「お祭りを寝室(の隣)に召喚されました〜全員目隠しの狂気のお祭りデートが始まります!〜」
実家の男爵家が姉の自爆テロ(スパイ自白)によって物理的に取り潰され、私が「洗脳のトラウマを抱えた可哀想な天使」としてユリウス様に完全保護されてから数日が経った。
「あーん、してごらん、リリア。今日の『オコメ』は、東の国の幻の霊水を魔法で沸かして炊き上げた究極の白米だ。君の魂の傷を癒やしてくれるはずだよ」
「あ、あーん……もぐもぐ」
私は今日も、ふかふかの天蓋付きベッドの上で、ユリウス様の腕の中にすっぽりと収まりながら、過剰なまでの『餌付け(愛)』を受けていた。
左手の薬指には、心拍数と位置をユリウス様に筒抜けにする『星屑の指輪』。
右手首には、ユリウス様と私を物理的に繋ぐ『呪いの赤い糸』。
そして鎖骨の下には、私の受けるダメージをすべてユリウス様が肩代わりするという、究極の監視と束縛の証である『魂の紋章』が青く光っている。
(三種の神器(呪いのアイテム)が揃ってしまった今、私の逃げ場は宇宙のどこを探しても存在しないわ……)
スパイとして処刑される恐怖からは(斜め上の理由で)解放されたものの、代償として手に入れたのは、息が詰まるほどの『絶対安全な鳥籠』での永久軟禁生活だった。
実家という帰る場所すら失った私には、もう本当に、この狂気の冷酷公爵様にしがみついて生きるしか道が残されていないのだ。
「……はあ」
私は白米を飲み込みながら、小さく溜息をついた。
ユリウス様が「どうした!? 霊水が熱すぎたか!? 舌を火傷したなら、私の魔力で今すぐ治癒を……!」と慌てふためくので、私は首を横に振った。
「いえ、美味しいです。ただ……少しだけ、外の空気が恋しくなったというか。以前、王都の街へ連れて行っていただいた時は、街が貸し切り(無人)で少し寂しかったので……」
あの時は、赤い糸を買っただけで強制送還されてしまった。
私は前世の記憶を思い出しながら、ポツリとこぼした。
「ニホン……私の故郷には、『オマツリ(お祭り)』という行事があったんです。たくさんの人が集まって、屋台で美味しいものを食べたり、遊んだりして……とても賑やかで、楽しい空間なんですよ」
もしこの世界にもそういう賑やかなお祭りがあれば、人混みに紛れて少しは監視の目をごまかし、普通の女の子のような気分を味わえるかもしれないのに。
私がそう呟くと、ユリウス様はピクリと反応し、青い瞳を輝かせた。
「……『オマツリ』。ああ、知っているとも。錬金術師に調べさせたニホンの文献に載っていた。季節の節目に神に祈りを捧げ、人々が狂乱の渦に巻き込まれるという、あの危険で神聖な儀式のことだね」
(だから解釈が重い!! なんでそんな物騒な翻訳になってるの!?)
「き、危険じゃないです! ただの楽しいイベントです!」
「ふふ、遠慮しなくていい。君がその『オマツリ』とやらを体験したいというなら、この私が叶えてあげよう。明日の夜を楽しみにしていておくれ」
ユリウス様は私の額にキスを落とし、意味深な笑みを浮かべた。
(えっ……まさか、また王都のメインストリートを貸し切る気!? それじゃあお祭りじゃなくてゴーストタウンよ!)
私の不安をよそに、ユリウス様は「準備があるから」と機嫌良く隣の執務室へと向かっていった。
もちろん、赤い糸が繋がったままなので、私も強制的に執務室のソファーまで引きずられていくことになったのだが。
翌日の夜。
私はメイドのマリーたちによって、特別な衣装を着せられていた。
「まあ! リリア奥様、本当にお可愛らしいです! 旦那様が王立魔術師団の服飾部門を不眠不休で働かせて作らせた、『ユカタ』というお召し物だそうですよ!」
鏡の前に立つ私の姿は、前世の日本で着ていた『浴衣』そのものだった。
淡い藤色に、白い朝顔の模様があしらわれている。
しかし、布地は絹ではなく『幻の神蚕の糸』と『ミスリル繊維』を編み込んだ超防弾仕様。
帯に至っては、竜の皮をなめして作られたという、大剣の斬撃すら弾き返すチート装甲である。
(見た目は可愛いのに、着心地が完全にフルアーマーの騎士!! 重い!!)
