「魂の共有儀式で『お揃いの紋章』が刻まれました〜実家の姉が襲来して自爆テロ(スパイ自白)を仕掛けてきました!?〜」
私が日本語で書いた『生存戦略メモ』が、ユリウス様のチート翻訳魔法によって『凄惨な遺書』へと最悪の誤訳を遂げた、昨夜の出来事。
死を望んでいる(と勘違いされた)私を現世に繋ぎ止めるため、ユリウス様は『魂の共有儀式』という名の、致死量を超える甘く濃厚な魔力譲渡を強行した。
「……んん……」
翌朝。
朝の光が差し込む天蓋付きベッドの中で、私は重すぎるまぶたをゆっくりと開けた。
体中が熱っぽく、指先一つ動かすのにも気だるい疲労感がつきまとっている。
左手の薬指には『星屑の指輪(心拍数モニター)』、右手首には『呪いの赤い糸(絶対に切れない手錠)』。
これだけでも十分すぎるほどの過剰装備なのに、今朝の私には、さらなる『呪縛』が追加されていた。
「……あ、これ……」
私は寝巻きの胸元を少しだけはだけ、自分の鎖骨の下あたりを見下ろした。
真っ白な肌の上に、まるで美しいタトゥーのような『紋章』が浮かび上がっていたのだ。
氷の結晶と星屑を組み合わせ、それを青い薔薇の茨がぐるぐると縛り付けているような、緻密で美しいデザイン。
それは脈打つたびに、ユリウス様の魔力と同じ青白い光を微かに放っている。
「おはよう、私のリリア。その『魂の紋章』、君の白い肌にとてもよく似合っているよ」
いつの間にか目を覚ましていたユリウス様が、背後から私を抱きしめ、私の鎖骨に浮かぶ紋章にチュッと熱いキスを落とした。
彼の胸元(はだけた寝巻きの隙間)にも、私とまったく同じ、青く光る紋章が刻まれているのが見える。
「ゆ、ユリウス様……これ、本当に消えないんですか……?」
「当然だ。昨夜の儀式で、私たちの魂の根源は完全にリンクしたのだからね。私が生きている限り、その紋章が君の魂を天国(田舎)へ逃がすことはない」
ユリウス様は私の耳元で、うっとりとした声で恐ろしい種明かしをした。
「この紋章の素晴らしいところはね、君の体が受けるはずの『苦痛』や『ダメージ』を、すべて私の方へ肩代わりさせることができる点だ。
もし君が転んで膝を擦りむいても、痛みを感じて血を流すのはこの私になる。君はもう、一生痛い思いをすることはないんだよ」
(な、なんだってーーっ!?)
私は驚愕で目を見開いた。
ダメージの肩代わり。それは一見すると、究極の過保護でロマンチックな魔法に聞こえるかもしれない。
しかし、私のスパイ脳を通すと、まったく別の意味に聞こえてしまうのだ!
(つまり! もし私が尋問の苦痛から逃れるために自傷行為に走ったり、服毒自殺を企てたりしても、すべてユリウス様がダメージを吸収して『無効化』してしまうってこと!? 絶対に私を死なせない……すべての黒幕を吐かせるまで、絶対に逃がさないという完璧な防止策!!)
「ひ、ひいいぃぃ……っ!」
「ふふ、そんなに感動しなくてもいい。夫として、妻の痛みを背負うのは当然の義務だからね」
私の絶望の震えを、ユリウス様は「深い愛への感動」と脳内変換し、満足げに私の頭を撫でた。
指輪、赤い糸、そしてダメージ無効化の魂の紋章。
もはや私は、物理的にも魔力的にも、公爵家という鳥籠から一生出られない『不老不死(?)の囚人』と化してしまったのだ。
その日の午後。
ユリウス様が、私と赤い糸で繋がれたままベッドの上で国政の書類にサインをしていた時のことだ。
部屋の重厚な扉がノックされ、初老の執事長がひどく険しい顔をして入ってきた。
「旦那様、奥様。お休みのところ誠に申し訳ございません。至急、旦那様のご裁断を仰ぎたい儀がございまして……」
「……何だ。私は今、リリアと魂の同調をしている最中なのだが」
ユリウス様が不機嫌そうに氷の視線を向けると、執事長はハンカチで冷や汗を拭いながら、恐る恐る口を開いた。
「はっ。実は、公爵邸の正門の前に、リリア奥様のご実家である『男爵家』の長女……エリーゼ様が、アポなしで強引に押しかけて参りまして」
「「えっ」」
私とユリウス様の声が見事にハモった。
エリーゼお姉様!
