93 ポトフとかぼちゃサラダ
「アケルじゃないかという結論でした」
夕食を食べながら茉里奈がそんな事を言った。
丁度ポトフのペコロスを一瞬迷った後まるっと口に放り込んだところだったので、もごもごと茉里奈を見ると説明してくれる。
「お話を聞いた人の、お話を聞いた人の、さらにお話を聞いた人、という感じで、大体五人位遡ると確かそんな名前だった、という記憶を保持されている方がいたんです」
トロトロの甘く煮えたペコロスを飲み込んで、ついでにスープをひと口。ちゃんと飲み込むの大切。
ええっと、メモの署名の話だろう。
物凄いまた聞きで、二文字じゃないとか、ソラじゃないとか、アケルだった気がする、とかの意見をまとめて”空≒アケル”と結論づけたらしい。
理数系多くない?
「五人位遡る……ああ、六次の隔たり」
「六次の隔たり?」
クロワッサンをちぎってかぼちゃサラダを乗せながら茉里奈は首を傾げる。
マイナーな話だったかな。
「誰かを探しているとして、知り合いの知り合いを辿っていくと、五人仲介したところで本人に辿りつくって話」
「数学の計算式か何かですか?」
「んーん、確か心理学者だったと思う。世間は狭いを検証した話」
「はい?」
「五人仲介すると辿りつけるなら人類皆知り合いみたいな、ね?」
私も真似をしてクロワッサンをちぎってかぼちゃサラダを乗せて食べる。茉里奈より先に口にしちゃった。濃厚×濃厚状態だけれど美味しい。カロリーの味がする。
「ありえますか? そんな事? あ、美味しい」
訝しみながら、止まっていた手を動かして口に運んですぐにパッと機嫌のいい顔。
美味しいは正義だよね。
「そうねぇ。例えばアメリカ大統領に手紙を直接届けて貰うとかどうかな? 五人まで挟んでOK」
「えぇ! 無理じゃないですか?」
「茉里奈の場合はそんなに挟まなくても到達するんじゃないかな?」
「そんな知り合いいませんよ? 両親も普通の人です」
「例えば、一人目に病院の先生、二人目に先生のお友達のアメリカ医師、三人目にその病院の政治担当者、そのまま四人目で辿りつければラッキーだけど、まぁ広いから州知事とか? 五人目でご本人様の秘書、本人、と」
パチパチと瞬きをしてなるほど、と茉里奈はつぶやいた。
「WEB百科事典とかでゴールの言葉を決めて、適当なページから五クリック以内にゴールのページに辿りつく遊びとか流行ったんだよ」
私の周りだけかもしれないけど。
「面白そうですね」
「まぁ、SNSが発展して三.五次の隔たりとか最早ワンクリックとか、世間はだんだん狭くなってるらしいけどね。良いのか悪いのか分からないけど」
「明日丹羽先生に詳しく聞いてみよう」
物凄く嬉しそうだ。
「でもあれだね、記憶が無いと、そうなんですね、ってだけの気持ち」
「はい。お名前だとアケルとも読むんだなぁというくらいで。調べた時に送り仮名でケル付きはあったんですけれど、一文字でアケルは無かったので候補から除外していました」
「空虚とかちょっとマイナスイメージもある漢字だけど、名前なら、上空とか宇宙のイメージかしらね。ソラ読みでもいいけどひとひねり、みたいな? 開ける方のアケルってイメージもあるかな」
「名前の由来って聞いてみると面白いですよね」
「私は割と普通だったな。読みでノドカかワカか迷ったらしいけど、言い安さでワカに決定したって言ってた。ヤマトナデシコみたいなイメージ? 足し算の和に香り」
「確かに言いやすいです」
茉里奈は、ノドカさん、ワカさん、と発音して真面目な顔で言う。
おばさんはヤマトナデシコの方に突っ込んで欲しかったよ。
「茉里奈は?」
「元々はジャスミンの茉莉で茉莉奈だったらしいんですが、二つも日常生活に使わない漢字があると少年期まで大変なんじゃないかという事で、里に変えたと言っていました。季節の花と、奈は実りが多いという意味があるそうです」