「さあ、リリア。準備はできたかい?」
そこへ、漆黒の『ユカタ(のような和装風の戦闘服)』に身を包んだユリウス様が現れた。
大人の色気が爆発しており、国宝級の美貌を持つ彼が和装を着ると、もはや直視できないほどの破壊力がある。
「ゆ、ユリウス様。あの、お祭りの場所は……馬車に乗るんですか?」
「いや、歩いて十秒だ。君を外の危険な空気に晒すわけにはいかないからね」
ユリウス様は私の手を取り、寝室の大きなバルコニーへと続く窓を開け放った。
公爵邸の最上階にあるバルコニーは、邸の裏手に広がる巨大な『屋内大温室』へと直結している。
窓を開けた瞬間。
私の目に飛び込んできたのは、赤々と連なる無数の提灯と、何十軒もの立ち並ぶ屋台の列だった。
「ええっ!?」
「君の望む『オマツリ』だ。王都中の一流の料理人や大道芸人を、この公爵邸の屋内温室に召喚(強制連行)した」
(室内にお祭りを丸ごと作っちゃったーーっ!?)
温室の中には、綿あめ、りんご飴、焼きそば(のような麺料理)の屋台がズラリと並び、お祭りの楽しげな音楽を奏でる楽団まで待機している。
提灯の灯りが幻想的で、確かにこれぞ『日本のお祭り』という光景だ。
しかし――私はすぐに、この空間の『異様さ』に気がついた。
「……あの、ユリウス様。屋台にいる店主の皆様が……」
「ああ、もちろん対策は万全だ」
屋台の店主、楽団員、そして警備に立っている騎士たち。
彼らは全員、分厚い黒い布で『目隠し』をされていたのだ。
視界を完全に奪われた店主たちは、「い、いらっしゃいませぇ……」とガタガタ震えながら、虚空に向かってお辞儀をしている。
「ひぃっ!? な、なんで皆さん目隠しを!?」
「当然だろう。君のその美しいユカタ姿を、私以外の有象無象の男どもに見せるわけにはいかないからね。万が一、君を不躾な目で見る者がいれば、そいつの目を物理的に抉り出さなければならなくなる。彼らの安全のための『目隠し』でもあるのさ」
(ディストピア!! 狂気のディストピアお祭りデート!!)
少しでも普通の女の子気分を味わいたかった私の願いは、ヤンデレ公爵の異常な独占欲によって、サイコホラー映画のような惨状へと作り変えられてしまっていた。
「さあ、リリア。まずは何を食べたい? ニホンの文献によれば、『タコヤキ』という魔物を丸く焼いた料理が人気らしいね」
ユリウス様は怯える私をエスコートし(赤い糸で引かれ)、一つの屋台の前に立った。
目隠しをした王都の三ツ星シェフが、震える手で鉄板の上で丸い生地を転がしている。
「これだ。北の海で暴れていた『深海棲艦』の足を、私が魔法の氷刃で細切れにし、火炎魔法で瞬時に焼き上げた至高のタコヤキだ」
「素材が強すぎる!!」
渡されたタコヤキ(クラーケン入り)は、外はカリッと、中はトロリとしていて、悔しいほどに絶品だった。
しかし、一口食べるたびに「これを獲るために漁村が一つ滅びかけたらしいが、私の魔法で三秒で片付けた」というユリウス様の物騒な武勇伝を聞かされ、胃がキリキリと痛む。
「次は遊戯にしよう。『キンギョスクイ』という、水妖を和紙で捕獲する命がけの修練があるそうだな」
「命がけじゃないです!! ただの可愛いお魚をすくう遊びです!」
連れて行かれた水槽には、金魚……ではなく、赤く光る鱗を持った小さなドラゴン(水棲のサラマンダーの幼生)がウヨウヨと泳いでいた。
「これ……すくったら火を吹かれそうなんですけど……」
「大丈夫だ、君のユカタはミスリル製だからノーダメージだ。もし君に火を吹くような不届きな個体がいたら、私が一瞬で氷点下に凍らせて粉砕する」
「金魚がかわいそうだからやりません!!」
すべてがオーバースペックで、すべてが物騒だった。
私は目隠しをされて怯える店主たちに申し訳なくなり、「も、もう十分満喫しました! 帰りましょう!」とユリウス様の袖を引いた。
しかし、ユリウス様は「まだだ。君の笑顔を完全に見るまでは終われない」と、最後の屋台へと私を連れて行った。
そこは、『シャテキ(射的)』の屋台だった。
棚の上には、可愛らしい熊のぬいぐるみや、宝石箱などが並んでいる。
「コルクの弾を撃ち出す古代兵器(おもちゃの銃)を使って、標的を仕留める遊戯だね。リリア、君が欲しいものを言いなさい。私が一撃で仕留めてあげよう」
ユリウス様が目隠しをした店主に「銃を寄越せ」と命じる。
店主は「は、はいぃっ!」とパニックになりながら、コルク銃を差し出した。
しかし、目が見えていない店主の悲劇だった。
彼が差し出したコルク銃の銃口が、ほんの一瞬だけ――私の顔の方向を向いてしまったのだ。
――ピキィィィィンッ!!!!