前世の記憶でも、今世の記憶でも、私を常に「出来損ない」と見下し、両親の愛情を一身に受けていた、あの傲慢で美しい金髪の姉だ。
先日、男爵家からの手紙をユリウス様が中身も見ずに焼き捨て、「二度と近づくか、さもなくば領地ごと火の海にする」と脅迫したはずなのに。
どうしてわざわざ王都の公爵邸まで!?
「追い返せと言ったはずだが」
「も、もちろん門前払いを命じました! しかしエリーゼ様は、『あの出来損ないのリリアの代わりに、私めが公爵閣下をお慰めいたします! 重要な情報も持っております!』と大声で叫び散らしておりまして……王都の民衆の目もあり、無下につまみ出すのも外聞が悪く……」
(お姉様ぁぁぁーーっ!! なにやってるの!?)
私はベッドの上で頭を抱えた。
『重要な情報』って、完全に男爵家のスパイ計画の自白じゃない!
私がいくら「無害な妻アピール」で必死にスパイ疑惑を誤魔化してきたのに、身内が正面から自爆テロを仕掛けてくるなんて!!
「ほう……『重要な情報』ね」
ユリウス様の声が、地を這うような低さになった。
青い瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように細められる。
彼の中では、「私のリリアを脅し、遺書(生存戦略メモ)を書かせるまで追い詰めた元凶(暗殺者)の一味」が、自らノコノコとやってきたと解釈しているのだ。
「よかろう。私が直々に話を聞いてやる」
「だ、旦那様!?」
「リリア。君はここで待っていなさい。赤い糸の長さを一時的に伸ばしておくからね。……君の心に影を落とすゴミは、私がすべて掃除してこよう」
ユリウス様は私の額にキスをすると、立ち上がり、執事長と共に部屋を出て行こうとした。
「ま、待ってくださいユリウス様! 私も行きます! お姉様が何を言うか……っ」
「駄目だ。君があの女の顔を見て、また暗殺の恐怖(誤訳)を思い出してしまったらどうする。安心していい、私が君の代わりに、たっぷりと『歓迎』してやるから」
ユリウス様はパチンと指を鳴らした。
すると、寝室の壁一面が大きな水鏡のように変化し、一階の応接間の映像と音声がリアルタイムで映し出される『遠当ての魔法』が起動した。
「ここから見ていなさい。私が君の敵をどう排除するか、特等席で見せてあげよう」
(公開処刑の生中継が始まったーーっ!!)
バタン、と扉が閉まり、私は一人(護衛のマリーたちはいるが)ベッドに取り残された。
水鏡の中では、豪華な応接間に通され、不遜な態度でソファーに座る姉・エリーゼの姿が映っていた。
『お待ちしておりましたわ、公爵閣下!』
水鏡の向こう。応接間に入ってきたユリウス様を見るなり、姉のエリーゼは目を輝かせて立ち上がり、胸元を強調するようなドレスの裾を摘んで、大げさなカーテシー(お辞儀)をした。
『私が、リリアの姉のエリーゼですわ! ああ、なんという凛々しいお姿…《《単語》》…お噂通りの、素晴らしいお方!』
エリーゼは頬を染め、ユリウス様に色目を使っている。
対するユリウス様は、エリーゼの存在など路傍の石以下のゴミを見るような目で一瞥し、無言のまま対面のソファーに腰を下ろした。
『……単刀直入に聞こう。お前が持っているという、重要な情報とは何だ』
『まあ、せっかちでいらっしゃるのね。……実は、お父様とお母様からの手紙が燃やされたと聞き、私、急いで王都へ参りましたの。きっと、あの出来損ないのリリアが、閣下のお気に召さなかったのだと存じまして!』
エリーゼは扇で口元を隠し、クスクスと笑った。
『あの子は昔から、何をやらせても駄目な愚図でしたの。我が男爵家が、公爵家の内情を探るためにあの子を嫁がせたのに、一向にまともな報告も寄越さない。挙句の果てに、公爵様を怒らせて手紙を焼かれる始末! 本当に、使えない駒ですわ!』
(お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!)
