79 鮭の炊き込みご飯
「バチバチバチッ」
熱っ。
昨日の夜に水切りしておいた豆腐を少々乾燥させてから油で揚げているんだけれど。
「バチッ」
「ふぉっ」
ちょいちょいはねて熱い。
勇者は右手に剣を持ち左手に盾を持つものだ。私も右手に菜箸を持ち左手に鍋の蓋を装備するべきだった。
そういえばあの勇者の剣的な物って右利き用とか左利き用とかあるんだろうか? 盾は形状的になさそうだけど、剣の方は微妙に持ち手部分が違うような気もするけど。食事用のナイフとか肉用のだと明らかに片側に刃が付いているけれど、お高いお店なんかでは予約の時に左利きですと宣言すれば左利き用にテーブルセッティングをしてくれるらしいし。右利きでお高い店には連れられてしかもイヤイヤ行く私は検証したことがないから分からないけど。ああ、そういえば友達の結婚式で同席者に左利きの人が二人居て、片方は左手フォーク、片方は右手フォークだったな。そういう話をしていて、腕時計タイプのタッチする電子マネーで電車の改札を通る時に苦労する右利きの人の話を淡々としていた。いや、祝えよ。私もか。
フライパン用の大きめの蓋を持ってジリジリとフライヤーに近づいて中身を確認する。
温度高かったかな。
先に放り込んだのは油揚げ用で、低めの温度で膨らむまでじっくり揚げ、油の温度を上げて二度揚げする方法だ。
厚揚げの方も揚げるだけなので簡単だし出来立ては美味しい。
増やし目的で今日は食べないつもりだったんだけど、小鉢扱いで一切れづつくらい食べようかな。
夕食の時間には冷めちゃうけど、温め直しって感じで軽く揚げれば出来立て感出そうだし。
フライヤー様様だ。
生きていた時、家では揚げ物しなかったな。
面倒だったし、お店で食べた方が断然美味しかった。
忘れっぽい、というか、深く考えない割に決めたらそうする質で、だから、自炊しなくなったのも突然で、会社の人に心配されたっけ。
それまではお昼は弁当持参、飲み会と言うか、ちょっと寄っていく? というお誘いはすべて断っていたんだから当然なんだけど。
同僚がそんなだったらさすがの私も何かあったのかな? 位には思うだろうな。
失恋とか訳アリの割には長く続くし、一ヶ月も経てばそんな些細な事は日常に溶け込んで、なんなら仕事終わりのちょっと寄っていく? が牛丼屋だったりカレー屋だったりになり、三十分後には、それじゃお疲れまた明日、って、普通に夕飯だけ済ませて帰る事も増えて、ああ、こういう人付き合いもあるんだな、と思ったものだ。
喫煙者の喫煙所トークとか、甘いもの好きの給湯室トークとか、趣味趣向でなんとなく、その時々の会話というものがあって、タバコを吸わない人とか甘いものが嫌いな人とかには目に見えないバリアでもあるようで、寂しい気分なら羨ましく、忙しない気分の時は煩わしい。
きっと気軽に夕飯だけ食べに行く私たちを見て、実家暮らしや、ちょっと不安定な恋人がいる人とかは、羨ましかったり煩わしかったりしたんだろう。
そういえば一人いたな、後輩で。
上司が喫煙所で自分に聞かせたくない話をしているに違いないとついて行き、タバコ臭くなったうえに大した話をしていませんでしたと言っていた。
喫煙所はビルで管理されていて他社の人もいるし、喫煙者はどこも肩身が狭いようで、そそくさと立ち寄ってそそくさと出ていくので大した話は出来ないと思うけど、と言ったら、ついて行き損ですね、何かか奢ってください、と夕飯をねだられたので、立ち食いソバ屋に連れていって、帰り際に、注文とネギいるかいらないかしか会話が無かったんですけれど、とジト目で言われたのよね。
踏み込まないから世界が違うように見えるだけで、どこも同じ世界だ。
そんなに気になるなら何話してたんですか? と聞けば良い。
あらぬ方向に黒目を動かして、いやぁ別に、なんて言われれば内緒話でもしていたかも知れないけれど、大抵の場合はきょとんとするものだ。給湯室メンバーなら誰かのお土産だとお菓子を分けてもらえるかもしれない。
