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世界最強を隠したい俺、学校一の冷徹な氷系聖騎士に監視(同棲)されることになった ――中身は激重感情、記録は凍る監視報告書  作者: ざつ
第4章:もう隠しきれない「好き」

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第29話:氷を溶かす、温かいぬくもり。 ――見つけてくれて、ありがとうございました。

 たこ焼きパーティーの後片付けが終わる頃には、夜も更けていた。


 凍牙は「また来る……! 次は絶対、俺が焼く係だ……!」と謎の宣言を残して帰っていった。誰も、任せる約束はしていない。


 ココアは満腹すぎて、リビングのソファで丸まったまま、すでに寝息を立てていた。小夜も、後片付けを終えて「本日はこれで失礼します」と、静かに自室へ下がっていった。


 リビングに、蓮と雪菜だけが残った。


「……ベランダ、出るか?」


 蓮が、ふとそう言った。


「はい」


 雪菜が、頷いた。


 ◇


 ベランダに出ると、夜風が少し冷たかった。


 空には、星がよく見えた。街灯りから少し離れた場所にあるアパートだからか、都会にしては星の数が多い。


 二人並んで、手すりに寄りかかった。


「……綺麗ですね」


 雪菜が、星空を見上げながら呟いた。


「ああ」

「今日、楽しかったです。凍牙お兄様のことは、正直、扱いが雑になってしまいましたが……」

「まあ、あいつはあれで喜んでる」

「そうだといいのですが……」


 雪菜が、小さく笑った。


 夜風が、また吹いた。


 雪菜が、小さく身を震わせた。


「……寒いか?」

「少しだけ、です。でも、大丈夫です」


 強がりだった。腕に鳥肌が立っているのが見えた。


 蓮は、何も言わずに、雪菜の手を握った。


「っ……」


 雪菜が、小さく声を漏らした。


 蓮の手のひらから、じんわりとした熱が伝わっていく。かつて魔神すら消し飛ばした【炎】の魔力を、限界まで絞った、ただ温かいだけの熱量。


「……温かい、です」


 雪菜が、目を細めた。


「風邪引くだろ、このままだと」

「蓮様がいれば、風邪も引きません」

「そういう問題じゃない」

「そういう問題です!」


 雪菜が、繋いだ手を、両手で包み込むように握り直した。


「……蓮様の手、いつも温かいですよね」

「まぁ、炎使いだからな」

「それだけじゃない、気がします」


 雪菜が、蓮の方を見た。


 サファイアの瞳が、星明かりを映して、いつもよりずっと澄んで見えた。


「……蓮様」

「なんだ?」

「聞いてもいいですか?」

「……なんだ?」

「なんで、私を、拾ってくださったんですか?」


 蓮は、少し考えた。


「拾った覚えはない。勝手に押しかけてきたんだろ」

「それはそうですが……あの、覚えていますか。初日に、私、正直に言いましたよね。監視は建前で、本当は一緒に暮らしたかっただけだって」

「……覚えてる」

「あれ、噓じゃなくて、本当にそうだったんです。任務なんて、最初から眼中にありませんでした」


 雪菜が、少し気恥ずかしそうに続けた。


「同年代の監視対象として名前が挙がった時点で、他の候補が検討される前に、無理やり立候補しました。職権も、多少……いえ、かなり乱用しました」

「知ってる。初日に聞いた」

「聞きましたね……! 改めて言うと、恥ずかしいものがあります」

「私、ずっと気を張って生きてきました。学業も、剣も、聖騎士としての務めも。誰かに弱いところを見せてはいけない、完璧でいなければいけない、と」


 夜風が、また吹いた。


「でも、ここに来てから、初めて……気を張らなくていい場所ができました。おにぎりを凍らせても、床を凍らせても、恥ずかしい失敗をしても、誰も呆れずに、笑って許してくれる場所が」


