89 第四回裁判 / マシュマロクッキー
「これがカリフローレ……」
茉里奈からだと山田さんから手渡されたのは花束に見えなくもないカリフローレ。
例えるならば、まとまっていないカリフラワー。全体的に太らせたカスミソウ。
全然良い例えが思い浮かばない。
私には可愛いけど美味しそうには見えないかも。
「山田さん、これ、美味しそう? 可愛い?」
山田さんは普通のおじさんなので、微妙な顔をする。
「すみません、美味しそうとも、可愛いとも……」
「ですよね」
いや、美味しそうと悶えられても、可愛いとときめかれても困るんだけどね。
「私たちってお付き合いしてましたっけ?」
「してないです」
「ですよね」
サクッと聞いたら食い気味で返事をされた。
まぁ、そうでしょうねぇ。
私の分の荷物、お刺身盛合せと銀むつの切り身とバナナをカウンターに乗せながら、山田さんは二階に荷物を置いて帰ります、と言うのでエビカツバーガーを渡し、ついでに今夜も夕食には来ないと告げられたので、また明日、と別れた。
どうしよう。全然興味ないんだけど。
まぁいいか。思い出さなくてもいいからこんな感じなんだろう。そう思おう。茉里奈もなにも言ってなかったし。
カウンターにクランペット版と焼きたてバンズ版のエビカツバーガーを並べて置き、ちょっと迷ったけれどコップも置いて、何となく拝む。
お供え物だな、ホントに。
それから残りのエビカツバーガーを手にコスの家による。
「コスー、お裾分け。エビカツバーガー」
「ありがとう。これお返し、マシュマロクッキー」
今日のコスは店先に居て、マシュマロクッキーなるものをくれた。
メレンゲクッキーみたいに硬く焼かれたマシュマロに、砕いたビスケットやチョコが刺さっている。なかなか斬新な見た目。
さて、いざ第四回裁判へ。
***
五官王は何故か犬飼少年の見た目で、けれど五官王だった。
意味が分からない。
「なにも考えずに来るから」
五官王はそう言って苦笑いを浮かべると、タブレット端末をガシガシとスライドさせながらどんどん喋る。
「嘘で塗り固めたような人生ね。死産予定の運命が本体の送り出しの言葉で延命か。育児放棄は運命的準備不足で起こってしまった不幸ではあるけれど、長く続いたのは貴女の無関心と生命力の強さのせいもあったみたいだわ。誰か助けて、とは思ってもそれは家族に向けてではなかったし、それが家族に向けてであればもう少し違った運命を辿れたけれど、まぁ、過ぎた事。ねぇ、貴女、自分が可哀そうなんて思ったことも無いでしょう? それなりの人生だったと思っているでしょう? 全部嘘だわ。考えるのが苦手と言いながら考えないように考えて、人の顔を覚えるのが苦手と言いながら、最初から顔を見ていない」
犬飼少年の顔で大人の女性みたいな話し方をするな、と、話がどんどん滑り落ちる様に右から左へ抜けていく。
全然頭に入って来ない。
五官王はため息を一つ。
「一人きり家に置き去りにされて何を思ったの? 家族の後ろを追いかけた時、貴女は何を思ったの?」
ざらりと耳元で震えるように声のトーンが変わり総毛立つ。
死んでからシアタールームで見た覚えてもいない記憶。
死んでから思い出した幼少期の記憶。
断片的で、ストロボライトみたいに、場面が浮かんでは消る。
それは考えたくもない嫌だった事の数々。
どうして私だけ置いて行かれるのだろう? 連れて行って欲しかった。
このまま置き去りにされたらどうなるのだろう? 気づいて迎えに来て欲しかった。
やりたい事がないと生きてちゃだめなの? 小さな幸せを大事にしたかった。
存在するだけで回る事もあるって納得したんじゃないの? 妬ましかった。
なににもなりたくない。なにかになりたい。
なにかに打ち込むほどの熱量が欲しかった。羨ましかった。
皆が世界一になれないし、なったって嫌な思いをする世の中だ、良い事なんてない。そう思いたかった。
神様、神様は私になにをくれたんでしょうか。
「命を」
落ちるような感覚があった。
命なんてあるから考えて、悩んで、傷ついて、楽しくて、嬉しくて。
負の感情が大きければ大きいほど正の感情が恋しくて、神様に幸せを願う。
命を貰って、そこから先は自分次第でも、願う。
それから、恨む。
「ほら、嘘ばかり」
そう。神様を恨むのは怖い事。祝福は与えられずにどこまでも黒くのみ込まれる。
自分次第という事も忘れ、どこかの誰かへの嫉妬と羨望。
そんなに強くなくちゃだめですか? 押しつぶすほどに寄りかかれる人が欲しかった。
使い捨てで良い。
手を差し伸べてくれたらその手を取って、なにもかも押し付ける。
誰かに助けて欲しいと思うだけで、特定の誰かに助けて欲しいとは思わなかった。
ああ、誰かを愛したかった。
支えて貰った分、支えてあげたかった。
「嘘」
無償の愛が欲しかった。
「貰ったじゃない」
認めたくなかった。
何度も”今更”と悪態をついた。
寂しかった。
他人なんてどうでもよかった。
「本当に?」
どうでもいいのは私。
闘病の末短い命を散らしても、愛してくれる家族がいて、家族を心配する茉里奈が憎かった。
罪を償う必要があっても、たくさんの人に愛されて、最後も幸せそうだった峰岸さんが羨ましかった。
自分の意思で好きな事を飽きるまで続けるコスが妬ましかった。
どうって事ない顔で長年こっちで過ごす大先輩や池橋さん、犬飼さんに嫌悪した。
