「最新型の監視カメラ(魔導具)が導入されました〜タコさんウインナーが魔物認定されて焼かれそうです
屋内大温室を貸し切り(関係者全員目隠し)にして行われた、狂気の『オマツリ』デートから一夜明けた朝。
私は今日も今日とて、公爵邸の最上階にある絶対に逃げられない寝室で、ふかふかのベッドに沈み込んでいた。
「ん……ぁ……」
寝返りを打とうとすると、右手首に軽い重みを感じた。
視線をやると、そこには私とユリウス様を繋ぐ、絶対に切れない『呪いの赤い糸』が、シーツの上で鮮やかな軌跡を描いている。
左手の薬指には、私の心拍数と位置情報を彼に筒抜けにする『星屑の指輪』。
そして鎖骨の下には、私が受けるダメージをすべて彼が肩代わりする『魂の紋章』。
三種の神器(呪いのアイテム)をフル装備した私は、もはやユリウス様の愛という名の『絶対安全な鳥籠』から、魔力的にも物理的にも一歩も出られない状態になっていた。
「おはよう、私の天使。昨夜の『オマツリ』は少し刺激が強すぎたかな? まだ顔色が少し悪いようだが」
隣で書類仕事(赤い糸が繋がっているのでもちろんベッドの上)をしていたユリウス様が、羽ペンを置いて私の額に優しくキスを落とした。
漆黒の髪の間から覗く氷の青い瞳は、昨日射的の店主(目隠し状態)を氷の剣で串刺しにしようとした男とは思えないほど、甘く蕩けきっている。
「お、おはようございます、ユリウス様……。い、いえ、とても楽しかったです。ただ、少し……あの、目隠しの人たちが夢に出てきまして……」
「そうか。やはり視界を奪うだけでは不十分だったか。次は記憶ごと消去(物理)する魔法を開発しておくよ」
「やめてください!! 大丈夫です! とってもいい思い出になりましたから!」
私が慌てて取り繕うと、ユリウス様は満足そうに微笑んだ。
「君が喜んでくれたならよかった。君の故郷、『ニホン』の文化は素晴らしいね。君の魂を形作ったその世界を知れば知るほど、私は君をより深く愛することができる」
ユリウス様は私の体を抱き寄せ、チュッ、チュッと頬や首筋に何度も口づけを落としながら、恐ろしいことを言い出した。
「だから、今日もニホンの文化を再現しようと思ってね。王立魔術師団を徹夜させて、新しい魔導具を作らせておいたんだ」
「あ、新しい……魔導具?」
「ああ。入れ」
ユリウス様が声をかけると、部屋の扉が開き、執事長が恭しく銀の盆を掲げて入ってきた。
その盆の上に乗っていたのは――拳ほどの大きさの、ミスリル銀でできた奇妙な『球体』だった。
球体の中心には、巨大な目玉のような水晶のレンズが埋め込まれており、周囲には複雑な魔法陣が青く光っている。
しかも、その球体はフワフワと空中に浮遊していたのだ。
「……あの、ユリウス様。これは、一体……?」
「ニホンの文献にあった、『カ・メ・ラ』という記録装置を魔法で完全再現したものだ」
(か、カメラ!?)
私は驚愕で目を見開いた。
「光と影を切り取り、時間を永遠に閉じ込めるという魔法の箱だ。素晴らしい発明だと思わないか? この『全自動視覚記録器(魔導カメラ)』を使えば、君のその美しい笑顔も、寝顔も、食事をしている時の可愛い口元も……すべてを記録して、一生色褪せずに保存できるんだ!」
ユリウス様が指を鳴らすと、空中に浮かぶ魔導カメラが、ウィーン……と機械的な音を立てて私の方を向いた。
水晶のレンズが、ギョロリと私の顔を捉える。
「これからは、このカメラが二十四時間体制で君の周囲を浮遊し、君のあらゆる瞬間を記録し続ける。もちろん、私と君が愛し合うベッドの上での出来事も、すべて完璧な画質で録画させて、後で二人で鑑賞しよう」
(ただの超高性能な『監視カメラ』じゃないのーーっ!!)
