「初めての王都デートは貸し切りでした〜旦那様が街を丸ごと買い取ろうとしています!〜」
王城のど真ん中に建設された私専用の『鳥籠(マジックミラーの小部屋)』から解放された私は、ついにユリウス様との『平和な王都デート』へと出発することになった。
「さあ、リリア。君が望んだ、王都の街でのデートだ。今日は一日、君の行きたいところへどこへでも連れて行ってあげよう」
「は、はい! ありがとうございます、ユリウス様!」
豪奢な馬車(※安定の防弾・防魔法仕様の装甲車)に乗り込みながら、私は内心でガッツポーズをしていた。
やった! ついに本邸と王城の隔離空間から抜け出せた!
もちろん隣には氷の公爵様がぴったりと張り付いているし、左手の薬指には『星屑の指輪(GPS&生体モニター)』が光っている。
逃亡など絶対に不可能だ。
しかし、スパイ(という設定)として疑われている私にとって、外の世界の空気を吸い、普通に街を歩くことは、「私はどこにでもいる平凡で無害な妻です」とアピールする絶好のチャンスだった。
(普通の令嬢みたいに、屋台でクレープを食べたり、可愛いリボンを眺めたりして、完全に無害な小動物アピールをするのよ!)
そう意気込みながら、馬車の窓から外の景色を覗き込んだ。
王都のメインストリートは、王国の経済の中心地であり、常に商人や平民たちでごった返している活気あふれる場所だ。
……はず、だったのだが。
「……あの、ユリウス様。なんだか、街がすごく……静かな気がするのですが」
「ん? そうか? とても平和でいい街並みだろう?」
馬車がゆっくりとメインストリートを進んでいくが、窓の外には、驚くべき光景が広がっていた。
誰もいないのだ。
普段なら肩がぶつかるほど人がいるはずの広い石畳の道には、人っ子一人歩いていない。
開いているお店の店主たちも、なぜか直立不動で冷や汗を流しながら、私たちの馬車に向かって最敬礼をしている。
そして、建物の屋根の上や路地の奥には、不自然に日光を反射する銀色の鎧――完全武装した王立騎士団の姿が、チラチラと見え隠れしていた。
(か、完全にメインストリートが封鎖されてるーーっ!!)
「ユリウス様! 人がいません! お店の人もガタガタ震えてます!!」
「君との大切なデートの時間を、平民どもの雑踏で邪魔されるわけにはいかないだろう? だから、メインストリート一帯を本日の間だけ『公爵家直轄の特別警戒区域』に指定し、一般人の立ち入りを禁じたんだ。もちろん、店主たちには今日の売り上げの百倍の補償金を払ってあるから、誰も文句は言わないさ」
「経済が狂う!!」
私は頭を抱えた。
一国の宰相が、妻とのデートのために王都の心臓部を物理的に封鎖し、莫大な補償金(国家予算?)をばら撒くなど、暴君以外の何者でもない。
「だ、駄目です! こんな誰もいない街を歩いても、デートっぽくありません! もっとこう、人混みを縫って歩くとか、そういうのが楽しいんです!」
「人混み? 冗談じゃない」
ユリウス様は私の腰を抱き寄せ、氷の青い瞳をスッと細めた。
「君のその美しさを、私以外の有象無象の男どもに見られるなど、耐え難い。もし君にぶつかる不届き者がいれば、私はそいつの腕を物理的に切り落としてしまうかもしれない。君の手を汚さないためにも、この安全な『無人区画』が必要なんだ」
(スパイへの牽制がすさまじい!! 『人混みに紛れて逃げようとしても無駄だ。お前の接触者は全員切り捨てる』っていう強烈な脅迫ね!!)