幸せならそれでいいという佐藤さんは無責任だと腹が立った。
そう思う自分が一番汚くて嫌いで、見なかった。
私は、考えないし、決めない。
けれど自立して、適当に、飄々と。
それでいい。
どうでもいい。
居なければ良かった。
すとん、と、底に足がついた。
生きていたかった。
「結構」
五官王は短く言って、言葉を続ける。
「嘘をつかない人間と言うのはいないもので、貴女もまた嘘の多い人生だったわね。予想と違う裁判かしら?」
予想もしていないつもりだったのだけれど、この展開を意外に思っているのだから、それも嘘なのだろう。
「嘘自体広範囲なので、もっとこう、意図的につく嘘で詰められるのかと思いました。道を聞かれて迷子にしてやろうと反対の道を教える、みたいな感じの」
五官王はパチパチと瞬きをする。
「やった事も無い事を良くもまぁそうペラペラと言うのね。思考自体嘘が癖になっているみたいだわ。気を付けなさい」
私もそう思います。
そして治る気も全然しないし、今、もの凄く、疲労しているので、早く終わって欲しいです。
五官王はまたため息を一つ。
「自分を騙すというのは、自分以外のすべてを騙すという事。罪は重いわ。とは言え、人間界の理で言えば……」
判決内容は相変わらず右から左へ抜けていく。
後で必要になったら確認しよう。
***
誰にも会いたくも話したくもなかったので、自室に戻り、床に転がる。
仰向けになってお腹の上に手を組んで、棺のポーズ。
今朝貰ったカリフローレでも持てば完璧だろうか。
自虐が過ぎるか。
ああ、もう、なにも考えたくない。
なにが嘘で本当なんだか、なにが何やら。
かさり、と、今朝コスに貰ったマシュマロクッキーがポケットの中で音を立てる。
おっと、潰しちゃ大変だ。
うん。考え込んでも仕方がない。お茶にしよう。
一階に降りてお茶を入れ、貰ったマシュマロクッキーも小皿に出してカウンターに座る。
「いただきます」
呟いて一つ口に入れると、見た目よりも甘さ控えめで、サクッとくちどけの早いクッキー。
んー、でも、メレンゲクッキーに味が変換されてるのかな。
食べた事ないし。
想像した味は自分好みなのかな。
美味しいと思う。
これも無償の愛なんだろうか。
コス的にはただのお返しっぽいけど。
与えたら、返って来るものなんだろうか。
難しいなぁ。
気が付けばポロポロと涙が落ちたので、一頻り泣いた。
裁判は辛かったけれど、小さな頃、寂しくて仕方がなかった私を、拾ってあげられたような気がした。
多分、寂しいから置いて行かないでと言えば、連れて行ってくれただろう。
出先で置いて行かれたらどうしようという恐怖に勝てず、飲み込んだその気持ちに嘘はなかったと思う。
寂しかったね。
なんか両親に腹が立ってきたんだけど。
ああ、顔が見たい。
明日は展望台にでも行ってみようか。
茉里奈から貰った展望台のチケットが一枚ある。
愛されて育った人は愛するのも得意なのだろうか。
思えば最初のチケットも峰岸さんから貰ったもので、自分で頼もうとも考えていなかった。
客観視出来ていればもう少し違ったのかな。
別に両親に愛情がなかったわけではない。
寧ろ面倒見は良かったのかもしれない。
運命的に居ないはずの私をカッコウの卵みたいに、首を傾げつつも産み育てたのだ。
劇的に奇跡だ! 愛してる! ってなって欲しかったのは私の都合だし、そう考えるとなんか恥ずかしいな。
ああ、もう。なんだか色々ダメだ。
食べ終わった食器やカップを片付けようとして立ち上がった時にそのことに気が付いた。
エビカツバーガーが無くなっていて、カウンターの上の菓子の瓶に紙切れが置かれている。
『ごちそうさまでした。見た目でなにか分からなかったのでフィッシュバーガーとグラタンコロッケバーガーで食べました。美味しかったです』
パソコンのフォントみたいに整ったその文字に見覚えはない。
誰かがここで食べて手紙を置いて帰ったのは確かだろう。不思議と怖いとは思わなかった。
生きていた頃なら不法侵入だなんだと大騒ぎだけどね。
そうか。
粘土食べられるくらいだし、中身も想像したものになるのか。
次があったらお品書き付けとこう。
粘土食べる話って誰としたんだっけ。なんか面白かったような気がする。
というか。
わざわざ手紙を残したって事は、夕べのあれも?
慌てて二階に上がる。
自室にはメモを大量に貼ったスケッチブックが置いてあるのだ。
あの中に何かメッセージがあるのかもしれない。
佐藤さんのメモ、大先輩のメモ、丹羽先生のメモ、何となくブロック分けされているし、左上効果からのZの法則で、そのメモに視線が向いたのは一番最後。
右下に貼られたそのメモは、他の紙と同じで、文字数は少ないのに字は大きい。
なんで気が付かなかったのか。
ワザとだったら性格が悪すぎる。でも多分ワザと。
すぐ気が付いて欲しければど真ん中にでかでかと貼れば良いのだ。
『腹減った。空』
ええ。
メモ残す必要あった?
空って書かれても。
第一お腹空かないと思うんだけど。
なんだかおかしくて笑った。
さっきから泣いたり笑ったり、情緒が安定しない。
茉里奈や峰岸さんは大丈夫だろうか。
心配ともちょっと違う。
みんな私みたいにぐちゃぐちゃでいて欲しい。
正直そんな気持ち。
私も同じ気持ちだから一人じゃなくて良かったって言い合って、……ああ、やっぱり寂しかったのか。
そう思ったらもう寂しくなかった。
うん。大丈夫。




