74 あんバタートースト
『聞いて驚いてくださいー。池橋さんの方法が近いですー』
今朝も電話をかけてみたが、佐藤さんは普通に出た。
そして分裂体の出し方を聞いたら別の人から教わった方法を聞かれたので、答えればこの返答である。
説明している段階で散々訳が分からないと言ったので色々な意味で驚いた。
「髪の毛でもむしって投げて、はい、分身って感じかと思ってたよ」
『どこの猿なんですかー。髪の毛分身なんてクローン物の定番ですよねー。やっぱり毛根から行かないと駄目なんですかねー。iPS細胞とかー、うつし世の最新情報は難しいですー』
「住んでても良く分からなかったから問題なし。それで? 池橋さんの方法が一番近いってのは?」
『気合ですー』
「気合で分裂出来たらあの世が分裂体で埋まるんじゃないの」
『埋まってるかもしれませんねー。でも気合としかー。前方に飛ぶつもりでー、本人は飛ばないけど分裂体が出てきて目の前に着地するじゃないですかー』
「しないわよ!」
『ナイスツッコミー。横隔膜キレてるキレてるー』
頑張って低めの声でそんな事を言うので、多分池橋さんの真似なんだろうけど、全然似てない上にコメントも間違っている気がする。
「運用も池橋さんが近いの?」
『聞いた感じですとー、犬飼さんですかねー。七人の佐藤さんで会議とか出来ますよー』
「侍みたいに言わないで」
『でもほったらかしですねー。池橋さんと犬飼さんを足して二で割るが正しいですかねー。だから勝手に高坂さんみたいに出来上がっちゃうんですよねー。うふふ』
「それを佐藤さんが言うの?」
『言いますねー。考えてみたらー、魂の一卵性双生児ですよねー。もう四体位出来ないかなーってー』
「最近そういうアニメでもみたの?」
『え? 盗撮してます?』
語尾が伸びない辺り本気で驚いてるなぁ。面白いから良いけど。
「大先輩とアケル君の方法に期待するよ」
『分裂する高坂さん楽しみにしてますねー』
うーん。丹羽先生情報だと出来な人は出来ないみたいだけれど、佐藤さんが楽しみにしているというのだから私には出来るって事なのかね。
昨日から頭がこんがらがっている。
考えるのを止めるのは私にとって簡単な事で、そこで止めたら今までと同じなのかな、と、自室に戻ってからあれこれ考えてみたのだ。
一つづつ、慌てずに片付けて行くしかないけれど、見ないふりは止めよう。
そんな風に思いはしたけれどすでに面倒になっている。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
そうこうするうちに茉里奈が降りてきてお湯を沸かし始めた。
茶葉を取ろうとして手を止め、聞いてくる。
「今朝は何を作りますか?」
「あんバタートースト」
「わぁ、おうちで食べるの初めてかも」
「お店ならあるの?」
「近所の喫茶店にあったんですよ」
「どんなやつ?」
「トーストと別にバターとあんこと茹で卵のセットでした。あずきの缶詰をちょっと加熱して混ぜた位のあんこで、あんこのパンとバターのパンで別々に食べていましたけれど」
「正統派なイメージね。こしあんとホイップバターを交互に塗ったお洒落感出してくるやつとかもあったんだけど、こしあんにするのも食べながら塗るのも面倒だから乗せて焼いてバターもあんこの熱さで溶かしちゃおうかと思ったんだけど」
「それも美味しそうですね! お任せします。アケルさん挟みそうですよね」
「あー、もしくは畳みそうだよねぇ。じゃあパンは多めに焼いて、ああ、でも、バターが染み染みのトーストのトッピングにあんこも捨てがたい! どうしようかな」
「カナッペみたいに一つづつを小さくします?」
「茉里奈は良い娘な上に天才だよね!」
という事で何種類か作る。
ただのトースト。バターを塗ってから焼いたトースト。あんこを乗せてその上にバターを乗せたトースト。クロワッサンに挟んだり、焼いてないパンでサンドイッチにしたりと、思いつくまま作ってみた。
