82 チョコバー/色々油揚げ定食
「白雄さんの方は問題ないと思いますけど、アケルさんはどうでしょうねぇ……」
なんとなく時間がない事をもう少し焦った方がいいのかと思ったので、丹羽先生との面会の後コスの家に立ち寄り、だらっと分裂体の話をしつつ、コスはどっちか聞いたら想定外の返答だった。
えー。急になんなの。
「私がひねくれているからかも知れないけれど、好きすぎて嫌いとか、全力で嫌がらせに走る案件じゃないですか。佐藤さんが分裂出来る事を望んでいれば失敗するように仕向けたりとか、逆も簡単だし、高IQ戦争みたいな話だとそう仕向けるアケルさんを読んで分裂して欲しい風を装ったりとかも面白いですよね。裏の裏をかく闇社会の歪に茫然と佇む高坂さん、なかなか絵になりそう。衣装は絶対スーツかなぁ。暗い色だけど薄い生地のパンツスーツ。靴はあえて低めのチャンキーヒール。笑いながら拳握れます? 出来れば仁王立ちで」
「前半までちょっと感心した私を返して欲しい」
鋭い事言ったな、と思いつつもコスはあくまでコスだった。
今日のおやつと言って、エスプレッソと手製のチョコバーを出してくれる。
クラッカーを砕いて溶かしたチョコとマシュマロで棒状に固めたもので、スモアが変形しただけとも言えるけれど、これはこれで美味しいのだと言う。
ひと口大に切られ、箸と共に出てきた。
「箸で食べるの?」
「手が汚れるの嫌なんですよね。串系だと刺さらない時があるし、割れるとどうにもならないから、あああああ! ってなるし、箸が一番良かったんですよ。うっかり指にチョコが付いちゃうと作業中の衣装汚しちゃったりするし、しかもその時は気がつかないとか結構あるんですよ。後で、あああああ! ってなるから、この食べ方が正しいです」
「言い切ったわね。見た目のインパクトが凄いんだもん。洋風菓子だし、せめてスナックトングの方が良い様な」
「タイムトライアルしたら箸の方が早かったんですよ。ポテチとか薄いものだと掴みやすいけど、チョコ系の厚みがあるのだと一度広げてから掴まないといけないじゃないですか。割り箸が一番いいですよ。転がらないし捨てられるし。こういう事言うと環境破壊がー、とか言う人居ますけど、そんなこと気にするなら割り箸論争とかあるんだから端材で割り箸加工している業者探してそこのメーカーから出てるの意外買わなきゃいいと思いません? 洗って干して再利用するなり、キャンプで火種にするなりしたらいい」
怖いから黙っておこう。
取りあえずチョコバーをもぐもぐ食べてエスプレッソを飲む。
美味しい。
***
帰宅してあれこれ考えつつ、夕食の準備に励む。
増やした油揚げは一辺だけ包丁を入れてせっせと袋状に。
大葉と納豆、ケチャップを塗って鶏ハムとチーズ、味噌を塗って一味を振って長ネギ乗せ、ツナマヨを塗って豆苗、粒マスタードを塗ってウィンナーとキャベツ。
組み合わせが無限にありすぎるのでこの辺にしておこうかな。
フライパンやグリル、オーブンで焼けば完成だけれど、大葉と納豆は油揚げだけカリッとさせれば良いのでフライパン、他はオーブンでまとめて焼くのが良さそうだ。
油揚げメインだし他はサッパリ目。
クワイのお味噌汁いいなぁ。でも今からアク抜きしてると時間がかかっちゃうし、ちょっと気分的にめんどくさい。サクッと椎茸と長ネギにしようかな。
サラダと、作り置きのにんじんしりしり、そういえばパプリカのピクルスも食べごろかもしれない。
ご飯、味噌汁、色々油揚げ、サラダ、にんじんしりしり、パプリカピクルス、一応ギリギリ一汁三菜かな? 何となく小松菜のおひたしでも付け足しておこうか。
分裂出来たらこういう作業は一斉に出来て便利なのかな。
佐藤さんはやっぱり分裂出来たと言ったけれど、あの”やっぱり”はどっちの意味なんだろう。
出来ないはずなのに出来たからなのか、出来ると思っていたからなのか。
黙っている事はあると思う。自分で決めさせたいんじゃないかとも思う。
アケル君や大先輩が言った事も考えては見たけれど、辻褄は合うと思ったんだけどなぁ。
記憶が消されてるとして、覚えていないだけって線もあるにはあるけれど。
佐藤さんが嫌いなアケルくんの嘘はありえるし、大先輩もどちらかと言えばアケル君の味方をするって言ってたし、二人がかりで来られると難しそうだ。
誰にでも分裂出来たとして。
誰にでも分裂?
