「異世界の食べ物を魔法で錬成されました〜旦那様、次元侵略戦争を起こさないでください!〜」
国王陛下からの大目玉(通信水晶越しの怒号)を食らい、ユリウス様が壁の大穴から王城へと出仕していってから数時間が経過した。
私は今、急ピッチで壁を修復する大工たちのトンカントンカンという音をBGMに、ふかふかのベッドの上で頭を抱えていた。
「……やってしまったわ。完全に、墓穴を掘った……」
自白剤(※ただの美味しい手作りスープ)の効き目を偽装するため、咄嗟に口走った『私、異世界からの転生者なんです!』というカミングアウト。
スパイの尋問から逃れるための起死回生の一手だったはずなのに、結果は最悪だった。
ユリウス様は私の話を『狂人の戯言』と切り捨てるどころか、あろうことか『星の海を渡ってきた天使』などという、恥ずかしすぎて消滅したくなるような激重解釈をしてしまったのだ。
(どう考えても、あれは私の嘘を見抜いた上での高度な嫌がらせよ! スパイの作り話を『天使』なんて持ち上げて、私が調子に乗ったところでドンッと地獄に落とす気なんだわ!)
前世の冷酷無比な彼の姿が脳裏に焼き付いている私は、ユリウス様のあの涙すらも『完璧な演技』だと解釈していた。
そうでなければ、あの氷の公爵様が私の手首を握りしめて「次元を越える魔法を開発する」なんて、頭のネジが数本吹き飛んだようなことを言うはずがないのだから。
「奥様、お加減はいかがですか? 温かいハーブティーをお持ちしました」
メイドのマリーが、心配そうな顔で近づいてくる。
私は引きつった笑顔でカップを受け取った。
「ありがとう、マリー。……ねえ、旦那様の会議は、長引きそうかしら?」
「どうでしょうか……。なにせ旦那様は『リリアが寂しがるから三分で終わらせる』と宣言して出て行かれましたから。王城の文官たちは今頃、血を吐きながら書類を裁いていることでしょうね」
マリーが遠い目をして王城の方角を見つめる。
前世では『仕事の鬼』として国を支えていた宰相閣下が、今世では『妻の看病のために国政を三分で終わらせる暴君』と化している。
私のスパイ疑惑を晴らさない限り、この国はユリウス様の職権濫用により崩壊してしまうかもしれない。
(なんとかして、彼に『私は本当に無害な平民の魂なんです』と証明しなくては……!)
私がベッドの上で固く決意した、その時だった。
――バンッッッ!!!
修復中の壁の横にある重厚な扉が、蹴り破られんばかりの勢いで開け放たれた。
「リリア! ただいま! 約束通り、超特急で帰ってきたよ!!」
「ひっ!?」
そこには、王城での軍議と貿易会議を(物理的な圧と魔法の脅迫で)一瞬で終わらせてきたであろう、少し息を切らしたユリウス様の姿があった。
その後ろには、なぜかターバンを巻いた東の国(異国)の商人たちと、王立魔術師団のローブを着た高位魔法使い数名が、白目を剥きながら引きずられてきている。
「ゆ、ユリウス様!? 会議は!?」
「そんなもの、私の結界魔法で全員の退路を断って、三秒で無理やり合意させてきた。それよりもリリア、君の故郷の品を持ってきたよ!!」
「……はい?」
満面の笑みを浮かべたユリウス様が指を鳴らすと、東の国の商人がガタガタと震えながら、大きな木箱を前に押し出した。
魔法で錬成された『カデン』と『オコメ』
「こ、公爵閣下……! 東大陸の果てから輸入した、こちらの希少な穀物でよろしかったでしょうか……!」
商人が木箱の蓋を開けると、そこには見覚えのある白い粒――精米された真っ白な『お米』が、山のように積まれていた。
「お、お米……!!」
「おお! やはりこれが君の言う『オコメ』か!」
ユリウス様は私の輝く瞳を見て、得意げに胸を張った。
「東の商会を脅し……いや、説得して、王国中の倉庫をひっくり返して見つけ出させたんだ。だが、彼らが持っていたのは茶色い殻(籾)を被った状態だったからね。王立魔術師団の風魔法使い数十名に命じて、一粒残らず精密な風の刃で殻を剥かせたんだ」
「「「ゲフッ……!!」」」
後ろに控えていた魔法使いたちが、極度の魔力消費と過労で次々と泡を吹いて倒れていく。
(国宝級の魔法使いたちを、精米機代わりに使ったの!?)
