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世界最強を隠したい俺、学校一の冷徹な氷系聖騎士に監視(同棲)されることになった ――中身は激重感情、記録は凍る監視報告書  作者: ざつ
第3章:連れ戻しと、婚約!?

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22/25

第22話:胃が痛いメイドと、婚約内定パーティー。 ――こんなに騒がしい実家は、想定していなかった。

 神代家本邸、大広間。


 夜になる頃には、部屋の様相がすっかり変わっていた。


 長テーブルに、次々と料理が並んでいく。神代家お抱えの料理人たちが、次から次へと皿を運んでくる。慌ただしいが、どこか楽しそうな空気だった。


「義弟の婚約祝いだぞ! 出し惜しみするな!」


 凍牙が、厨房に向かって叫んでいた。


「お、お兄様、まだ婚約とは決まって……」


 雪菜が慌てて訂正しようとしたが、誰も聞いていなかった。


 当主が、上座で悠然と座っていた。先ほどまでの張り詰めた空気は消え、どこか機嫌の良さそうな顔をしている。


「烏丸蓮」

「なんだ?」

「今夜は無礼講だ。好きに飲み食いしろ」

「俺は未成年だぞ」

「……そうだったな。では茶で構わん」


 当主が、片手を挙げると、すぐに茶が用意された。手際が良すぎる。おそらく、屋敷中の人間がこの婚約話を待ち構えていたのだろう。


 小夜が、部屋の隅で静かに控えていた。


「小夜、お前も座れ」


 蓮が声をかけると、小夜は珍しく一瞬だけ迷う素振りを見せた。


「……よろしいのですか?」

「いいだろ、別に」

「では、失礼して」


 小夜が席についた。控えめに一礼してから、静かにお茶を口にした。


「……美味しゅうございます」

「お前が淹れたんじゃないのか?」

「本邸の茶葉は、いつも少し渋いのです。旦那様の淹れ方の方が、断然」


 言ってから、小夜は少しだけ言葉を止めた。


「……申し訳ありません。本邸の茶葉の品評をする立場ではございませんでした」

「別にいいだろ」


 小夜が、こめかみを軽く押さえた。頭痛薬を出そうとして、ポケットを探り、途中で手を止めた。蓮は思わず小さく笑ってしまった。


「……本日は、まだ服用しておりませんでした」

「珍しいな」

「はい。実は、珍しく」


 小夜が、少しだけ目を細めた。


「今日は、頭が痛くなる出来事がございませんでした」


 蓮は特に何も言わなかった。


 そういうこともあるらしい。


 ◇


「義弟よ! 俺のグラスに付き合ってくれ!」


 凍牙が、酒瓶片手に迫ってきていた。


「未成年だと言っているのだが……」

「そうだった! すまん、感極まって忘れていた!」


 凍牙は代わりに自分のグラスを一気に呷り、蓮の肩をがっしりと掴んだ。


「本当に、良かった……! 雪菜が、あんな顔で笑うのを、俺は初めて見た……!」


 雪菜が「お兄様、酔いすぎです……」と顔を赤くした。


「酔ってなどいない! 素面でも同じことを言う!」


 凍牙の目に、うっすら涙が浮かんでいた。


 蓮は何も言わず、ただ頷いた。それだけで十分だったらしい。


 ◇


 テーブルの下では、ココアが本邸の使用人たちに囲まれていた。


「あら、可愛いワンちゃん……」

「粗相をしてはいけませんよ、ここのお肉、少しあげましょうね」


 高級な赤身肉が、次々とココアの前に差し出されていた。ここが世界最高位の魔獣だと、誰も気づいていない。


「わふっ、わふっ!」


 すっかり普通のトイプードルとして愛でられている。ソースを口の周りにつけたまま、尻尾が高速で回転していた。


 当主が、それを見て小さく笑った。


「良い犬だな」

「……まあ、良い犬だ」


 蓮はそれ以上、詳しくは説明しなかった。


 ◇


 大広間の隅、給仕の合間に、本邸の使用人たちが小夜を取り囲んでいた。


「小夜さん、本当にお疲れ様でした……」


 年配の女中頭が、しみじみと言った。


「お嬢様のお目付役なんて、うちでも一番の激務だって、みんな言ってたんですよ」

「そこまでではございません」

「いやいや、聞いてますよ。毎日の監視報告書が、その、なんというか……」


 若い使用人が、言いにくそうに口ごもった。


「……独特な内容だと」

「ご想像にお任せします」


 小夜が、静かにお茶をすすった。


「私も昔、本邸でお嬢様付きをしたことがあるんですけど……」


 別の使用人が、遠い目をして言った。


「お嬢様、幼い頃から何でも完璧にこなされる分、ご自分の気持ちを表に出すのが、本当に苦手な方で……」

「存じております」

「それが、あんな顔で笑うようになるなんて」


 女中頭が、目元を拭った。


「小夜さんの苦労、報われましたね」


 小夜は、少しの間、何も言わなかった。


「……苦労は、今後も続くかと存じます」

「あらあら、そうなの?」

「お嬢様の監視報告書は、今後さらに内容が過激化することが予想されます。私の胃の平穏は、まだ当分訪れません」


 一同が、揃って笑った。


「でも」と小夜が続けた。「それも含めて、悪くはない仕事です」


 女中頭が、そっと小夜の肩に手を置いた。


「頑張ってくださいね。何かあったら、いつでも本邸に言ってください。お嬢様のことも、あなたのことも、ここではみんな気にかけていますから」


 小夜が、小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 その様子を、少し離れた場所から蓮は見ていた。


