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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第五章

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92 イタリアンランチ


「最後の最後に人生を考えさせるわよねぇ」


 おっとりと困った様に首を傾げながら峰岸さんは言った。


 昼食をという話だったけれど、よく分からない謎料理とシャンパンで迎えられている。

 気軽にイタリアンでと言われたのでイタリアンなのだろうけれど、目の前の大皿にはひと口大のおつまみみたいなものが、数えたら二十三種類盛り付けられており、それとは別にパスタとデザートも用意しているという。

 メインの肉料理も焼けばあるから食べたければ言ってね、と、料理の内容はともかくとして、親戚のおばちゃんみたいな事を言った。

 どこかふわふわとしているのにマイペースな峰岸さんも、ちょっとお疲れの雰囲気。

 これはなんですか? と大皿の中の謎に緑色のペースト状のものを指せば、インサラティッシマ・リナシメントって要するに前菜の盛り合わせだけれど、アンティパストミストより種類が多くて高級なお店で出て、視覚的にわぁってなるだけで等しく前菜の盛り合わせよね、と謎言語で説明された。

 フランス料理の時も思ったけれど、よくそんな長いカタカナ覚えられるなぁ、と感心しながら口に入れたら枝豆っぽい味。

 うーん、私の想像力よ。

 色的に枝豆って思ったのかな。

 まぁいいか。

 シャンパンは飲みなれないのでほぼ炭酸味。

 実はあまり美味しいと思うシャンパンに出会ったことがないだけかもしれない。

 生ハムも三種類あるけど同じ味になってしまいそうだな、とちょっと残念に思いつつ、美味しかったものを思い出しながら口に運んで出来るだけ味は再現。

 うん。美味しい。


「ああ、ごめんなさいね。ムースやパテは説明しないと味が分からないわよね? さっきのはピスタチオ、お肉はプロシュートとスペック、モルタデッラとラルド」


 四種類だった。え? どれ? この白いペラペラの? イカの薄切りみたいなやつ?

 大体、生ハム、くん製生ハム、ボローニャソーセージ、背油、って感じらしい。

 他は焼き野菜やスープで煮てから焼いた野菜に生野菜の構成。

 大丈夫。ノリで美味しく食べられる。

 少しずつ口に運びながら、重たい裁判の話も少々。

 やっぱり気持ちや記憶がディープな方に振り切れるらしく、峰岸さんも当日はいくら何でもそこまでは、と、否定する気持ちと受け入れる気持ちでクラクラしたという。


「建前とか、見栄とか、常識とかそういうことなのかしらねぇ。取り外したらやっぱりそう思うのよね」


 例えば子供なんて欲しくなかったとか、法律がなければ普通に何人も殺しただろうなとか、多分思い切って口に出したのだろう、峰岸さんにしては珍しくこちらを見なかった。

 逆に私は見られていないので、改めて峰岸さんを見ている。

 歳よりも若く見えるのは調整したせいなのか、美人とか可愛いとか、そういうカテゴリーに無い、あの人なんか良いよね、という雰囲気。食事の内容もそうだけれど、普通ならちょっと上流層なイメージで緊張してしまいそうなものだけれど、折角だから少し良い物を用意したのよ、という柔らかい雰囲気。形式ばらない絶妙なライン。

 昔話を聞けば食べるにも困るような生活も経験していて、けれど粗野な感じはなく、不思議な人だなと思う。


「ウチの母は昔から産む予定じゃなかったとか、仕方なく産んだとかよく言ってましたけれど、恨んだりはないですよ。産んでくれてありがとうと言う感謝までは持てませんでしたけど……死にたくも生きたくもなかっただけで、それは私側の問題かなって思います。

 殺してやりたいとかは、誰しも一度は思ったことがあると思いたい」


 私が言うと峯岸さんは困ったように笑った。


「詐欺師みたいなものよね」


 新しくワインを開けながら峰岸さんはいう。


「人によく見られたいから、子供を愛するふりをしていたんだもの。貴女のお母さまは私より正直で義務は果たしてくれる良い人だったのよ」


 慰めとか自嘲とかそんな声色で続ける。


「母親と言うと微妙なのかもしれないわね。そこは私と一緒ね。

 円滑に物事を進めるような考え方だったらまだ良かったんじゃないかしら。私はどこまでも私に都合よく周りを動かしたかったし、三食昼寝付きでやりたいと思った事と欲しいと思ったものが何でも手に入るような生活が良かったのよねぇ。口に出してみるとやっぱり、強欲ねぇ」

