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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第四章

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76 たらこパスタ


「タカタタッタッタ、タカタタッタッタ」


 なんとなくおもちゃの兵隊の観兵式を口遊みながら強力粉をボウルに入れる。

 デュラムセモリナ粉とかないし、薄力粉も同量混ぜてなんとなく辻褄は合う、のか合わないのか。

 わさわさと菜箸で混ぜながら、君はそういう粉だと言い聞かせてから、卵と塩とオリーブオイルを攪拌して液を作り、粉の真ん中めがけてドパッと注いだらわちゃわちゃと混ぜる。

 ポロポロと炒り卵みたいな塊が出来始めたら、多少粉っぽくても強引にまとめていく。

 全体重をかける様に押し伸ばして、と。


「気がするだけで、疲れないし手も腕も痛くはならないけど」


 多分疲労骨折とか肉離れとかはするのだ。

 痛みというのは一つのリミッターで、超えてはならない一線を守っているという。生きていた頃の私であれば、そろそろ、止めようかなとか思いそうな運動量である。

 うどんじゃないけど、もう保存袋に入れて踏もうかな。

 一番大きな保存袋を取り出しては見たものの、入りきらなそうなので二つに分けてしばらく踏む。


 踏みながら大先輩に電話をかけて明日の約束を取り付けた。

 分裂体の出し方教えてください、と伝えたらちょっと沈黙があったんだけど、あれはどういう意味の沈黙だったんだろうか。

 明日が楽しみだ。


 ある程度踏んで生地も綺麗にまとまったので、今度はラップを敷いて踏み伸ばして折り畳んで踏み伸ばすを繰り返して、程々で切り上げたら丸めて一時間位生地を寝かせる。

 パンの発酵とは違って温度は気にしなくていいみたいだけれど、何となくボウルに入れて硬く絞った布巾で蓋をしておいた。


「さて、と」


 携帯端末を操作しながら、ある意味充実してるよなー、と思う。

 あちこちに出かけて、電話をかけて、新しい事を教わって。

 いつか慣れて落ち着いて、なにもなくなるんだろうか。

 死んですぐ、いつもの”いつも”がショックだったよな。

 あまりにも何もなくて。


『もしもしー』


 佐藤さんともいつまでこうしていられるのかな。


「もしもし?」

『事件ですか事故ですかー?』

「……事件と事故の違いって何?」

『事件は計画的で事故は偶発的とかですかねー』

「じゃ、事件で」

『ほほー。それはどこで起きたんでしょうー?』

「事件も事故も現場で起きているんですよ」

『いつの事件ですかー?』

「昔から脈々と」

『それでは歴史的事件ですねー』

「歴史的かどうかは誰も居なくならないと分からないんじゃない?」

『口伝ですかー? イマドキではないですよねー、そういうのー』

「……佐藤さんは反省する事ってあるの?」

『久しくないですねー』

「たまには反省も良いと思うんだけど」

『終わった事は気にしないと思ってましたー』


 図星をつかれたので一瞬黙ってしまった。

 そうなのだ。終わった事は考えても仕方がないので、次同じ事があったらこうしようと決めたら後は忘れるのは私もだ。辞書的な意味では正しく反省したという事でいい様な気もしてきた。