 小夜が、あんな顔をするのは珍しかった。


 ◇


 女中頭が、思い出したように付け加えた。


「そういえば小夜さん、先日の通信の件、原因がわかったんですよ」

「通信?」

「ほら、雪菜お嬢様への定例連絡です。主語が抜けていた、という」


 小夜の目が、僅かに鋭くなった。


「……原因が判明したのですか?」

「はい。担当だった若い子が、内容を聞いて驚きと緊張のあまり噛みすぎてしまって……本来は『顔合わせを、セッティングした』だったのを、途中で『お見合いを』と言い間違えて、しかも主語まで飛ばしてしまったそうで」

「……」

「本人、ものすごく落ち込んでいて。旦那様に叱られると思って震えていたんですけど……」


 女中頭が、大広間の方をちらりと見た。当主が上機嫌で凍牙と杯を交わしている。


「結果的に、こんなにめでたいことになったので……もう、いいかなと」


 小夜は、しばらく黙っていた。


「……その者は、今どこに」

「厨房で、まだ震えています。よろしければ、お声がけしていただけると」


 小夜が立ち上がり、厨房の方へ向かった。


 数分後、戻ってきた小夜の手には、皿がひとつ増えていた。


 厨房から、若い女中が恐る恐るついてきていた。まだ目に涙が浮かんでいる。


「あの……本当に、申し訳ございません……!」

「結果は、悪くありませんでした」


 小夜が、静かに言った。


「今回は、これで良しとします。ただし」

「は、はい!」

「次からは、通信を送る前に一度、内容を読み返す癖をつけなさい。主語のない情報は、時に凶器になります」

「肝に、銘じます……!」


 若い女中が、深々と頭を下げた。


 小夜はそれ以上、何も言わなかった。ただ、皿の上の料理を彼女の前にそっと差し出した。


「宴です。あなたも、少し食べていきなさい」

「……っ、はい……!」


 その一部始終を、蓮は少し離れた場所で見ていた。


 ……あれが、全部の発端だったのか。


 深く考えるのはやめた。


 宴もたけなわになった頃、雪菜が蓮の隣にそっと座り直した。


「……蓮様」

「なんだ?」

「今日は、本当にありがとうございました」

「……別に、大したことはしてない」


 素っ気ない言葉だったが、声は思ったよりも柔らかかった。雪菜には、それで十分伝わったらしい。


「大したことです」


 雪菜が、まっすぐ蓮を見た。


「結界を壊して、お父様と向き合ってくださって……それに、あの……」


 言葉が、そこで詰まった。頬が赤くなっていく。


「さっきの、その……好き、って、皆さんの前で……」

「……ああ」

「もう一度、言っていただけますか?」


 蓮は、少しだけ間を置いた。ぶっきらぼうに流すこともできたが、雪菜の顔を見て、そうする気にはならなかった。


「……今か?」

「ええ、今です」

「今じゃないとダメか?」

「はい、今じゃないとダメです!」


 周囲の喧騒の中で、雪菜だけが、じっと蓮を見つめていた。


 蓮は少し考えて、口を開いた。


「……好きだ」


 雪菜の顔が、真っ赤に染まった。足元に、また薄く霜が広がった。


「っ……三回目でも、破壊力が全然衰えません……」

「数えてたのか?」

「数えます! 一生数えます!」


 宴会場の隅で、それを見ていた小夜が、静かに手帳を取り出した。


「本日の報告書、記入いたします」

「小夜、それは本家用の……」

「本家に提出するのが、本日は一番早いかと存じます」


 雪菜が、また崩れ落ちる勢いを見せたが、今度は誰も止めなかった。


 ◇


 夜が更けても、大広間の賑わいは続いていた。


 凍牙が上機嫌で歌い出し、当主がそれを苦い顔で見ながらも止めず、使用人たちがココアを撫で続け、小夜が静かに手帳を書き足していく。


 蓮は、その騒がしさの中で、少しだけ息をついた。


 ……こんな実家だとは、思っていなかった。


 厳格で、冷たくて、雪菜を縛りつけている家だと聞いていた。


 実際に見た当主は、不器用で、忙しすぎて、それでも娘のことをずっと気にかけていた男だった。


 隣で、雪菜が幸せそうに笑っていた。


 それだけで、十分だった。


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