第15話:放課後、逃げ場なし。 ――クラス全員が協力すると、さすがの最強も詰む。
午後の授業が、おかしかった。
五時間目、現代文。先生が板書している隙に、後ろから紙が回ってきた。
「神代さん、昼休みに蓮様って言ってたよね?(全員確認済み)」
六時間目、数学。
隣の席の男子が小声で聞いてきた。
「烏丸、神代さんと付き合ってるのか……?」
「知らん、知らん」
「知らんはおかしくないか……?」
「……知らん」
雪菜の席では、前の席の女子がずっと雪菜の方を向いていた。雪菜が完璧な無表情で黒板を見ていた。足元が、うっすら白かった。
チャイムが鳴った瞬間、教室のドアが閉まった。
内側から。
蓮が立ち上がろうとした。前の席の男子が椅子を引いて通路を塞いだ。右に女子二人が机で壁を作り、左に男子が腕を組んで立ち、後ろからクラスの半分がじりじりと詰めてきた。
「……おい、これは何だ?」
「いやいや、話を聞かせてほしいだけだ」
健吾が教卓の前に立っていた。
「烏丸、クラス全員の総意だ」
「総意!?」
「神代さんと烏丸の関係を、正式に聞かせてもらう」
雪菜の席も女子数人に囲まれていた。そして、強引に隣に座らさせられた。
新聞部がメモ帳とペンを取り出した。
「神代さん。単刀直入に聞きます。烏丸くんと付き合ってますか?」
クラス全員が、息を呑んだ。
雪菜の頬が、みるみる赤くなった。
「っ……ち、違います……! 監視で……!」
「監視?」
「危険分子の……その、同じ家で……」
「同じ家!?」
教室がざわめいた。監視の部分は完全にスルーされた。
「つまり同棲してる?」
「よ、呼び方の問題で……!!」
「付き合ってないのに同棲してるの?」
「っ……!」
健吾がメモ帳を出した。
「どっちだ神代さん」
「……つ、付き合ってる、わけでは……」
「でも好きなんですよね?」
新聞部が畳み掛けた。
「っ……! そ、それは……!!」
「蓮様って呼んでるんですよね?」
「……は、はい」
「毎日一緒に住んでるんですよね?」
雪菜が消え入りそうな声で答えた。
「……はい」
「好きなんですよね?」
「…………...はい」
教室が、爆発した。
「きゃあああ……!!」
「言った言った言った……!!」
「神代さんが好きって言った……!!」
雪菜の足元の霜が一気に広がった。
「で、でも……っ、今のは……! 質問の流れが……!!」
「神代さん、烏丸くんのどこが好きなんですか?」
新聞部が止まらなかった。
止める人間が、この場にいなかった。
小夜は学校にいない。
「っ……お弁当を、毎朝作ってくださいます……!」
女子数人が「えっ……」と声を上げた。
「任務から深夜に帰った時も、スープを作って待っていてくださいました……!」
「ちょっと待って……」
「お風呂も追い焚きしてくださっていて……!」
「え、え……?」
「料理が全部美味しくて、スーパーの半額セールも一緒に行ってくださって、おにぎりを凍らせてしまった時も怒らずに直してくださって、目玉焼きの練習をしていたら隣で見ていてくださって……!」
雪菜は、こうなると止まらなかった。
「深夜に帰ったら電気がついていて……帰る場所があるということが、こんなに温かいとは思っていなくて……! それに、蓮様が私のことを……っ、まあ、そうだとか言ってくださることがあって……!!」
女子が三人、机に突っ伏した。
「むりい……!!」
「完璧すぎる……!!」
「なにそれ結婚じゃん……!!」
健吾が「お前ら落ち着け……!」と言ったが、自分も若干青い顔をしていた。
一人が「ちょっと待って……頭が痛い……」と額を押さえてへたり込んだ。
別の一人が「…………」と無言で椅子からゆっくりと滑り落ちた。
「大丈夫か!?」
「感情が……追いつかなくて……」
「深呼吸して……!」
「できない……尊すぎて……」
健吾が硬直したまま蓮を見た。
「……烏丸」
「……なんだ?」
「お前、そんなことしてたのか……?」
「……まあ」
「まあって言うな……!!」
新聞部が「烏丸くんは神代さんのことをどう思ってるんですか?」と迫った。
教室が、しんと静まり返った。
全員の視線が、蓮に集まった。
蓮はしばらく黙っていた。
クラス全員が、固唾を呑んで見ていた。
「……まあ」
「まあって何ですか?」と新聞部が一歩詰めた。
「そういうことだ、よ」
「そういうことって……つまり……好き、ってこと……?」
蓮が、少し間を置いた。
「……まあ、そうだ」
「「「きゃあああああ……!!!」」」
教室が揺れた。
雪菜が「っ……っっっ……!!」と両手で顔を覆った。
床の霜が広がった。机が凍った。椅子が凍った。窓ガラスに氷の結晶が走った。
「れ、蓮様が……っ、みんなの前で……っ、好きって……っ!!」
雪菜がそのまま床に崩れ落ちた。
「神代さん!?」
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です……っ、足に力が……入らなくて……!!」
床が一面、白かった。
雪菜がそのまま霜の上をごろごろしていた。
「れ、蓮様が……っ、好きって……っ、みんなの前で……っ!!」
「神代さん……!!」
「感情が……処理できなくて……!! 足が……動かなくて……!!」
蓮が「雪菜、立て」と言った。
「……っ、立てません……!!」
「そして、凍らせるな!」
「……っ、凍らせてません……!!」
窓が一面霜だった。
突っ伏していた女子の一人が「私も無理……頭がくらくらする……」とこめかみを押さえた。
別の一人が「尊すぎて……立てない……」と机に倒れ込んだ。
放送部が「全校放送……」と呟いた。
「「「それはやめろ」」」
さすがにクラス全員からツッコミが入った。
健吾が蓮の隣に来て、静かに言った。
「烏丸」
「なんだ?」
「遺言書く必要なかったな」
「……そうだな」
教室の窓が、一面の霜で白かった。
雪菜はまだ床にいた。
新聞部がメモ帳をそっと閉じた。
「……記事にするのは、やめておきます。これはクラス全員のトップシークレットにして味わうべきです」
「「「ありがとう」」」
全員が一致団結した瞬間だった。




