78 斎座(さいざ)
「分裂」
大先輩が言うのでこちらも言ってみる。
「ミミズ」
少し考えるように大先輩が続ける。
「分身」
「残像」
「複写」
「鏡」
「複製」
「クローニング」
作麼生・説破か、元僧侶め。出来るかそんな事。
「ふむ。ミミズは分裂するほど小さくなる。分身が残像ならば実体はない。鏡では映っているだけ、となると、複製が一番しっくりくるということか」
言われてみれば、分裂は犬飼少年のパターンではあるけれど、育つ、というワンクッションを置けば成り立つのかも知れない。
残像は池橋さんか。本人が出来ると思っているから出来ちゃっている感じだったし、佐藤さんはこれが近いとは言っていたけれど、同じとは言っていないから違うのかな。
鏡はコス。よく考えたら鏡の中の自分が動くというのはただのホラーだよね。ビデオカメラのアケル君も鏡に近いのかな。視覚と聴覚情報だけだからあっちの方が可能性が高かったのかも知れない。実際無自覚に成功はした。
クローニングに該当する様な方法はなかったと思うのだけれど、やり方が思い浮かばない。
彫刻、紙粘土、フィギア、どれもしっくりこない。
「大先輩は?」
「分身、けれど残像ではない」
「佐藤さんもそういう雰囲気出してましたけど、どう違うんですか?」
「佐藤がどう捉えているかは分からぬが、そもそも分身は仏語だ」
「え? フランス語?」
「仏語ではなく仏語だな。濁点を付けて発音する。仏の教えというやつだ」
「忍者でなく?」
「あれは薬物による幻覚や、錯覚、双子や容姿を揃えたという話もある」
「へぇ」
はぁ、と大先輩は大きくため息を付く。
無宗教日本人女子の感覚を嘆かわしく思ったのかも知れないが、私はその代表ではないので安心していただきたい。
「心配になって来たのだが、不動明王や釈迦如来は分かるか?」
「お不動さんとお釈迦様ですよね? 分かりますよ?」
「秦広王と初江王も?」
「ええ。裁判受けましたし」
「神様はどこにいると習った?」
「空の上とか、天竺とか?」
「空の上と天竺は、異なる呼び方をしているだけでどちらも空、天を指す」
「あ、そうですよね。うーん、神社、仏閣、それから米とか? 一粒に七人の神様って、お茶碗の中が満員電車みたいですよねぇ」
大先輩が眉間を揉んでいる。馬鹿だと思われたかもしれない。否定は出来ない。
「異なる呼び方、複数の神」
ヒントかな。ヒントだろうな。神様も分裂してるって事? じゃあ死んだ人も神様じゃん。いや、仏か。ん? 神様仏様なら仏も入ってるのか。でも鬼っていうしなぁ。
「そもそも何の話でしたっけ?」
「分身は仏語」
「ああ、そうでした。え? 神様分裂体を人間界に送り込んでるんですか?」
ぐらりと大先輩は傾いて額に片手を置いた。
なんかごめんなさい。
「不動明王の化身と言われているのが、秦広王」
「はぁ」
「釈迦如来の化身と言われているのが、初江王だな」
「逆じゃなくて?」
「……どうしてそう思う?」
「秦広王も初江王もしゃべれましたよ? 不動明王とか釈迦如来って、人間界に居るのは、居るって言うか、あるって言うか、像、ですよね? 概念とか」
「……続けてくれ」
「……なにかこう、神様枠って言う世界があって、その中に地獄枠っていう世界があって、そこから人間界っていう世界があると思っていたので、秦広王の化身が不動明王なら降りてきた感あってしっくりくるんですけれど」
「どういう思考回路なんだ?」
「違ってますか?」
「合っているのに間違っているからおかしいんだ。人間界にある不動明王の存在は概念的な物で、人間が具現化したものが仏像等だ。不動明王自体は神格化されているし神様枠の存在という事になる。つまり君が言うところの神様枠の世界にいるのだから、地獄で不動明王の化身である秦広王が裁判をしている、という訳だ。
非常にややこしいのだが、不動明王は大日如来の化身とも言われているし、普通の太陽神系譜とも言われていて……まぁなんだ、そういう存在が神様仏様枠だな」
大先輩は喋りながら説明を諦めたようだった。
分かったけれどよく分からないし、簡略化してくれて助かる。ちゃんと聞いたら時間が足りなそう。
「人間界に神様はいない。神界から人間を見ている。米には七人の神様の加護が付いているという感じで、神様が乗っているわけではない」
ええ。本気でそこまで馬鹿だと思われてたらどうしよう。
冗談だよね?
大先輩は普通の顔のままだ。
目が合いそうだったので慌てて視線を逸らす。
「住む世界が異なるので分身として現れて人々を助けている、という、人間の考えた神様という訳だ」
「……身も蓋もなく聞こえるんですけれども」
「人間は人間主体で物を考えるからな。人間界とは言ってはいるが、動植物も存在している。産まれて死ぬ世界、が正しいかもしれぬな」
「……それじゃ地獄は逆に死んで産まれる世界ですかね」
「そう聞くと悪い世界ではなさそうだ」
大先輩はまた朗らかに笑った。
のはいいけれど。
その分身があの世で言うところの分裂体なんだとしたら、別に自分じゃなくてもいいって事?