大先輩に分裂と聞かれて、私はミミズと答えた。
同じものがもう一つと言うイメージで、違うものがもう一つというイメージはない。
けれど、それは分身も同じだと思っていたけれど、混在して話していて、そもそも別の話だとしたら?
なにか取りこぼしがあるように思えてならない。
「ただいま帰りましたー」
「お疲れーっす」
茉里奈とアケル君の帰宅に思考が中断したけれど、ちょっと上手く切り替えられなくて間が開いた。
「……おかえりなさい」
茉里奈が小首をかしげてこちらを覗き込んでくる。
「なにかありました?」
「ちょっと考え事。……さつまいもとかぼちゃだったらどっちが食べたい?」
「ええー! どちらも捨てがたいですね! ああ、でも、スイートポテト、食べたいです」
「おお、自分は大学芋食いたいっす!」
普通に二人して盛り上がってくれたのでほっとする。
アケル君には思考が読まれるっぽいから気を付けないと。でも一度触れてからじゃないと駄目なのかな。分からないけれど、予防線は張っておく。
心配しなくて結構ですよ。大丈夫なんで。夕飯と明日の朝ごはんの心配をしますから。ええ。
アケル君には目を向けずに、喋るみたいに思考して、しっかりともう一度思考する。
だってその心配は私の心配ではなくて、自分の心配なんでしょう?
コンロに火をつけてフライパンを温めれば、スッと考え事は離れていく。
焼いた油揚げは十字に切って一種類ずつ皿に盛り付けて、四つめのお皿はおかわり用。
もう一つ食べたい、と思ったものがなければアケル君が片付けてくれるだろう。
三人でテーブルに準備をして、並んで座り、いただきます、と夕食を始める。
「納豆入りいいですね。凄く食べやすいです」
「自分はネギ味噌っすかね。これ永遠に食えそうっす」
「アケル君は大体の食べ物永遠に食べられるじゃない」
油揚げはどれも好評だった。
ちなみに私はウィンナーとキャベツが一番好きなんだけれど、粒マスタードはなんなら上にのせても良かったかもしれない。
結局、ご飯をおかわりする習慣のない私と茉里奈は、用意した分でご飯を食べきったので、おかわり用のお皿はアケル君が平らげた。にもかかわらず食べ終わりは同時である。解せぬ。
***
スケッチブックに貼り付けた付箋のメモを眺めては並べ直し、色々と考えている。
内容ごとに一度分けた付箋を、人物ごと、時系列順に並べなおして、記憶が多少あやふやでも雰囲気とか、雑談の内容とかをぼんやりと思い出していく。
ふと、大先輩の列で目が止まる。
ぐるぐると加速度的に記憶が巡る。フラッシュバックに似ているかもしれない。
夕食を食べる習慣が元々なかった大先輩は、あの日、「自慢されるとどうにも」、と言ってやってきた。
そういえば初対面の日、グッジョブポーズとか取ってたよねあの人。今ではとても考えられない。
見た目や所作で聞こえる話し方や声が変わるような事は聞いたけれど、そもそも私は見た目や所作は言われるまで注視していなかったのに、初対面から話し方は変わっていない。
分裂して、と言った時に動揺したのはアケル君だった。
でも、分裂して分身して、分身が分裂してって事?