私の絶句をよそに、ユリウス様の暴走は止まらない。
「そして、君が言っていた『カデン』という魔法の箱だが。話を聞く限り、火と水の魔石を組み合わせて、一定の温度と圧力で調理する古代のアーティファクトに似ている。だから、王国の錬金術師たちを総動員して、たった今作らせた」
ユリウス様がドンッと目の前に置いたのは。
ミスリル銀でピカピカにコーティングされ、複雑な魔法陣がびっしりと刻まれた、どう見ても**『超高性能な魔法の炊飯器』**だった。
「さあ、リリア! この『全自動オコメ錬成魔導具』で、君の故郷の味を再現しよう!」
「だ、旦那様……っ、これを作るのに、一体いくらかかったんですか!?」
「気にするな。国家予算の数パーセント程度だ」
(国庫を横領してるーーっ!! スパイどころか、私が国家転覆の主犯格にされちゃう!!)
私の悲痛な叫びなど聞こえないふりで、ユリウス様は手際よく(料理長に指示させながら)お米を研ぎ、魔導具にセットした。
ポチッという小気味良い音と共に、魔法陣が青く光り輝き、炊飯が始まる。
さらにユリウス様は、別の商人から黒い小瓶を受け取り、私の前に差し出した。
「そしてこれが、大豆という豆を発酵させて作った東の国の調味料だ。おそらく君の言う『オショウユ』に近いだろう」
小瓶を開けると、あの懐かしい、香ばしくて少しツンとする醤油の香りがふわりと漂ってきた。
前世の日本で、毎日のように嗅いでいた香り。
実家の男爵家では絶対に嗅ぐことのなかった、真の故郷の匂いだ。
(あ……お醤油だ。本当に、お醤油……)
私の胸の奥が、ツンと痛くなった。
心理的拷問(と勘違いするヒロイン)
やがて、ピーッという魔導具の完了音が鳴り響いた。
蓋を開けると、そこにはふっくらと艶やかに炊き上がった、純白の白米が顔を覗かせた。
湯気と共に広がる甘い香りに、私は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「さあ、リリア。熱いうちに食べてごらん。お腹が空いていただろう?」
ユリウス様は、最高級の陶器の器に白米を盛り、小皿に醤油を垂らして、私に差し出してきた。
スプーンですくった白米に、ちょんちょんと醤油をつける。
それだけのシンプルなものだが、今の私にはどんな宮廷料理よりも魅力的に見えた。
(食べたい……。でも、待って)
スプーンを受け取ろうとした私の手が、ピタリと止まる。
……なぜ、彼はこんなに優しくしてくれるのだろう?
いくら私の「異世界カミングアウト」を聞いたからといって、国家予算を使ってまで、たった数時間で私の故郷の環境を再現するなんて、異常すぎる。
(……あっ!)
またしても、私のスパイ脳が最悪の結論を導き出した。
(これは……『私にはこれだけの権力と力がある。お前の故郷(設定)の品など、数時間で掌握できる。だから、私に逆らっても無駄だぞ』という、恐ろしい心理的脅迫なんだわ!!)
そうだ、そうに違いない!
私が「別の世界から来た」と嘘をついた(と思われている)ことに対し、彼は「どこから来ようが、私の支配下にあることには変わりない」と証明してみせたのだ。
お米と醤油という私の『弱点』を突きつけ、精神を揺さぶってから、真の尋問を始める気なのだ!
「ひっ……!」
「リリア? どうしたんだ、食べないのか?」
冷や汗を流して震え出した私を見て、ユリウス様は不思議そうに小首を傾げた。
その氷の青い瞳が、逃げ場のないプレッシャーとして私に重くのしかかる。
(食べなきゃ殺される! この脅迫(ご飯)を受け入れないと、本当に物理的に首を刎ねられる!!)
