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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第四章

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88 エビカツバーガー


「……パタン……トン……」


 ドアの閉まる音が聞こえた気がして覚醒する。

 目だけ開けて天井を見ながら耳に意識を集中してみたが、なにも聞こえなかった。

 片側に置いた携帯端末で時間を確認すると三時半。

 深夜と早朝の間、という気がする。

 茉里奈にしては遅いと言うか早い時間。

 聞こえた気がする、と言うのは物凄く考えにくい世界だ。

 起き上がって部屋を出て、廊下を見ると窓が開いている。

 まぁ、閉まっていたはずだけれど、今は開いている、と。

 窓際に寄って外を見たが特に異変もなく、釈然としないので佐藤さんに電話をかける。


『高坂さんー?』


 いつも時間を気にせず電話をするけど、さしもの佐藤さんもちょっと困惑している様だ。ちょっと面白い。


「高坂さんですよ」

『下着なら藤色ですよー?』

「どこの変態悪戯電話師?」

『現世にはそんな職業がっ?』

「そこで本気でびっくりするのやめて」


 ふふふ、と佐藤さんの笑い声にほっとする。

 思ったより怖かったみたいで、体に力が入っていたらしい。

 力が抜けたというよりは脱力したって感じだけど。


「人の気配がして起きたんだけど、誰もいないから思わず電話しちゃった」

『葛城さんですかー?』

「ううん、茉里奈は今日は出てる。裁判前に着替えに戻るみたいだけど、まだ戻ってないよ」

『夜中にふらふら出歩いてー、不良娘ですねー』


 くすくすと佐藤さんは笑ってから、


『家を知っていれば入れちゃいますからー、どなたか起きてるかなー? ってー、覗きに来たのかもしれませんねー』


などと怖い事を言う。

 いや、別にこれは怖い事じゃないのか?

 いやいや、怖いって。


「日付変わってるし、サクッと殺されて裁判スキップとかありえるって事じゃないの、それ?」

『ああー、気が付いちゃった感じですかー?』

「気が付くわよ。なんなのよ、もう」


 落ち着かないので一階でお茶でも飲もうと移動しながら話をする。

 そこまでの恨みを持った人間関係はバッティングしないように分けてるけど、こっちで培った恨みは、職員さんが気が付いたり、本人の自己申告がないと分からないので、そういう事もあるんですよねー、と、困った風でもなく、困りますねー、とか笑う佐藤さん。

 移動中ならまだしも、こっちの分ける管轄は完全に大先輩のお仕事なので、苦情はそちらに、と抜かりなく。

 別に責めるつもりもなかったんだけど、そう言われると佐藤さんのせいにしたくなるなぁ。


「やっぱり気のせいって線は無い?」

『ないですねー。あると思いますー?』

「生きてれば夢見が悪かったとか、外で酔っ払いが叫んだとか、なきにしもあらず、なんだけど。ないかぁ」


 佐藤さんはもう死んでからの方が長いので、生きてるとそういう不便もあるんですね、と、笑った。


 それからしばらく”夜中に目が覚めてしまう話”をした。

 佐藤さんも夏の蚊や子供の夜泣きで目が覚めた話なんかをしてくれて、お互いに共感したり共感できなかったりしながら、改めて別の人間なんだな、などと思う。

 核となるものは同じかもしれないけれど、育った環境も、考え方も、経験も、違うのだ。


 電話を切ってから店の入り口を開け、空が白んでいくのを眺めながら、我ながら今なんでそれ? と思いながら朝食のメニューを考える。

 茉里奈にも少し持たせようか。裁判を待っている間にでも食べたら良い。そうなると山田さんにも用意しておこうか。

 持って行きやすくて食べやすいもので、朝食っぽいもの。

 ハンバーガーとか?

 バンズがないんだけど、時間もあるし今からでも焼けるかな。

 冷蔵庫の中見てみよう。


 ああ、そういえば池橋さんに境界線に立ってると危険だって言われてたっけ。

 茉里奈がどのドアから帰って来るのかも分からないから閉じておいた方がいいかな。


 早朝という時間、深呼吸をしても爽やかでもなく、暑くも寒くもなく、全方位スクリーンみたいにただただ早朝の街並みだけがそこにある。

 衣擦れで埃は家にたまる理不尽を佐藤さんが怒っていたなぁ。

 掃除や洗濯でもする事がないよりはいいと思うんだけれど、それは私の感想でしかなくて。


 うん、どうでもいいかな。


 それよりご飯だ。孤独を想起させる冷蔵庫のブーンという音もここにはないのだ。

 冷蔵庫の中から保存しておいたクランペットを発見したので、これもバンズに使おう。足りない分は焼くとして、そうそう、茉里奈から貰ったクワイも、今晩食べるように下処理をしておこうかな。