私のスパイ脳が、瞬時に危険信号を鳴らした。
GPS(指輪)で位置を特定され、赤い糸で行動範囲を制限されている上に、今度は二十四時間録画のカメラ!?
これでは、私が少しでも怪しい動き
(ため息をついたり、窓の外を見たり)をしただけで、すべて証拠映像として残されてしまう!
(絶対に、私がスパイの黒幕(もう取り潰されたけど)と接触しようとする尻尾を掴む気だわ!
それに、ベッドの上の映像を録画するなんて……完全に弱みを握るための『脅迫材料』にするつもりよ!)
「ひぃっ……! ゆ、ユリウス様、カメラなんていりません! 恥ずかしいです!」
「恥ずかしがる君も最高に可愛いよ。ほら、カメラに向かって微笑んでごらん。……録画開始」
カシャッ!! という音と共に、水晶レンズがピカッと光った。
私の顔の引きつった怯え顔が、バッチリと保存されてしまったに違いない。
逃げ場のない恐怖に、私は布団を頭から被ってガタガタと震え出した。
「さて、リリア。今日の予定だが」
布団に引きこもる私を、ユリウス様は赤い糸を引いて無理やり引っ張り出し、優しく抱きしめた。
「ニホンの恋人たちは、天気の良い日に『オベントウ』という手作りの料理を箱に詰め、『ピクニック』に出かけるそうだな」
「……え、ええ。そうですね」
「だから、今日は公爵邸の中庭でピクニックをしよう。もちろん、中庭は完全に封鎖し、防風・防虫・対紫外線結界を張っておいた。君が太陽の光に直接肌を晒すような真似はさせないから安心しなさい」
(もはやピクニックの意味がない!! 完全に無菌室での食事会じゃない!)
「そして、君には『オベントウ』を作ってもらいたい。……あの絶海の孤島で、私に作ってくれた『オニギリ(魂の契約書)』のように、君の手で握った料理が食べたいんだ」
ユリウス様の青い瞳が、期待と、そして暗い執着の色を帯びて光った。
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
(わかったわ……。これは、私を試しているのね!)
私のスパイ脳が導き出した結論。
それは、「この二十四時間監視カメラ(魔導カメラ)が回っている前で、お前が私の食事(お弁当)に『毒』を仕込まないか、じっくりと観察させてもらうぞ」という、恐ろしい心理テストだ!
もし私が少しでも怪しい手つきで料理をすれば、録画された映像を証拠に「やはり暗殺者だったか!」と処刑されるに違いない。
「……わ、わかりました。旦那様のために、最高のお弁当を作ります!」
「ああ、嬉しいよリリア。君の愛情、楽しみにしているからね」
こうして、私は魔導カメラがウィーン……と頭上を飛び回る中、メイドのマリーと共に公爵邸の厨房へと向かうことになった。
(※ユリウス様も赤い糸で繋がっているため、厨房の隅っこで椅子に座り、ニコニコしながら私の料理風景を監視していた)
「ええと、お弁当の定番といえば……やっぱり卵焼きと、ウインナーよね」
王都の市場(ユリウス様が買い占めた)から届けられた最高級の食材を前に、私は腕まくりをした。
監視カメラ(とユリウス様の視線)が光る中、絶対に「無害な妻」であることをアピールしなければならない。
(日本の可愛いお弁当文化を見せつけて、私に暗殺の意志なんて一ミリもないって証明するのよ!)
