第21話:お見合いの相手は――俺!? ――決闘するはずが、なぜか歓迎会になった。
大広間に、新しい足音が響いた。
「――親父殿! いい加減、いつまで娘を正座させておくつもりだ!」
扉を勢いよく開けて入ってきたのは、凍牙だった。聖騎士団の制服のまま、息を切らしている。
「お兄様……!?」
「遅くなった、雪菜! すまん、報告を受けてすぐ飛んできたんだが……」
凍牙が、大広間の状況を見回した。
正座する雪菜。仁王立ちの当主。そして、その前に平然と立っている蓮。
「……あれ、義弟もいるじゃないか?」
「義弟?」
当主の眉が、ぴくりと動いた。
「お前、いつの間にそんな呼び方を!?」
「決まってるだろう、親父殿! この男が――」
凍牙が言いかけたところで、当主が片手を挙げて制した。
「その話は後だ。今は……」
当主が、改めて蓮の方を向いた。
「先ほどの続きだ。話をさせてもらいたい」
雪菜が、びくりと肩を強張らせた。
「お、お父様、蓮様には本当に非は……!」
「雪菜、少し黙っていろ」
当主が、静かに、しかしはっきりと言った。
大広間に、緊張が満ちた。
「さて、烏丸蓮」
「なんだ?」
「単刀直入に聞く。お前は、雪菜をどう思っている?」
「……え?」
想定と違う質問だったらしい。蓮が、初めて僅かに反応を見せた。
「決闘の話じゃないのか?」
「決闘? 誰がそんな話をした」
「……あんたが結界を壊されて怒ってたから、てっきり」
「怒ってはいた。だが、それとこれとは別だ」
当主が、僅かに口の端を上げた。
「正直に言えば、腹立たしさより先に、得心した部分もある」
「得心?」
「あの結界は、神代家が三代かけて構築した防衛設備だ。SSS級のハンター部隊が総出で攻めても、半日は持ちこたえる想定で組んである。それを、貴様は歩きながら片手間に消し飛ばした」
蓮は特に反応しなかった。当たり前のことを言われている、という顔だった。
「凍牙からの報告でも、荒木からの定期報告でも、貴様の実力については聞いていた。話半分に聞いていたが……今のを見て、むしろ過小評価だったと分かった」
当主が、深く息を吐いた。
「単刀直入に言おう。此度、雪菜との顔合わせをセッティングした相手は――お前だ、烏丸蓮」
大広間が、静まり返った。
「……は、い?」
今度は、雪菜が声を上げた。
「な、なにを……お父様、蓮様をからかうのは……!」
「最初から、からかってなどいない」
当主が、懐から一枚の書類を取り出した。神代家の家紋が入った、正式な釣書だった。
「結界の一件も含めてだ。神代家の結界を単独で消し飛ばし、SSS級相当の危機を涼しい顔で処理し、家族全員の胃袋と信頼を同時に掴んでいる相手など、そうそういない」
「そ、そんな話……」
「雪菜。お前は今まで、家のために完璧であろうとしすぎていた」
当主の声から、少しだけ硬さが抜けた。
「学業も、剣も、聖騎士としての務めも。誰よりも厳しく己を律してきた。それを、私も、この家も、当然のことのように受け取ってしまっていた」
雪菜が、何も言えずに父を見ていた。
「だが最近の報告書を見て、思った。……あの子が、あんなふうに笑うのか、と」
「っ……」
雪菜の顔が、みるみる赤くなった。
「報告書に、笑ってるなんて一言も……!」
「行間から滲み出ていた」
小夜の仕事がバレていた。
「なので、正式に顔合わせの場を設けようとした。それだけの話だ。決闘でも、引き離すためでもない」
当主が、蓮を見た。
「改めて聞く。烏丸蓮、お前は雪菜をどう思っている?」
大広間中の視線が、蓮に集まった。凍牙も、雪菜も、固唾を呑んでいる。
蓮は、少し考えた。
「……まあ」
「まあ、では答えになっていない」
「そういうことだ」
「烏丸蓮、ここは男としてはっきりさせるべきだ」
もうこれ以上は逃げられない。蓮は覚悟を決めた。
「……。……好きだ。ああ、雪菜のことが大好きだ!」
短い沈黙が落ちた。
「……す……」
雪菜が、掠れた声で呟いた。
「す、好き……好き、と……蓮様が、今、好きって……」
両手が、ゆっくりと顔を覆っていく。
「好き、好き、す、好きって……お父様の前で……こんな、堂々と……」
「っ……っっっ……!」
床に、じわりと霜が広がった。何度も「好き」と繰り返すたび、範囲が少しずつ広がっていく。
当主が、満足そうに頷いた。
「よかろう」
「よかろうって……お父様、それだけで……!?」
「これ以上、何を確かめる必要がある?」
当主が立ち上がった。
「凍牙」
「はっ!」
「今夜は宴だ。準備をさせろ」
「御意!」
凍牙が、弾かれたように動き出した。廊下の向こうで「宴の準備だ! 特上の肉を出せ!」と叫ぶ声が響いていく。
蓮の足元に、いつの間にかココアが戻ってきていた。当主の家の使用人から、こっそり何かをもらっていたらしい。口の周りにソースがついている。
「……お前、こんな時に」
「わふっ」
悪びれる様子はなかった。
雪菜は、まだ両手で顔を覆ったまま、床の霜と一緒にへたり込んでいた。
「……お父様……いきなり過ぎます……心の準備が……」
「早とちりで実家に飛び込んできた娘に言われたくはないな」
「うっ……」
正論だった。
当主が、蓮の方へ向き直った。
「なお、一点訂正させてもらいたい」
「なんだ?」
「先ほどから『お見合い』という言葉が飛び交っていたが、正式には『顔合わせ』だ。お見合いには釣書と申込の正式な手続きが必要になる。今回はまだそこまで踏んでいない」
「……」
蓮は、特に何も言わなかった。
小夜が、いつの間にか部屋の隅に控えていた。手帳を取り出し、すかさず何かを書き足している。
「訂正、承りました」
「小夜!? いつからそこに……!」
「先ほどからです」
雪菜が、崩れ落ちる勢いをもう一段深くした。
「……そんな細かいところ、今どうでもいいです……!」
「お嬢様。正確な言葉遣いは、神代家の――」
「今はいいですから……!」
大広間の外から、宴の準備をする物音が賑やかに響いてきていた。
蓮は、それを聞きながら、ふと思った。
……本当に、厳しい家だったのか、ここ。
深く考えるのはやめた。




