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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第四章

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77 クレープバイキング


「小麦粉と牛乳と卵と、砂糖を少し入れた方が良いかな……」


 すべての材料をボウルに入れて攪拌し、ラップをかけて冷蔵庫に入れてから朝の掃除をする。

 いつもと違う手順だけれど、生地を休ませるのと休ませないのとでは食感が違うのだ。

 とは言え、いつも通りの掃除ではあっという間に終わってしまうので、今はゴミを置くだけになっている食料在庫や自転車を置いていたスペースを眺めてみる。

 短い時間とは言えゴミが存在するタイミングはあるので、なんとなく成り立ってはいるけれど、そもそもここにゴミを集めなくともゴミ箱に入ってさえいればなくなるので、無駄とも言える。

 棚でも置いて本格的に食材を貯蔵するとか、ソファーでも置いて昼間に二階に上がらずにくつろぐスペースにするとか、ランニングマシンとかを置いて簡易ジムみたいなスペースにするとか、考えてみるがどうにもピンと来ない。

 うーんと首をひねっていると茉里奈が降りてきた。


「和香さん、上の掃除終わりましたよ。朝食の準備……どうかしました?」

「いやぁ、このスペース活用してないなって」

「確かに」

「なにか思いついたら教えて?」

「考えてみますね。今日の朝食はなんですか?」

「クレープ」


 茉里奈も特に意見は無いようで、そのまま二人で朝食の準備に取り掛かる。

 と言っても今日はそれ程大変ではない。

 寝かせているクレープ生地をあるだけ焼き、サラダやツナなんかを好きに乗せて食べてもらうつもりだったのだ。

 手巻き寿司パーティーとか、あんなイメージで。

 鶏ハムにツナ、ポテトサラダに茹で卵、サラダミックスとミニトマト、グレープフルーツをむいて、ドライベリーに水と少量の砂糖を入れてレンジで加熱した簡易ジャム、あんこも少し出しておく。そういえば生クリームが無いから甘味バージョンはまとまりが悪いかも知れない。

 バターをホイップするか、と思ったけれど、クレープ生地の材料の配合を変えるとカスタードクリームが作れるな、と思ったので、レンジで簡単に作る。

 全て混ぜてレンジを出し入れしつつ攪拌するという方法だ。

 あれ? 湯煎の逆って何て言うんだろう?

 ボウルに水と氷を入れて、その上にレンジから出したボウルを重ねて最終攪拌と冷やしの作業をしながら首を傾げた。


「どうしました?」

「湯煎の反対語ってなんだろって」

「……空冷とか水冷ですかね?」

「エンジンは湯煎しなくない?」

「液体窒素をかけるとか、ホットプレートで温めるとか、ありますし」

「どこの最速バグ? 圧倒的に頻度低くい」

「オーブンで溶かしたりとか」

「焼グラボ! 導通チェッカー使おうよ」

「お話が通じて嬉しいです」

「通じきってない気がする」


 朝からマニアックな。

 やっぱり反対語はないのかしら。作業中のボウルに目を向けると、茉里奈はぼそりと、


「氷冷?」


と呟いた後、クレープ焼きに戻った。

 正しくは氷水冷だろうか? たこ焼き焼き焼き器を思い出すのでこの辺でやめておこう。


 出来上がったカスタードクリームを器に入れて、こんなもんかな、と皿だらけになった作業台をみる。

 チーズとマヨネーズ、塩、コショウ、あ、グレープフルーツピールコンフィも刻もうかな。

 収集が付かなくなってきたからこれでやめないと。流石にそんなに食べないだろうし。

 なんだか私らしくないような気もしてきた。

 適当にサラダ版とデザート版のクレープを仕上げて皿に盛れば良かったのだ。

 なんだってまたこんなアミューズメントなことに。


「少し暖かいものも欲しいかなと思ったので、ミックスベジタブルのコンソメスープも作っておきましたよ」


 茉里奈がニコニコ笑いながら焼きあげたクレープ生地をカウンターに乗せ、スープも注いでくれている。

 出来る娘だ。

 そしてアケル君が当たり前のようにこのタイミングでやってきて、食べる前から物凄く楽しそうに組み合わせを考えているのも微笑ましかった。

 よし。食べるか。


「「「いただきます」」」


 当たり前といえば当たり前なんだけれど、まずは全員サラダ系のクレープを作った。

 私はツナマヨサラダ、茉里奈はポテサラサラダ、アケル君は鶏ハムと卵の親子サラダ。好みがどうというよりは各々とバッティングせずに取りやすい皿からって感じ。

 ちなみに私も茉里奈も丸いクレープを四つ折りに畳んでナイフとフォークで食べているが、アケル君は四角く畳んだものを更に半分に折ってから、二個三個と同じものを作りためてから手で食べる。