私は王国の腸詰め肉を半分に切り、下の方に包丁で十字の切れ込みを入れた。
そして、それを熱したフライパンで炒める。
すると、切れ込みが開いて反り返り、可愛らしい『タコ』の形になった。
前世の子供たちなら誰もが喜ぶ、お弁当の定番『タコさんウインナー』だ。
さらに、海苔を小さく切って、タコさんの顔に目を貼り付ける。
「よしっ、可愛い! これならユリウス様も『なんて無邪気な平民の料理なんだ(スパイのわけがない)』と油断してくれるはず!」
私はタコさんウインナーを大量に量産し、甘い卵焼きや、綺麗に握ったおにぎりと共に、豪華な木箱(お重)に敷き詰めた。
頭上の魔導カメラが、カシャカシャ!と音を立てて、私の手元を様々な角度から撮影している。
ユリウス様は厨房の隅で「ああ、包丁を握る手つきも愛らしい……」と、完全にファンクラブの限界オタクのような目をして私を見つめていた。
お昼時。
私たちは、公爵邸の広大な中庭(※完全封鎖・騎士団による厳重警備付き)に敷かれた、高級絨毯の上に座っていた。
上空には半透明のドーム型結界が張られ、そよ風すらユリウス様の魔力によって温度調整されている。
そして私たちの周囲には、あの魔導カメラが三台に増殖し、ウィーン……とホバリングしながら、あらゆる角度から私たちを撮影していた。
(カメラ増えてる!! どんだけ証拠映像を残したいの!?)
私は冷や汗を流しながら、お弁当の入ったお重の蓋を開けた。
「ユリウス様、お待たせいたしました。ニホンの伝統的な『オベントウ』です!」
「おお……!!」
お重の中を見たユリウス様は、感嘆の声を上げた。
黄色い卵焼きに、彩り豊かな野菜、真っ白なおにぎり。
そして、お重の端にぎっしりと整列している、赤い『タコさんウインナー』の群れ。
「すごいな、リリア! この彩り、そしてこの……こ、これは……ッ!?」
ユリウス様の表情が、一瞬にして硬直した。
彼の氷の青い瞳が、お重の中の『タコさんウインナー』を、極限まで見開いて凝視している。
「ゆ、ユリウス様?」
「リリア! 離れなさい!!」
ガシッ!と、ユリウス様は私の腰を抱き寄せ、お重から私を強引に引き剥がした。
そして、空いている方の手を、お重の中のタコさんウインナーへと向けたのだ。
「な、なんだこの異形の魔物は!! 赤い体に、無数の蠢く触手! しかも、海苔でできた不気味な瞳で、私の愛しい妻を睨みつけているではないか!!」
「えっ!? ま、魔物!?」
「こんな危険な生物が、君の作った神聖な『オベントウ』の中に紛れ込んでいたとは! 警備の騎士どもは何をしている!! この魔物め、私の妻に食らいつく前に、灰燼に帰してやる!! 『灼熱の紅炎(フレア・――』
「やめてぇぇぇぇっ!! お弁当が炭になっちゃうぅぅっ!!」
私はユリウス様の腕に全力でしがみつき、魔法の詠唱を物理的に阻止した。
(タコさんウインナーを魔物と勘違いして燃やそうとしてるーーっ!! どんだけ過保護なの!?)
「放しなさいリリア! そいつは君の命を狙う刺客だ! 今すぐ焼却処分しなければ!」
「違います! これは魔物じゃありません! 腸詰め肉を切って炒めただけの、ただの食べ物です!!」
「……食べ物? この、触手のある生き物が?」
ユリウス様は怪訝な顔をして、魔法を止めた。
私は慌ててお箸を手に取り、タコさんウインナーを一つひょいと摘み上げた。
「ニホンの子供たちが大好きな『タコさんウインナー』です! ほら、足がタコみたいで可愛いでしょ!? 毒も暗器も入っていませんから!」
私は魔導カメラが激しくシャッターを切る前で、タコさんウインナーをパクッと口に入れた。
もぐもぐと咀嚼し、「ね? 美味しいですよ」と笑顔を向ける。
毒見をすることで、「私は暗殺者ではありません」という最大のアピールをしたのだ。
すると、ユリウス様の顔からスッと険しさが消え、代わりに、ブワワッ……と大粒の涙が溢れ出した。
「お、おお……神よ……!」
「えっ? ゆ、ユリウス様!?」
「私のために……私のために君は、そんなおぞましい形をした魔物を、自ら毒見してくれたというのか……!」
(解釈が違う!! ただのソーセージだから!!)