私のささやかな「普通のデートアピール」作戦は、開始一分で完全に封じ込められてしまった。
馬車がメインストリートの中央で停まり、私たちは貸し切り状態の街へと降り立った。
シーンと静まり返った街の中を、エスコートされるがままに歩く。
ユリウス様は「あそこの老舗のドレス屋の新作をすべて君の部屋に届けさせよう」「あの宝石店が君の瞳の色に合うと言っていたから、店ごと買い取ろう」と、息を吸うように桁違いの買い物を続けていく。
(また『慰謝料の先払い(手切れ金)』を積まれてる!? いえ、違うわ。これは『お前にはこれだけの価値(監視対象としての重要度)がある』というプレッシャーよ!)
私は彼が何かを買おうとするたびに、「も、もったいないです! 今着ているドレスで十分幸せですから!」と必死に止めた。
するとユリウス様は、「ああ、なんて欲のない天使なんだ。君がそう言うなら、ドレス屋の買い取りはやめて、あの建物を君の専用庭園に改築しよう」と明後日の方向へと暴走してしまう。
そんな攻防を繰り広げながら歩いていると、広場の隅に、小さく可愛らしい露店が出ているのを見つけた。
色とりどりのガラス玉や、皮を編み込んだミサンガのようなアクセサリーが並んでいる。どうやら、一般の平民の若い恋人たちが買うような、安価なペアグッズの店のようだ。
店主のおばあさんが、騎士たちの威圧感に怯えながらも、小さく店を開けていたのだ。
(これだわ!)
私の頭に、名案が閃いた。
高価な宝石やドレスを拒否しつつ、あえて『安物のペアグッズ』を欲しがるのだ。
「私は高価な情報(国家機密)なんて求めていません。ただ、旦那様と小さな幸せを分かち合えればいいんです」という、究極の『無害で健気な妻アピール』である!
「ユリウス様! あちらのお店を見てみませんか!」
「ん? あんな平民向けの安物の店に、君が興味があるのか?」
「はい!」
私はユリウス様の手を引き、露店へと駆け寄った。
店主のおばあさんは「ひぃっ、こ、公爵閣下!」とひれ伏しそうになったが、私は「大丈夫ですよ、素敵なものを見せてください」と優しく微笑みかけた。
私が選んだのは、赤い糸を編み込み、小さな星型の銀のチャームがついた、シンプルなブレスレットだった。
二つで銀貨一枚(数百円程度)という、公爵家の財力からすればチリのような値段だ。
「ユリウス様! これ、とっても可愛いです!」
「……リリア。君の指にある星屑の指輪(億単位の価値)に比べれば、それはただのゴミに等しいよ。そんなものを君の白い肌につけるなんて、私の誇りが許さない」
「そんなことありません! 物の価値は、値段ではなく、誰と身につけるかです!」
私は赤い糸のブレスレットを二つ手に取り、ユリウス様を見上げて、満面のぶりっ子スマイルを浮かべた。
「私、ユリウス様と『お揃い』のものが欲しいんです! これを一緒につけて、ずっと仲良しでいたいなって……駄目、ですか?」
――ピタッ。
ユリウス様の呼吸が、完全に停止した。
彼は目を見開き、私と、私が手に持つ安物の赤い糸のブレスレットを交互に見つめている。
そして、彼の左手の薬指の『星屑の指輪』が、かすかに青く脈打った。
私の緊張した心拍数を感知したのだ。
(どう!? この健気な妻アピール! これで私がスパイだなんて微塵も思わないはず!)
ユリウス様はワナワナと唇を震わせ、ついに両手で顔を覆って天を仰いだ。
「おお……神よ……!」
「ゆ、ユリウス様?」
「私の妻は、本当に天使だった……! あの強欲な男爵家の血を引いているというのに、こんなゴミのような……いや、ささやかな赤い糸一つで、私との愛の誓いを立てようとしてくれるなんて……!!」
(よしっ! 大成功!)
