「星屑の指輪はGPS付きの防犯タグですか!?〜決死の使者が氷の道を這ってきました!〜」
絶海の孤島(という名の完璧な牢獄)での新婚旅行。
海を蒸発させかけたり、宇宙空間の流れ星を物理的に粉砕したりと、冷酷無比な宰相閣下――ユリウス様の暴走は、日を追うごとにヤンデレのスケールを宇宙規模へと拡大させていた。
「ん……ぁ……」
朝。波の音が優しく響くヴィラの寝室で、私は重い瞼をゆっくりと開けた。
連日の『溺愛(という名の過酷な体力削り・拷問)』により、私の体は泥のように重い。
見慣れたシルクの天蓋を見上げながら、私はぼんやりと手を伸ばした。
「……あれ?」
ふと、左手に違和感を覚えた。
指先が、ほんのりと温かいのだ。
重い頭を持ち上げて自分の左手を見て、私はハッと息を呑んだ。
私の左手の薬指に、見覚えのない豪奢な『指輪』が嵌められていたのだ。
プラチナとミスリルを複雑に編み込んだような繊細なアーム。
その中央には、澄んだ夜空のような深い青色をした、不思議な輝きを放つ石が鎮座している。
石の内部では、まるで小さな銀河が渦巻いているかのように、キラキラとした光の粒子が絶えず動いていた。
「な、なにこれ……!?」
「おはよう、私の愛しいリリア。よく似合っているよ」
背後から、低く甘い声が鼓膜を震わせた。
振り返ると、すでに身支度を整え、完璧に美しい姿のユリウス様が、私の指先を愛おしそうに見つめていた。
「ゆ、ユリウス様……この指輪は……?」
「一昨日の夜、君の願いを横取りしようとした不届きな流れ星を私が撃ち落とし、大気圏外から回収した『星の欠片』だよ。王都の最高峰の錬金術師と宝飾職人を夜通し働かせ、魔法陣で転送させて今朝ようやく完成したんだ」
ユリウス様は私の左手を取り、その指輪の甲に恭しく口づけを落とした。
一昨日の夜。
確かに彼は「これを加工して指輪を作る」と恐ろしいことを言っていた。
それがまさか、たった一日半で完成して届くなんて!
「寝ている間に、君の指に嵌めさせてもらった。……ああ、素晴らしい。やはり君の白い肌には、どんな宝石よりも星の光がよく似合う」
「あ、あの……ありがとうございます。でも、これ、なんだかほんのり温かくて……」
「当然だ。ただの指輪ではないからね」
ユリウス様はふっと口角を上げ、極上だが底知れぬ狂気を孕んだ笑みを浮かべた。
「その指輪には、私の魔力と君の魔力、そして生命力をリンクさせる『絶対結合の魔法陣』が組み込まれている。君の心拍数、体温、呼吸の乱れなど、君の体の状態がすべて、リアルタイムで私に伝わるようになっているんだ」
「ひっ!?」
「さらに、君が今世界のどこにいるのか、一寸の狂いもなく私の脳内に位置情報が共有される。万が一君に危険が迫れば、指輪から絶対防御の結界が自動展開され、同時に私が君の元へと瞬間移動できる仕組みだ」
(G・P・S!! それに生体モニター機能付きの超防犯タグ!!)
私は恐怖で一気に血の気が引いた。
前世の『ニホン』でも、ここまで完璧なストーカー機能……いや、監視トラッカーは存在しなかったはずだ!
(心拍数がバレるってことは、私がスパイの尋問(勘違い)を受けた時に、嘘をついたらすぐにバレる『嘘発見器』として機能するってことじゃない! 逃走経路も一瞬でバレるし、なにより『絶対に死なせない(からすべての情報を吐かせるまで拷問する)』という強い意志を感じるわ!!)
「そ、そんな大層な魔法具、私にはもったいないです! なくしてしまったら大変ですし……っ!」
「なくす心配はないよ。君の魔力と完全に同化させたから、君自身の意思では絶対に外せない。いや、私の魔力で君の指の骨に直接結びつけていると言ってもいい。もし無理に外そうとすれば……指ごと切り落とすしかないが、君がそんな痛い思いをするのを私が許すはずがないだろう?」
(指ごと切り落とす……!! 物理的な脅迫が出たーーっ!!)
逃げられない。
宇宙レベルの監視体制が、ついに私の指に物理的に装着されてしまった。
私は絶望のあまり、左手を抱え込んでガタガタと震え出した。
「ふふ、そんなに感動して震えるなんて。本当に君は愛らしいね」
ユリウス様は私の恐怖を「重すぎる愛への感動」と脳内変換し、満足げに私の頬を撫でた。
「君は一生、私から逃れられない。君の鼓動の一つ一つが私のものだ。……さあ、リリア。今日も君が動けなくなるまで、君の心拍数を私の指輪に刻み込ませておくれ」
甘い声と共に、ユリウス様が私の上に覆い被さろうとした、その時だった。
――ピーーーーーッッ!!!!
