73 肉じゃが定食
「考えて思い至るのではなく、そういうものと思っていたのではないですか?」
犬飼少年に聞かれて、頷いて返答する。
「思っていた、と考える程でもないので説明は難しいですね。言われてみればという感じで」
犬飼少年もまた頷いて答えてくれた。
「我々あの世産まれの特徴とも言えます。命令に従う、と誤解される方が多いです」
言われてみるとそうなのかも知れない。どんどんと腑に落ちていく。
しなさい、と言われれば、嫌でもやるけれど、別にそれだけの話で、拒絶しようと思えば出来るし、事実、生きていた頃に何度か拒絶した覚えはあるのだ。
じゃあ、どんな特徴と誤解しているのかと言えば。
「相手の思考を無意識に読む、ですか?」
「説明の仕方としては近いと思います」
やっぱり説明が難しいのだ。
別にテレパシーみたいに相手の考えを読めるわけでも、空気が読めるというわけでもない。
強いて言えば、なるようになることが分かっている、という事だろうか。誰にでも出来て、忘れてしまっているような事。
人間辞め度の高い大先輩なんかは近いのかも知れない。
本当は喋っておらず、聞いていない。
分からせて、分かっている。
神様枠の裁判官もそうか。
相手の見たいもので、聞きたい喋り方で話をして、結果を知っている。
そう考えると裁判て、受ける側が主人公の劇団みたいだな。劇団高坂。我ながらこの考え方は無いな。他の神様もそうなのかな。そういえば裁判官以外の神様ってなにをしているんだろう? 普通に漫画とか読んでるのかな。あ、ドラマを見るみたいに人間界を見ているのかも知れないか。って、これじゃあまた話が劇団高坂へ戻っちゃうじゃない。
どうでも良い事は置いておいて。
そういえば犬飼少年は思考を読んだような話し方をしないな。と思う。
人間が思考を読まれるのを嫌う事を分かっていて、徹底して読まないふりをしているのか、言語化してから反応するようにしているのか、そもそも読んでいないのか。
私なら、何やら考え込んでるなー、と思って終わりだけれど、犬飼少年はこっちが長そうで、分裂体の運用方法を見ても人間を辞めていそうだし、見て見ぬふりに間違いはなさそうだけれど。
そんな犬飼少年は絶妙に首を傾げながら紅茶を飲み、時折入り口に向かって視線を動かしていた。
見えていないだけで、他にも死者がいるのかな。
あまり見ようとすると迷子になると言っていたから、気にしない方が良いだろう。
無言でバターロールサンドを完食し、コーヒーを飲んで一息つく。
「裁判結果が自分で思っているより悪く言われるんですよね。理不尽だって叫ばないようにしないと」
笑って言えば笑い返してくれた。
「その為の移動ポッドです。閉じたら大声を出してストレスを発散をしても良いと思います」
「画期的な利用方法ですね」
「最終裁判後にそのまま人間界に送る為の装置です。中で何をしても問題ありませんよ」
「え? 一度家に帰って準備してとか、そういう感じではないんですか?」
「なにも持ち込めませんし、すべて忘れます」
「そう、ですよね。あ、SIMは?」
「……何もかも空気になると思って下さい」
「空気」
佐藤さんのすべてが気のせいはこの辺りかな。
見ていたい、見たいと思ったものを見ているだけで、本当は何もないのかもしれない。
けれど。
「着床前なら誰も傷付かないかもしれないけれど、がっかりはすると思う」
「そうですね。同意します」
私が、犬飼少年をなんだか可哀そうな気持ちで見てしまうのは、見た目のせいだけじゃなくて、彼が私を可哀そうな気持ちで見ているからなんだろうか。
お互い苦笑いを浮かべながら、もう一度生まれ変わりたいかどうかの話はしなかった。
何かあれば連絡をください、とは言うけれど、それじゃあまた、とは言わない。
神様を騙そうと思ったら、騙せないのだ。
決めない方がいいのだろう。
不可抗力で、どこかでバッタリ、その位の距離感で、私たちは神様を騙したい人たちの片棒を知らず担いでお互いを見合うのだ。
やっぱり劇団かな。
劇団犬飼。向こうはちょっとハードボイルドそうだけど。繋がりが出来たのは良かったのかも。
***
あと聞ける人は、新人の山田さんと、大先輩と、実演は無理でも佐藤さんから話は聞けるかな。