「誰もが夢みる、人の夢と書いて儚いやつですよねぇ」

「ふふ。実際にそういう生活をしている人もいるんでしょうけれど……あら? あの世って正しくそんな生活じゃなあい?」

「……そう言われてみるとそうですね。裁判ありますけど」

「やってみると思ったより楽しくなかったわね」

「死んだあと、時間を潰すのに悩みましたよ、私」


 ワインを受け取りながらそんな風に答える。

 なにもなさ過ぎて我ながら引いた。


「そうね。一人きりになるとそんなものかも知れないわね」

「旅行、行かないんですか?」

「ああ、主人との思い出の地巡りね。それがねぇ、行っては見たんだけれど、本当に三十分もあれば良いのよね。想像してみて? ドアを開けたら海で、泳ぐのも釣りも趣味じゃなくて、匂いも風も冷たくも熱くもなくて、主人もいないのよ?」

「……寧ろ三十分持つんですね」

「動いているものがあると意外と見てはいられるかしらね。後は少し歩いてみる位。思い出があれば思い出して、でもそれだけね。私はシアタールームの方がトリップ出来るわ」

「絵に書いた餅ですね」

「本当にね。そういえばインドは死んだ人が何人かいたわよ。分母の違いか、宗教的な事かは分からないけれど、施設以外で何人も見かけたのは初めてだったから少し面白かったわね」


 相変わらずのアクティブさ。


 それから茉里奈には内緒だけれど、と、人は殺したし騙したし、罪に問われなかった事をラッキーだと思ったし、後ろめたくもなかったから、やっぱり最後には精算させられるものなのよ、と笑って、仕方ないわね、嫌になるけれど、とシンプルなペペロンチーノを出してくれて、峰岸さんの話は終わった。


 後は私の話。

 自己完結しているし、放っておいても大丈夫と言う感じがするという。

 誘われても誘っただけだろうな、と思うし、思惑や意図がなさそうだとか。

 なにも考えていない人みたいじゃない、と思ったけど、実際あんまり考えてもいないので当たっているのかな。

 もう少し人間味が出れば条件も達成するんじゃないかと、ちょっとからかうように笑われた。

 恋人がいたかも知れない話も少し。

 ロマンチックね、と感想を述べてから少し考えて、恋人に条件ってあるの? と聞かれてちょっと答えに困った。

 峰岸さんは、等価交換で後出し、と言い切った。自分を愛してくれる人が好きな人で、愛してくれた分だけお返しはするけど、それ以上は返したくなかったという。

 そういう意味なら私の方が酷いかなぁ。

 付き合ってくださいと言って来た人と付き合って、私からは別に何もしなかったし。

 私の事が好きなら愛してくださいよ、という感じで。

 私は最悪ですね、と言ったら、周りにイイ男がいなかっただけでしょう、と、デザートを出してくれた。ふわふわのメレンゲみたいなチーズケーキ。レモンが効いてサッパリと。

 話の内容は殺伐としていた様な気もするけれど、ゆっくりと時間をかけた贅沢な昼食だった。


 帰り際に譲ってくれた重箱はくつわ型の曲げわっぱで一段物を三つ。

 二段物を使っていたそうだけれど、一度テーブルに出して、中身が残った状態で重ね戻すのが嫌だったのと、御節は一人一段にプラスアルファだったそうな。

 え? 二世帯住宅でもお正月は二人きり?




***




 帰宅してさつまいもとかぼちゃを蒸しながら映画を見ている。

 と言ってもノートパソコンの小さい画面だから、切ってた前半は全然見れてないんだけど。

 動画サイトの映画で推してるっぽい奴をポチっと。推してるだけあって映像も綺麗だしキャストも有名どころ。

 だがしかし血のつながらない父娘のご家庭映画でタイムリーと言うかなんというか、これはあの世補正?

 家族みたいなものよ、なんて言い回しがあるけれど、血がつながっていようがいまいが、同じ屋根の下で生活してたら家族、なのかな。

 学校とか寮って考えるとやっぱりちょっと違う気がするから、あくまで生活を共に、も付け加えるべきか。

 いや、寮だと生活を共にしてる? 入った事がない分からないけれど、どんな大喧嘩をしても帰る場所は一緒で、同じ食卓に着かなければならないわけだから、家族よりの友達?