突然、ヴィラの外から、けたたましい魔力警報の音が鳴り響いた。
「なっ……!?」
ユリウス様の動きがピタリと止まり、その青い瞳に鋭い殺気が走った。
私は驚いて毛布を被り、窓の外へと視線を向けた。
「誰だ。私が『絶対に邪魔をするな』と結界を張ったこの島に、命知らずにも足を踏み入れた愚か者は……」
ユリウス様は舌打ちをし、寝巻きの上にガウンを羽織ると、バルコニーへと歩み出た。
私も恐る恐るその後ろについて外を覗き込む。
ヴィラの目の前に広がる、白い砂浜。
そこには、数日前にユリウス様が海を凍らせて作った『氷の道』の終端から、ボロボロの姿で這い上がってきた一人の男の姿があった。
「ゼエ、ゼエ……ッ! ゆ、ユリウス・フォン・クライス公爵閣下ぁぁぁぁ……ッ!!」
雪焼けと凍傷で顔を真っ赤に腫らし、分厚い防寒着をズタボロにしたその男は、王立騎士団の紋章を胸につけた近衛騎士だった。
「……近衛騎士か。私の魔力が込められた絶対零度の氷の道を、よくぞ生きて渡りきったな。だが、新婚旅行の邪魔をした罪は、王命であろうと万死に値するぞ」
ユリウス様はバルコニーから見下ろし、指先に氷の槍を生成した。
本当に殺す気だ! 私は慌ててユリウス様の腕に縋りついた。
「だ、旦那様! 駄目です、あんなにボロボロになってまで伝えに来たんですから、せめてお話だけでも……っ!」
「リリアがそう言うなら、遺言だけは聞いてやろう」
ユリウス様が氷の槍を消すと、近衛騎士は砂浜に這いつくばりながら、血を吐くような悲痛な叫び声を上げた。
「か、閣下! お願いでございます! 今すぐ、今すぐ王都へお戻りください!! 王城の文官たちの半数が、過労とストレスで胃に穴を開けて倒れました!!」
「軟弱な奴らだ。胃薬でも飲ませておけ」
「隣国との不可侵条約の更新に、宰相閣下の魔力署名が必須なのです!! 期限は明日!! これにサインを頂かなければ、明後日には隣国が国境を越えて進軍してきます!!」
(せ、戦争が始まるーーっ!! 私の引きこもりのせいで、国がガチで滅亡の危機に瀕してる!!)
私は顔面蒼白になった。
もしこのまま隣国と戦争になれば、間違いなく歴史書に「傾国の悪女リリア、宰相を骨抜きにして国を滅ぼす」と書かれてしまう! スパイどころの騒ぎではない! 大罪人だ!
「隣国が進軍してくるだと? ふん、ならば王都に迫ってきたところを、私が魔法で一網打尽にして灰に変えてやろう。そうすれば署名の手間も省けるというものだ」
(考え方が野蛮すぎる!! 氷の宰相って、もっと知的な政治家じゃなかったの!?)
「いけません!! 戦争は絶対に駄目です!!」
「リリア?」
私が全力で叫ぶと、ユリウス様は驚いたように私を振り返った。
私は必死に、彼の両手を握りしめた。
「戦争が起きたら、たくさんの人が悲しみます! ニホン……私の故郷でも、争いごとは一番の罪とされていました! 王国が火の海になるなんて、絶対に嫌です!!」
「……君は、この国の民を心配しているのか? あの冷酷な男爵家の連中がいる国だというのに」
「民に罪はありません! それに……」
私はゴクリと唾を飲み込み、前世で培った「ぶりっ子(という名の夫操縦術)」の集大成を繰り出した。
目を潤ませ、彼を見上げながら、胸の前で手を組む。
「それに……王都が平和でないと、ユリウス様とお買い物に行ったり、美味しいものを食べたりできないじゃないですか。私……旦那様と、平和な王都の街を歩いてみたいです」
――ズキュゥゥゥゥンッ。
ユリウス様の胸の奥で、致命傷クラスの矢が突き刺さる音がした。
「わ、私と、街を……デート、したいと……?」
「は、はい!(王都に戻る口実として!)」
「君から、外の世界で私と過ごしたいと、そう願ってくれるのか……! あの星屑の指輪(の監視)を受け入れた上で、私との未来を……っ!!」
(解釈が重いけど、今はそれでいい!)