私は寝室のベッドの上で、絶望のあまり頭を抱えてのたうち回った。
言った! 完全に言っちゃった!
「公爵家の内情を探るために嫁がせた」って、スパイ目的だったことを、本人の目の前で大声で暴露しちゃった!!
水鏡の向こうのユリウス様は、表情一つ変えていない。
しかし、応接間のテーブルの上に置かれていた紅茶のカップが、ピキピキッ!と音を立てて凍りつき始めている。
『……ほう。やはり、あの男爵家はリリアを『駒』としてしか見ていなかったということだな』
『ええ、その通りですわ! あんな地味で頭の悪い娘、公爵様のお側には不釣り合いです! だから閣下……どうか、あの子を離縁して、この私を妻としてお迎えくださいませ! 私なら、あんな使えないスパイの妹よりも、ずっと上手く閣下を夜のベッドでお慰めして差し上げますわ!』
エリーゼが立ち上がり、ユリウス様の隣に座ろうと身を乗り出した、その瞬間だった。
――バキィィィィィィィンッ!!!!
応接間の窓ガラスが、内側からの凄まじい魔力圧に耐えきれず、一斉に粉々に砕け散った。
『きゃああっ!?』
エリーゼが悲鳴を上げて尻餅をつく。
ユリウス様はソファーに座ったまま、氷の青い瞳に一切の光を宿さず、ただ静かに、そして圧倒的な『死』のプレッシャーを放っていた。
部屋中の家具が白く凍りつき、エリーゼのドレスの裾にまで霜が降り始めている。
『……貴様のような汚らしい豚が、私の愛しい天使を、出来損ないだと愚弄したか』
『ひっ……!? こ、公爵、様……?』
『それに、内情を探るスパイだと? ……ふん、そんなことは初めから知っている。貴様らのような羽虫が企む三流の謀略など、私の前では児戯に等しい』
(やっぱり! ユリウス様は最初から私がスパイだって知ってたんだわ!!)
モニター越しにその言葉を聞いた私は、ついに処刑の時が来たと悟り、ガタガタと震え出した。
『し、知っていたのですか!? な、なら、どうしてあの子をまだ生かして……』
『生かす? 冗談ではない。リリアは私の命そのものだ。貴様らが彼女をスパイとして扱おうが、暗殺者として脅迫しようが、私にとっては関係ない。……私が絶対に許せないのは、貴様らがリリアを愛さず、あまつさえ彼女に『死の恐怖(遺書)』を植え付けたことだ!!』
『い、遺書……? 何の話ですの……!?』
話が噛み合っていない。
エリーゼは純粋に「スパイの自白」をしただけなのだが、ユリウス様は「リリアに自殺を強要するような脅迫(遺書)を行った黒幕」として彼女を断罪しているのだ。
『これ以上、貴様らの汚い声を私の耳に入れるのも不愉快だ』
ユリウス様が指をパチンと鳴らすと、エリーゼの足元から太い氷の鎖が出現し、彼女の手足をガッチリと縛り上げた。
『ひぃぃぃぃっ!! や、やめて!! 私の美しい肌が凍傷にぃぃぃっ!』
『安心しろ、ここでは殺さない。リリアの優しい心(ダメージリンクの紋章)が痛むかもしれないからな。……執事長!』
『ははっ!!』
控えていた執事長が、瞬時に一礼する。
『この女を王都の地下牢へ放り込め! そして、王立騎士団の精鋭部隊を男爵領へ派遣しろ。国家反逆罪および、公爵夫人への暗殺未遂(誤訳)の罪で、男爵家を取り潰す。一族郎党、一人残らず鉱山での強制労働だ。……リリアの過去のトラウマは、今日この日をもって完全に消し去る!!』
『ははーーっ!! 直ちに!!』
『いやぁぁぁぁぁっ!! リリア!! あんた公爵様に何を吹き込んだのよぉぉぉっ!!』
エリーゼの絶叫が、氷の鎖に引きずられながら遠ざかっていく。
水鏡のモニター越しに、その一部始終を見ていた私は、完全に思考が停止していた。
(終わった……。実家が、物理的に取り潰されて、全員鉱山送りにされちゃった……)
スパイの黒幕は排除された。
それはつまり、残された『実行犯(私)』に対する、ユリウス様の最終的な尋問と処刑が始まるということだ!