「珍しいっすね、こういう朝食」

「さっき用意してて自分でも思った。普通に二種類で良かったよね」

「バイキングみたいで楽しいですけれど。あ、グレープフルーツ下さい」

「もうデザート系っすか? あ、自分ツナ欲しいっす」

「自分の分確保したからそのままそっちに置いといていいよ。ヨーグルト水切りしておけばよかったね。カスタードとグレープフルーツはちょっと違うかも」

「グレープフルーツサラダにしてみようかなって思っていたので大丈夫です。ポテトサラダも美味しかったですよ」

「ども。カウンターだと三人でも皿バケツリレーになるっすね。こっちのなんかいります?」

「「ああ!」」


 茉里奈とハモったので、顔を見合わせて笑った。


「え? なんすか?」

「向こうの居住スペースの玄関の話。活用できてないよねって」

「テーブルを置いたら向かい合って食事出来ますよね。リビングみたいに使うのもいいかもしれません」

「ああ。使ってないっすもんね。そのまんまアウトドア系のテーブルと椅子置いちゃうとか?」

「小さくない? 畳みの小上がりとかは? 掘りごたつスタイル」

「靴を脱ぐかどうかですかね。店の方は土足ですし。通路を残して小上がりを作るか、ボックス席みたいに靴のまま使える様にするか」

「畳みの箱型ユニット、コの字に組めば靴脱がねぇで小上がり感でんじゃねぇっすか?」

「各々イメージプランを明日提出するように」

「ふふ。楽しそうですね。考えておきますね」

「は? 自分も?」

「皿バケツリレーとか言ったのアケル君じゃない。良案をお待ちしております」

「カスタードクリーム貰っていいですか?」


 デザート系はやっぱり生クリームがなかったし、具材も今一つで盛り上がらなかったけれど、そこそこ楽しく食べてくれた。

 カスタードとあんこのクレープが意外と美味しかったのが一番の盛り上がり。ちょっと不思議。




***




 食後は二人を見送ってから届いた荷物を片付けて、大先輩を待つ。なんだか迎えに来てくれるというので、どこか別の場所で分裂方法を教えてくれるみたいなんだけれど、一体どこへ行くのだろう。

 お昼ご飯の時間とか心配なのよね、と、主婦みたいなことを思って苦笑い。

 お母さんは飯の話ばっかりだよ、なんてセリフはよく聞くけれど、一人のご飯ならある物で適当に出来るけれど、他にも食べる人が居るなら、見た目とか味とか栄養とか、お財布事情とか、在庫状態とか、本当に色々考えなくてはならなし、食べないと死ぬって言うのを、本能的に分かっていて食べさせなくちゃ、ってなるんじゃないかと思うのだ。

 別に食べなくても死なないのに考えてしまう私は何なのかという事には、自分の事なのによく分からないので考えないでおこう。


 本日の入手品は、鮭と舞茸とタケノコ。茉里奈からはチコリを貰った。いつまで続くんだろう、このマイナー野菜。サラダしか使い道が思い浮かばないんだけど。

 後でレシピ検索でもしてみようかな、と、片付けが終わったタイミングで大先輩がやってきた。


「お待たせしましたかな?」

「いいえ。丁度良いタイミングでした」

「それは良かった。どこか行きたい場所はありますかな?」

「行きたい場所……どこでもいいんですか?」

「そうですな、特にここでなければ駄目という事もない。自宅以外が良いと考えただけで、こちらとしてはどこでも問題はありませんな」


 朗らかに笑う、というのはこういう笑い方なんだろうな、というように笑って大先輩は言う。

 とは言え。

 世代が違いすぎて共通の場所とかも全然思いつかないし、何かこう、ざっくりとした感じでリクエストした方が良いのかしら。


「この間は山だったので、平たい地面の森っぽくない所がいいです」


 発言してから内容の馬鹿っぽさに、こんなはずでは、と内心頭を抱えるも、大先輩は少しだけ思案して、すぐに頷いた。


「ふむ。牧草地なんてどうですかな? 牛や馬はおりませんが、広々としていて気持ちがいい」


 牛や馬が居ない牧草地帯ってなにか楽しいの? と瞬時に思ったのだが、広々として気持ちがいいというのは魅力的に聞こえる。

 大先輩にはもちろんその考えが伝わってしまうので、穏やかに笑って、扉から扉の移動だから突然草原の真ん中にという訳にはいかないし、少し歩かなければならないけれど、と説明してくれて、ぽそりと、楽しい部分は確かにない、と付け加えたのが可笑しくて、私は了承した。