ユリウス様は私を力強く抱きしめ、涙声で震えながら囁いた。
「君のその献身、確かに受け取った。ああ、なんていじらしいんだ。こんな可愛い顔(海苔の目)に偽装して私を油断させようとするなんて、ニホンの『オベントウ』文化は恐ろしい暗殺技術の塊だな。だが、君の愛がそれを浄化してくれた!」
(お弁当文化が暗殺技術認定されたーーっ!!)
ユリウス様は涙を拭うと、自らもお箸を持ち、タコさんウインナーを「君の愛を無駄にはしない!」と決死の覚悟で口に運んだ。
そして、「……美味い。君の愛の味がする」と感動に打ち震えていた。
ピクニック(という名の毒見騒動)が終わり、寝室に戻った夜。
ユリウス様は、ベッドの上に魔導カメラ(三台)を並べ、空中に記録した映像を投影する魔法を発動させた。
「さあ、リリア。今日の一日の君の素晴らしい姿を、二人で鑑賞しよう」
「ひっ……(ついに、証拠映像の検証(尋問)が始まるのね!)」
私はガタガタと震えながら、赤い糸で繋がれたユリウス様の隣に縮こまった。
空中に浮かび上がった映像。
そこには、どんな恐ろしい私の「スパイの証拠」が映し出されているのか。
しかし――投影された映像を見て、私は唖然とした。
『ひぃっ……! ゆ、ユリウス様、カメラなんていりません!』
(※朝、カメラに怯えて布団に潜り込む私のアップ。スローモーション)
『やめてぇぇぇぇっ!! お弁当が炭になっちゃうぅぅっ!!』
(※昼、タコさんウインナーを庇って涙目で叫ぶ私のアップ。超スローモーション)
「……あの、ユリウス様。これ……」
「ああ、素晴らしい! 君が布団に潜り込む時の、この小動物のような怯えた瞳! そして、私にすがりついてくる時の、この潤んだ唇! 最高だ! このシーンだけを切り取って、王立美術館に等身大の絵画として飾らせよう!」
(ただのヤンデレ鑑賞用だったーーっ!!)
証拠映像でもなんでもない。
三台の魔導カメラは、すべて「私が怯える顔」「泣く顔」「必死にすがりつく顔」だけを、異常なまでの超高画質・至近距離で執拗に撮影していたのだ!
「どうだい、リリア? 君がいかに愛らしく、私が君に夢中か、よくわかる記録だろう? これからは毎日、君のすべての表情を録画して、夜にこうして二人で見るのを日課にしようね」
ユリウス様はご機嫌な様子で、私の怯える顔の映像を一時停止し、それをうっとりと眺めながらワインを飲んでいる。
「…………」
私は、完全に心をへし折られた。
監視カメラで証拠を掴まれる恐怖よりも、自分の怯える顔を毎日スローモーションで鑑賞される羞恥と絶望の方が、はるかに精神的ダメージがデカい。
「やめて……もう、見ないでぇぇっ……!」
私が羞恥で顔を覆ってベッドに倒れ込むと、ユリウス様は「おお、その恥じらう姿も最高だ! カメラ、今の角度から録画しろ!」と、さらなる狂気の撮影を命じるのだった。
星屑の指輪、呪いの赤い糸、魂の紋章。
そして新たに追加された『二十四時間体制のヤンデレ魔導カメラ』。
私の二度目の人生は、もはや一秒のプライバシーすら存在しない、四六時中愛と狂気に監視される『完璧なディストピア鳥籠』へと、後戻り不可能な進化を遂げてしまったのだった。