バタンッ!
水鏡の魔法が解け、寝室の扉が開いた。
そこには、先ほどの絶対零度の魔王の姿から一変し、まるで「悪い虫を退治してきたよ」と褒めてほしそうな、キラキラとした瞳のユリウス様が立っていた。
「リリア! 見ていてくれたかい? 君を脅かしていた元凶(実家)は、私が完全に排除した! もう君は、遺書なんて書かなくていいんだよ!」
ユリウス様がベッドに駆け寄り、私を抱きしめようと腕を広げる。
しかし私は、恐怖のあまり「ひっ!」と悲鳴を上げて、ベッドの隅へと後ずさってしまった。
「……リリア?」
「ご、ごめんなさい!! 私がスパイだったことは認めます! お姉様が言った通り、最初は探りを入れるためにお嫁に来ました! でも、でも、私はユリウス様に危害を加えるつもりなんて、本当に一ミリもなくて……っ!!」
私はシーツに額をこすりつけ、決死の土下座(ベッドの上)を繰り出した。
「実家が取り潰されたのは自業自得です! でも、どうか、私だけは……私だけは、鉱山送りにしないでくださいぃぃっ! 毎日のご飯のあーんも、お風呂の背中流しも、なんでもしますからぁっ!!」
「…………」
私が涙ながらにスパイの事実を自白(自爆)し、命乞いをした瞬間。
ユリウス様は目を丸くして硬直した。
(しまった! 自白しちゃった! これで私への愛情(という名の演技)も終わって、冷酷な処刑が下される……っ!)
私がギュッと目を瞑り、死を覚悟した、その時だった。
「……ああ、なんということだ」
「えっ?」
ユリウス様はベッドに上がり、土下座している私を、壊れ物を扱うように優しく、けれど絶対に逃がさない力で抱きしめ上げた。
「君は、そんなにもあの男爵家から酷い洗脳を受けていたんだね……。自分がスパイだと思い込まされ、私に処刑されると怯えながら、それでも私に『何でもする』と尽くしてくれようとするなんて……!」
「はい!?」
「大丈夫だ、リリア。君はスパイなんかじゃない。君は星の海を渡ってきた、私だけの無垢な天使だ。悪いのはすべて、君を利用しようとしたあの愚か者どもだ」
(解釈が!! ヤンデレのフィルターが分厚すぎて、私の自白が「実家からの洗脳によるトラウマ」に変換されてるーーっ!!)
ユリウス様は私の涙を指で拭い、胸元の『魂の紋章』の上から、自身の手のひらをそっと当てた。
「もう君を苦しめる者は誰もいない。君の痛みは私がすべて引き受ける。だから、もう怯えなくていいんだよ」
甘く、狂おしいほどの慈愛に満ちた声。
しかし、その実態は。
実家という(一応の)後ろ盾すらも完全に消滅し、私の帰る場所は、このユリウス様の腕の中――絶対安全な公爵家の鳥籠しかなくなってしまったという事実だった。
「さあ、リリア。怖い思いをした君の心を癒やすために、今日は私が一日中、君の体を洗って、ご飯を食べさせて、たっぷりと愛を注いであげよう。赤い糸の長さを、ゼロ(密着状態)に戻すからね」
「だ、誰か……誰か助けて……(気力と体力が限界です)……っ!」
スパイの黒幕(姉)の自爆テロは、ユリウス様のヤンデレ度をさらに深化させ、私の退路を物理的に断ち切る結果に終わった。
魂の紋章、星屑の指輪、呪いの赤い糸。
三種の神器(呪いのアイテム)を完全装備した私は、今日も氷の公爵様の底なしの溺愛の沼へと、ブクブクと沈んでいくのだった。