空気が、完全に凍りついた。
ユリウス様の氷の青い瞳が、極限まで見開かれ、そこからドロドロとした真っ黒な殺意が溢れ出した。
「……貴様。今、私の妻に、武器の銃口を向けたな?」
「ひっ!? あ、いや、目隠しで前が見えず……っ!」
「言い訳など聞かん! 私の目の前でリリアの命を狙う暗殺者め!! 万死に値する!!」
(コルク銃だよ!? しかもあなたが目隠しさせたんでしょ!?)
私のスパイ脳が、瞬時に警告を発した。
(やばい! ユリウス様は『私がお祭りの喧騒に紛れて、暗殺者(店主)と接触しようとした』と勘違いしているんだわ! この店主を処刑して、私への見せしめ(拷問)にする気だ!!)
「死して詫びろ!! 『絶対零度の処刑剣』!!」
ユリウス様の頭上に、巨大な氷の剣が数十本、恐ろしい冷気を放ちながら出現した。
店主は「ひぃぃぃぃっ! お助けぇぇぇ!」とへたり込む。
このままでは、ただの射的屋のおじさんが、私のせいで串刺しにされてしまう!
「や、やめてくださいユリウス様!!」
私はコルク銃の射線に飛び出し(赤い糸で繋がっているので限界ギリギリまで手を伸ばし)、ユリウス様の胸に思い切りしがみついた。
「この人は暗殺者じゃありません! ただのおもちゃです! 弾はコルクです!!」
「リリア! 離れなさい! どんなおもちゃであろうと、君に害をなす可能性が〇・一パーセントでもあるなら、私は排除しなければならないんだ!!」
「お願いです! 私のお祭りの思い出を、血で染めないでくださいぃぃっ!」
私が涙目で叫び、ユリウス様の胸に顔を埋めた瞬間。
――トクンッ、トクンッ、トクンッ!!
私の左手の『星屑の指輪』が激しく青く点滅し、同時に、鎖骨の下の『魂の紋章』が熱を帯びて光り輝いた。
私の必死の訴えと、心拍数の上昇、そして体に密着する温もりが、ユリウス様のヤンデレ回路をショートさせたのだ。
「……ッ!! ああ……リリア……!」
頭上に浮かんでいた氷の剣が、パリンッと音を立てて砕け散り、光の粒子となって消えていく。
「君が、そこまで私に身を挺して『やめて(私だけを見て)』とすがりついてくれるなら……」
(解釈がおかしい!! 店主を庇ったの!!)
ユリウス様は私の腰を力強く抱き寄せ、私の耳元で荒い呼吸を繰り返した。
「わかった。君が怯えるなら、殺しはしない。……だが、やはり外の世界(屋内温室だけど)は危険が多すぎる。目隠しをさせても、いつ君に銃口が向くかわからない」
ユリウス様は店主に金貨の詰まった袋を投げつけると、私をひょいとお姫様抱っこした。
「だ、旦那様?」
「お祭りはもうおしまいだ。これ以上の刺激は、君の心拍数(指輪)にも良くないからね。……さあ、安全で、絶対に誰も入ってこれない私たちの寝室へ戻ろう。今夜は君のその可愛いユカタを、私が時間をかけて脱がしてあげるから」
「ぎゃあああああっ!! まだリンゴ飴食べてないーーっ!!」
私の悲痛な叫びは、お囃子の陽気な音楽にかき消された。
普通の女の子のようなデートを夢見た私の『お祭り作戦』は、ユリウス様の狂気のディストピア空間と過剰防衛によって、開始三十分で崩壊。
結局、三種の神器(呪縛アイテム)の反応を面白がられ、私はまたしても、完璧に施錠された公爵家の寝室という『真の鳥籠』へと連れ戻されてしまった。
私の二度目の人生の自由は、もはや射的のコルク弾よりも軽く、ヤンデレ公爵様の愛の前に、いとも容易く撃ち落とされてしまうのだった。




