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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第四章

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81 まごわやさしい弁当


「わぁ、これは美味しそうだねぇ」


 今日も丹羽先生は良く喋る。


「僕の頃のお弁当といえば茶色い弁当なんて言い方があったけれど、夕飯の残りのおかずや……」


 毎日起こった事や、考えなくてはならなそうな事を付箋に書き、茉里奈に貰った大きなスケッチブックに貼り付けていて、今日はそれを眺めて過ごそうかと思っていたのだけれど、のんびり時間を潰すには良いかと、丹羽先生に連絡を入れてみた。

 直前の連絡に快く応じてくれたので、お弁当を持って行くので一緒にお昼でも、と言ったら、普通の物が食べたいというので、年代的にこの辺かなと当たりをつけて、まごわやさしい弁当にした。

 まめ、ごま、わかめ、やさい、さかな、しいたけ、いも。

 これでバランスの良いお弁当になるらしい。

 私の年代は、共働きや片親で時間に余裕の無い親が作る、おにぎりだけ弁当や、卵焼きとウインナー弁当、そっと置かれた五百円玉弁当が書籍なんかではよく紹介されていたが、どうやらちょっと前まではこんな弁当が主流だったようだ。昔の母親、朝から根性あんな。

 豆が小豆と納豆しかなく出鼻は挫かれた。

 カボチャでもあればいとこ煮にして”いも”も回収出来たんだけれど、揃ってきたと思った食材にもまだまだ抜けがある。

 とはいえ、よく考えてみたら栄養的に豆腐は普通に豆扱いなので、ひと口大に切って味噌を塗って焼いた。

 ごまは小松菜の胡麻和えで。今日はお酢とみりんと醤油をひと煮立ちさせたちょっとサッパリ目の味付け。私には。

 わかめ、というか海藻類も海苔しかないので、醤油とみりんで煮て佃煮にしてご飯に添えて、やさいは作り置きしていたきんぴらごぼうと、出汁で茹でたオクラ。

 さかなは鮭を焼いて、しいたけはキノコ類の事だけれどあるので焼き椎茸に。

 いもは仕切りにチコリを敷いてポテトサラダを入れ、最後に彩りの救世主ミニトマト、は、ヘタを取って入れるだけ。さすが救世主。あるとないでは彩りが全然違う。

 そんな弁当をつつきながら、世間話を経て、ようやく分裂体体験話に入る。

 丹羽先生も大概話が脱線するので、もうお弁当は半分位食べ進んでいるけれど、味はしているんだろうか。


「……話を聞く限り、君は分裂が出来ることを望んでいないように感じたのだけれど、周りがそれを上回る熱量で君の分裂成功を望んでいる、という事が許容できるかと言うのは別の話だよねぇ」

「そこなんですよねぇ」


 明確に分裂体が出来なければいいとか、そんな風には思っていないけれど、出来なくても構わなとは思っていたので、言われてそもそも成功したくないというのが根底にあるからそう思っていた事に気が付く。

 無意識に失敗したら恥ずかしいから、を打ち消しにかかっていたつもりになっていた様だ。

 我ながら面倒な思考回路である。

 別に出来る出来ないなんて人それぞれなのだから、恥ずかしい事でもないと理解をしているのに、それすらも打ち消していた。

 自分を曲げてまで他者の思いを受け入れるべきか葛藤していた、という考え方も出来るけれど、無意識にそれが進行していたというのがまた恐ろしい。

 怖いものばっかりだ。


「丹羽先生は、練習まで行かなかったと仰っていましたよね? 詳しくお聞きしても?」


 丹羽先生は丁寧に均等に箸で切った豆腐を口に入れ、暫く咀嚼してから飲み込んで教えてくれる。


「おおよそ君と同じ道順だね。周りにいる方々にありとあらゆる方法を聞き、自分を見るという経験もしているよ。でもねぇ。生きていた頃には、良く似た他人は三人居るなんていう話もあったし、目の前に自分がいてもどうにもそれが自分の分裂体とは思えなかった」

「誰かの分裂体が丹羽先生の容姿だった、という事ですか?」

「その可能性もあると思いいたってしまったんだよね。本人が確実に出来ると思っていて、周りがそういう事もあると認識すれば確定する事象と考えると、半信半疑の人間と、確定している人間の二人が対峙した場合、不確定に半分、確定にひとつと半分で、確定の数値が上回るとする。ではそもそもその議題を持っていない人間と確定している人間が対峙した場合は、」

