「自白剤の効き目を偽装するため、異世界転生者だと自白しました〜旦那様の解釈が限界突破しています〜」
氷の公爵様お手製の特製スープ(※リリア視点では自白剤入り)を飲まされてから、数時間が経過した。
私は現在、ふかふかのベッドの上で、ユリウス様の腕の中にすっぽりと収まりながら、ガタガタと小刻みに震えていた。
(あつい……。体の奥からポカポカして、なんだか頭もぼんやりしてきたわ……)
それは、王国最高の食材と薬草をふんだんに使ったスープの『滋養強壮効果』が抜群に発揮されているだけだったのだが、恐怖で脳内フィルターがかかっている私には、まったく違う現象に思えていた。
(間違いない! 自白剤が効き始めているんだわ! このままじゃ、理性を失って、私が男爵家のスパイ(という設定)だと勝手に自白させられてしまう……!)
私がスパイではないという真実など、あの冷酷無比な公爵様が信じるはずがない。
「吐け!」と責められれば、前世で培った私の気弱な性格では「ごめんなさい、私がやりました」と虚偽の自白をしてしまう危険性すらあった。
「リリア? どうしたんだい、顔が赤い。やはりまだ熱があるのか?」
私の震えを感じ取ったユリウス様が、心配そうに私の額に自身のおでこをコツンと当ててきた。
至近距離にある、恐ろしいほど美しい彼の顔。氷の青い瞳が、私を逃がさないとばかりに真っ直ぐに見つめてくる。
「っ……あ、いえ、大丈夫、です……」
「嘘はいけない。体がひどく熱いじゃないか。熱を逃がすために、もっと薄着になった方がいい。私が肌で温めて、汗をかかせてあげよう。さあ、服を脱いで」
「ぬ、脱ぎません!!」
私は自身の上着の襟を両手でギュッと掴み、全力で抵抗した。
この人は、看病にかこつけて私を脱がす口実を探しているだけだ! そして服を脱がせた無防備な状態で、スパイの尋問を始める気なのだ!
(どうしよう! 自白剤が完全に効いて意識が飛ぶ前に、なんとかしなければ!)
私はパニックになる頭をフル回転させた。
自白剤を飲まされたのなら、逆に『もう薬が効いている』と見せかければいいのではないか?
彼が本当に聞き出したい『男爵家の暗殺計画』について聞かれる前に、自分から『別のどうでもいい秘密』をベラベラと喋りまくって、薬の効き目を偽装するのだ!
(それしかない! ええと、私の持っている秘密で、公爵様が驚きそうだけど、処刑には繋がらない無害な秘密は……!)
前世の記憶――一度目の人生で私が彼と結婚し、カミラ夫人との浮気を疑い、毒殺されたこと。
それは絶対に言えない。
彼がカミラ夫人を愛していたという真実を突きつけることになり、機密を知ったとして物理的に消されてしまう。
ならば、もう一つの前世の記憶。
私がこの世界とは違う、別の世界からやってきた魂だという秘密だ!
「ゆ、ユリウス様……っ!」
「ん? どうしたんだ、リリア。苦しいのか?」
「わ、私……お薬のせいか、なんだか……隠していたことを、すべてお話ししたくなってきました……!」
私の決死の『自白剤効いてますアピール』に、ユリウス様はピクリと眉を動かした。
「……隠していたこと、だと?」
一瞬、彼の声の温度が数度下がったのを感じた。
青い瞳に、暗く濁った執着と嫉妬の炎が灯る。
(私以外の男のことか? それとも、前世で私から逃げ出したくなった時のことか? ……もし、私の知らない男の名前が彼女の口から出たら、私はそいつを探し出して王都の広場で磔にしてやる……!)
ユリウス様の内心の物騒な思考など知る由もなく、私は唾をゴクリと飲み込み、震える声で叫んだ。
「わ、私、実は……『ニホン』という、別の世界からやってきたんです!!」
「……はい?」
「異世界転生、というやつです! 今の私には、前世の記憶があるんです!」
――言った! 言ってやった!
これなら「男爵家の暗殺計画を企てていたスパイ」ではなく、「異世界の記憶を持つちょっと不思議な(頭のおかしい)令嬢」として、無害判定をもらえるかもしれない!
一方のユリウス様は、私の言葉を聞いて目を見開いた。
(『前世の記憶がある』!? まさか、リリアも私と同じように、一度目の死の記憶を持ってこの二度目の人生を……!?)
