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世界最強を隠したい俺、学校一の冷徹な氷系聖騎士に監視(同棲)されることになった ――中身は激重感情、記録は凍る監視報告書  作者: ざつ
第2章:学校と家、二つの顔

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第10話:学園ダンジョン実技テスト。イキるエリートをデコピン一発。 ――世界最強は、人差し指一本で充分だった。

 月曜の朝。


 登校前、雪菜が玄関で蓮の袖をそっと引いた。


「蓮様、今日の実技テスト……大丈夫ですか……?」

「何が?」

「一条院くんが……他クラスの特待生なんですが、最近蓮様のことを『足手まとい』と言っているらしくて……」

「そうか」


 雪菜が眉を寄せた。


「そうかじゃなくて……! 何かあれば私が――」

「学校では烏丸くんだろ?」


 雪菜が「っ……そ、それはそうですが……!」と口をつぐんだ。


「普通にやるから」


 それだけ言ってドアを開けた。雪菜が後ろでため息をついた気配がした。小夜が廊下の奥から「お嬢様、今日は平常心でお願いします」と静かに言った。


 ――――


「烏丸、聞いたか? 一条院が今日張り切ってるらしいぞ」


 教室に入るなり、健吾が飛んできた。


「いいか烏丸、ちょっと聞け。この学校の仕組みを改めて整理しておく」


 健吾が声をひそめ、身を乗り出してくる。


「この学校はハンター育成課程を持つ能力者向けの学校だ。普通の高校と違って、全生徒が魔術適性の検査を受けて入学してる。毎学期、実技テストで能力ランクが測定される。わかるか?」

「……わかる」

「ランクはF級から始まってSS級が最高峰だ。F、E、Dが一般人レベル。C、Bが使える。A、SがエリートでSSが人類最高峰。学生でSSなんて、国内で神代さんくらいしかいない」


 だいたい合っている。


 ただ、一箇所だけ違う。


 SSの上が存在する。一般には知られていない、SSS級という規格外が。


「で、一条院はB級だ。特待生の中では頭一つ抜けてる。光の障壁と矢を組み合わせた戦闘スタイルで、C級の魔物なら余裕で捌ける。対してお前は……」


 健吾が言いにくそうに続けた。


「ランク表に『一般』って書いてある。魔術適性なしの一般人枠だ。普通なら入学できないんだが、お前は一般入試の成績で入ってるから……まあその、今日は無理するなよ」

「……ありがとう」

「礼はいらんから大人しくしてろよ。頼むから」


 健吾がそう言いながら、教室の窓際を見た。雪菜が席に座って静かに本を読んでいる。


「……神代さん、今日もきれいだな。ちょっと怖いけど」

「そうだな」

「あのさ、お前、本当に怖くないの? あの人に毎日睨まれて」

「……別に」


 健吾が首をかしげた。それからまた雪菜を見て、また蓮を見た。


「……なあ、最近思うんだけど」

「なんだ?」

「神代さん、お前のこと睨んでるんじゃなくて……なんか、見てるだけなんじゃないか?」

「……どういう意味だ?」

「うまく言えないんだけど。睨んでる時って目が鋭いじゃん。でも神代さんがお前見てる時、たまにその……目が、ちょっと違う気がして」


 健吾がもじもじした。


「俺の気のせいかな?」

「……さあ」


 蓮は答えなかった。


 ――――


 訓練用ダンジョンの入り口で、他クラスと合流した。


「やあ、烏丸くん」


 声をかけてきたのは、背の高い男だった。整った顔に人当たりのよさそうな笑みを張り付けている。目は笑っていない。大企業の御曹司らしい、値踏みする目だ。


 一条院だ。


「今日はよろしく。君は確か……一般ランクだったよね? 無理しなくていいよ。後ろで見ていれば安全だから」


 にこやかな声だった。が、周囲への聞かせ方が計算されていた。


「一条院くん」


 冷たい声が遮った。


 雪菜だ。学校での顔、完璧な氷の聖騎士の目で一条院を見ていた。


「テスト前に余計な会話は不要です」

「あ、神代さん……これは僕なりの気遣いで」

「結構です」


 一条院が「……はは」と乾いた笑いを返した。雪菜はすでに視線を前に戻していた。


 その一瞬だけ、一条院が蓮を見る目が変わった。


 後ろで健吾が「……神代さん、一条院には冷たいな」と小声で呟いた。後ろの女子生徒が「ね、神代さんって烏丸くんのそばだと少し表情が違くない……?」「そう……?」「なんか気になる」とひそひそ話していた。