 ああ、車エビもほったらかしだったな。

 よし、エビカツにしよう。エビカツバーガー。

 材料をどんどん出しながら手順を考える。


 まずは醗酵させないといけないからバンズから。

 持ち運ぶからふわふわよりもしっかりした生地が良いかな。

 強力粉多めで薄力粉は四分の一くらいで、時短でイーストはやや多め、砂糖も発酵を助ける程度で少な目で、塩はパラっと、ぬるま湯をダバっと。

 形成しやすいように水分量は抑えめで、エビカツの油もあるからパサパサ感は気にならないはず。

 ざっくり混ぜてまとまったら圧力をかけるように捏ねて、途中でバターを加えて再度捏ねまとめ、ボウルに入れて濡れ布巾をかけてレンジで一時醗酵。

 クワイも洗って皮を剥き、水に漬けてしばらく放置。

 車エビは殻を剥いて背ワタを取って、片栗粉をまぶして、ボウルに塩水を作って揉むように洗って、水を切っておく。

 玉ねぎのみじん切りはバターで炒めて皿に移して冷まして、と。

 キャベツの千切りも一度水にさらしてからザルに開ける。

 お鍋にお湯を沸かして小麦粉を少々。クワイを放り込んで下茹で、の間に含め煮用の煮汁も作る。

 鰹節粉に酒とみりん、お醤油、あんまり色を付けたくないので塩分濃度はお塩で調整。

 と、レンジの醗酵が終わった音がしたのでバンズ生地を確認。

 指に小麦粉を付けて差し込んで戻って来なければOK。

 イイ感じ。

 ガス抜きして生地を分けたら丸く成型して二次発酵。

 さて、エビは片栗粉と卵白、塩コショウを振ってハンドブレンダーで、これ何してるのかな。切り混ぜる? 分からないけど便利。

 あんまり細かくなり過ぎないように、だけどまとまってきた頃合いで切り上げて、冷ました玉ねぎを加えて捏ねたらネタ完成っと。

 まだバンズが焼けてないけど大体の大きさでいいかな。

 分割して丸く成形。揚げるにはまだ早いのでラップをかけて冷蔵庫にいれておく。

 ソースどうしようかな。タルタルソースだと材料が被るんだよなぁ。

 ピクルスもパプリカになっちゃうし、オーロラソースかな。

 合わせるだけだし先に作っちゃおう。

 マヨネーズにケチャップ、アクセントに粒マスタードも少々。

 クワイの下茹でもOKかな。一度取り出して水で洗い、煮汁にドボン。弱火でゆっくりじっくり煮ればOK。

 和食って時間はかかるけれどそんなに難しい事ってないよなぁ。

 使った調理器具やちょい置きに使った皿を洗う。

 拭いて片付けてとやっていたらバンズの二次発酵が終わった。

 うん、真ん丸っと膨らんでますね。

 余熱を設定してから溶き卵を表面に塗って、ごまをパラっと。

 なんかごまが振りかかってるとバンズって見た目になる。

 焼き上がったら半分に切るから四つ分のバンズだ。

 クランペットも使おうと思っていたんだけど、一人一個だよね? 朝食だし。

 なんか分量の加減が上手く行かない。

 いくら腐らないからって、ちゃんと分量見て作らないと駄目だよなぁ。


 ああ、でも。

 誰か来てるんならカウンターに置いておこうかな。

 なんかお供え物みたいだけど、泥棒に壊されないように食券の自動販売機のカギを開けて小銭はそのままにしておくって話を聞いた事がある。

 目に見えるお金が少なからずあれば、泥棒はそれだけ取って漁らずに帰るという話で、手ぶらでは帰れないとムキになるのを防ぐんだったっけ。

 エビカツバーガーで知らない間に来て帰る人が穏やかでいられるのなら安いものだけれど。

 なにか用事でもあるのかな。心当たりもないけれど。


 余熱の終わったオーブンにバンズ生地を入れて焼成開始。

 ついでにフライヤーも起動しようかな。


 皿に水けを切ったキャベツも並べておいてっと。

 エビカツ用に小麦粉と卵と水でバッター液を作って、パン粉も用意。

 冷蔵庫に入れていたのでほんの少し硬くなって扱いやすくなったかも。

 バッター液に潜らせてからパン粉を軽く押さえるようにつける。

 フライヤーに落とせばじゅわっといい音がした。


 熱くはないけど、例えば手を入れたらちゃんとやけどはするんだよね。

 それで日付が変わったら直る。


 生前の小さなやけどを思い出して、ぞわぞわっとしたので、エビカツ様に集中しよう。

 美味しそうなきつね色になったところで引き上げる。

 取りあえず個数は気にしない方向で全部揚げて、ざざっと油を切ったら、まだ熱々の内にキャベツの上に並べる。

 本当はアツアツの状態で仕上げるんだろうけれどまだバンズも焼いている最中だし、お弁当として持たせるならシャキシャキキャベツを楽しむのは難しいので、むしろ熱が移ってしんなりさせる方向性。