「へぇ。お互い画数とかじゃなかったね」
「一応調べたらしいです。画数って書籍によって書いてある事が違うんですよね。くじ引きで良いのが出るまで引き続けるとか、テレビの占いで一番いいのを信じるとか、そういう感覚になったとかで、途中から見ていないって言ってましたけど……大吉が多かったですね。総画が大凶でしたけれど」
「大丈夫、私、外格が最大凶だったし」
「わぁ」
名付けって大変ですね、などと言い合ってすっかり止まってしまっていた食事を再開する。
ゴロゴロ野菜のポトフは凄く満足感があって美味しかったのだけれど、折角重箱貰ったのにちょっと重箱に入れるには無理があるので、ちょっとお供え物は別で用意しないとなぁ。
茉里奈はこれから裁判が終わるまでは朝食と夕食は一緒にとりますね、と言って、教育部に出かけて行った。
茉里奈は既に閻魔大王の配下の担当者から生まれ変わり先候補の概要なるものを渡されているようで、次の人生での絶対に譲れない条件等考えておくらしい。
会っても貰ってもいなし、そもそも生まれ変われるのかも分からない私はどうしたらいいんだろうか。
取りあえずお弁当を作るけど。
ポトフは峰岸さんの家で食べた煮た野菜を焼いたやつを参考に、具材だけ取り出して軽く汁気を取ってトースター機能で少し焦げ目がつくくらいまで焼く。
じゅわっとスープが出る位が美味しいけど、難しいのでお品書きにそういう食べ物ですと書いておこう。
クロワッサンに切り込みを入れてかぼちゃサラダを詰めたやつを二つ。
絶対足りなそうなのでポテトサラダを詰めたやつも二つ。
うん、炭水化物祭りにしてしまおう。
ラップで仕切りを作ってスイートポテトといも羊羹も入れて、なんか胸焼けしそうなのでサラダミックスとパプリカピクルスも追加。
うん、色合いも良い感じでしょう。
重箱は持って帰るだろうから一段だけにまとめて……一応ウィンナーもあるけど、ガッツリした肉類がないのって大丈夫かな?
アスパラのベーコン巻きも追加しよう。
アスパラはぱきっと折って、下の方は皮を剥いて、長さはベーコンに合わせて、ベーコンを巻いたら巻き終わりを下に、フライパンは温めずに調理開始。
熱で巻き目がくっ付いたら転がして全体に焼き色を付けて、蓋をしてアスパラを蒸すイメージで火を通したら完成。
重箱に詰めてから黒コショウを振って、うん、いいかな。
クロワッサンドは一つづつラップでくるんで、重箱の蓋は冷めてから。
その間にメニュー作成。
味は想像力らしいので少々オーバーに脚色。
噛んだ瞬間にじゅわっと濃厚なコンソメスープがあふれ出るのでご注意を、とか書いておく。
なんだその食べ物、私も食べたい。
重箱の蓋を閉めたら、さて、行きますか。
展望台。
***
両親は自宅にいた。
母は寝室でテレビを見ながら足の裏を揉んでおり、父はお風呂で洗髪中。
展望台思い浮かべると見えちゃうから危ないなぁ。
元気そうと言うよりはお変わりなく、普通みたいだ。
小さなクローゼットみたいな見た目の可愛らしい仏壇に私の写真が飾ってあり、花はブリザードフラワー、ロウソクとお線香はLED。
うん、私もそうすると思う。
水とお菓子も置いてあったのはちょっと意外。
お菓子は頂き物があれば置いても水は置かなそうなんだけど、思ったよりも死を悼んでくれたのだろか。
例え両親であっても本人にしか気持ちは分からない。
兄の家では甥と姪が兄を真ん中にグオーグオーといびきをかいて寝ていた。
なんか一回り大きくなってないか? 子供はともかく兄も育っている。
兄嫁は靴を洗っていた。
昼間遊びに行って汚れたのかな。
玄関に飾られた家族写真の中に私の写真もある。
