第26話:初めての、正式なデート。 ――氷の聖騎士、私服選びで壊滅する。
土曜日。
「蓮様! 今日、お時間ありますか!?」
朝から、雪菜のテンションが明らかに違った。
「別に、予定はないが」
「では! デートしていただけませんか!」
勢いのある申し出だった。
「デート、ってわざわざ言うほどのことか? いつも一緒にいるだろ」
「違います! それは同居です! デートは、その、ちゃんと二人で出かけて、街を歩いて、何か食べて、その……恋人らしいことをする、アレです!」
雪菜が、両手を握りしめて力説した。
「実家でも公認していただいて、学校でも隠さなくてよくなって……でも、まだ一度も、きちんとしたデートをしたことがないな、と……!」
言われてみれば、そうだった。買い物や送り迎えはあっても、目的が「デート」だったことはない。
「……いいけど」
「本当ですか! やった……!」
雪菜が、その場で小さく飛び跳ねた。
◇
一時間後。
雪菜が、リビングに姿を現した。
私服姿だった。ただし、明らかに気合いが入りすぎていた。
「……その恰好は?」
「へ、変ですか!?」
フリルとレースを大量に纏った、貴族令嬢が舞踏会に行くような装いだった。街を歩くには、いささか浮く。
「デート用の服、たくさん持っていたので……どれがいいか迷って、結局、一番気合いの入ったものを……」
「気合い入りすぎだ」
「そんな……! せっかく蓮様と出かけるので、いつも以上に……!」
小夜が、静かにキッチンから顔を出した。
「お嬢様、少々よろしいですか?」
「な、なんですか?」
「本日のお召し物ですが……」
小夜が、じっと雪菜を観察した。
「お嬢様らしくて悪くはございませんが、街中を歩くには、いささか目立ちすぎます」
「目立つのは、駄目なんですか?」
「マスコミの件、お忘れですか?」
雪菜の顔が、さっと青ざめた。
「……忘れてました」
「今のお召し物のまま出歩けば、三分と経たず発見されます」
雪菜が、慌てて着替えに戻っていった。
◇
二度目に現れた雪菜は、今度は逆方向に振り切れていた。
黒いフード付きのコートに、マスク、サングラス。完全に不審者だった。
「……お前、それは?」
「か、変装です! 目立たないように!」
「一番目立ってる」
「そんなはずは……。ドラマというもので見たのですが……」
「あのなぁ、あれはフィクションだ。サングラスとマスクとフードを同時に着けてる時点で、街で一番浮いてる」
雪菜が、しばらく固まった後、静かにフードを下ろした。
「……蓮様は、私に、どんな服が似合うと思いますか?」
急に、真面目な質問が飛んできた。
蓮は、少し考えた。
「……普段着てるやつで、いいだろ」
「普段着、ですか?」
「無理して着飾らなくても、お前は十分――」
言いかけて、蓮は言葉を止めた。
続きを言うのが、少し気恥ずかしくなったらしい。
雪菜が、じっと続きを待っていた。
「……なんでもない」
「気になります! 続き、お願いします!」
「言わない」
「言ってください! お願いします!」
「……(ぼそぼそ)」
その直後、雪菜が顔を真っ赤にして昇天したようだった。
小夜が、こめかみを押さえながら、こっそり呟いた。
「……見ていられません」
◇
結局、雪菜はいつも通りの服装に落ち着いた。シンプルなワンピースに、薄手のカーディガン。それでも、十分すぎるほど目を引いた。
玄関で、ココアが二人を見送りに来た。
「わふ」
――行ってらっしゃい。
「留守番、頼んだぞ」
「わふん」
小夜が、玄関先で一礼した。
「いってらっしゃいませ。……なお」
「なんだ?」
「アパート周辺の結界は、外出中も稼働しております。お二人が街に出た後の追跡についても、念のため対策を講じておりますので、ご心配なく」
「対策?」
「詳細は、企業秘密です」
小夜が、にこりともせずに言った。何をするつもりなのか、聞くのが少し怖かった。
◇
駅前の街並みを、二人で歩いた。
雪菜が、隣を歩きながら、時折こちらをちらちらと見てきた。
「……なんだ?」
「いえ、その……手を、繋いでも、いいですか?」
「……好きにしろ」
雪菜の手が、そっと伸びてきた。指が絡む。
「っ……」
雪菜の足取りが、一瞬乱れた。転びかけたのを、蓮がさりげなく支えた。
「手を繋いだだけで転ぶのか?」
「不可抗力です……!」
繋いだ手を、雪菜は離さなかった。
街を歩く人々が、時折二人を見た。振り返る者もいた。それでも、以前ほどの緊張はなかった。
隠すものが、もう何もなかったからだ。
「……蓮様」
「なんだ?」
「今日、楽しいです」
「……そうか」
雪菜が繋いだ手を見た。
「まだ何もしていませんけど」
「それでもか?」
「はい!」
雪菜が、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
蓮は、それに合わせて、握り返した。
……悪くない一日になりそうだった。
口には出さなかった。