***




 牧草地のど真ん中、という訳にはいかなかったけれど、雑な茅葺きの家みたいなものから三十分ほど歩いたところに、その牧草地はあった。


「わぁ! 平たい地面で森っぽくないですね! たまにしか木が生えてない!」


 オーダー通りの場所である。

 実は一つやってみたい事があったのだ。


「ちょっと寝っ転がってもいいですか?」


 何もないところで寝っ転がるなんて、そうそう出来る場所すらない現代人である。

 鷹揚に頷く大先輩を残して足早に丁度良さそうなところまで移動して、座ってから仰向けに寝てみた。

 流石に漫画の様にバーンと転がりはしない。

 打ち所が悪いと死んじゃって一日無駄にしちゃうかも知れないのだ。行動は慎重に。

 それにしても、視界が空だけというのは自分がどこにいるのか分からなくさせるものだ。

 空を飛んでいるとまでは思わないけれど、浮かんでいるとか、お化けになったとか、多分そういう、そんな馬鹿な、という気持ちにはなる。

 そうっと大先輩が近付いてきて、少しだけ距離を置いて座った。視界に入らないようにしてくれているのかな。気配は感じるけれど。

 起き上がるのがもったいなくて、そのまま声をかける。


「確かに広々として気持ちがいいですね」


 とさっと、大先輩も仰向けにでもなったのか、小さく音がして、困惑した様に言った。


「仰向けならここでなくとも広々と見えるだろうに」

「大先輩の時代はそうかもしれませんけど、まず寝転がる場所がないし、何かが視界に入る様な所の方が圧倒的に多いんですよ。山登りとかのアウトドア関係も趣味じゃなかったし」

「そういうものか? 普通に立って正面を見ても何もないんだが。……まぁ、空もいいものだな」

「ここなら街灯もないし、夜は星が綺麗でしょうね」


 起き上がってみると、確かにドーンと、地平線が見えそうな勢いで何もなかった。木は生えてるし、途中途中に道っぽいものはあるけれど、確かにほぼ何もない。

 大先輩も起き上がって胡坐をかいているんだけれど、なんというか、似合わない。

 こんなところでも正座しそうな感じなのに、かくんだ、胡坐。


「そういえばアケル君がドアホウだった時に面倒見たって聞きましたよ」

「はは。誰しもそういう時期はあるものだが、あの頃は大変そうだったな」

「大先輩は……どちらかに肩入れしたりとかは……?」


 上手く聞けなかったので首を傾げて大先輩の方を見る。

 薄茶色の瞳が光の加減か、今日は黄色っぽく見えた。

 つまりは目が合ったわけなのだけれど、私はこれが非常に苦手である。

 どのタイミングで逸らせばいいのかが分からない。

 大先輩もまじまじとこっちを見ているので、ひょっとして同じ感覚の持ち主なんだろうか。


「……どちらか、というなら、アケルに肩入れをするだろうな」

「へぇ」


 ついでに目を逸らしてくれたのでほっとした。

 でもちょっと後ろめたいのかな。聞いておいてなんだけれど、佐藤さんに肩入れしていないというのなら、特に聞くこともないんだけれど。


懸衣翁(けんえおう)奪衣婆(だつえば)的にそれでいいものなんですか?」

「ふむ。懸衣翁としてならば、佐藤に肩入れをする場合もあるにはある、が、アレはもう助けを求めないだろう。来るものは拒まぬが、来ないものまでは拾わんな」

「あー。はいはい。ですよねー」


 と返事をしつつも、内心で落胆する自分がいた。

 佐藤さんが助けを求める時期は終わったという事。

 別に、悩み事や生い立ちや境遇が、計量出来る等と思ってはいないけれど、なにか普通の人よりも重たくドロドロしたものに、私が死ぬ前にケリを付けていたのだ。

 それは多分、これから先に起こしたいと思っている事も含めて、すべて終わっているのだろう。

 賽は投げられた、というやつだ。

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