「あ」

『あ?』

「ううん。なんか納得した」


 思い出せないのではなく記憶の削除なのだ。

 忘れられた方が飲み込むか、同じく忘れるしか道はない。

 飲み込んで新たに関係を構築しても、繰り返し忘れられるのならばそれは、どこかで諦めるしかないのだ。

 記憶を消される前に消したくないと思わせる為にあがく時間はどれくらい用意されているのだろうか。


「そういえば一応分裂自体は出来るっぽいよ」

『やっぱり分裂出来たんですねー?』

「やっぱり? まぁ、無自覚だけどね」


 せっかくその時間があるのなら、楽しく過ごしたいと思ってしまう。

 アケル君だってもう言うつもりは無いのだ。私が言ってどうなるという訳でもない。

 佐藤さんは楽しそうにあれこれと聞いてきたので、暫く世間話のように、生きていた頃にはありえなかった話をする。


「そういえばポコポコ電話してるけど、大丈夫? 邪魔になってない?」

『出たくない時は出ませんのでお気になさらずー』

「う。それはそれで出なかった時に嫌な気持ちになるから聞かなきゃよかった」

『そう言われてみればそうですねー。うふふ。これからお夕飯の支度ですかー?』

「うん。今日はパスタにしようと思って、今麺作ってるところ」

『麺からですかー』

「麺からだねぇ」

『……暇、怖いですか?』

「どうだろう」


 暇、事態は怖くはない。潰せばいいのだ。ではどうして暇をつぶさなければならないのかと言えば、それは自分に対する脅迫のようなもので。


「怖っ」

『えぇー? 怖くないですよー?』

「いや、今私の世界で一番怖いの佐藤さんだから」

『酷い話ですよー』


 そんな話をして、電話を切った。


 さて、気持ちの仕切り直しだ。

 パスタマシンをセットして、生地をいくつかに分けて、おおよそまで麺棒で伸ばしてからパスタマシンで更に伸ばす。


 手動でくるくると回す方式の物もあるけれど、今回入手したパスタマシンは生地送りを自動でしてくれるタイプの物だ。

 押し出し式はなんとなく嫌だったのと、回すタイプはもう一本手が欲しいと良く聞いたのでこれにしたんだけど、捏ねからやってくれる全自動の業務用のでも良かったな。ちょっと大きそうだったし、生地は増やせるから切る方に重点を置いて、歯形の種類と洗い安さで選んでしまった。

 とは言え、生きてた頃なら絶対買わないお値段だったけど。買うなら手動のやつだったろうな。


 生地を入れて伸ばしては畳み、楕円形から長方形になるように何度か繰り返す。

 良く売っていた乾麺のスパゲティの長さ位で伸ばした生地をカットしてからいよいよ麺化。

 ジリジリとよく見るパスタが出来上がっていく。なんかちょっと感動する。

 ちょっと乾かした方がコシが出るんだっけ? うどんの話だっけ?

 良く分からないけれど、何となく打ち粉をしてパラパラっと粉を落としてから菜箸に乗せて乾かしておく。

 今日食べそうな分だけ作って、残りは丸めた生地のまま冷蔵庫で良いかな。

 平べったいフィットチーネや、伸ばしたままカットしてラザニアも作れるし。


 あの世の良いところは食材が腐らなくて増やせることだよね。

 本当にそこに存在しているのかも怪しいところだけれど、食べれば美味しいと思うのだからその辺りは気にしても仕方がないのだ。


 きゅうりを叩いてから手で適当にちぎり、ごま油と塩と醤油少々で和える。

 サラダは最早盛るだけになっているので殆ど手間はない。ロマネスコだけ茹でておこうかな。

 スープはどうしようかな。コンソメで、具はキャベツとミニトマトで良いか。

 パスタ用のソースは先に作っておいて、パスタと絡めるだけの状態にしておくと熱々で食べられる。

 ボウルにオリーブオイル、バター、牛乳、昆布の顆粒出汁に、包丁でざざっと滑らして中身だけにしたたらこを入れて混ぜておけば完成。

 マヨネーズを入れたり、レモン汁を入れたり、アレンジは人それぞれだけれど、私は食べる時に粉チーズが一番好きだったりする。

 飾りは大葉の千切りと、海苔かな。あるとないでは全然味が違うのだ。

 メインに肉とか魚とも思ったけれど、くどくなりそうなので、パスタにシーフードミックスからイカでも入れようかな。

 別で塩ゆでして一緒に和えよう。


 夕食の準備はこんなものとして、油揚げが欲しかったので下準備をする。

 と言っても、豆腐を薄く切ってキッチンペーパーでくるんで一晩水切りするだけなんだけど。

 明日じっくり上げれば油揚げの出来上がりだ。ついでに厚揚げも作っておくか。

 厚揚げってあんまり食べなかったんだけれど、もののついでである。

 こちらも好みの厚さに切って水切りするだけで下準備完了。売っている物よりも少し薄めに切ってみた。食べやすいサイズに出来るのでおすすめなのだが、失敗したら怖いからと物凄く安い豆腐で試した時にいつまでたっても揚がらずに恐怖した覚えがある。

 多分あれは厳密に言うと豆腐じゃなかったんだろうな。


「ただいま帰りましたー」

「おかえりなさい」


 そうこうするうちに茉里奈が帰って来た。


「わぁ! 早速パスタマシン使ったんですね! 凄い」


 菜箸に掛けられたパスタを見て目をキラキラさせている。

 やっぱりちょっとメカっぽい物だとテンションが上がるのかな。


「ちょっと嬉しいよね。うどんとかでも使えるし、今度は一緒に作ろうよ」

「良いですね。楽しみ」


 幸せそうに笑うけど、ちゃんと計画をたてないとあっという間に居なくなるんだよなぁ。この経験に意味があるのかないのか、それでも、つまらないより楽しい方が良いと思うのだ。