「た、食べます! いただきます!!」
私は震える手でスプーンを握りしめ、目をギュッと瞑って、醤油のかかった白米を口に運んだ。
――もぐ。
「…………あっ」
口の中に広がったのは、お米の優しい甘みと、醤油のしょっぱさ。
それは、私の記憶にある日本の味そのものだった。
男爵家のカビの生えたパンでもなく、離宮の冷めきったスープでもない。
温かくて、懐かしくて、私が『私』であった頃の、平和で何気ない日常の味。
「……っ……う、ううっ……」
恐怖と緊張で張り詰めていた糸が、プツンと切れた。
気がつけば、私の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
私はスプーンを握りしめたまま、声を上げて泣き出してしまったのだ。
「あ、あれ……? ごめんな、さい……涙が、止まらなくて……っ」
スパイの尋問だと怯えていたのに、体の奥底に眠っていた郷愁が勝ってしまった。
こんな惨めな姿を晒せば、ユリウス様に「弱り切ったな」と嘲笑われるに違いない。
そう思って、必死に涙を拭おうとした、その時だった。
次元の壁を越えようとするヤンデレ公爵
「……リリア。君は、泣いているのか」
地を這うような、恐ろしいほど低い声が部屋に響いた。
私がビクッとして顔を上げると、そこには、これまでに見たことがないほど青ざめ、そして底知れぬ『怒り』と『狂気』に顔を歪ませたユリウス様の姿があった。
「ゆ、ユリウス様……? 怒って……」
「……ああ。怒っているとも。自分自身の不甲斐なさにな!!」
ガンッ!!と、ユリウス様は自分の拳を壁(さっき直したばかりの場所)に叩きつけた。
大工たちが「ヒィィッ!」と悲鳴を上げて逃げ出す。
「私は、君を笑顔にしたくてこの『オコメ』を用意したのに! 君を泣かせてしまうなんて! 君の涙を見るくらいなら、こんなもの、私がすべて燃やし尽くしてやる!!」
「ええっ!? ち、違います! これは美味しすぎて、嬉し泣きで……っ!」
「嘘をつかなくていい! 君のその涙は、遠い故郷『ニホン』を思っての寂しさだろう!? いくら私がこの世界で君を甘やかしても、君の魂はまだ、その星の向こう側にあるというのか!!」
(解釈が! 解釈が壮大すぎる上に重すぎる!!)
私の「美味しい」というささやかな感動は、ユリウス様の中で『故郷への癒えない未練(=俺への愛が足りない)』という、最悪のヤンデレ燃料に変換されてしまったのだ。
ユリウス様は私の肩をガシッと掴み、狂信者のような血走った瞳で私を見つめてきた。
「許さない。君の心を私から奪う『ニホン』という国を、私は絶対に許さない……!」
「だ、旦那様!?」
「決めたぞ、リリア。私が君の故郷をすべて再現するのではない。……私が次元の壁を破壊し、『ニホン』という国そのものをこの公爵領に転移させて、私の支配下に置いてやる!!」
「はああああああっ!?」
私の口から、とんでもない素っ頓狂な声が漏れた。
次元侵略戦争!? 私の故郷(日本)を物理的にこっちの世界に持ってくる!?
王国最高の魔力と権力を持つこの男なら、数十年かければ本気でやりかねないという恐怖が、私の背筋を凍らせた。
「そ、そんなことしたら日本が大パニックになります!! やめてください!!」
「君が寂しがるよりはマシだ! 日本の平民どもなど、全員私の奴隷にして君の世話をさせればいい! 鉄の箱とやらも、錬金術師に解析させて兵器として運用すれば、我が国の軍事力も上がる! 一石二鳥ではないか!!」
「私の故郷を植民地にする気ですかーーっ!!」
私はベッドから飛び出し、次元を切り裂く魔法陣を展開しようと両手を掲げ始めたユリウス様の腰に、全力でしがみついた。
「お願いですからやめてくださいぃぃっ! 私、もう日本には帰りたくないです! ここがいいです! ユリウス様と一緒に、このお部屋でずっと一緒にいますからぁっ!」
「……本当か? 故郷よりも、私を選んでくれるのか?」
「選びます! 絶対に選びます!!(日本政府を守るために!)」
「ああ……リリア……!!」
私の決死の懇願(という名の次元防衛)に、ユリウス様は展開しかけた魔法陣をパッと消し去り、私を強く、息が止まるほどきつく抱きしめ返した。
「君がそう言ってくれるなら、ニホンの侵略は取りやめにしよう。だが、君が少しでも私の腕から逃げ出そうとしたら、その時は本当に星の海を越えて、君の故郷を火の海にするからね」
「ひっ……!」
「君はもう、私という鳥籠から永遠に抜け出せない。……愛しているよ、私のただ一人の天使」
耳元で囁かれた、甘く、そして規模がデカすぎる脅迫。
スパイ疑惑の尋問(勘違い)から始まった騒動は、異世界転生のカミングアウトを経て、ついに『次元侵略を人質に取られた究極の軟禁生活』へと進化してしまった。
目の前には、国家予算を注ぎ込んで作られたオーバースペック炊飯器と、湯気を立てる美味しい白米。
背後には、私を絶対に逃がさないと誓う、重すぎる愛を抱えたヤンデレ公爵様。
(……せめて、ご飯が冷める前に食べさせて……)
私はユリウス様に強引に唇を塞がれながら、心の中で日本の総理大臣に「私が身を挺して国を守りました」と報告し、またしても果てしなく長い(そして甘い)お昼寝の時間へと引きずり込まれていくのだった。