「ゼロ・イチ」

「そうそう。人情の機微がそもそも反映されていないならば確定が一つあればいいんだよね。君は確定を良しとしていないから面白いね。僕は確定させたい為に確定していないから同じところに行きつくかもしれないけれど、話していて確定事項が増えないからとても楽に話が出来て嬉しいよ」


 パクリとミニトマトを口に入れた丹羽先生は酸っぱそうな顔をして、一度咀嚼するのを止め、一拍開けて咀嚼を再開する。


「あ! 今、咀嚼中に味を変えました?」

「うん。トマトは酸っぱいと思っているから、無意識に口に入れると酸っぱいんだよねぇ。もちろん甘いトマトも青臭いトマトも食べた事があるのだけれど、この彩りに添えられているという存在意義がレモンやスダチなんかの柑橘類を想起させるみたいでねぇ」

「途中で変えられるんですね」

「物によるけれどね。僕はパクチーが苦手なんだけれど、時期、場所、鮮度、調味料、どれを変えても同じく苦手な味がするよ」

「……くさやみたいな感じですかね? 臭いけど美味しいから食べ続けていると臭さが香ばしい匂いに感じる様になるみたいな」

「トマトの方? 恐らくそういう事だよね。そもそも酸っぱいものが苦手な理由は、唾液腺が刺激されて意思とは関係ない身体の働きであって味ではないのだけれど。だから反射も苦手。びっくりすると両手を上げたりするでしょう? 僕はするんだけれど、音なら耳に、衝撃なら方向に、驚いた内容に注意すべきところに起こるこのワンクッションがどうにも許容できないの。

 そういえばパクチーって和名ではコエンドロで、これはポルトガル語が元になっているんだけど、英名のコリアンダーというと分かりやすいかな? よく使用される香辛料だけれど、自体の語源については臭気をもつ南京虫トコジラミを意味するギリシア語のコリスと、アニスの実の意味を持つアノンとい考査があってね。この南京虫と言うのがカメムシ目で、日本語でパクチーをカメムシソウという地域もあるからもうこれで確定で、と思える。好きな物だったら他の説も調べつくすところだけれど、嫌いなものだとそれでいいと思考を止める事が多いよねぇ。必要に迫られてないということもあるのだけれど」


 丹羽先生はなにかカメムシに恨みでもあるんだろうか。怖いから聞かないけど。


「苦手、と言うか、嫌いなものからは距離を置くってのはありますよね。離れた方がよく分かる気がします」

「そうそう。距離を詰めるのも、距離をとるのも、一度離れて考えた方が最適解が近い様な気がするね。だから佐藤さんを離したのかな? それとも離されたと思う?」


 サクっと刺されたような気がして返事に窮すと、丹羽先生は笑って、


「ね? びっくりすると意思と関係なくワンクッションあるでしょう?」


と言った。

 そうですね。この場合は返答内容に気を回すべきであって驚いてる場合じゃないですよね。


「実際行って帰って来るのに二週間かかるというなら時間はないんだよね。早く行ってもらって再会して距離感を確定するには急がなければならない理由にはなるけれど、そもそも本当に二週間かかるのか、何体も分裂体を用意してゼロ体にならないように運用すれば本体が行く必要はないという事も考えられるでしょう? 専用端末はこちらでは随分昔からあるようだけれど、どういう原理で通信出来ているのか、電波だとして地球まで通じる距離なんだろうか? そもそも会えないという思い込みかもしれないし、あの世的にはこういった考査はすべて戯言というのもありえるし。どう?」


 雑に振って来たと思ったらお弁当を食べきりたいらしい。

 こちらの反応を待たずにご飯を頬張っている。相変わらずの愛らしさだ。憎めない。


「距離を置きたいのはお互い様ではあるんでしょうけれど、それは物理的な距離と言う意味で、今はちょこちょこ電話で話したりしている状態ですね。会おうと思っても会えないのと会わないの違いなんですけど、あ、私側として。佐藤さんもその辺は許容してくれてるみたいなんで、ここが勝負どころなのかな、とは思ってます」


