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世界最強を隠したい俺、学校一の冷徹な氷系聖騎士に監視(同棲)されることになった ――中身は激重感情、記録は凍る監視報告書  作者: ざつ
第1章:押しかけ同棲、始まりました

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第3話:戦闘メイドの小夜さんは、頭痛薬が手放せない。 ――伝説のエリートが雇われ先を間違えたのか、蓮の家が間違っているのか。

 日曜の朝。


 昨日の特売肉の出番はとっくに終わり、今朝は普通に食パンを焼いた。蓮とココアがのんびりしていた頃だった。


 雪菜は昨日から住み込んでいる。土曜一日でそれなりに落ち着いた――と言いたいところだが、実際のところは色々あった。詳細は省く。


「……お嬢様」


 声がした。


 リビングの隅から。


「っ!?」


 雪菜が跳び上がった。蓮は振り返った。


 その黒影は窓際にいた。


 いつからそこにいたのか、まったくわからなかった。完璧なメイド服を隙なく着こなした女性が、背筋をぴんと伸ばし、両手を前で重ねて、まるで最初からそこに存在していたかのように佇んでいた。


「小夜っ! いつからいたんですか!?」

「昨日の朝から、ですが?」

「き、昨日の朝!?」

「はい。お嬢様がドアを叩き破る勢いで押し入られた際に、一緒に」


 さらりと言ってのけた。


 蓮は少し考えた。


「……昨日から一言も声をかけなかったのか?」

「状況を見極めておりました」

「一日かけて……?」

「想定より、見極めに時間がかかりました」


 微塵も反省していなかった。


 蓮はその女性の顔を、改めて見た。


「……荒木小夜、か」


 女性の眉が、ほんの僅かに動いた。


「あら、ご存知でしたか、旦那様?」

「名前くらいは、な」


 それ以上は言わなかった。


 荒木小夜。戦闘メイド協会を首席で卒業し、現役時代は単独で複数のSSS級ダンジョン攻略隊の護衛を務めた、裏の世界では知らない者がいない伝説のエリート。風の属性使いとして、気配遮断と諜報活動において世界最高峰と謳われる存在だ。


