ep33.悪女は涙する/第一皇子の思いのお話(3)
「エヴァ嬢…、私たちは、あなたの事情を、全て知っているんだ…ごめんな、勝手に調べて…」
「ぁ…」
ああ…そう。
でも、それがどうしたの?
もう全部終わった。
私が第一皇子の婚約者でいる理由なんて、結局のところどこにもない。
「…エヴァ嬢、…いや、エヴァ」
「…!」
私は目をパチリと開けて第一皇子の方を見る。
あまりにも真っ直ぐに私を見つめるものだから、そこから目を逸らすことなんて出来なかった。
「私はあなたが好きだ」
「……………へっ!!?」
なんとも間抜けな声だろう。
そんなこと自分でも分かっている。
だが恥ずかしくないのかこの皇子は。他の人も見ているのに、そんな中私が好きだと言うのか。
「いつからか、あなたを目で追うようになっていた。淡々と仕事をこなす姿はカッコいいと思ったし、パーティーへ参加するたびに美しさに磨きがかかっていった。とても可愛く、綺麗だと思った」
「は…え、あの…」
そんな素振りを全く見せなかった第一皇子の言葉を、未だに信じられずにいるのに、それでも照れてしまうのは、私が純粋な賞賛に慣れてないからだ。
そうだ。そうに違いない。
「だが、私の好きな人は自分のことに無頓着ですぐに無茶をする。だからその分、私が愛し守る、剣となり盾となろう。あなたを尊重し、2年前のようなことはもう2度と繰り返さないと誓う。どうだろうか…?」
…………本当に?
本当に私を、愛してるの?
好きだって、そんな温かい言葉を、気持ちを、贅沢なものを、私にくれるの?
私がもらっても、いいの?
「もう私は、人質でなくて、良いのですか…?」
「…!ああ、そうだよ」
落ち着く声だ。
「私は、死ななくても良いのですか?」
「うん。当たり前」
分からない。
「私は、生きていても、良いのですか…?」
「…うん。生きてくれないと、私が困る」
どうしてこんなに優しいの?
「私はみんなに、嫌われて、いませんか…?」
「…そんなわけあるものか。みんな、エヴァが大好きなんだよ」
私の聞いたことに、丁寧に返してくれて、不安に思っていたことを、全てを肯定してくれて。いつのまにか、私の目からはポタポタと流れていた。
小川のように緩やかに、止まることを知らずに、目から次々と流れていく。
それは、義母が亡くなった時でさえ与えられなかった、出すことの叶わなかった涙だった。
涙を流してすぐ、第一皇子は頭を撫でてくれた。皇帝陛下も皇后陛下も、そして第二皇子や第一皇女まで、私が泣き止むまで、ずっと側にいてくれた。
ようやく目から出てきたものが引っ込むと、今度はとてつもない眠気に襲われた。
先まで眠っていたのに、どうしてかな。
私がうとうとしていると、それに気付いたのか、第一皇子は「大丈夫。今はゆっくりお休み」と、言ってくれた。
その言葉が眠る合図だとでも言うように、私はまた意識を手放した。
この瞬間、私は数年ぶりに、人前で深い眠りに着くことが出来た。
◇◇◇
私はしばらく、エヴァの頭を撫で続けた。
まだ涙の跡が、エヴァの肌にうっすらと見えていた。
こんなに重たい気持ちを抱えたまま、エヴァは今まで生きてきたんだ。
私が2年前、あんな言葉をエヴァに対して言わなければ、彼女はここまで耐えることもなかったかもしれないのに。
まるで全ての緊張から解放されたように、意識を失うようにエヴァはまた眠りについた。
エヴァは今までずっと頑張ってきた。私もたくさん救われた。
なら、今度は私がエヴァが幸せになれるように全力を尽くすべきだ。エヴァにはもう、たくさん与えられたから。
安心して食事が出来ることが、眠りにつけることが、どれほど私にとっての救いとなったかをエヴァは知らないだろう。
「父上、もちろん許してくださいますよね。私とエヴァの婚約の維持を」
エヴァはもう、私たちの心をとっくに掴んでいるんだよ。そのくせ、自分のことは何一つ話さないのだから、困った女性だ。
そんな困った女性もこれ以上ないほどに愛してしまったのは、私だから。私が、エヴァを幸せにしないと。私の気が済まないよ。
「許す。と言いたいところだが、それは彼女の意見も聞いたからだ。私ももう実の娘のように思っているのは確かだ。だが、エヴァからすれば、私たちは恐怖の対象でしかないだろう。今まで散々彼女のことを蔑ろにしてきたのだからな」
「…!分かりました」
確かに。父上の言う通りだ。
私は散々エヴァのことを軽視していたのに、それが突然好きだと言われて、さぞ困惑しただろう。
だが伝えておかないと、今すぐにでも消えてしまいそうな気がしたんだ。
私は必要のない存在だからと。当たり前のように、自分で自分のことを消してしまいそうな気がした。
エヴァ…、あなたみたいな女性は初めて見たんだよ。本当に初めて。
地位も、名誉も、富も、権力も、何も欲しがらないあなたみたいな令嬢を初めて見た。だからこそ、エヴァが何をすれば喜んでくれるのか、私はまだ何も知らない。
いや、知ろうとしなかったツケが今回ってきたんだ。ごめんねエヴァ。これからは私があなたを守るから。もう大丈夫だよ。
頭を撫でながら、心の中でそっと呟いた。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
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