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世界最強を隠したい俺、学校一の冷徹な氷系聖騎士に監視(同棲)されることになった ――中身は激重感情、記録は凍る監視報告書  作者: ざつ
第3章:連れ戻しと、婚約!?

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第19話:お留守番のココアと、連れ戻しを決意する炎。 ――静かな部屋が、こんなに落ち着かないとは思わなかった。

 月曜の朝。


 雪菜のいない部屋は、静かだった。


 静かすぎた。


 蓮は台所に立って、いつも通り朝食の準備をしていた。パンを焼き、卵を焼き、お茶を淹れる。手順は昨日までと変わらない。


 ただ、いつもならここで「蓮様、おはようございますっ……!」という声が飛んでくる。


 飛んでこなかった。


 ソファの上で、ココアが丸まったまま、まったく動かなかった。


「……ココア、飯だぞ」


 顔だけ上げた。目に生気がなかった。


「わぅ……」


 短く鳴いて、また顔を伏せた。


「……食べないのか?」

「わぅ……」


 いつもなら真っ先に飛んでくる。今日は皿を差し出しても、匂いを嗅ぐだけで動かなかった。


 小夜がキッチンの隅で、静かにそれを見ていた。


「……ココア様も、寂しいのだと思います」

「そうか……」

「旦那様は違うのですか?」

「……別に」


 小夜が何も言わずに、こめかみを押さえた。たぶん、蓮の嘘に気が付いているのだ。


 テーブルの上に、あの置き手紙がまだ置いてあった。


『実家のお見合いを、ぶっ壊してきます。私は蓮様のものだと、証明してきます。』


 何度読んでも、内容が意味不明だった。


 登校の準備をしながら、蓮はふと玄関を見た。


 いつもなら、そこに雪菜がいる。ブレザーの袖を握って、「蓮様、今日もご一緒できて光栄です……!」とやる。


 誰もいなかった。


 靴を履いて、ドアを開けた。


 外の空気が、いつもより少しだけ、冷たく感じた気がした。


 ◇


 学校でも、それは続いた。


「……烏丸、今日静かだな」


 健吾が、隣の席から声をかけてきた。


「そうか?」

「いつもより輪をかけて静かっていうか……テンション低いっていうか」

「元々低いぞ」

「いや、いつもの低いのとは種類が違う気がする」


 健吾が窓際の席を見た。


「そういや、神代さんもいないな。休みか?」

「……ああ」

「珍しいな。あの人、皆勤賞キープしてそうなのに。なんかあったのか?」

「……風邪」


 咄嗟に出た言葉だった。実家に殴り込んでます、とは言えない。


「風邪ぇ? あの神代さんが?」


 健吾が本気で驚いた顔をした。周りの席からも、ちらほらと視線が集まってくる。誰もが「監視(同棲)」の件をすでに知っているクラスだ。神代さんの体調は、もう他人事ではなかった。


