第24話:箝口令、ついに突破される。 ――秘密は、大抵、一番信頼できない人間から漏れる。
月曜の朝。
教室のドアを開けた瞬間、蓮は空気の異様さに気づいた。
いつもの喧騒ではなかった。誰もが、こちらをちらちらと見ている。囁き声が、あちこちで飛び交っていた。
「……なんだ、これ」
健吾が、待ち構えていたように駆け寄ってきた。顔が青い。
「烏丸……お前、聞いてないのか?」
「何が?」
「お前たちが婚約したって、もう学年中に広まってるぞ」
蓮は、しばらく黙っていた。
「……誰から」
「それが……」
健吾が、声を潜めた。
「凍牙さんが、駅前で叫んでたらしい」
蓮は、額を押さえた。
◇
昼休み、蓮の席の周りに、いつの間にか人だかりができていた。
「烏丸くん、本当に婚約したの!?」
「相手、神代さんなんでしょ!? どういう経緯!?」
「実家に結界があったって本当!? それ壊したって本当!?」
情報が、あちこちから飛んでくる。誰から聞いたのか、細部まで妙に具体的だった。
「……誰がそこまで喋った?」
蓮の呟きに、教室の隅から声が上がった。
「私です!」
新聞部だった。目を輝かせている。
「実は昨日、凍牙さんに直接取材を……! 婚約披露パーティーの様子から、結界破壊の詳細まで、すべて証言いただきました!」
「……あの人、そこまで喋ったのか?」
「はい! むしろ聞いてもいないことまで話してくださって、メモが三冊分になりました!」
三冊分の情報が、学年中に拡散していたことになる。箝口令とはなんだったのか……。
蓮は、深く息を吐いた。
◇
窓際の席で、雪菜が真っ赤な顔でうずくまっていた。
「……蓮様、これ、もう収拾がつきません」
「……ああ」
「私、婚約したこと自体は嬉しいですけど……皆さんに、こんなに詳しく知られるのは、その、恥ずかしくて……!」
「まあ、俺もだ」
雪菜が目を丸くした。
「ええ!? 蓮様でも恥ずかしいんですか!?」
「別の意味でだ」
女子生徒の一団が、雪菜の周りに集まってきた。
「神代さん、おめでとう! 詳しく聞かせて!」
「結界壊した時、格好良かった?」
「プロポーズの言葉、教えて!」
「ぷ、プロポーズなんて、まだ……! でも、あの、告白は、その……」
雪菜が、しどろもどろになりながらも、まんざらでもない顔をしていた。聞かれることに照れつつ、答えたくてたまらないという矛盾した表情だった。
蓮は、それを少し離れた場所から見ていた。
……もう、隠しようがないな。
◇
放課後、廊下で一条院とすれ違った。
一条院は、蓮を見て、軽く頭を下げた。
「……おめでとう」
短い一言だった。以前のような棘は、もうなかった。
「ああ」
「神代さんのこと、大事にしろよ」
それだけ言って、一条院は歩いていった。
健吾が、隣で「あいつも、ちゃんと吹っ切れたんだな」と呟いた。
蓮はもう何も言わなかった。
◇
夕方、アパートに帰ると、小夜がすでに何かを察したような顔で待っていた。
「本日、学校からの噂の広まり具合について、複数の情報源から報告が届いております」
「もう届いてるのか?」
「はい。凍牙様が、駅前、コンビニ、学校の門の前、計三箇所で同じ話をされたようです」
「……あの人、学習能力がないのか?」
「悪気は、まったくないと思われます」
小夜が、静かにお茶を淹れながら続けた。
「なお、本日の監視報告書ですがーー」
「今日はやめとけ」
「かしこまりました」
雪菜が、ソファに突っ伏していた。
「もう、恥ずかしくて学校に行けません……」
「今更だろ」
「今更でも、恥ずかしいものは恥ずかしいんです……!」
蓮は、雪菜の隣に座った。
ソファが軋んだ。ココアが、いつも通り膝に飛び乗ってきた。
「わふ」
――もう慣れろ。
雪菜が、突っ伏したまま、蓮の方をちらりと見た。
「……蓮様は、恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしいに決まってるだろ」
「じゃあどうしてそんなに平然と……」
「顔に出さないだけだ」
雪菜が、少しだけ体を起こした。
「……出してください、たまには。私だけが恥ずかしいみたいで余計に恥ずかしいです」
「……検討する」
窓の外は、いつも通りの夕暮れだった。
学校中に噂が広まっても、この部屋の中だけは、変わらず穏やかだった。




