第14話:学校での義兄の乱入、悪友の胃痛がマッハ。 ――平和な昼休みは、白銀の髪の男によって終わった。
月曜の昼休み。
教室でいつも通り弁当を開いていると、廊下から足音が聞こえた。
一般的な足音ではない。妙に堂々とした、迷いのない足音だ。
嫌な予感がした。
教室のドアが、勢いよく開いた。
「義弟よ……!!」
聖騎士団の制服を着た長身の青年が、教室の入り口に立っていた。白銀の髪。整った顔。そして満面の笑みだ。
教室が、静止した。
「烏丸!! 今日の弁当は炙りカルビか!? 昨日のカルビが忘れられなくて、俺もスーパーに行ったんだが、半額シールの見つけ方がわからなくて……!!」
凍牙が大股で歩いてくる。
その後ろで、廊下を通りかかった生徒たちが「え……あれ、聖騎士団の制服じゃないか……?」「神代副団長……? なんでこの学校に……?」とざわめいていた。
「……なんで来た」
「義弟の顔が見たくなった!」
「高校の授業中に来るな!」
「いや今は昼休みだろう! 問題ない!!」
健吾が、箸を持ったまま固まっていた。
「……なあ烏丸」
「なんだ?」
「今、神代さんのお兄様が「義弟」って言ったよな……?」
「……。ああ……」
健吾の声が掠れた。
「お前のこと……よな?」
「……そうだ、な」
健吾の箸が、ゆっくりと弁当箱の上に置かれた。
「……遺言」
「書かない、ぞ」
「いやこれは直感だが、今のうちに書いた方がいいと思う」
凍牙が蓮の席の前に立ち、弁当箱を覗き込んだ。
「おお! 今日は卵焼きか! 昨日のカルビより難易度は下がるが、俺の経験上、義弟の料理は何でも美味いはずだ! 一口もらえるか!?」
「駄目だ」
「なぜ!?」
「学校だからだ。そしてこれは俺の分だ」
凍牙が「義弟は厳しいな……!」と言いながらも楽しそうだった。
教室中の視線が、蓮と凍牙に集まっていた。
「ね、烏丸くんって神代さんと何かあるって思ってたけど……お兄さんとも知り合いなの……?」
「というか義弟って何……?」
「神代副団長って、確かSランクだよね……? なんで高校生と仲良くしてるの……?」
後ろの席でひそひそ話が止まらない。
そこへ。
廊下から、冷気が漂ってきた。
「お兄様」
声が、廊下から響いた。
凍牙が振り返った。
雪菜が、教室の入り口に立っていた。学校での顔だ。完璧な氷の聖騎士の目で、凍牙を見ている。
「お兄様、蓮様の昼休みの邪魔をしないでください」
一瞬、教室の空気が変わった。
誰も動かなかった。
「……今」
後ろの席の女子が、息を呑んだ。
「……神代さん、蓮様って言った……?」
雪菜の動きが、止まった。
止まった。
顔が、みるみる赤くなっていった。耳まで。首まで。
「っ……い、今のは……! その、烏丸、烏丸くん、のことで……! 烏丸くんの昼休みを邪魔しないように……!」
フォローになっていなかった。
「でも蓮様って……」
「れ、蓮は……っ、烏丸は……! 烏丸くんは……!!」
完全にキャラが崩壊していた。
学校一の冷徹な氷の聖騎士が、教室の入り口で真っ赤になってどもっている。
凍牙が「あ、雪菜って学校では――」と言いかけた。
「お兄様……っ!!」
凍牙の足元が、白く染まった。今度は先ほどより範囲が広かった。
「っ、冷たっ……!! 雪菜、待て、まだ話が――」
「引きずり出します……っ!!」
氷が、廊下に向かって伸びていく。凍牙がじりじりと後退させられていく。
「義弟ー!! また炙りカルビ作ってくれー!!」
「……」
「約束だぞー!!」
凍牙が廊下に消えた。
ドアが閉まった。
雪菜がすっと表情を消し、自分の席に戻っていった。
教室が、静まり返った。
それから、一斉にざわめいた。
「え、神代さん今のお兄さんを……」
「凍らせて追い出した……?」
「烏丸くん、義弟って呼ばれてたよね……?」
「神代さんが烏丸くんの弁当の心配してた……」
健吾が蓮の耳元で囁いた。
「……烏丸」
「なんだ?」
「神代家の一族全員に、どんな弱み握られてるんだ……」
「別に握られてない」
健吾が疑わしそうな目を向けた。
「でも兄に義弟って呼ばれて、妹には弁当の心配されて……」
「……まあ」
「まあって何だよ……」
健吾が頭を抱えた。
「烏丸、お前の人生、大丈夫か……?」
「たぶん大丈夫だ」
「本当に……? 神代副団長に義弟って呼ばれて、神代さんには弁当の心配されて、これ絶対普通じゃないよな……?」
「……まあ」
「まあって何なんだよ……!」
健吾が額に手を当てた。
「烏丸、俺、お前のことが最近わからなくなってきた」
「どういうことだ?」
「最初は神代さんに睨まれてる哀れな同級生だと思ってたのに……気づいたら兄まで仲良くなってて……」
「……まあ」
「まあって言うな……!!」
雪菜が自分の席に戻り、弁当箱を開いて、完璧な無表情でお茶を飲んでいた。
足元のフローリングが、じわじわと白くなっていた。
気づいた女子が「ね、神代さん……足元……」と声をかけた。
「……問題ありません」
完璧な顔だった。声も完璧だった。ただ足元だけが、静かに、着実に、凍り続けていた。
そこへ、別の女子が蓮の席に近づいてきた。
「あの、烏丸くん……神代さんって、もしかして烏丸くんのこと……」
健吾が「俺も聞きたい」と便乗した。
「烏丸、お前もしかして神代さんと付き合って――」
「……違う」
間があった。
ほんの一瞬だったが、確かに間があった。
健吾が「……今、間があったよな?」と言った。
「な、なかった」
「あった。絶対あった!」
「き、気のせいだ」
「俺の聴力は正常だ……!」
女子が「……やっぱり」と呟いた。
雪菜の足元の霜が、また少し広がった。
「神代さん大丈夫……? なんか足元がすごいことに……」
雪菜が「……問題ありません」と答えた。
二度目だった。今度は声が、かすかに震えていた。
健吾が蓮の耳元で囁いた。
「烏丸、お前の人生、本当に大丈夫か……?」
「だ、大丈夫だ」
「神代さんの足元が凍ってるぞ」
「……知ってる」
「知ってるのか……!!」
健吾が頭を抱えた。
雪菜も限界だったが、蓮もたぶん限界だった。
蓮は弁当の卵焼きを口に入れた。
その時チャイムが鳴って昼休みが終わった。




