第6話:破壊の魔導料理と、均一加熱の業火。 ――愛情は本物だったが、おにぎりは凶器だった。
「明日のお弁当、私が作ります……!!」
土曜の夜、雪菜が宣言した。
目がきらきらしていた。拳を握っていた。完全に本気の目だった。
小夜がそっとこめかみを押さえた。
「お嬢様、お料理の経験は……」
「ありません……!!」
「では――」
「でも、蓮様のために作りたいんです……!!」
小夜が蓮を見た。
まさに助けを求める目だった。
「……まあ、やってみればいいんじゃないか?」
小夜の目が「旦那様……」という色になった。助けを求めた相手に裏切られた目だ。
「わふっ」
ここに入れるがソファの上から、雪菜を応援するように鳴いた。応援しているのか、明日の弁当に期待しているのかは判断がつかなかった。
◇
深夜。
寝室から物音がした。
正確には、キッチンから。
トタトタ、と廊下を歩く足音。それから水道の音。それから「えっと……まずお米を……」という小声。
蓮は布団の中で目を開けた。
……まだやってるのか。
こっそり練習しているらしかった。声が聞こえてくる。「……お米って何合でしたっけ……一合は何グラム……?」「……水の量は……お米の1.2倍……? 1.5倍……?」「……蓮様、どっちですか……(寝てる)……では1.35倍で中を取ります……」
かなり真剣だった。
しばらくして、冷気が漂ってきた。
廊下の隙間から。
おそらく、緊張か集中か、あるいは何か失敗したかで、魔力が漏れ出しているのだろう。気温が下がっていく。
「……あっ、凍った……」
小声で焦っている。
「……大丈夫です、このくらい……手で温めれば……あっ」
また冷気が来た。
蓮は布団をかぶり直した。
……まあ、朝までには何とかなるだろう。
◇
翌朝。
キッチンのテーブルに、弁当箱が置いてあった。
雪菜が、両手を前で揃えて、少し緊張した顔でそれを見ていた。小夜が隣に立って、無表情で同じものを見ていた。
蓮は弁当箱を手に取った。
重い。
やけに重かった。
蓋を開けた。
中に、おにぎりが三個入っていた。
……白かった。
正確には、白というより、半透明だった。表面に霜が張り付いており、形は一応おにぎりだが、全体がうっすら青白く光っている。触れると指先がじんじんした。
氷点下だ。
「……作りました……!」
雪菜が、震える声で言った。
「……見た目は……その……少し……氷魔力が混入してしまいましたが……中はちゃんとご飯になっているはずで……」
箸を刺してみた。
ごりっ、という音がした。
「……」
「……」
刺さらなかった。箸の先が白くなっていた。凍りついた。
「……その、雪菜」
「は、はい……っ」
「何時間かかったんだ?」
「……夜中の一時から……四時間ほど……」
雪菜が俯いた。
「もしかして寝てないのか?」
「蓮様のために……!」
目が潤んでいた。四時間の奮闘の末がこれだ、という後悔と、それでも渾身の作という誇りが混在した、なんとも言えない顔をしていた。
「お嬢様」と小夜が静かに言った。「おにぎりの内部温度が推定マイナス三十度を下回っております。凶器として申請が必要なレベルです」
「そ、そんなに……!?」
「はい。昨夜、旦那様の部屋の廊下の温度が七度まで下がっていました」
「……気づいてたのか、小夜」
「はい。防寒結界を張っておきました」
蓮は改めておにぎりを見た。
雪菜が「……ごめんなさい……」と小さく言った。今にも泣きそうだった。サファイアの瞳が揺れている。四時間寝ずに作って、これが結果だ。
雪菜が弁当箱に手を伸ばした。
「まて、簡単に捨てるな」
蓮は弁当箱を持ってキッチンへ向かった。
「え……?」
「ちょっと待ってろ」
まな板の上に、おにぎりを一個取り出して置く。
コンコン、と叩くと、硬い音がした。完全に凍結している。表面だけでなく、中の米粒の一粒一粒まで、氷の魔力が浸透しているはずだ。
指先を、おにぎりに向けた。
――【極小火力:浸透均一照射】。
かつてSSS級ダンジョンの最深部で、直径一キロの魔力結界を一点から内側へ崩壊させた、精密浸透系の最上位魔術。その火力を、おにぎり一個分に絞る。
目標は米粒の一粒ずつ。
氷の魔力と熱の魔力の干渉を最小化しながら、内部の水分子だけを均一に加熱する。凍結した氷晶を溶かし、米粒を適切な含水率に戻し、表面だけにふっくらとした艶を出す。
七秒。
「……できた」
おにぎりが、湯気を立てていた。
表面はふっくらと、艶やかに。青白い光は消えて、炊きたての白米の色になっている。
雪菜に差し出した。
「食べてみろ」
雪菜がそっと受け取り、一口食べた。
目が、見開かれた。
「……っ!? ふ、ふわっ……! お米が……ほかほかで……中から……!?」
「均一に加熱した」
「で、でも、さっきあんなにカチカチだったのに……!」
「米粒単位で熱を通した」
「こ、米粒単位……!?」
雪菜の瞳に、じわっと涙が溜まった。
「……蓮様……私の作ったおにぎりなのに、こんなに美味しくなって……」
「元々ちゃんと握ってあったからだ。熱を通しただけだ」
「でも……私一人じゃ……」
「だから俺がいる。家族みたいなもんだろ。必要な時はサポートするから」
言うつもりじゃなかったが、あの顔を見たら仕方なかった。
雪菜の頬が、みるみる赤くなった。足元のフローリングに霜が走る。
「っ……そ、そんなこと言われたら……魔力が……!」
「いちいち凍らすな」
「す、すみません……嬉しくて……!!」
小夜がそっとエプロンのポケットに手を入れた。頭痛薬の小瓶を取り出し、一錠を口に含む。
「……旦那様」
「なんだ?」
「おにぎりの内部を米粒単位で加熱するという技術は、戦闘メイド協会の料理教本のどこにも記載がございません」
「そうだろうな」
小夜が真顔で続けた。
「そのような技術があれば、世界の食糧問題が解決できます」
「大げさだ」
「大げさではございません」
小夜はもう一錠飲んだ。
「……お嬢様」
「は、はい……!」
「次回、おにぎりをお作りになる際は、事前に申告ください。私が隣で補助いたします」
「……小夜……!」
雪菜の目がまた潤んだ。今度は感謝の涙らしかった。
「なお、昨夜の廊下の結露については、本家への報告書から除外しております。誰にも言いません」
「小夜……!!」
雪菜がぎゅっと抱きつこうとした。
小夜がすっと半歩引いた。
「私は、あなたの専属メイドですから」
「……っ」
雪菜がぐっと堪えた。
ソファの上でそれを見ていたココアが、「わふっ」と一声鳳いて、また丸まって寝た。
朝の台所に、湯気の立ったおにぎりが三個並んでいた。