 親戚みたいな感じで、なんて言い方をしたような気がする。

 茉里奈もまだ家族というより、親戚っぽい感じだもんな。

 姪っ子とか預かったらこんな感じだったのかな。

 理想の家族像が良く分からないけれど、長く一緒にいるからこの人はこういう時こうする、とか分かるだけだし、年中行事のやり方とか先祖代々でこんな感じでやってきましたってのを、下の世代が結婚して別の家族の常識を混ぜつつ落としどころを見つけてちょっとづつ変化してるだろうし、そういうのが家族の常識みたいな根底にありはしても、個人が集まって住んでるだけで、見てる方向も感じ方も違うんだよね。

 頻繁に行き来して宿泊する様な親戚ならもっと家族っぽいだろうし、親戚みたいなものっていう距離感はどれくらいだろう。

 さっきの寮の感じではないけれど、嫌いでも顔を合わせなくちゃならないってのはかなり家族って言うか一族のカテゴリーに入る感じがするし、その辺りかな。

 寮なら期間限定だから家族って感じが薄いとか、どう? この理論。


 などとどうでもよい事を思いながらさつまいもとかぼちゃに爪楊枝を刺して蒸し加減チェック。

 スッと入ったのでもう良さそうだ。

 かぼちゃは取り出してバッドにあけて夕飯用に冷ましておく。

 さつまいもは皮を剥いて蒸していたので、そのままハンドブレンダーで粉砕。

 どうしようかな。

 このまま滑らかになるまで攪拌して冷やし固めていも羊羹にするか、バターと牛乳を加えて卵を塗って焼き、スイートポテトにするか……両方作るか。

 アツアツの内に砂糖と塩も一つまみ。

 半量に分けていも羊羹用には砂糖を追加、スイートポテト用はバターと牛乳を追加。

 両方とも再度攪拌して、いも羊羹用はテリーヌ型にラップを敷いて空気が入らないように入れ押し固めたら冷蔵庫へ、スイートポテト用も生地が柔らかいので一度バッドに入れて冷蔵庫でお休み頂こう。


 ちょっと早いけれどこのまま夕飯の下ごしらえもしてしまおうか。

 玉ねぎのみじん切りを水にさらして辛み抜き。

 ツナとかぼちゃと水けを切った玉ねぎをマヨネーズで和えてかぼちゃサラダにする。

 これ、甘いしょっぱいで止まらないのだ。

 盛り付ける時にブラックペッパーをちょっとかけると良い感じ。


 貰ったペコロスも使いたいし、今夜はポトフにしようかな。

 ウィンナーは斜めにカット。バリっとよりも出汁に振りたい気分。

 じゃがいもとにんじんはゴロっと乱切り、キャベツはざく切りで、ロマネスコを……なんていうのかな? 房? 六房程用意して、ペコロスは上下を切り落として皮を剥けば野菜の準備完了。

 特に何をするでもなく、炊飯器に全投入。コンソメ顆粒に塩少々。炊飯。

 炊飯が終わる頃に開けてみて、灰汁が浮いていれば除去。あとはほったらかしておけばトロトロに仕上がるだろう。


 ついでに色々下処理もしちゃおう。

 銀むつは西京焼きにしたかったんだよね。

 塩を振って寝かせつつ、味噌に酒、みりんに砂糖少々でみそ床をつくる。

 お湯を沸かしながら谷中生姜の葉をちょっと長めに残して切って、一本ずつになるように割って、沸騰したお湯にドボン。

 お酢と砂糖と塩少々で甘酢を作って、谷中生姜を引き上げてちょっと冷ましておく。

 そろそろ銀むつから水が出てきたからキッチンペーパーで押さえてみそ床を丁寧に塗って、ラップして保存袋に入れて冷蔵庫でお休みなさい、と。

 スイートポテト用の生地が固まってきていけそうな感じなので、オーブン予熱。

 一口サイズの正方形をイメージして切り分けて、天板に並べてといた卵黄を塗る。

 余熱完了したオーブンにいってらっしゃい。

 それで粗熱が取れた谷中生姜は甘酢にドボンと。

 よしよし、良いテンポ。


 ……私は一体何を目指しているのだろうか?

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