 と、バンズも焼けたか。

 取り出して冷蔵庫で冷え冷えのクランペットと交代。

 こっちはアルミホイルをかけて焦げないようにと、ちょっとパリッとさせたい欲。

 焼きたてのバンズがあんまりにも美味しそうなのでむしろ私はクランペット版を食べようじゃないの。

 クッキングシートを二つ折りにして輪を下に右側を三ミリくらいで三つ折り。

 バーガーはこの形の包み紙に入ってないとね。

 包み紙を作っている内に粗熱も取れたのでバンズを真ん中で切って、ってこれが一番難しいんだよね。なんか斜めになったり、最後千切れたり。

 下のバンズに薄くバターを塗ってエビカツを乗せ、上にちょっとだけしんなりしたキャベツをもっさり、オーロラソースをぽってり、上のバンズを乗せたら作った包みにいれて完成。

 もうちょっと全体的に冷めたら完全に包んでテープで留めればテイクアウトパッケージって感じでしょう。

 可愛いシールでもあればいいんだけど、食べ物に可愛さは求めまい。

 茉里奈はちょっと求めてるか。

 自分の分のクランペット版も作ってから片付けをして、クワイさんには保存容器に移動して貰ってお夕飯まで冷蔵庫でお休み頂こう。


 コーヒーを入れなおしてカウンターに座ると、丁度茉里奈が帰って来たようだ。

 直接二階の自室に戻ったようで、足音だけパタパタと聞こえる。

 まぁいいか。


「いただきます」


 食べるまでにほんの少し時間は経っているけれど、まだまだ熱々で、ざくっといい歯ごたえ。

 てもやっぱりクランペットだとちょっと重い感じだな。

 それぞれに合うように考えられているって事だろうか。

 これはこれで美味しいけれど、ちょっと少数派人気の気配。

 タルタルソースも捨てがたかったけど、オーロラソースは正解だったかな。

 おじいちゃんは海産物は醤油だったけど。

 んん?


「おじいちゃん?」


 なにか久々に口にしたような気がする。

 この家に住んでいた祖母や祖父は父方で、私がおじいちゃん、おばあちゃんと呼んでいたのは、母方の祖父母で、ああ、そういえば、昨日もおばあちゃんの事を思い出してたんだっけ。

 食べ物の話って言うと、祖母の事ばかり思い出してたんだけど、私の性質という意味では、おじいちゃん、おばあちゃんの方が近かったのかも知れない。

 なんというか食に対してラフな人たちだった。と思う。

 ちょっと記憶が薄い。

 なんだって急にあっちの祖父母の事なんて思い出したんだろう。


「和香さん、おはようございます」


 茉里奈が降りてきて声をかけてきたので思考が中断される。


「ああ、おはよう」


 ちょっと疲れた顔をした茉里奈は、厨房で水を汲んでごくごくと飲みながら、冷ましているエビカツバーガーを見て目を丸くした。


「こんなにどうしたんですか?」

「茉里奈と山田さんのお弁当。と、残りはお供え物?」

「ああ、コスさんの所ですか? なんだか恒例化してますよね。好きそうですけれど」


 パッと嬉しそうに茉里奈は笑い、それじゃあ一つ頂いていきますね、と丁寧に取った。

 コスの所に持って行ってもまだ余るんだけど、まぁ、それじゃあ持って行くか。


「もう出るの?」

「はい。今回の裁判は早く終わってほしくて」


 ちょっと泣きそうな笑顔で茉里奈はそう言った。


「今日の荷物はお部屋の前に置いておいてもらってもいいですか?」

「もちろん」

「和香さんにはカリフローレを」

「また謎野菜?」

「茉里奈サラダにしてください。すごく可愛いんですよ」


 食べ物に可愛さって求めるものなのね。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれれ、失礼しました。 どこかで五官王の話をしたことがありました。 それで、五官王の裁判終わってると勘違いを・・・ 読み返したら、前回、宗帝王の裁判でした・・・ 申し訳ないです・・・
2022/04/12 19:46 退会済み
管理
[気になる点] 到頭、第五裁判・・・ まだ、続くかなぁ・・・茉里奈嬢いなくなっちゃいそうだし・・・ オモシロ可愛い見た目の野菜がイッパイ!!茉里奈サラダ・・・食べてみたい。 [一言] 今更ですが、高坂…
2022/04/11 19:10 退会済み
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