 雪菜の声が、少しだけ震えた。


「私が、蓮様を見つけたから。私、こんなふうに笑えるようになりました」


 蓮は、少し眉を上げた。


「……俺が見つけられた側みたいな言い方だな」

「事実です」


 雪菜が、きっぱりと言った。


「無理やり立候補までしておいて、初日にいきなり荷物を持って押しかけて、そのまま居座って……今思えば、私、かなり無茶をしました」

「……いきなり過ぎて、正直、断る隙もなかった」

「断らせるつもりが、ありませんでしたので」


 雪菜が、悪びれる様子もなく言い切った。


「あの頃の私、自分でも引くくらい行動力がありました。でも、あの一歩がなければ、今、ここにいません」


 雪菜が、少し遠い目をした。


「……覚えていますか? もっと前の話です。私がまだ、聖騎士団に入りたてだった頃」

「……崩落のときのことか?」

「はい。ダンジョンの崩落に巻き込まれて、瓦礫の下敷きになって……あの時、蓮様が助けてくださいました」


 夜風が、静かに吹いた。


「顔もよく見えていませんでした。声も、一言か二言くらいしか聞いていません。それでも、あの時の温かさだけは、ずっと覚えていました」


 雪菜が、少し俯いた。


「蓮様は、私のことなんて、きっと覚えていらっしゃらないだろうと思っていました。何百人と助けてきた中の、一人でしかないだろうと」

「いや、覚えてた」


 雪菜が、顔を上げた。


「顔も、名前も、あの日のことも、ちゃんと覚えてた。ただ……それだけだった」


 蓮は、少し言葉を選んだ。


「積極的に関わるつもりは、なかった。助けたのは、その場にいたからだ。それ以上、何かをするつもりはなかった」

「……はい」

「お前が、勝手にこじ開けてきたんだ。俺が閉じてたものを……」


 雪菜が、目を見開いた。


「玄関のドアだけじゃない。俺は、誰にも踏み込まれないように、ずっと閉じてた。お前が来るまで」


 蓮は、少し黙った。


 ……確かに、あの日の勢いは、尋常じゃなかった。


 いきなり押しかけてきて、断る間もなく居座られて、気づけば生活の一部になっていた。振り返れば、終始押し切られていただけだった気がする。


「……見つけられたのは、俺の方かもしれないな」

「はい」


 雪菜が、満足そうに頷いた。


 蓮は、繋いだ手に、少しだけ力を込め返した。


「……本当に、ありがとうございました」


 雪菜が、目を潤ませながら、微笑んだ。


 星空の下、氷の聖騎士の頬が、ほんの少しだけ緩んでいた。作られた無表情でも、演技でもない、ただの雪菜の顔だった。


 蓮は、その顔をしばらく見ていた。


「……礼を言うのは、俺の方だ」

「え……」

「助けたのは、俺の方が先だったかもしれない。だが、こうして、また会いに来てくれたのは、お前だ」


 雪菜が、息を呑んだ。


「隠すことばかり考えて生きてきた。誰にも踏み込まれないように、面倒事に巻き込まれないように、それだけを考えてた」


 蓮は、星空を見上げた。


「それが、いつの間にか、面倒だと思わなくなった」

「……蓮様」

「ありがとうな」


 言葉が、静かに落ちた。


 蓮が、自分から誰かに礼を言うのは、これが初めてだった。


「お前が、勝手に押しかけてきたからだ」


 雪菜が、小さく笑った。涙が、一筋こぼれた。


「勝手に押しかけて、正解でした」

「まあ、悪くはなかったな」


 蓮は、繋いだ手をそのままに、雪菜の頭に、もう片方の手をそっと乗せた。


「……っ」


 雪菜が、目を見開いた。


「……このまま、少し、こうしてていいか?」

「……はい」


 雪菜が、蓮の肩に、そっと頭を預けた。


 夜風は、まだ冷たかった。


 けれど、繋いだ手のひらから伝わる熱だけは、ずっと温かかった。


 しばらくの静寂のあと、蓮は、ふと思いついたことを口にした。


「……なあ」

「はい」

「そろそろ、『蓮様』ってのは、やめないか?」


 雪菜が、肩に預けていた頭を、ゆっくり起こした。


「……え」

「その、なんだ。婚約者になったわけだし……いつまでも様付けっていうのも、変な話だろ」

「で、では、何と……」

「名前で、呼び合えばいいだろ。普通に」


 雪菜が、しばらく固まっていた。


「……蓮、と……呼び捨てで、ですか?」

「そうだ」

「わ、私なんかが、蓮様のことを、呼び捨てになんて……!」

「様がついてる時点で、呼び捨てになってない」

「そ、それはそうですが……! 心の準備が……!」


 雪菜が、両手で顔を覆った。指の隙間から、耳まで赤くなっているのが見えた。


 蓮は、少し考えて、付け加えた。


「無理にとは言わない。ただ、俺も、お前のことを名前で呼ぶ」

「っ……」


 雪菜が、顔を覆ったまま固まった。


「……雪菜」


 低い声で、名前を呼んだ。


「っ……!」


 雪菜が、その場でくずおれそうになった。手すりを掴んで、なんとか持ちこたえる。


「い、いきなりすぎます……! 心の準備が、まだ……!」

「い、いちいち準備してどうする!? こ、こっちだって恥ずかしいんだ!」

「準備が必要なんです……! こういうのは……!」


 雪菜が、真っ赤な顔のまま、蓮を見上げた。


「……その、少し、練習してもいいですか?」

「練習?」

「呼び方の、練習です」


 雪菜が、深呼吸を一つした。


「……蓮、さん」

「様は取れてるけど、さんは残ってるぞ」

「一気には無理です……! 段階を踏ませてください……!」

「……好きにしろ」


 雪菜が、もう一度深呼吸した。


「……れ、蓮……」


 消え入りそうな声だった。それでも、確かに、名前だけが呼ばれた。


 足元に、薄く霜が広がった。


 蓮は、それを見ながら、小さく笑った。声には出さなかったが、口の端が、確かに上がっていた。


「……上出来だ」

「っ……うぅ……! 恥ずかしすぎて、死にそうです……!」

「死ぬな」

「善処します……!」


 夜風が、また吹いた。


 星空の下、二人はしばらく、何も言わずに、そのままの姿勢でいた。


 言葉は、もう必要なかった。


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