「お掃除ロボットに盗聴器とカメラを仕込んで走らせて、それを見てるのと同じ……?」
「それでも問題はない。方法を教えるというよりは、出来ると納得できる方法を見つけられるかどうかだな。
こちらでは圧倒的に出来る人数が多く、自分が対面している者が分裂体か本体か判断がつかない故、分裂体は存在できる。
分裂させる方は、少しでも出来るわけがないと思うと出来ない。
以前話したかな? 人である、という認識が、出来ることを制限する。人枠理論」
「ああ、大先輩が実は話していないってやつ。そういえば話し方とか声質とかって私が勝手に思い込んでるので聞こえてるんでしたっけ。なにか喋ってみてくださいよ」
大先輩は私の発言に呆れたのか眉を八の字にして困った様に笑ってから咳ばらいをして言う。
「斎座にいたしましょう」
ざらりと酒焼けしたみたいな低い声で丁寧に、けれど何を言っているのかは分からなかった。
***
結局あの後それなんですか? と聞いてから大先輩は喋らなくなった。
それでも一度声を聴けたので、私が今まで想像していた声からは変更されている。
読んでた小説が映像化されたみたいな変な気分ではあるけれど、しっくりだ。
口調が丁寧なのはあんまり反映されていない。私の想像力の限界なんだろうか。
牧草地から移動して、大先輩が住んでいるという寺へ来たが、どうやら何人かで住んでいるみたいだ。人の気配は有れど姿は見えず。
まさかの井戸で手を洗わされて戻ってきたらご飯と味噌汁と漬物が準備されていた。
「お昼ご飯?」
どうやら斎座とはお昼ご飯の事だったらしい。
お寺らしくというのか、ご飯は麦と白米、お味噌汁にはそれなりの種類の野菜が入っていて、漬物はやたらとしょっぱい大根の塩漬けだった。大根葉ももちろん刻んで入っている。
アケル君辺りは満足いかなそうな献立だけれど、しみじみと美味しい。
食事中は無言だった。さっき喋って貰ったのがよほど恥ずかしいのか、もしくは修行の一環なのかなんなのか。いや、ほら、大先輩だって元僧侶ってだけで今は懸衣翁のお仕事についているわけだし。
取り留めもなくそんな考えを巡らせながら、ついでに分裂体についてもまとめてみる。
丹羽先生とかは人枠理論でどうしても駄目なんだろうな。頭が良すぎても大変だ。
決まった場所を決まった時間に巡回する感じのドローンとかならいけるのかとも思ったけど、動力源とか気になるし、監視カメラでもその辺に設置して後で見るのと同じ事だし、やっぱり分裂体って呼ばれている者の方が便利なのは確かか。
コスは二体出してるけれど実質本体がどちらかとリンクしてるだけだから一体みたいなもの、と思っていたけれど、リンクしていなければ勝手に動いているって事だからやっぱり三体出てて二体稼働って事なのか。主に本体の稼働が勿体なさすぎる。
私が出せたのもそれどころではない状況で勢いで出したって感じだし、多分、深く考えなければイケる方なのよね。
考えちゃうんだけれど。
ポリポリと私の咀嚼音だけ目立つと思ったら、大先輩音もたてずに漬物食べてる。どうなってるんだろう? 僧侶の食事技能恐るべし。
精巧に作った蝋人形に乗り移るイメージとかどうだろ。
死んでるんだし憑りつく? おお。死んでる感凄いじゃない。
その蝋人形をどうやって入手するんだって話と、微動だにせずに移動したり話しかけたりしたら、対面した人の方が無理か。打ち消されそう。
あー、そういうのとか、諸々あって、本人を、分身って言っちゃうと幻影っぽいから、分裂体ってことなのかな。分裂体の歴史も深そう。
「ごちそうさまでした」
食後のお茶の段になって、大先輩は改めて一緒に分裂方法を考えてくれた。
やっぱり自分以外のものを利用する方法は維持が難しいらしく、まさかのどっかの猿みたいに髪の毛を蒔いといて育つのを待つという意見でまとまった。
分裂自体には皆して普通に目の前でばんばか分裂するので懐疑心もなかったんだけれど、自分が分裂するとなると常識に縛られるようで、見えないところで分裂すればいいじゃないのと。
抜け毛から育ちそうで家中分裂体だらけになったらどうしようと思ったんだけれど、引っかけたりすれば抜けるけど、自然に抜けるという事はないそうで、考えてみたら髪の毛は抜けてなかった。気が付かなかった。
もっとも痛いとかもぶつかった衝撃で痛いっ! って思ったり口にしちゃったりはするけれど痛くない訳で、本当にただの覚めない夢の中の様なものだ。
上手く行かないってのは目が覚めちゃうって事なのかもしれない。
「そういえば大先輩は夕食食べたくならないんですか?」
帰り際に全然夕飯を食べに来ないので聞いてみた。
「元々十二時以降は食事を摂らない生活だったのでな」
僧侶って大変なんですね。
私には無理そうだ。