考えながら帰宅して、テレビを見ながら料理をする。
炊飯器に洗った小豆を入れて、たっぷりの水で炊飯。一度炊飯が終わったら砂糖を加えて水分量を調整してもう一度炊けばあんこになる。
ほったらかしで良いのが何とも頼もしい。
パプリカもピクルスにしておこうかな。色的に黒っぽいのは細かく刻んでドレッシングやソースに使ってしまった方が良いような気がする。
もうテリーヌとか作らなそうだし。
瓶にお酢とレモン汁、砂糖と塩少々を入れて良く混ぜて、縦に八等分したピクルスを入れれば作業終了だ。
簡単な割に結構使えるよなぁ。
もう一品系も作っておこうかな。
やっぱりきんぴらごぼうかしら。
ごぼうは昨日の内に茉里奈が綺麗に洗ってくれたので、綺麗な状態で一本に戻っている。
スライサーでどんどん削いでいき、まとめてから更に包丁で細く切って、酢水に漬けて、にんじんはかつら剥きしてから細く切って、こっちは二本分、にんじんしりしり用にも切っておく。
多めのごま油でごぼうを炒め、しんなりしてきてからにんじんも追加、にんじんもしんなりしてきたら酒を入れて、味付けはみりんと醤油に鷹の爪。砂糖をいれるか入れないかでもめる話を聞くけど、うちは入れなかったな。イメージ的に辛い食べ物だったから、お弁当についてくるきんぴらごぼうはなんだか別の食べ物って気がした。
にんじんしりしりは出汁代わりにツナを入れて炒めて、醤油で香りづけして、ちょっと塩も入れて、最後に溶き卵をダパッと入れて良く混ぜれば完成。
沖縄料理らしく、気が付いたら色々なレシピがあったけど、どれも美味しかった。食べる時に鰹節をかけるのも良かったし、玉ねぎが入っているレシピも美味しかった。結局自分で作るとすればこれなんだけどね。
そういえばせっかくテレビを付けているのに全然見てなかったなぁ、と、水音で音声が聞き取れなくなってから気が付く。
包丁も火も使ってたから当たり前なんだけれど、映像は見ないよね。ラジオで良かったな。
ふと画面をみれば、今日も今日起きた事故のニュースの真っ最中だ。
毎日事件や事故が起き、誰かが死んで、誰かが生まれている、いつもだった日常だ。
死んで一ヶ月もたってないのに、なんだか遠いなぁ、生前世界。
もう私のニュースはやっていない。実家も落ち着いたかな。
あの運転士さんはまだグジグジしてそうだけど。少なくとも私に関しては気にしないでいてくれるといい。
さてと。
夕飯は何にしようかな。
ガレットにバターロールときたから、普通に日本食が食べたいな。
食材は増えてはいるけど、痒いところに手が届かないのよね。
普通に肉じゃがにしようかな。
そういえば肉じゃがの肉が牛か豚かでももめるんだっけ。
あの二人はどっちはだろう。
うーん、昨日豚汁だったし牛で作ってみようかな。甘めの牛丼にじゃがいもが入っている感じよね?
食べた事はあるとは思うのだけれど、思い出せないので一応レシピを検索してみる。
うん、多分そんな感じだ。
すき焼きまでいかない甘さで、牛丼よりは甘いはず。
じゃがいもと玉ねぎは大きめに切って、じゃがいもから炒める。じゃがいもの周りが透き通ってきたら玉ねぎを加えて、かるーく炒めて、出汁を入れて、酒とみりん、砂糖を入れてちょっと煮る。
その間に牛肉を薄ーく薄ーく切って。
薄く切るには包丁の限界を感じるわ。アケル君包丁研げるかしら。後で聞いてみよう。きっと出来るはず。
醤油を回し入れて、もうちょっと、と思うくらいの塩味で味を調えたらもうちょっと煮て、牛肉をしゃぶしゃぶが如くどんどん入れて、火が入りきったら完成。
あんまり煮ると肉が硬くなるらしいの、食べる前に温めるくらいでいいかな。
こういう時にさやえんどうかインゲンでもあれば映えるんだけど、無いのだから仕方なし。
あ、小松菜。茹でといてちょっと乗せればそれっぽいか。サッパリしそうだし。
サラダはカラフルな感じで作ろうかな。
サラダミックスに、暖色系のパプリカを薄くスライスしてちらして、ミニトマトとロマネスコも可愛らしく盛ってみる。いい感じ。
ドレッシングも和風に、梅肉とお酢とごま油で作っておく。
うーん。これなら豚しゃぶにしても美味しそうだな。
小鉢にさっき作ったきんぴらとにんじんしりしりも用意して、お味噌汁は豆腐とねぎ、おしんこに沢庵と。完璧じゃない?