ユリウス様の胸の中で、激しい動揺と歓喜が渦巻いた。
もし彼女も記憶を持っているなら、私が彼女をどれほど愛しているか、言葉を尽くさずとも……いや、待て。
『ニホン』? 『異世界』? それは一体なんだ?
「あ、あの……ユリウス様?」
「……リリア。君の言う『前世』とは、一度死んで時間が巻き戻ったという話ではないのか?」
「えっ? 時間が巻き戻る? いえ、そんな魔法みたいな話ではなくて……! まったく別の世界で死んで、この世界のリリアとして生まれ変わったんです!」
私は必死に、現代日本での記憶を語り始めた。
「ニホンという国には、魔法はありませんでした! 代わりに『カデン』という便利な機械がたくさんあって、馬車の代わりに『ジドウシャ』という鉄の箱が走っていたんです! 私はそこで、毎日満員電車に揺られて会社というお城に通う、しがない平民でした!」
「テツの箱……? カイシャ……?」
王国最高の頭脳を持つ宰相閣下も、さすがに未知の単語の連続に目をパチクリとさせている。
よし、この調子で自白剤の効果を偽装しきるわ!
「食べ物も全然違います! 『オコメ』という白い粒を食べて、生の魚をお醤油という黒い汁につけて食べていたんです! だから、実家の男爵家で古いパンばかり食べさせられていた時は、本当にニホンのご飯が恋しくて……っ!」
「……っ!」
私がペラペラと異世界知識をひけらかしていると、急にユリウス様の顔つきが変わった。
彼は驚きではなく、ひどく痛ましそうな、そして愛おしそうな顔をして、私の両手をギュッと握りしめた。
「リリア。君は……そんな見知らぬ遠い星から、一人でこの世界に迷い込んでしまったのか……」
「えっ?」
「魔法もない、鉄の箱が走る不思議な国。君はそこで平和に暮らしていたのに、この世界に落ちてきて、あの冷酷な男爵家に拾われ……私という男の元へ嫁がされたんだな」
(あれ? なんだか話のスケールが壮大になってない!?)
ユリウス様は私の手の甲に、祈るように何度も口づけを落とした。
「君が時々、どこか遠くを見つめるような寂しい目をしていた理由が、ようやくわかった。君は故郷を想っていたんだね。……前世……いや、君の本当の故郷は、私には手の届かない星の向こうにあるんだな」
「あ、あの、星の向こうというか、魂の次元が違うというか……」
「ああ、なんという奇跡だ。星の海を渡って、君は私と出会ってくれた。君は私にとって、天から舞い降りた天使そのものだ!」
(天使!? スパイから一気に神格化された!?)
私の「自白剤誤魔化し作戦」は、完全に予想の斜め上を猛スピードで突き抜けていた。
ユリウス様の青い瞳からは、ポロポロと感動の涙が零れ落ちている。
「君がどこの世界の魂であろうと関係ない。君は私のリリアだ。もし君が『ニホン』に帰りたいと願うなら、私はこの身を削って次元を越える魔法を開発しよう。だが……どうか、私を置いていかないでくれ。君のいない世界など、私にとっては地獄でしかないんだ」
ユリウス様は私の腰に顔を埋め、子供のようにすがりついてきた。
(だ、駄目だ。この人、完全に私の妄言を信じ切って、しかも重すぎる愛のベクトルに変換してる……!)
スパイの疑いを晴らすことには成功した(?)ようだが、代わりに「異世界から来た尊い天使」という、ハードルの高すぎる属性を付与されてしまった。
「わ、私はどこにも帰りません! ここにいますから! だから泣かないでください、ユリウス様!」
「本当か? 私の側で、ずっと生きてくれるのか……?」
「はい! (逃げたら次元越えの魔法で追ってきそうだから)絶対に離れません!」
「ああ、リリア……! 愛している、私の天使! 今すぐ君の故郷の『オコメ』とやらを、王国の全商会を動員して探させよう! なければ魔法で新種の植物を作り出す!」
「農業革命まで起こさないでください!」
私が涙目でツッコミを入れた、その時だった。
――バリィィィィィィィンッ!!!!