しゃがんで左右の甥姪の頭を鷲掴んでいる写真。いや、もっと他にもあっただろ。
ああ、でも、写真にマスキングテープで四葉のクローバーが留めてある。
ちょっとした事なんだろうけれど、なんだか気恥ずかしい様な嬉しさがあった。
甥姪が、全部分からなくて良いから、死を知る機会になったんなら良かったかもしれない。
それ程交流もなく一年に一度会う程度。親や友達で死と言う事を知るよりは良い様な気がする。
好きだと辛い。
父方の祖父母は無くなっているけれど、母方のおばあちゃんはまだ生きているはず。
詳しくは分からないけれど、私がまだ小学生くらいの時に、絶縁に近い状態で連絡を取らなくなって、今はどこかの施設に入っていると聞いた。
双眼鏡を覗き込んで若かりし頃のおばあちゃんを思えば眠るおばあちゃんが見えた。
歯がないからか、寝顔のせいか、なんだか知らない人みたい。
現状をみて、可哀そう、という程度にしかおばあちゃんの事を知らない。
交流が無くなったのにはそれなりの理由があったんだろう。
おばあちゃんがどうしているか、聞きもしなかったのも、施設にいるのなら会いに行きたいと、言いもしなかったのも私自身だ。
あまり思い出はないが、私には嫌な思い出はない。
記憶の中の祖父母は、いつも祖父母の家で祖父母と一緒で、両親や兄はいなかったので、案外私が原因だったのかもしれない。
知るすべもないし、今更知ったところでどうにもならないけれど、指先に刺さった小さなとげの様に気になった。
友達知人も何件か。
旅行先に居る恋人同士に、授乳中のボサボサ不細工ちゃん、ミニ同窓会みたいなのとか、見たらいけない場面も少々。
私一人居なくなっても世界は廻っている。
というか、日本人は一日に三千人は死んでいるわけで、廻って貰わないと困る。
一通り見終わったので、自宅も見に行く。
空っぽの自宅。解約は無事に済んだようだ。
そのまま会社に行く道を辿る。
良く夕飯を食べたお店は近所に五軒。
中華料理屋とインド料理と居酒屋とファミリーレストランが二軒。
中華料理屋のおばちゃんも、インド料理屋のお兄さんも、居酒屋の大将も元気そう。
ファミレスの店員は個体識別してないけど、まぁ、普通に元気だろう。
事故った電車は何事もなかったように運行し、会社の近くお店も変わらずそこにあって、そう言えば死んでまだ一ヶ月経ってないんだよなぁなどと思う。
会社の入ったビルは、今も誰かが働いているのだろう、土曜日の遅い時間でもいくつかの明かりが見えた。私が働いていた会社は流石に誰もいないけど、警備員室を覗いてみたり、見た事のない場所も覗いてみた。
ふらふらと見て回っているとたまに明らかに目が合う人が居る。
双眼鏡で覗いているだけのつもりの私って、幽霊としてあっちに実在していたりするのだろうか。
こういう人が霊感が強い人なのかな。
ちょっと後をつけてみようかと悪戯心が芽生えたけれど、お祓いとかされるのも怖いのでやめておく。
映画とかドラマみたいにしんみりした様子で写真の私に話しかける場面とかには遭遇しないもんだなぁ。
そういうタイプの人が身の回りに居なかったという事もあるんだろうけれど、やっぱり私には展望台は良く分からない施設だ。
例えば一年後とかに見に行って街の様子が変わっているのを見たりとかは楽しいかもしれないけど。
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死亡 二十八日目(一日目)
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入手品:展望台チケット/竹/谷中生姜/ペコロス
朝食:バナナトースト
昼食:イタリアンランチ
夕食:ポトフとかぼちゃサラダ