 布石は、着々と積まれていた。


 ――――


 ダンジョン内部、第二層。


 今日の演習は「指定モンスターの討伐」だ。C級の魔物を班ごとに処理していく。一条院が先頭に立ち、光の障壁を展開しながら手際よく魔物を処理していく。B級の実力は確かだ。


 蓮は後方で、教師から見れば「ぼんやり歩いているだけ」の陰キャを演じていた。


 健吾が「烏丸、怖くないか?」と聞いてきた。


「別に……」

「……肝が太いな」


 二層の奥に差し掛かった時だった。


 地響きがした。


「っ……! 想定外の個体です! 全員下がって……!!」


 教師が叫んだ。


 壁を突き破って現れたのは、B級相当の大型魔物だった。演習区域に迷い込んだらしい。黒い鱗に覆われた三メートル近い体躯で、通路が狭く退路が塞がれた形になっている。


 一条院が前に出た。


「僕が処理する……! 光の大障壁……!!」


 光の魔力が展開された。C級なら余裕で弾ける出力だ。


 しかし魔物がB級の本気を出した瞬間、障壁に亀裂が走った。


「っ!? な、なんで……!?」


 B級の上位個体だったらしい。一条院の想定を超えていた。


 障壁が、砕けた。


 一条院が吹き飛んだ。壁に背中をぶつけ、膝をつく。魔物が追い打ちをかけようと前脚を振り上げた。


 その瞬間。


 蓮が右手の人差し指を、そっと前に向けた。


 ――【極小火力:点滅消去】。


 魔神を消滅させた最上位魔術を、一本の指先に絞る。出力は最小。発動音は無音。光もない。


 ただ。


 魔物が、消えた。


 跡形もなく。分子レベルで。


 一秒も経っていなかった。


「っ……神代さんが……!!」


 教師が叫んだ。健吾が「す、すごい……!」と息を呑んだ。周囲の生徒が「一瞬で……!?」「さすがSS級……!」とざわめいた。


 誰もが、雪菜が処理したと思っていた。SS級の聖騎士がいれば、B級上位など一瞬で片付く。そう判断するのが自然だ。


「……っ、僕の障壁が最後まで耐えたから、神代さんが仕留めやすかったんだ……!」


 一条院が立ち上がり、膝の土を払いながら言った。誰も訂正しなかった。教師は「全員無事か確認しろ!」と動いていた。


 誰も気づいていなかった。


 ただ一人を除いて。


「……っ」


 雪菜の呼吸が、止まった。


 周囲は自分が倒したと思っている。雪菜はそれを訂正しなかった。訂正できる状態ではなかった。


 無音の発動。残滓すら残さない消去。分子レベルの消滅。


 見間違いようがなかった。


 ――今の……概念破滅の……あの人差し指一本で……B級上位を……っ。


 頬が、じわりと赤くなっていた。指先がかすかに震えた。足元に薄く霜が走る。感情の制御が、完全に追いついていない。


「神代さん、大丈夫……? 顔赤くない……? 魔力使いすぎた?」


 隣の女子生徒が心配そうに声をかけた。


「っ……! だ、大丈夫です……! 少し、その、集中していたので……!」

「そっかー、さすがだね神代さん。一瞬だったもん」


 雪菜は「……はい」とだけ答えた。


 違う、と言えなかった。言えるわけがなかった。


 蓮の方は見なかった。見たら、また顔が赤くなる自信があった。


 帰り道。健吾が蓮の隣に来て、小声で言った。


「……なあ烏丸」

「なんだ?」

「さっき、何かしたよな?」

「……何のことだ?」


 蓮はとぼけた。


「魔物が消えた瞬間、お前の指が動いた」

「気のせいだろ」

「そうかなあ……」


 健吾が首をかしげた。それから雪菜の方を見た。


「……あと、神代さん。魔物が消えた瞬間からずっとお前から目をそらしてる」

「……そうか?」

「顔も赤かったし……烏丸、やっぱり神代さん、お前のこと――」

「遺言の話はもういいよ」

「ちょ、まだ何も言ってないけど!?」


 雪菜がちょうど振り返った。


 蓮と目が合った。


 一瞬だけ。


 雪菜がすっと前を向いた。その耳が、うっすら赤かった。


 後ろの女子生徒が「……ねえ、今の神代さん、絶対烏丸くんのこと意識してるよ」「え、でも監視してるんじゃ……」「監視であの顔になる?」とひそひそ言っていた。


 氷の女王のイメージが、ひびわれ始めていた。


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