の指輪』が、激しい青色のフラッシュを放ち始めたのだ。
私の喜び(心拍数の上昇)が、指輪を通じて、直接ユリウス様の脳内に叩き込まれた。
「…………ッ」
ピタリ、と。
寝室の空気が、一瞬にして氷点下まで下がった。
私がハッとして振り返ると、そこには、血走った目で私と白犬を見下ろす、修羅のような顔をしたユリウス様が立っていた。
「ゆ、ユリウス様……?」
「……リリア。君の心拍数が、跳ね上がっているね」
地獄の底から響くような声だった。
「私の腕の中にいる時よりも……私と口づけを交わす時よりも……! その毛玉(畜生)に触れている時の方が、君は喜びを感じて、心臓を高鳴らせているというのか!?」
(嫉妬のスケールが犬相手に向いたーーっ!!)
ユリウス様の背後に、再び『絶対零度の処刑剣』が数十本、恐ろしい冷気を放ちながら出現した。
白犬は「ギャンッ!?」と悲鳴を上げ、私の背後に猛スピードで隠れた。
「許さん……。私が君を癒やすために連れてきたペットが、あろうことか私から君の愛を奪い取るとは! 寄生虫め、やはり神獣などという生意気な生物は、細胞一つ残さず消し去らなければ!!」
「や、やめてくださいユリウス様!!」
私は白犬を両腕で抱きかかえ(モフモフの極みだった)、ユリウス様の前に立ちはだかった。
「この子は何も悪くありません! 私が勝手にモフモフして興奮しただけです! 犬さんに嫉妬しないでください!!」
「犬さんだと!? 君がそんな愛称で呼ぶのはこの私だけでいい!! どきなさいリリア、そいつは君に精神支配の魔法をかけているんだ!」
「かけてません! ただのスキンシップです! ニホンでは、可愛いものを撫でて癒やされるのは普通のことなんです!!」
私が涙目で叫び、魔導カメラがその悲痛な表情を超ドアップで撮影した瞬間。
「……スキンシップ」
ユリウス様はピタリと魔法の剣を止め、何かを閃いたような顔をした。
そして、スゥッと深呼吸をして怒りを沈めると、おもむろに自分の漆黒の礼服のボタンを外し始めた。
「だ、旦那様?」
「そうか。君は、『撫でる』という行為によって癒やしを得るのだね。……ならば、何もその犬にこだわる必要はないだろう」
ユリウス様はソファーにどっかりと座ると、自身の長い足をポンポンと叩いた。
「さあ、リリア。こっちへおいで」
「えっ?」
「その犬の毛並みよりも、私の髪の方がずっと滑らかで手触りがいいはずだ。君の気が済むまで、いや、君の腕が疲れて動けなくなるまで、私を『モフモフ』していいよ。さあ、遠慮せずに私をペットのように可愛がってくれ」
(宰相閣下が自分からペット枠に立候補してきたーーっ!!)
私は白目を剥きそうになった。
ユリウス様のその提案は、「もし私を撫でないなら、その犬を今すぐ氷漬けにするぞ」という完璧な脅迫(物理)を伴っていた。
背後に隠れる白犬が、「頼む、俺の命を救うためにアイツを撫でてやってくれ」という切実な目で私を見上げている。
「……わ、わかりました……」
私は涙をこぼしながら、白犬をそっと床に下ろし、ユリウス様のもとへと歩み寄った。
そして、彼の隣に座り、恐る恐る彼の漆黒の髪に指を入れた。
「……んっ……ああ……」
私が髪を撫でた瞬間、ユリウス様は目を閉じ、まるで猫のように喉を鳴らして(本当にゴロゴロと言っていた)、私の肩に頭をすり寄せてきたのだ。
「素晴らしい……。君の指先から、愛が直接脳髄に流れ込んでくるようだ。もっとだ、リリア。もっと私を癒やしておくれ。あの犬に向けた以上の心拍数を、私に感じさせてくれ……!」
「(怖くて心拍数が上がってるだけです!!)」
癒やしを求めてペットをおねだりした結果。
手に入れたのは、部屋の隅で魔導カメラと一緒に私を監視する『白犬(元・神獣)』という新たなギャラリーと。
「夫を永遠に撫で続けなければならない」という、新たなる過酷な労働(愛の儀式)だった。
星屑の指輪の青い光が点滅する中。
私の二度目の人生は、もはや「癒やし」という概念すらもヤンデレ公爵の独占欲に飲み込まれ、私は終わりのないモフモフ地獄(対象:夫)へと、深く深く沈んでいくのだった。