胸焼けしそうだなぁと途中で思ったのでサラダも用意。今日はサラダミックスにセロリの薄切りとアスパラガス、昨日作ったパプリカのピクルスを刻んで、そうだ、アレッタ。謎野菜。取りあえずひと口大に切って茹でてみるか。全部を塩レモンでさっくり和える。
朝からパーティーみたいだな。色合い地味だけど。
「それで、お茶の種類は決めたの?」
「ほうじ茶にします」
「あー、それ以外の選択肢が思い浮かばな位しっくりきっちゃったかも。私もほうじ茶にしよう」
「ふふ。でしたら大きい急須使いましょうか」
もちろん、というか、最早そういうものというか、アケル君はお茶が仕上がる頃に荷物を持ってやってきた。
「っはよーございます」
今日はパスタマシンを頼んだのでちょっと荷物が大きい。他はタラコときゅうり。茉里奈からはアイスプラントを貰った。良かった。食べた事がある。
ちょっと変わった食感で、パッケージにはプチプチと書いてあるけれど、さくさく、とか、ショリショリ、でもいい様な気がする。味も殆ど癖もなく、朝収穫したものは酸味が、それ以外は塩味が、ほのかに感じられるなんだか変わった多肉植物だ。集合体恐怖症の人が見たらゾワゾワしそうな見た目ではあるけれど、結構好きだ。
近所の居酒屋のサラダにたまに入ってたな。
そんな話をしながらささっと荷物を避けて朝食にする。
「「「いただきます」」」
三人での朝食も慣れたもので、家族っぽくなってきた様に思う。
下宿でも寮でも当てはまるのかな。違いは何だろう。同じ釜の飯を食べたら仲間なんだっけ。
共通点は死んだことか。そういう括りで仲間と言って、家族っぽく出来るなら、人類皆兄弟なんて言葉もあながち間違っては無いよな。
とはいえ。
茉里奈は二週間後には居なくなっているだろうし。
茉里奈とアケル君がニコニコと食事をしながら話している。
「コッペパンにマーガリンとあんこ入ってるやつも旨かったっすよね」
「ありましたね。結構量があって、よく母と半分にして食べました」
「三色パンってのもあったっすけど、茉里奈嬢分かる?」
「三色ですか?」
「あんことチョコとカスタードが入った丸パンがくっついてるやつ」
「ああ。中身が分からなくてちょっと楽しいパンですよね」
「近所のパン屋は暫くしてから印ついたっすよ。なんか揉めたのかな」
「胡麻とかケシとかですか?」
「そそ。あんこがケシで、チョコがアーモンドスライスだったかな。カスタードにはなし。どれ好きだったんすか?」
「チョコですね。あんこが入ったものは普通にあんパンが好きでした。病院の近くにたっぷりあんこが入ったあんパンが売っていたんですよ」
「へぇ! あんパンていや、佐藤さんが好きだったっすよね?」
普通にアケル君が聞いてきたので、曖昧に頷いておいた。
丁度サラダを口に入れたところだったので不自然ではなかったと思う。アレッタは謎すぎてブロッコリーの味しかしなかった。
話は今日一番美味しい状態のパンはどれかに変わり、私もぽつりぽつりと参加しながら考える。
クロワッサンの味が良く分からなかった佐藤さんに頑張って伝えようとした結果おいなりさん? ってなった事があった。
パンの味は知っていて、ああ、そうか、トーストとあんパンくらい、と言っていたっけ。好きとか嫌いみたいな話はしなかったと思う。
小豆を持ってきたのは佐藤さんで、あるからと何の気なしにあんこを作ったけど、そもそも丹羽先生からあんパンを潰して食べる話を聞いたからかもしれない。ドミノ倒し。なのかな。なにかやりたいことがあるのかな。
食後、私とアケル君は出かける茉里奈を見送ってから分裂の話をする。
佐藤さん同様、コス、池橋さん、犬飼さんと説明して、佐藤さんの方法も話をした。
ここまで殆ど世間話的な流れだったと思う。
アケル君も普通に笑ったりしながら聞いて、どれがしっくり来たかとか、信じられそうだったかを確認して、パソコンと、持ってきたというカメラを準備し始めた。