油揚げになった豆腐と、厚揚げになった豆腐を油から引き揚げて、油切りするためにバッドに並べる。
考え事が連想ゲームのようにそれていくのも私の癖かもしれないな。
当初なにか考えていても、どんどんと流されて”今ここ”だけを見てしまう。
試験勉強をしようとして掃除をするような現実逃避ではなく、考え事を後回しにするでもなく、ただ置き去りにして、なんなら無かった事にして、その事実すら忘れている。
うん? たまにどうにもならなくなってから思い出す事もあったか。
忘れてた、とも思わない。進捗を確認する程度で。
「ただいま帰りました」
豆腐だったものを眺めてぼんやりしていたら茉里奈が帰って来た。
「おかえりなさい。え? もうそんな時間?」
「いいえ、いつもより早いですよ。お部屋の改造計画の話をしたらプレゼン資料の作り方を教えてくれた方がいたんですが、サイズが分からないと進まなくて」
ふにゃりと楽しそうに笑って言う。
どうやら真面目に一階居住スペースのイメージプランを提出してくれるらしい。
なんかごめん。
アケル君多分提出しないし言っといた方がいいのかな。でもちょっとそのプレゼン資料見たい。
後でアケル君の方に釘指すか。
「和香さんはどうでした? 今日は白雄さんに教わっていたんですよね? わ、厚揚げだ!」
手を洗いに厨房に回ってきた茉里奈が聞いてくる。
「分裂自体は出来た実績があるから、出来ると思い込むのと、構築が難しいみたいだからほったらかしてみたらどうかって。どちらかと言うと座学だった。後で軽く揚げ直して少し食べようかと思って。普通にネギと鰹節かけてお醤油で」
「構築ですか? 分裂しようと思ったことがないのでちょっと分かりませんけど、厚揚げは楽しみです。生姜も少し欲しいかも」
「髪の毛抜いてほっといたらクローンが出来上がるみたいなイメージ? 生姜おろしたヤツ? 針生姜?」
「SF映画みたいですね。ベッド用意しないと目が覚めた時びっくりしそう。おろし生姜が好きです。針生姜よりは茗荷かな。大葉はちょっと違うんですよね」
「そうだよね。押し入れ空けて布団でも敷いておこうかな。暗いかしら。梅肉とかわさびとか結構なんでも合うよね。煮るなら柚子胡椒とかからしも良いし」
「LEDテープありますよ。人感センサー付きのUSBタイプ。モバイルバッテリーもあるので後でお渡ししますね。おでんだと柚子胡椒かからし付いてきますよね。父は七味をかけてましたけど」
「ありがとう。その前に予備の布団が無いから明日寝袋でも頼んで挑戦してみる。辛子味噌とかもあったよね。でも今日はシンプルに味見程度」
「楽しみ。二階の道具箱にメジャーありましたよね? 金属の」
「コンベックスメジャー? あるある」
「お借りしますね」
トントンと二階に上がって行く茉里奈の足音を聞きながら、そうだった。分裂体実験しなくてはならないのだった。話しながらやり方は確定したけどね。
それじゃ、夕飯の支度もはじめますかねぇ。
冷蔵庫を開けてしばし考える。
電気代がかかるからやめなさい案件だ。手前の食材ばかり見てしまうし、在庫とか書いとこうかな。生きていた頃と違って増えるばかりで減らないから紙でいいし。
米をザルで洗い水けを切って置く。浸水させろとか乾かせとか色々な説があるけれど、今日は炊き込みご飯なので乾かして、思う存分出汁で炊かれて貰おう。
乾かしている間に具材の準備。
人参とごぼうは笹掻き、タケノコはちょっと迷ったけど短冊切りかな。
アク抜きがてら水に漬けつつ全部切り終わったら、ざっと少量のごま油で炒める。
多めに軽く炒めておいて、小分けにして冷凍しておくと便利だったな。お醤油をかけてレンジで温めてお弁当に入れたりとか、味噌汁に入れたりとか。
しんなりした位で、水と酒、みりん、醤油を順に投入して煮る。
煮ながら鮭に酒を振りかけて、骨と鱗をチェック。
そういえばこの鮭の塩分濃度が全然分からない。普通に生鮭で大丈夫だよね?
