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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第四章

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87 鶏肉のソース焼き


『和香さん、今、平気ですか?』


 何となく真っすぐ帰る気にならず、最後に住んでいた辺りをふらふらと歩いていたら茉里奈から電話が来た。

 いつも夕飯を食べる頃よりは少し早い。

 まだ教育部かな?


「散歩してるだけだから、大丈夫だけど」


 平気って久々に聞いた気がするなぁ。

 大体、今いい? とか、今大丈夫? ってのが多い。

 なんか最近そんな話した様な気がしないでもないんだけど、丹羽先生辺りかな。


『少し聞きたい事がありまして』

「うん、どした?」

『山田さんがどんな人か、一言で言うと?』

「んん? どの山田さん?」

『私たちの担当の』

「普通の人? 面倒見がいい人?」

『そうですよね』


 茉里奈がちょっとほっとしたような声で言う。


「大体どの山田さんもそんな感じっぽいけど。後は、」


 相変わらず顔も曖昧なので特に思い出す事もない。

 ご飯を出せば食べるのと、分からない事は教えてくれて、毎朝荷物を届けてくれて、最近少し忙しそう、それぐらいじゃないだろうか。

 そんな風にぽつぽつと話をする。

 茉里奈も、面倒見がいい人、に賛同。

 引っ越しの時は荷物も運んでくれたし、ベッドも、ウッドデッキも設置してくれて、そういえば食洗機もプレゼントしてくれましたよね、と、順を追って思い出していくので、改めて良いひとだなぁ、などど思いながらうんうんと相槌をうっていると、スピーカーで話しているのか、後ろからさわさわと人の声が聞こえる。


『……エピソード記憶もあるし考えすぎか……』

『……もう少し破天荒なイメージが……』

『……どの山田さんも大体忙しそうだし親切……』

『……なんか物凄くご飯食べなかったか?……』

『……いや、そもそもあの二人付き合ってたろ……』

『……でた、恋愛脳。トレンディドラマじゃないんだから……』


 チャットの書き込みの時も思ったけど、教育部の人たちは楽しそうだなぁ。


「記憶障害の話?」

『そうなんですか?』


 多分茉里奈が電話の向こうで振り返って聞いているのだろう。

 少し大きめの声で回答をくれた。


『そうそ。エピソード記憶の方が消しやしぃからなぁ』


 下町映画に出てきそうなラフな口調だけど、内容が小難しい。

 けれど何を言っているのかは分かった。本気で忘れっぽいのと、幼少期がアレだったので、そこそこ調べたのだ。

 記憶障害の話も最近した気がするな。なんかの雑談だったかな。


 簡単に言うとエピソード記憶は思い出だ。

 初めて電話をかけた時とか、そういう電話にまつわる思い出。

 それが電話であるって認識してるのは意味記憶で、電話の使い方は手続き記憶。

 手続き記憶の方が記憶は残りやすい。


 それこそ山田さんとそんな話をしたような気がするなぁ。

 箸の使い方だっけ?

 手でご飯を食べるようになると記憶障害は大分進んでいると言える。

 認知症が有名だけれど、貧血とかでも記憶障害という症状は出るし、ボクシングとかで気絶して、リングに向かうところまでしか記憶がないとか、病気以外でも起こる。

 停電で電源の落ちたパソコンが立ち上がらなくなるとか、かなり近い感覚な気がする。

 記憶の記銘中に中断させられて保持までたどり着かなかったとかそんなイメージ。

 想起して、取捨選択後、忘却。

 これが記憶のプロセスだ。

 どうでもいい事は忘れてもいいけど、たまにどうでも良くない事も忘れる。

 買物でよくやっちゃったなぁ。

 あ、忘れてた、ってレジでお財布出した瞬間に思い出すあの口惜しさったら。


『……香さん?』

「ああ、ごめん。ちょっとトリップしてた」

『なんだか和香さんと山田さんがお付き合いをしている証言が多いんですけれど、なにか気まずい別れ方をして忘れたとか、そういう事なんでしょうか?』

「ええ? 恋愛脳的な話なのかと思ってスルーしてた。流石にお付き合いをしてたんだったら忘れないと思うんだけれど……あ、でも、向こうが付き合ってたと思ってた人を忘れた事はあるけど……」