突然、寝室の壁の向こう側……数日前に移築されたばかりの『執務室』との境界から、ガラスが砕け散るようなすさまじい轟音が響き渡った。
「なっ!?」
「きゃあっ!?」
私が悲鳴を上げてユリウス様の腕の中に縮こまる。
ユリウス様が「誰だ!」と鋭い殺気を放って睨みつけた先。
そこには、ユリウス様が張ったはずの強力な防音結界と物理障壁が、完全に破壊され、大穴が開いた壁の無惨な姿があった。
そして、その穴の向こう側から、ボロボロの軍服を着た白髪交じりの初老の騎士――国王直属の近衛騎士団長が、肩で息をしながら剣を杖代わりにして立っていた。
彼の背後には、同じく死にかけの顔をした宰相補佐の文官たちが、大量の書類を抱えてゾンビのように群がっている。
「……ゼエ、ゼエ……。ゆ、ユリウス・フォン・クライス公爵閣下……」
「……近衛騎士団長。私の結界を力業で破るとは、命知らずにも程があるな。妻の安眠を妨げた罪、万死に値するぞ」
ユリウス様が指先から氷の魔法の槍を生成し、本気で騎士団長を串刺しにしようとした瞬間。
騎士団長の持っていた通信用の魔力水晶がピカーッと光り、そこから威厳のある、しかし怒り心頭の野太い声が轟いた。
『――いい加減にせんか、この馬鹿者がああああああっ!!』
「ひっ!?」
水晶の向こうから響いたのは、間違いなくこの国の頂点に立つ、国王陛下ご本人の声だった。
『三日! 三日なら新婚の情けとして許してやろうと思ったが! さらに三日結界を延長するとは何事だ!! 宰相の決裁が下りず、隣国との貿易協定がストップして王都の物価が跳ね上がっておるわ!!』
「陛下。私の妻の看病と、国の貿易。どちらが重要かなど、考えるまでもないでしょう。私は有給休暇を――」
『有給などという概念はこの国にはない!! 今すぐ書類にサインをして、王城の会議に出席しろ!! さもなくば、お前の公爵邸の周りに王立魔術師団を配備して、邸ごと王城の敷地に転移させるぞ!!』
「ほう。妻と一緒に王城に住めるなら、それも悪くありませんね」
(最悪だこの宰相!! 国王陛下相手に一歩も引いてない!!)
私は布団の中で顔を覆い、本気で泣きたくなった。
冷酷公爵様は、私に対するヤンデレ溺愛のせいで、もはや国政すらどうでもよくなっている。
このままでは、本当に反逆罪で私ごと処刑されてしまう!
「ゆ、ユリウス様! お願いです、お仕事に行ってください!」
「しかし、君の看病が……」
「私はもう元気です! スープのおかげで完全に治りました! だから、国王陛下を怒らせないでくださいぃぃっ!」
私が涙ながらに懇願すると、ユリウス様はチッと舌打ちをし(国王相手に舌打ちをした!)、渋々といった様子で氷の槍を消し去った。
「……君がそこまで言うなら、仕方がない。陛下、今すぐそちらへ向かいます」
『ふんっ! 全く、あの仕事の鬼が完全に腑抜けおって! リリア夫人、我が国の宰相の手綱、しっかりと頼んだぞ!』
通信水晶がプツンと切れる。
ユリウス様は深く溜息をつくと、私の額に名残惜しそうにキスをした。
「すぐ戻る。私の視界から君が消える時間は、一分一秒でも短くするからね。……帰ってきたら、君の故郷の『ニホン』の話の続きを、たっぷり聞かせておくれ」
「はい……いってらっしゃいませ……」
ユリウス様が崩れた壁の穴から執務室へと消え、文官たちに囲まれていくのを見送りながら、私は長すぎる溜息をついた。
(自白剤の偽装作戦、大失敗じゃないの……)
スパイの疑いを晴らすことには成功した(そもそも疑われていなかったが)。
しかし、異世界転生の秘密を明かしたことで、「星の海を渡ってきた天使」として、彼の狂気じみた執着心に新たな燃料を投下してしまった。
その上、国王陛下から「宰相手綱係」の烙印まで押されてしまう始末。
「……円満離婚なんて、もう一生無理だわ……」
穴の開いた壁の向こうから、「リリアが寂しがるから、この会議は三分で終わらせる!」というユリウス様の理不尽な怒号が聞こえてくる。
二度目の人生は、私の予想を遥かに超えた甘く危険な方向へと、もはやブレーキが完全に壊れた状態で暴走し続けているのだった。