ユリウス様は私からブレスレットを一つ受け取ると、感動の涙を浮かべながら、自身の左手首にそれを巻きつけた。
最高級の漆黒の礼服に、安っぽい赤い糸のブレスレット。
どう考えてもミスマッチだが、彼はそれを国宝でも手に入れたかのように愛おしそうに見つめている。
「ありがとう、リリア。君が私と『お揃い』を望んでくれるなんて。この赤い糸は、君の故郷の言い伝えにある『運命の赤い糸』というやつだろう?」
「えっ、あ、はい。そうです!(よく知ってるわね!?)」
「さあ、君の手首にも私からつけてあげよう。一生、外れないようにね」
ユリウス様はもう一つのブレスレットを取り、私の右手首に優しく巻きつけてくれた。
結び目をキュッと縛る。
その瞬間だった。
「……『不変の加護』。そして、『物理結合』」
ユリウス様が低く、恐ろしい呪文を詠唱したのだ。
私の右手首の赤い糸と、ユリウス様の左手首の赤い糸が、同時にピカーーッ!!と凄まじい黄金の魔力光を放った。
「ひゃっ!?」
「驚かせてすまないね、リリア。だが、このブレスレットはあまりにも脆すぎる」
光が収まると、ただの赤い糸だったはずのブレスレットは、ミスリルやオリハルコンよりも硬く、絶対に切れない『呪いの赤い糸(物理)』へと変貌を遂げていた。
星型のチャームには、ユリウス様の魔力がパンパンに込められ、不気味なほど青く輝いている。
「これで、どんな聖剣で斬りつけられても、この赤い糸が切れることはない。そして、私の魔力で結び目を完全にロックしたから、私以外の誰にも外すことはできない」
「…………え?」
「君が望んだ通り、この『お揃い』の赤い糸は、私たちが死ぬまで……いや、死して魂になろうとも、ずっと私たちを繋ぎ止めてくれる完璧な『鎖』となったのだ!」
(防犯タグ(指輪)の次は、手錠(呪いの赤い糸)が増えたーーっ!!)
私の「安物で無害アピール」作戦は、結果的に『絶対に外れない呪いのペア手錠(遠隔型)』を自ら志願して装着する、という最悪の自爆に終わった。
ユリウス様は恍惚とした表情で、自分の手首の赤い糸に口づけをしている。
「ああ、なんて素晴らしいデートだ。君から私を縛り付けてくれるなんて。……店主! この赤い糸を売ってくれた礼だ。この広場一帯を買い取り、貴様にくれてやる!!」
「ひ、ひええぇぇぇっ!! ありがとうございます、公爵閣下ぁぁ!!」
おばあさんが白目を剥いて気絶しそうになっている。
私は右手首の、絶対に外れない、そして異様に魔力圧の強い赤い糸を見つめながら、絶望の涙をこぼした。
「ユ、ユリウス様……これ、お風呂に入る時も……?」
「当然だ。私と君は、常にこの赤い魔力の糸で繋がっているんだ。……もし君が、私の視界から消えようものなら、この糸が私を君の元へと一瞬で導いてくれる」
(GPS機能が二重になっただけじゃないの!! どんだけ私を逃がしたくないの!!)
「さあ、リリア。君の望むものは手に入った。次は私の望みを叶えてもらう番だ」
「旦那様の、望み……?」
「ああ。こんなにも私を愛して(縛って)くれる君を、今すぐ誰にも邪魔されない場所で、思い切り抱きしめて、君のすべてをこの赤い糸の数だけ愛し抜きたい」
ユリウス様の瞳に、あの見慣れた『ベッドへ直行するヤンデレスイッチ』の火が点った。
「ひっ!? ま、まだデートは始まったばかりです! もっと他のお店も……!」
「君さえいれば、他には何もいらないさ。……近衛! 馬車を出せ! 全速力で公爵邸の寝室へ戻るぞ!!」
「ははっ!! 閣下がお帰りになられるぞ! 道を開けろぉぉぉ!!」
完全に貸し切られたメインストリートを、装甲馬車が猛スピードで逆走していく。
初めての王都デートは、滞在時間わずか三十分。
そして得られたのは、素敵な思い出ではなく、ヤンデレ公爵様の重すぎる愛によって強化された『絶対に切れない呪いのペア手錠』だけであった。
私の二度目の人生の自由は、もはや風前の灯どころか、大気圏外で砕け散った流れ星のように、完全に粉砕されてしまったのだった。