生で舐めるわけにも行かないので、ほんの少し切り取ってレンジにかけて火を通して食べてみる。
うん、生鮭だ。鮭の味だけ。でもいいお出汁がでそうな味。
熱湯をかけて味見をする手もあるんだけれど、甘塩鮭だと区別がつかない時もあるのよね。
レンジはレンジで爆発怖いけど。ついでがあればフライパンで焼いても良いけど、小指の先ほどの味見だとフライパン出すほどでもないし、文明の利器便利。
調味料以外の塩分濃度は心配しなくて大丈夫そうだ。
煮ていた野菜は味を確認して火を止め、冷めやすいように一旦ボウルに移して、他のおかずどうしようかな。
チコリは分けて洗って、ツナのせとポテトサラダのせのミニサラダにしようかな。ツナにはミニトマト、ポテトサラダには豆苗でちょっとかわいくしてみた。
茹でたロマネスコとアレッタに、アイスプラントも添えて茉里奈サラダと名付けよう。
厚揚げの温め直しついでになにか素揚げようかな。茄子と、アスパラガスとか?
と、その前にご飯火を入れないと。
鍋に乾かしておいた米を入れ、キッチンペーパーで軽く酒を拭き取った鮭を並べ入れ、その上から粗熱が取れた煮野菜を投入。
さっきから鮭と酒が続く度に脳内で駄洒落じゃないですという心の叫びが聞こえてくるけれど無視。日本語ってこうゆう予期せぬ日常駄洒落産みがち。
煮汁と水で米炊きに必要な水分量を測り入れて、蓋をしたら火にかける。
次に蓋を開けるのは食べる直前。
そんなこんなで、お味噌汁を作ったり揚げ物をしている内にアケル君もやってきたので、茉里奈の件を伝えて計測に加わってもらい、久しぶりに一人で食卓の準備。
冷めても嫌だし、美味しいところを食べてもらおうと思うと忙しない。運んでもらうだけでも随分と助かるものなんだな。
お祖母ちゃんは良く一人でお店やってたなぁ。
堂々とお客さんを使ってはいたけれど、それも楽しそうだったし。
「……ほんの少し傾斜が付いてるってことですか?」
「そぉ。駐車場っつか、自転車とか置いてたんじゃねぇの? 厨房ともちょっと繋がってるし、水が入った時に階段の方に行かないように玄関に向かって気がつかない位下げてんの」
「家は水平直角に作るものだと思ってました」
「あー。マンションとかだと買う時確認しろって言うからっすかね? 紐でくくった五円玉ぶら下げたりとか、ビー玉転がしとか有名っすよね。店舗とか駐車場とか水が関わったりすっとその限りじゃないっすけど。風呂場とか」
「ああ!」
「吸い込んでも居ないのに排水口に向かってくっすよね? あれあれ」
そんな話をしながらアケル君と茉里奈が厨房の方に戻って来たので会話に参加してみる。
「そういえば祖母はざぶざぶ水を撒いて掃除をしていた気がする」
「っすよねぇ」
「荷物とか大丈夫だったんですか?」
「店用の大きなゴミ箱とか、ビールケースとかだったし。木の棚もあったけど気にしてなさそうだったなぁ」
「おおらか。良い時代っすよね」
「そういう問題なんでしょうか? わぁ、美味しそう! お手伝いしなくてごめんなさい」
「気にしないで。今日は鮭の炊き込みご飯と茉里奈サラダに厚揚げと素揚げ野菜、あさりのお味噌汁に沢庵です。ご飯ついじゃうから手洗って座って」
「土鍋メシ! 自分おこげ欲しいっす!」
「え? 焦がしちゃったんですか?」
「「へ?」」
こんなところでジェネレーションギャップを感じるとは思わなかった私とアケル君であった。
鮭は混ぜる過程でほぐれるにまかせたので、大きめの身も残っていて食べ応えがある。
家によって炒めなかったり、混ぜご飯風に後から具材を入れたり、色々な方法があるので、もちろん味や食感も違うのだろうけれど、味については各々の家の味や好きだった味に変換されているのだと思う。
だから平気で人に出せるのかも、とぼんやり思っていたのに、美味しいです、と言ってくれる二人を見て申し訳なさより嬉しさが勝ってしまう不思議。
余ったらおにぎりにしようと思っていたのにアケル君が食べつくしたのは言うまでもない。
そして厚揚げは好評だったけれど、炊き込みご飯の盛り上がりには全然勝てなかった。
なにか変な気持ちになったんだけれど、どこに引っかかったのか分からずに、こういう時はお風呂よね、とか言ってお風呂に入って、流れ作業で気が付いたら普通に横になってて、あれ? とは思ったんだけど、明日欲しいもの考えたら満足してそのまま眠たよね。
あれ?
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死亡 二十三日目(三日目)
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入手品:鮭/舞茸/タケノコ/チコリ
朝食:クレープバイキング
昼食:斎座
夕食:鮭の炊き込みご飯