 そいつが今、雪菜のお目付役として蓮の六畳のリビングに立っている。


「……なんで神代家のメイドやってんだ、お前」

「旦那様に申し上げる義務はございません」

「……そうか」


 まあ、人それぞれ事情はある。


 その間、ソファの上のココアは小夜をじっと見ていた。いつもなら新参者に向ける威嚇の気配も、地属性の覇気もない。ただ静かに、品定めするように。


 やがてトタトタと歩み寄り、小夜の足元で前足を揃えてちょこんと座った。


「わふっ」

「……可愛らしいですね」


 小夜が自然に腰をかがめ、ココアの頭を撫でた。ココアが気持ちよさそうに目を細める。


「え……ちょっと待って……なんで……!? ずっと私には威嚇してたのに!?」


 雪菜が心底驚いた顔をした。気持ちはわかる。昨日一日、雪菜を牽制しっぱなしだったのに。


 ただ、ある意味では納得だった。


 ただ者じゃない相手を見抜く目は、魔獣の方が正確だ。


「さて」


 小夜が背筋を戻した。


「旦那様、コーヒーをお淹れしてもよろしいでしょうか。メイドとして、客人への手ぶらは本意ではございません」

「いい、俺が淹れる」

「いえ、それはメイドである私が――」

「俺が淹れる」


 小夜が静止した。一瞬だけ、何かを測るような間があった。


「……では、拝見させていただきます」


 引いた。ただし目は引いていなかった。


 コーヒー豆を挽いて、ドリップの準備をする。湯温は83度。指先でじわりと熱を通し、一定の細さで注いでいく。全部で四分かからない。


 カップを小夜の前に置いた。


 小夜は一口飲んだ。


 また、黙った。今度は少し長かった。


「……戦闘メイド協会の研修で、世界最高峰のバリスタにコーヒーの淹れ方を叩き込まれました」

「そうか」

「その方のコーヒーと、同じ味がします……」

「……それはよかった」


 小夜はカップを静かに置き、こめかみを押さえた。エプロンのポケットから小瓶を取り出し、頭痛薬を一錠、コーヒーで流し込む。


「お嬢様」

「は、はい……!」

「本家への監視報告書の件ですが……」


 雪菜の顔が、みるみる引きつった。


「昨日一日分、確認させていただきました。全文、読み上げてよろしいですか?」

「で、できれば……やめていただけると……!」

「では要点だけ」


 小夜は懐から手帳を開いた。


「午前の部。『蓮様が紅茶を淹れてくださいました。世界最強の炎で淹れた紅茶は、これまでのどんなお茶よりも美味でした。蓮様の指先ひとつで生まれるあの温かさは、まるで蓮様そのものを体現しているようで、飲むたびに胸がいっぱいになります。蓮様はやはり世界最高です。監視対象に危険な動向は特になし』」

「……そ、それの何が問題なのですか!!」

「これは恋文です」


 ぴしゃりと言い切った。


「監視報告書に恋文は不要です。続けます」


 小夜は頭痛薬をもう一錠取り出した。飲む前に、まだ手帳を閉じていない。


「昼の部。『ご報告が難しい内容のため、詳細は割愛します』」

「……それはどういう意味だ?」


 蓮が思わず聞いた。


「私にもわかりかねます。ただ、午後に私が確認した際、お嬢様は顔を真っ赤にしてソファの角に正座されており、ココア様は蓮様の膝の上で勝ち誇った顔をされておりました」

「そ、その件は……! 忘れてください!!」

「ご安心ください。本家への報告は控えました」

「……助かります……」


 小夜が、手帳のページをめくった。


「お嬢様のためです。続けます」

「夕方の部。『蓮様が窓の外を眺めていらっしゃいました。夕暮れを背に佇む蓮様のお姿は、まるで物語の主人公のようで、思わず見とれてしまいました。きっと私だけが知る蓮様の横顔です。蓮様は佇んでいるだけでも世界最高です。なおこの時間帯の監視業務については、蓮様を観察することに集中しておりましたため、危険な動向の有無については確認できておりません』」

「……監視報告の体をなしていないな」

「はい。抹消しました」


 雪菜が「小夜……!」と震える声を上げた。小夜は視線を手帳に落としたまま動じない。


「夜の部。『蓮様が夕食を作ってくださいました。お肉と野菜の炒め物でしたが、これまで食べたどんな料理よりも美味しかったです。蓮様は料理も世界最高です。食後、蓮様が「美味かったか?」と聞いてくださいました。その一言だけで今日一日が報われた気がして、少し泣きそうになりました。ちなみに今日一日で、蓮様が世界最高だと確信した事案は計七件でした。監視対象に危険な動向は特になし』」


 小夜は手帳を閉じた。


「以上です」


 リビングがしんと静まり返った。


「……七件」と蓮は言った。


「はい」

「一日で?」

「はい」

「……泣きそうになったのか?」

「旦那様、その箇所は流していただけると私の胃が助かります」


 小夜は頭痛薬を、今度は二錠まとめて飲んだ。


 雪菜は両手で顔を覆って「……読まないでください……!」とくぐもった声を上げていた。ソファの上でその様子を眺めていたココアが、ふんと鼻を鳴らした。


「戦闘メイド協会実技教本第十二条。『不完全な情報の伝達は主人の信頼を損ねる』。本日の報告書も同様の内容が予想されますが、私の胃の状態と相談しながら適宜修正いたします」

「小夜……これからは自分で提出しますので……!」

「お断りします」


 ぴしゃりと言い切った。


「では旦那様」と小夜が向き直った。「改めて、荒木小夜と申します。お嬢様のお目付役として、お世話になります」

「ああ」

「なお旦那様の家事能力については、戦闘メイド協会員として一言申し上げる必要がございます」

「……何がだ?」


 小夜が淡々と続けた。


「掃除が行き届きすぎています。一人暮らしの高校生男子の部屋として、あり得ない清潔さです。これでは私の仕事がございません」

「別に仕事しなくていいぞ」

「それはできません」と小夜はきっぱり言った。「メイドである私が何もしない家など、存在してはならないのです……」


 またこめかみを押さえた。今度は薬を出さなかった。さすがに本日の上限に達したらしい。


 雪菜が、申し訳なさそうにしながらも、どこか誇らしそうに胸を張った。


「蓮様は何でもお出来になるんです……!!」

「それは昨日から存じております……」


 小夜の声は、ひどく疲れていた。


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