「……大丈夫なのか、神代さん」


 前の席の女子が振り返った。


「熱とか出てるの?」

「……まあ」

「え、それお見舞い行った方が良くない?」

「ひ、必要ない、と思うぞ」

「でも同じ家に住んでるんでしょ? 看病してあげなくていいの?」


 蓮は少し詰まった。


「……看病はしてる」

「本当に? 何食べさせてるの?」

「……お粥とか。優秀なメイドさんが付いているんだ」


 咄嗟に答えた。完全に嘘ではないが、我ながら苦しい説明だった。


 新聞部が、いつの間にか近くまで来ていた。


「烏丸くん、神代さんの容態、詳しく聞かせてもらえますか?」

「……大したことない」

「大したことないなら、私たちがお見舞いに行っても平気ってことですよね?」

「っ……」


 一気に不味くなった。実家に本人はいない。行かれたら終わりだ。


「……今日は、休ませた方がいい」

「じゃあ明日は?」

「……明日も」

「明後日は?」


 健吾まで会話に加わってきた。


「烏丸、お前、神代さんの部屋にみんなで押しかけたら困るのか?」

「……困る」

「即答だな……なんか隠してないか?」

「……。隠してない」


 健吾が目を細めた。


「今、間があったよな?」

「気のせいだろ」


 女子生徒たちが顔を見合わせた。


「……ねえ、なんか変だよね」

「うん、烏丸くんの様子、いつもと違う」

「もしかして神代さんの方が、烏丸くんに会いたくないくらい重症なんじゃ……」

「そ、そういうことではない。でもゆっくりさせてあげたいんだ」


 会話が、勝手に望ましい方向へ転がっていった。渡りに船だった。


「そっか……それなら仕方ないね」

「早く良くなるといいですね」

「……ああ」


 危機は去った。健吾だけが、まだ何か言いたそうな顔で蓮を見ていたが、それ以上は追及してこなかった。


 窓際の席が、ぽっかり空いていた。


 昼休み。弁当を開いても、いつもの半分の速さで箸が進んだ。


「……お前、ほんとにどうした?」


 健吾が心配そうに顔を覗き込んできた。


「別に何もない」

「絶対何かあるだろ?」

「ない」


 健吾は納得していない顔をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。あいつなりの気の遣い方だった。


 放課後、教室を出るとき、廊下の窓から外を見た。


 昨日までなら、正門のあたりで凍牙が待ち構えていることもあった。今日は誰もいなかった。


 ……静かだ。


 静かなのが、こんなに落ち着かないとは思わなかった。


 ◇


 家に帰ると、ココアがまだソファで丸まっていた。


 朝と同じ姿勢だった。皿の中身も、ほとんど減っていない。


「……まだ食ってないのか?」


 蓮はソファの前に膝をついた。ココアが薄目を開けて、蓮を見た。


「わぅ……」


 甘えるでもなく、ただ小さく鳴いただけだった。


 小夜がキッチンから出てきた。


「旦那様。ココア様は昨夜からずっとこの調子です」

「……そうか」

「お食事も、ほとんど召し上がっておりません」


 小夜がエプロンのポケットから手帳を取り出した。書き込みながら言う。


「本家からの追加連絡は、いまだございません」

「……何も?」

「はい。通常であれば、あれだけの断片情報の後には、訂正か補足の連絡が入るはずなのですが」


 蓮は少し考えた。


 ソファの上のココアを見た。皿の中身をもう一度見た。テーブルの上の置き手紙を、もう一度手に取った。


『私は蓮様のものだと、証明してきます。』


 ……何をどう証明するつもりなのか、いまだにわからない。


 わからないが……。


「……小夜」

「はい」

「神代家の本邸は、どこにあるんだ?」


 小夜の手が、一瞬止まった。


「……お迎えに行かれますか?」

「まあ……。さすがに、な」


 それだけ答えた。


 小夜は少しの間、蓮を見ていた。それから、静かに頷いた。


「本邸の場所は、把握しております。ただ、旦那様」

「なんだ?」

「あそこは、神代の氷結大結界に守られております。SSS級ハンターでも、正面から突破するのは容易ではないかと」


 蓮は特に反応しなかった。


「……まあ、なんとかなるだろう」


 小夜がまたこめかみを押さえた。今度は頭痛薬を出さなかった。すでに慣れたのかもしれない。


 ソファの上で、ココアがゆっくりと顔を上げた。


「わふ……?」


 蓮が動く気配を察したのか、耳が少しだけ立っていた。


「ココア、行くぞ」

「わふっ!」


 一瞬で、さっきまでの死んだ目が嘘のように輝いた。ソファから飛び降り、玄関に向かって全力で駆けていく。


「……現金だな」

「わふわふっ!」


 否定しなかった。


 小夜が玄関先まで見送りに来た。


「旦那様」

「なんだ?」

「お嬢様は、きっと喜ばれると思います」

「……そうか」


 小夜がわずかに――本当にわずかに、口の端を緩めた。


「ただし、神代家の当主は、それなりに頑固な方です。娘を溺愛する一方で、家としての体面を重んじるところがございますので」

「そうか」

「向こうでの粗相は、あまりお勧めできません」

「粗相はしないつもりだ」


 小夜が静かに続けた。


「結界を壊すのは粗相に含まれませんか?」

「……状況によるだろ」


 小夜は何も言わなかった。ただ、静かに一礼した。


「いってらっしゃいませ」


 玄関のドアを開けた。


 ココアを小脇に抱えて、蓮は外に出た。


 夕暮れの空だった。


「……あいつ、何をどう証明するつもりなんだか?」


 独り言のつもりだった。誰も聞いていなかった。


 抱えたココアが、「わふっ」と応えるように鳴いた。


 蓮は歩き出した。


 行き先は、神代家本邸。


 日本最高峰の結界に守られた、SSS級ハンターでも突破不可能とされる場所だった。


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