 もぐもぐ咀嚼しながら頷きつつこちらを見ているので、言葉を続ける。


「佐藤さんを元々知っている人物が二人。それぞれに話を聞いてみて、それぞれが言う内容に嘘はないと思うんです。ちょっとづつ主観が入るからその時々であれ? って思うのはあるんですけど、整理してみると辻褄はあってるみたいだし、二人とも佐藤さんに協力して嘘をつくタイプではなさそうなので、これ以上考えるつもりはないんですけど」


 ごくりと飲み込んで、丹羽先生が聞いてくる。


「ああ、考査済みなんですね」


 意外に思われたんだろうか。


「私を使ってなにかしたいなら誘導の為に嘘が必要かと思ったんですが、神様は嘘を嘘として認識するみたいなので、嘘をつかずに話さない内容で誘導なのかなと。ちょっと目隠ししてパズルするみたいで時間が必要になるし勘弁して欲しいなぁなんて思ったんですけど、それって私が分かった段階で終了するからって意味なら、佐藤さんにとっても第五回裁判終了までがタイムリミットなのかもと思っていて」

「人をコントロールするのは難しい。嘘をつくタイプでないなら尚更ね。話さない内容で誘導するなら、確率の問題になってくるし、嘘をついた方が早い様な気がするけれど」

「メリットありますか?」

「デメリットがない嘘というのもあると思うよ。でも、そうだねぇ、嘘。か。裁判だと良い嘘も悪い嘘も区別がなかった。神様にとってはやはり人情の機微が反映されないなら、その為に鬼がいると考えられ……」


 丹羽先生がまたどこかに行きそうだったので慌てて話を戻す。


「先生。結局どうして分裂の練習まで至らなかったのかお聞きしても?」


 危うく忘れるところだったよ。


「うん、僕はやっぱり出来るわけがないと思い続けたからだね。出来ると確定しきれなかった。数の力で出来たとして、一人になったら出来るのかと言われれば出来ない。なにより周囲に、丹羽には出来ない、と思わせてしまったからね。これ以上この事案に時間を割くの止めると決めた時にはっきりとわかったんだよねぇ」


 それはどんな感覚なんだろうか。

 身長がこれ以上伸びないとか、声変りをしたとか、もう戻れないこともワンセットに、分かったのだと丹羽先生は言う。

 勿体ない事をしたなぁ、と言いながら、来客の対応をして、立ち上がりついでにとお茶を入れてくれた。


「それで、高坂さんはどうするの? 僕の経験上、自分次第だけれど」

「どうするといいますと?」

「分裂体を運用したいの? したくないの?」

「あー、面倒くさそうなんですよねぇ」

「そうだよねぇ。想像すると面倒そうなの。情報整理とか。じゃあ、運用したくないって事でいいのかな?」

「はい」

「じゃあ分裂体は出来ないと思ってから今晩でも確認してみるといいよ。一人で確認して、出来ないと認識出来ればイチになるでしょう? 葛城さんは多分半信半疑でしょう? 一度彼女と確認して、その後で山田さんも含めて三人で確認すれば失敗していると思うよ」

「……すみません、成功してから成功しなくなる方を試してみたくなってしまったのですが……!」

「そうだよねぇ」


 丹羽先生は嬉しそうに笑って頷いた。


 一度でも上手く行くと、出来るからな、という感情が残るので、こういうシステムだから出来ただけ、と思えるのなら、一人で見れば失敗していると思うし、やっぱりな、と思った段階で、二度と分裂は出来なくなると思うと言う。


「いずれにしても、一度自覚してしまうと後戻りは出来ないから、一番最初に見る場面や状況は、よくよく考えて、出来れば人に相談しない方が後悔しないと思いますよ。まぁ僕と話していると失敗する方に傾きそうではあるし、この話はここまでで」


 と丹羽先生は締めくくった。

 確かに。


 それから、ゼロイチと言えば二進数で、電気のスイッチの消す方にゼロと点ける方にイチって書いてあるけれど、あれって分かりやすくするためとは言え丸すぎるし、太すぎないか、というちょっと分からない方向に話が進んだので、聞き流してお弁当を食べつくした。

 いや、数字を記号にしたらあんな感じでいいと思いますけれども。

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