あの字幕会話はアケル君出来ないって言ってたけど、その次に来た時に茉里奈との会話のすり替えって失敗してたよね。音声だけっぽかったし。二回目に来た時って、そうか、茉里奈は夢で逢ったって言ってたんだっけ。それで、呼んだから来たんだ。
佐藤さんも担当は白雄さんなんですかって、聞いてきて、それで。
ああ、決定的なセリフがあった。
”分裂するのもここ三十年位の技術で”
それじゃあ私の誕生が間に合わない。
三十年前。
携帯端末についている電卓機能で計算する。
アケル君が死んでから今まで、って事?
それともこれは本当で、私が分裂って言うのが嘘?
でも、それだと影響を受ける範囲が広すぎるし、分裂自体は皆してるっぽい。
こういうの、誰に聞くのが良いんだろう。
嘘、なら、犬飼少年かな。全然知らない人な分聞きやすいかも。
考えながら手は携帯端末で犬飼少年を探し当て、通話ボタンを押していた。
『ご連絡ありがとうございます。犬飼です』
大人びた口調の少年声にわずかに安堵する。
「夜分にごめんなさい、高坂です。少し教えていただきたい事があってお電話しました」
『どうぞ時間はお気になさらずに。私でお教えできる事でしたらいいのですが』
一度深呼吸をしながら、出来るだけ脱線しないように、聞く。
「まず、分裂と分身は違う事ですか?」
『はい、厳密に言えば異なると思います』
すぐに返事をくれたけれど、それから少しだけ間が開いた。
『先日私の分裂方法をお伝えしましたのでお分かりかと思いますが、やはり分裂体はあくまで私でしかありません。分身は状況にあったものに成り代わるものですね』
「成り代わる?」
『ええ。明日から海中で暮らしてくださいと言われた場合、魚になってしまった方が簡単ですから。ですが、それは魚の生態をよく理解していないと難しい。中途半端な理解ですと、変装、変身の類が精々です。ですから自分以外に分身出来る死者は非常に少ないです』
「自分の分身を作ったらそれは分裂と同じ結果になりますよね」
『はい。ですから厳密に言えば異なる、という回答です。過程や用途も異なりますね。何かをしたいからこういうモノが欲しい、と言うのが分身で、自分がもう一人欲しい、というのが分裂、でしょうか』
「犬飼しょ……失礼、犬飼さんは分身出来ますか?」
『いいえ。したいとも思いませんので』
はっきりとした拒絶。
『最近ではどちらも同じように扱われていますので、分裂の勉強中にひっかかりを感じたのでしたらあまり気にされる必要はないかと思います』
「……最近、なんですか」
『長い間良しとされていた事があまり良い事ではないと確定されることもあるでしょう』
食品添加物みたいなことだろうか。発癌性物質が含まれることや、肝臓に負担がかかるなどの弊害が後に発見されて使用禁止になったものは結構多い。
『三十年、もう少し前、けれど、四十年は経ってないと思います』
記憶をたどるように付け足された言葉に、次の質問を忘れそうになる。
「……分身が分裂することって可能ですか?」
『可能だと思います。先日お伝えした分裂方法もそうですが、これでこういうモノが出来上がる、という確信さえあれば取りあえず出来ます。受け手側も、疑り深くなく、こちらに長い間いない死者であれば、そういうものなのだろうと思ってしまうでしょうから、成立させることはあり得るという考えです』
それはそうだ。
今の今まで何一つ疑っていなかった。
手のひらピアスみたいに何となく痛そうだったりすればそんな馬鹿なとは思ったかもしれないけれど、なんなら世界が違うから色々納得しなくちゃくらい思ってたし。
嘘と本当が混じって分かりにくい。
質問を続けよう。