入り口から見て突き当りにパソコンを設置して椅子を置き、もう一つ椅子を置いて、入り口に向かってカメラを設置、パソコンのインカメラを起動、パソコン画面を左右に二分割にして左にインカメラの映像、右にカメラの映像が映るように設定して、特に説明もなく何となく座るように促されたので、パソコンの前に座る。
画面の左には自分の顔が映っていて、当たり前だけど私が動けば動く。
アケル君はどこから取り出したのか、雑誌を私の頭の上に置いて、背中合わせに椅子に座ると、頭の高さを合わせてから雑誌を取った。
パソコン越しに見ると、背中合わせに座っていたアケル君は殆ど見えなくなった。
雑誌は高さを合わせる為だけに持ってきたのか。マメな事。
右側にカメラの映像も映る。
入り口を向いているだけなので、どうという訳もなく、コスの鏡を使った分裂に近い状態なのかな、と思った。
「準備はこんだけなんだけど」
ぼそりとアケル君が言い、カメラを目線の辺りまで持ち上げる。
「とにかくもう一人自分がいるイメージだけつかめれば、後は何とかなるかなぁ。インカメラに俺が映っちゃうと難しいかもしんねぇけど」
「インカメラ切ればいいんじゃないの?」
「だと、分裂じゃなくて、瞬間移動的な感じになんじゃね?」
背中越しに聞こえる声はいつもより低く聞こえる。
カメラの後ろに本体が移動しちゃうってこと、かな。
「コスはそれで分裂出来てたけど」
「結局それだと本体動かせねぇし、拡張性は無い気がすっけどね。まぁ人それぞれだけど」
アケル君はカメラを持ち上げて、私が立ち上がった時位の高さにする。
確かにインカメラ越しだとカメラが持ち上がっただけだけれど、カメラの映像だけに集中していると、立ち上がったような気分にはなるし、イメージは沸きやすいかも。
「ちっと歩いてみる?」
「うん」
アケル君は頭が出ない様にか、わざわざ膝立ちで入り口まで移動していく。
「ど?」
短く聞かれたので、改めてカメラの映像を見ながら返事をする。
「うん、イメージは沸きやすいね。鏡より分かりやすい。暖簾を出し入れするから結構見る景色ってこともあるかも知れないけど」
くるりと私の方にカメラが向く。
もともと自分というモノの認識が薄いので、それほど分裂したイメージは沸かない。同じ服を着ているな、という位の感覚しかなかった。
「自分で自分を見るのはあんまり腑に落ちないかな」
「そんじゃ、分裂体と本体が会うのはダメなタイプかね。ニアミスしても気がつかねぇってパターンもあるけど、シアタールームに通う系の分裂体運用っつの? ちょい不便かもよ?」
アケル君は立ち上がって、テレビクルーみたいにカメラを構えてキョロキョロと遊びだした。
「酔う酔う、画面酔いする」
「はは」
ぴたりとさっきの入り口を見る映像で止まる。
「そういえばもう一個お願い事出来たんだった」
「あ? なに?」
「包丁研げない? 肉を薄く切るには限界を感じてて」
「もともと切れない包丁買ったんじゃねぇの? 包丁もリセットされるからかけても元に戻るぜ?」
「切れ味が落ちたんだとばかり! じゃあなんか良さそうな包丁探すかぁ」
「研いでもいいけど、戻っちまうからな。肉なら肉用の包丁買えばダイジョブだろ」
「やっぱり餅は餅屋ってことなのね。肉用包丁の良しあしがよく分からないけど、金額関係ないし高級品を頼んでみようかな」
「手ぇ切んなよ」
「切っても治るじゃん」
「馴染んでんなぁ」
インカメラの映像を見ると、入り口にカメラを向けこちらを見ているアケル君が映っていて、映像上で目が合ったような気がした。
「あのさ」
「うん」
「外、出てみていい?」
「そと?」
「入り口、出ていいかって」
「? いいけど?」
「……なにが映んのかね?」
そう言われてハッとする。
今度散歩してみようねって、言っていたのだ。入り口の先に共通の認識はない。
ちょっと待って、と言おうとして、全く別の事が頭をよぎる。
俺って言ってたから素なのかな。
時間が伸びたみたいに長く感じる。それでも待ってという言葉は出てこなかった。
インカメラの映像でアケル君が入り口を開ける時に一瞬こちらを伺ったのが分かる。
なにを考えているのかは全然分からなかった。