ユリウス様はワナワナと体を震わせた後、ビシィッ!と砂浜に這いつくばる近衛騎士を指差した。
「おい、そこの騎士!! 陛下の名のもとに、全軍に告げよ!!」
「は、ははっ!!」
「たった今から、王都への超速帰還作戦を開始する! この私が自ら、隣国の使者の喉元に剣を……いや、平和的かつ強硬な外交交渉で条約を結ばせてやる!! 我が妻との平和なデートを邪魔する国は、地図から消し去ってやると伝えろ!!」
「「「お、おおおおおっ!! 宰相閣下が、お戻りになられるぞぉぉぉ!!」」」
いつの間にか、氷の道の中腹まで辿り着いていた後続の騎士たちが、涙を流して歓喜の雄叫びを上げた。
かくして、絶海の孤島での恐ろしくも甘いハネムーンは、突如として幕を下ろすことになった。
帰りの馬車(装甲車)は、行きとは比べ物にならないほどの猛スピードで王都へと爆走した。
ユリウス様が自ら馬車に風と推進力の魔法をかけ、文字通り飛ぶように大地を駆け抜けたのだ。
「もうすぐ王都だ、リリア。長旅で疲れただろう?」
「い、いえ……」
私はユリウス様の膝の上に座らされ、彼の腕の中にすっぽりと収まりながら、左手の薬指で青く光る『星屑の指輪』を無意識にいじっていた。
私の心拍数が少しでも上がると、ユリウス様が「どうした? 不安か?」とすぐに抱きしめてくるので、驚くことすら自由にできない恐ろしい装備である。
(とりあえず、国が滅ぶのだけは阻止できたわ。でも……)
王都に戻ったとして、私の軟禁生活が変わるわけではない。
むしろ、私の「おにぎり」や「異世界カミングアウト」によって、彼のヤンデレ度は渡航前よりも格段にレベルアップしてしまっている。
やがて馬車は、白亜のクライス公爵邸の正面玄関に到着した。
扉が開かれると、出迎えた初老の執事長やマリーたち使用人が、一斉に涙を流して深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ! 旦那様、リリア奥様! 国の危機を救っていただき、本当にありがとうございます!!」
「おお……リリア奥様がご無事で本当によかった……!」
使用人たちは、私が過酷な『軟禁』から生還したことを心から喜んでくれているようだった。
私は少しだけ心が温かくなった。
「ただいま戻った。リリアは疲れている、すぐに寝室へ運ぶ」
「お待ちください、旦那様!」
執事長が慌てて声を上げた。
「王城からの至急報です! 国王陛下より、『帰還し次第、一秒も休まずに登城し、条約の調印式に出席せよ。リリア夫人も同伴すること』との厳命が下っております!」
「なに? リリアもだと? 冗談ではない。あんな虫けら(他国の使者や文官)どもがウヨウヨいる城に、私の可憐な妻を連れて行けるはずがないだろう!」
「陛下は『奥様がいなければ、お前はまた仕事を放り出して帰るだろう! 人質……いや、手綱として必ず連れてこい!』と……!」
国王陛下、完全に私を『宰相をコントロールするための制御装置』として扱っている!
「チッ……忌々しい王命だ。だが、リリア。君に『私とのデートの邪魔をさせない』と約束した手前、ここは私が責任を持って片付けよう」
ユリウス様は私の腰を抱き寄せ、耳元で甘く、そして不穏なことを囁いた。
「君を城に連れて行く条件として……王城の宰相執務室の隣に、君専用の完璧な『鳥籠(防護室)』を作らせよう。私が仕事をしている間、君はガラス張り(マジックミラー)の部屋の中から、私だけを見つめていればいい」
「えっ」
「城の誰にも君の姿は見せず、私だけが君を視界に入れられる、最高のVIPルームだ。ああ、楽しみだね、リリア。これからは王城でも、ずっと一緒にいられるよ」
(防護室!? マジックミラーの部屋に隔離されて、毎日城に同伴出勤!?)
私の顔から、スゥッと血の気が引いた。
逃走防止の星屑のGPS指輪に加え、王城にまで及ぶ監視態勢の強化。
円満離婚という私のささやかな夢は、今度こそ大気圏を突破して消え去った。
「さあ、行こうか、私の天使。どこへ行こうと、君は永遠に私だけのものだ」
公爵邸の最上階から、王城の最深部へ。
スパイ(暗殺者)と勘違いして怯える訳ありヒロインと、星をも撃ち落とす狂気のヤンデレ公爵様の、最高にすれ違った甘く息苦しい婚姻後ロマンスは、国政すらも巻き込んで、新たなるステージ(絶望)へと突入していくのだった。