「ただいま帰りました」
炊飯器に砂糖を入れて小豆を練り潰していたら茉里奈が帰って来た。
「おかえりなさい」
手元を覗き込んで嬉しそうに笑う。
「あんこですか? 炊飯器でも出来るんですね」
「ほったらかしてていいから楽だよ。今なら炊飯器二つあるし」
「圧力鍋で簡単に作れるイメージはありましたけど、確かに。……こういう知識も生まれ変わる時に忘れちゃうのか……」
後半は独り言なのか、小さな声だった。
もう一度死ぬ、か。
結局人間しかいないんだからあの世も人間界っちゃ人間界だよな。
「ど忘れ、健忘、忘却、生きてても大差ないわよ。毎回関心出来て楽しいじゃない」
一瞬きょとんと眼を丸くして、茉里奈は笑った。
「丹羽先生もそう言ってました。歳をとると細かいを忘れるから同じ映画で何回も感心したり感動できるから得だって」
「会えた?」
「はい。いつもと変わらずで。伝言も伝えましたよ。いつでもどうぞって」
「だから来客が多いのかしら」
「そう! 皆、どんどん訪ねてしまうんですよ」
うん、茉里奈はにこにこしてくれているから、私の話している内容は、茉里奈が望んだものなのかな。
小説じゃあるまいし都合よく会話が進む事なんてないのだ。
痴呆の話に発展したり、何度も見ているなら既視感の話に発展するのも面白かったかもしれないし、今日、茉里奈が丹羽先生と会う事なんて確定事項で、わざわざ会えたか問う必要なんてなかったような気までしてきた。
いくつもの返答パターンが思い浮かんで収集が付かなくなってくる。
私も多い来客の一人に、人気者だよね、待ち受けの人、良い人だよね、自分から出向かないんだね、お話が面白いから、話が中途半端だったから、皆先生の事好きだよね、また殺されるかもしれないし、お茶だけ入れに行くのもいいかも……
「和香嬢!」
肩を掴まれ、身体の向きを動かされた先にアケル君がいた。
「あっ。いらっしゃい?」
いつの間に来たのだろう。
炊飯器の蓋は開いたままで、混ぜていたしゃもじは相変わらず手に持っているし、普通に茉里奈と話をしていたので、左側に茉里奈がいたはずなんだけれど、今はアケル君が立っている。
茉里奈は、後ろに居た。
「はい、お邪魔します。ってなんすかそれ。疑問形だし」
ケラケラとアケル君が笑って肩をポンポンと叩いて茉里奈の横に移動する。
「肉じゃがって無限に食えるっすよね」
「アケルさんはなんでも無限に食べますよね」
「えー! そんなことないっすよ。米だけとかだときついっすもん。三合くらいが限界じゃないっすかね? せめて塩がないと」
「塩があったら無限に食べられるんですか?」
「あー、途中で醤油挟めば行けるかも?」
いつものように、仲良く、仲の悪い口調で言いあっている。
うーん、考え込んでいた間にアケル君が来て、その間、私は普通にしていたっぽいんだけど、これ、記憶が抜かれてるって感じじゃなくて、なんだろう。
茉里奈側から見た私は想像つくんだけど、その間の、私、本人は、どこで何をしているのかって話で。
「和香さん、小松菜っておしたひ……おひたひ……おし……おひ……おひたしですか? 小鉢に鰹節?」
「……そうね、おしたしは方言か口語で正しくは御浸で良いと思う。小松菜は肉じゃがの彩りに置く用……」
「じゃあ残りは保存容器に入れておきますね」
「ええ! 食うっすよ! わっさーって乗っけちゃって」
「彩りって言ってるじゃないですか! 自重! 自重って言葉知ってますか?」
「知ってるっすよ、本体の重さっしょ? 多少崩れても自分は気にしないっす!」
「じ・ちょ・う! 読み違いなのに音読みのままだから突っ込みが難しい!」
「あははははは」
こらえきれずに声に出して笑った。
「早く食べよう。私肉じゃがの肉が牛のやつ初めて作ったんだよ」
「そういえば、牛の時は挽肉と新じゃがでしたね。給食は豚で、病院食は牛だったような気がします」
「へぇ。家は豚っしたね。そんで具が多かったっすよ。にんじんとかピーマンとか入ってた」
「残り物入れてたんじゃない?」
「それも入ってたんすけど、にんじんとピーマンは必ず入ってたっすよ」
「残り物だと?」
「ちくわとかかまぼこの端っことか?」
考えても仕方のない些細な事だ。そんな事よりも食べよう。
「「「いただきます!」」」
パン、と三人の合掌が揃った夕食だった。
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死亡 二十一日目(一日目)
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入手品:アレッタ
朝食:ガレット
昼食:バターロールサンド
夕食:肉じゃが定食