 次の裁判はなかなかにヘビーそうなので、裁判前に予定しよう。


「アケル君が来たら茹でて和えるだけだから、今日は準備万端だよ」

「そのタイミングで絶対外さずに来ますよね、アケルさんって」


 言い終わるか終わらないかのタイミングでアケル君が入って来たので二人で爆笑した。お約束すぎる。


「え? ちょ? えぇ? なんすかなんすか?」

「いつも登場のタイミングが絶妙すぎるから、噂してたのよ」

「監視カメラとかセットしてないですか?」

「してないっすよ。冤罪だ!」


 キャーキャーと騒ぐ二人を見ながらパスタを茹でる。

 一歳違いの佐藤・アケルペアよりも、七歳違いの茉里奈・アケルペアの方が恋人同士に見えるんだよな。

 実際の年齢で言ったら子供とか孫、どころじゃないか。何世代後になるんだろう。佐藤さんて生きてたら百歳は余裕で超えてたよね。百四十歳くらい? アケル君は五十代でこの感じだしな。


「和香嬢、またろくでもない事考えてねっすか?」

「微笑ましいなぁって思ってたよ?」

「「無いですから!!」」

「ハモるほど仲が良いじゃないの」

「「良くないです!!」」


 声がそろい過ぎて流石に見つめあってアケル君は笑い、茉里奈は嫌な顔をした。

 こう言うところに若さが出るのだ。私にもあんな時期が、記憶には残ってないけど、あったに違いない。いや、はたから見たらきっとあったんだろう。無いか。


「……先にスープ入れちゃうね」

「あ、運びます」

「カウンター乗っけてくれたらこっちで受け取るっすよ」

「お願いします。飲み物はどうしますか?」

「私、食後にコーヒー飲みたいから食事中は水かな」

「分かるっす。結局食べ終わるまで飲まなかったりするんすよね。でもあってほしい」

「喉につかえた時はスープだと熱くてダメな時もありますから、水があると安心ですよね。レモン果汁少し入れてレモン水にしましょうか」


 本当に、幻想とか夢みたいだな。

 人生のおまけというかなんというか、絵に書いた理想の日常みたいだ。


 茹でたパスタは軽く振って水けを切り、ボウルにどんどん入れてよく和える。

 お皿に盛り付けたら大葉と海苔を散らして完成だ。


「出来た」

「旨そー」

「凄い。お店のスパゲティみたいですよ」


 並んでいつも通りに言うのだ。


「「「いただきます」」」


 スープを飲みながら、いきなりスパゲッティを頬張ったアケル君の感想を待つ。

 茉里奈は一口サラダを食べてから、フォークに巻き付けているところだ。


「旨。モチモチっすね。生パスタ」

「……美味しいです!」


 良かった、と思いながら私も食べる。

 とても良い感じに出来ていた。


「スパゲッティなんすかね? スパゲティなんすかね?」

「イタリア語寄りかアメリカ語寄りかじゃない?」

「考え始めると口にし難くなりますよね」

「確かに! 意識するとちっちゃいツに力が入るっすよね」

「パスタって言っとけば? 総称だから許される気がする」

「うーん、私はたらこパスタってあまり耳馴染みがないですね。お家ではスパゲティって言っていましたけれど」

「タラスパって言わなかったっすっけ?」

「あー、言う言う」

「それだとやっぱりスパゲッティかスパゲティの二択なんですかね」

「バァさんとか、スパゲッチってなってたし、やっぱしちっちぇツが入るんじゃねっすか?」

「パッケージ見た方が早いんじゃない? パスタをショッピングで検索して、画像で表示っと」

「うわぁ。スパゲッティー、って伸ばすパターンと、スパゲッティーニって伸ばしてニがつくパターンもありますよ」

「パッと見スパゲッティが多くねっすか?」

「でも日本の定番メーカーはスパゲティだね」

「もう一つの大手メーカーはパスタですよ」

「ちょいまち。パスタ、スパゲティタイプってのもあるっすよ」

「……やっぱりパスタって言っとけば何とかなるんじゃないの?」

「日本語だと麺ですもんね。イタリア麺とか?」

「イタリアだけじゃないっすからね。自分は通じて旨きゃ何でもいいんすけど」


 凄い幸せな食事の風景っぽい事思ったけど、話の内容は物凄くどうでも良かったな。




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死亡 二十二日目(二日目)

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入手品:パスタマシン/たらこ/きゅうり/アイスプラント


朝食:あんバタートースト

昼食:カツ丼

夕食:たらこパスタ

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― 新着の感想 ―
[良い点] あ、何か久しぶりに佐藤さんと高坂さんの掛け合いって気がする。 ここのところ佐藤さんとの話は、話の目的があったから、このふざけた回答への突っ込みを繰り返す掛け合いは久しぶり・・・ 佐藤さんが…
2022/01/15 05:58 退会済み
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