 なんだっけ、名前思い出せないんだけど。主任。同じ日に死んだんだっけ。お元気でやっているのかしら。

 茉里奈が思い込みって怖いですね、とか言ってちょっと引いている。

 そんなの忘れて正解ですよ、と、ついでに慰めてくれた。

 死んでも気持ち悪かったんです。わざわざ言わないけど。


「私の知らない方々のお話なのよね? 話の出所はどこなんだろう?」

『ソースありますか?』


 茉里奈が電話の向こうで問いかけている。

 勿論調味料のソースではなく、情報源という意味でのソースだろう。

 なんか鶏肉のソース焼き食べたくなってきたな。超久々だし作った事がないんだけど、おばあちゃんの好きな料理で、子供の頃よく食べた。


『……配達に来た山田さんに面白おかしく……』

『……山田に愚痴られた……』

『……山田君がびっくりして聞いてくださいよーって……』

『……爆発しろよ充実しやがってって壁を蹴ってた人に……』


 知らない人の話をよくもまぁそんなにしてるな。


「うーん、記憶消えちゃってるっぽいかな」

『私もそう思います』

「でもこれ、思い出せないんでしょう?」

『情報を集めて、物語を読むように、起きたことを把握する努力をするか否か、という選択だそうです』


 面倒だなぁ。


「明日、山田さんに付き合っていたかどうか聞いてみて、興味が湧いたら努力してみようかな」

『和香さん、それはどうでもいいヤツですね』


 茉里奈が笑った。


『ただ、なんで消す必要があったのかは気になるので、こちらで調べても構いませんか?』

「うん、それは構わないよ。茉里奈も巻き込まれているわけだし」

『ありがとうございます』


 生きていた頃なら、思い出さない方がよい事情で消えているなら、思い出さない方がいいだろうと思うところだけど、ちょっと事情も違うしね。

 茉里奈は結果を知ってもそれを後悔しないし、そもそも消さない。

 私のこの良く忘れるのは、そういう意味もあるのかな。

 思い出さないだけで、忘れているわけではなさそうなんだけど。

 深く考えると危うい様な気がして、気にしないようにしてきたけれど、明日の裁判ではそうも行かないかもしれない。

 ちょっと怖い様な気がしてきたな。


『明日の朝は、それでは、山田さんとお会いしてから出かけますか?』

「ああ、そうね。前回は朝イチで行ったんだもんね。今回はのんびり行こうかな。茉里奈はどうする?」

『朝イチで行こうと思います。朝に一度着替えに戻りますね』

「うん、分かった。なにかあったら連絡して」

『はい、それでは、失礼します』

「はーい」


 通話を切って散歩を再開する。

 何も考えずにふらふら歩いていた割には、ちゃんと歩いていた。

 もう少し歩こうかとも思ったんだけれど、面倒になったのでそこら辺のお家のドアをちょっと拝借。

 鍵などかかっている訳もなく、サクッと自宅へ帰宅。


 便利だなぁ。




***




 鶏肉はひと口大よりやや大きめ、唐揚げサイズっていうとしっくりくるくらいのサイズに切る。

 確かウスターソースと中農ソースを半々にして炒めただけだと思うんだけれど、炒め、と言いつつ煮る、の方が近いのかな。照焼きもそうだけど、焼き、と言いつつ、蓋をしてちょっとテリっとさせる料理なのだ。

 皮を下に弱火で焼いて、油が出てきたら一気に強火にして全体に火を通す。

 混ぜたソースを入れてざっくりと鶏肉に絡ませたら蓋をして中火。

 ソースが煮詰まってふつふつとし始めたら蓋を取り、良く絡むように混ぜたら完成。

 欲張って煮詰めすぎると焦げちゃうからそこが難しいのかも。


 初めて作る割には思い出の見た目に出来た。

 あの世式思い出補正がかかってるのかもしれないけれど、特別な事はなにもなかったはず。

 一人のご飯だし雑にいきますか、と、カレー皿っぽい感じのお皿にご飯を乗せ、キャベツの千切りを乗せ、鶏肉のソース焼きをダパッと。

 ワンプレートと言うよりは全乗せ料理。

 まだ自炊を辞める前、面倒な時はこんな感じだったな。

 キャベツを千切りにするだけ偉いのだ、と言い訳をしたものだ。

 いや、普通に偉いでしょ。

 その後外食三昧だったわけだから。

 最初は加減が分からなくて太ったし。

 どんなことでも、自分のペースをつかむのは大変だ。


「いただきます」


 しかも右手にお箸、左手にスプーン。

 久しぶりの味は、やっぱり思い出補正なのか、ちゃんとおばあちゃんの味で、懐かしい。

 甘辛くもったりとしたソースに、鶏肉の油が溶けだして美味しい。

 ご飯に染みたソースがまた美味しいのだ。

 今日は一人きりだし、お行儀悪くソースをたっぷりすくって口に入れる。

 一人だと食べるのも早くなりがちだし、そう言えばおしんこもサラダも味噌汁も用意してない。

 こんなのいつぶりだろうな。

 今日はちゃんと一人分で作れて余らせていない。

 うどんもトルティーヤも、どうして作り過ぎちゃったんだろう。

 

「……」


 ”なんか物凄くご飯食べなかったか?”


 そういえばそう言っていた人もいたんだけど、朝来た山田さんは、私たちと同じ量を食べたし、普通だった。

 食べる人が、居たんだろうか。

 手癖が手続き記憶に入るなら、四人分作るのが癖になっているのかもしれない。

 もう一人いたのか、二人分食べる人が来ていたのか。

 私の彼氏だったのか。


「彼氏……」


 ちょっと言葉にしてみたけれどサッパリ分からない。

 もともと好きとか嫌いとかちょっと良く分からないし、どんなところが好き、とか、言語化するのも苦手な方で、ただぼんやり好きだと思うのってだめなのかな、って思う時期もあったし。


 後半で熱でくたっとしてくるキャベツも美味しい。

 しゃくしゃくと咀嚼しながら、なんだかすっきりしない気分で家を見回す。


 カウンターの上のおやつ各種。

 つけっぱなしの炊飯器。


 山田さんがちょこちょこつまんでいたり、ギフトボックスにして渡した記憶もあるのに、どこか遠い。

 事実だけ見せられて感情がないみたいな、思い出と言うよりは、本を読むような。


「ごちそうさまでした」


 ああ、おばあちゃんの事でも思い出しながらのんびりご飯と思ったのに、なんだか変な考え事をしながらご飯食べちゃったな。




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死亡 二十六日目(六日目)

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入手品:さつまいも/かぼちゃ/ポータブル硬度計/コールラビ


朝食:トルティーヤ

昼食:ブリトー

夕食:鶏肉のソース焼き

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