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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第四章

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72 バターロールサンド


「分裂の仕方ですか?」


 どんどん行こうと、今度はシアタールームに来てみた。

 峰岸さんなり誰かいれば紹介してもらおうと思っていたのだけれど、池橋さんがいたので聞いてみる。


「普通に分身の術ですよ」

「どこの普通だよ」

「素晴らしい反射速度です」


 ツッコミを褒められた。


「しかし、本当に分身の術としか」

「……どうやって出来るようになりました?」

「物凄く走りました」

「はい?」


 聞けばアスレチック施設で蟻地獄とか言われているようなところで物凄く走って、分身してるんじゃない? と思ったら出来たという。


「お茶碗の中からぐるぐる回って壁を走って脱出するようなやつよね?」

「そうです、それです。やった事は?」

「小学校の時にやった記憶はあるけど」

「では行ってやってみるといいですよ。反復横跳びでも良い線行くと思います」

「マッチョな人は皆そうなの?」

「不思議な事にこの方法で成功する人は少ないです」


 そらそうでしょうとも。

 はきはきと喋りながらも体に力を入れて筋トレは欠かさないのでイライラしてきたなぁ。


「意識、というか、情報の共有とかは?」

「戻れば出来ます。僕の場合は一日一回戻れば問題ないですね」

「……戻らないと共有出来てないって事ですよね? リアルタイムで分かってないと困りませんか?」

「分裂体が困る事は本体も困るので同じ事ですよ」


 そう言われてみればそうなんだけれど、なんだか納得したくないなぁ、と思っていたら、携帯端末を差し出してきた。


「本体と電話してみますか?」


 お前も分裂体か! と新たにツッコミを入れつつ、面白そうなので通話を試みる。


『分裂の仕方ですか? 普通に分身の術ですよ』


 ちょっと前に全く同じことを言ってましたよ本体さん。

 なるほど。あくまで分裂してるだけで本人なんだから言う事も対応も同じか。


「あー、理解しました」

『解決しました?』

「しました」

『丁度良かった。五官王(ごかんおう)の担当者が、昨日裁判を終えた方々の挨拶周りをしているそうで……犬飼さん、シアタールーム受付に居ます……今、行ったので、よろしく』

「はぁ」


 訳も分からずよろしくされたので曖昧に返事をすると、こっちの池橋さんが私の背後に向かって手を振っている。

 振り返ると可愛らしい小学校低学年位の子が扉を開けた状態で満面の笑みを浮かべて手を振り返しているところだった。

 なにあれカワイイ。

 だぼだぼのパーカーにハーフパンツ、恐らくぶかぶかのバスケットシューズで走り寄ってくると、私の足元で立ち止まり、こちらを見上げてくる。


「こんにちは!」

「はい、こんにちは!」


 挨拶をされたのでこちらも笑顔で挨拶をする。

 それから池橋さんの方を見てこういった。


「池橋、彼女が昨日裁判を終えた子で間違いない?」

「そうです。高坂和香さんです」

「そう、ありがとう」


 うん?


「失礼しました。五官王担当の犬飼(いぬかい)源十郎(げんじゅうろう)です。よろしくお願いします」

「……高坂和香です。よろしくお願いします」

「それで、池橋とのお話は解決したんですか? 私でお力になれそうな事でしたら遠慮なくお申し付けくださいね」


 んん?


「ええっと、どうして池橋さんを呼び捨てに?」

「担当違いと言えど同じ裁判管轄ですので、敬称を付ける方がおかしいかと思います。しかし、やはりこの見た目では説得力に欠けますかね。池橋の方が後輩という事もあるのですが、不快に思われたのでしたら申し訳ありません」


 ああ、この年齢で亡くなって、自分の成長した姿が想像出来なくてそのままなのかな。

 白雄さんや佐藤さんと同じで、こちらが長いのだろう、小さいのに落ち着いた雰囲気だ。


「いえ、こちらこそ事情も分からず失礼しました」

「そうですか」


 にっこりと笑顔を向けてくるのでこちらの顔も思わず緩む。

 小学生男子の笑顔の破壊力。

 いや、実際の小学校低学年男子なんて手に負えないに違いないんだけど、この見た目でこの中身は反則だわ。


「分裂の仕方についてお話を伺っていたんです」


 犬飼少年は可愛らしく首を傾げる。


「どこかに就職されるんですか?」

「就職……」

「分裂技能に関しては、裁判管轄と移動部、地域部の一部で必須技能になるんです」

「ああ。単に興味を持ったのに、多種多様というような事を言われたので、聞いてみようかと思ったんです」

「そうですか」


 考え込むように唇に指をあて、犬飼少年は言った。


「私の場合は文字通り分裂ですね。一度身体を切り分けてから見た目を元に戻しています。ですから分裂体を作成する場合非常に時間がかかりますので、時間を見つけて何体も作成して自宅にストックしています。情報の共有については各々に日報を提出するように指示を出しているので、特に気になる情報のみシアタールームで確認、ですね」

「切り分ける、と申しますと」

「初めは腹部で分断しましたが、死んでしまい上手く行きませんでした。最近は足の指を切り落としています。二十三時頃に始めれば一日十体ストックができ、本体の復活まで時間も短いですから」


 とんでもないスプラッタ発言である。

 想像してちょっとめまいがした。


「女性の方には些か刺激的な内容だったかもしれませんね。申し訳ありません」


 そしてこの紳士的な言葉に可愛らしい見た目。

 別の意味でもめまいがする。

 しっかりしなくては。


「いえ。お話ありがとうございます。すっかり私の話をしてしまいましたが、次の裁判のお話があるんですよね? そちらも聞かせて頂けますか?」


 つられてこちらまで口調が丁寧になってしまった。


「これは失礼。お心遣い感謝します。今日は裁判内容の説明と、こちらの連絡先をお伝えする程度になりますが、落ち着いて座れる場所へ移動しましょうか」

「はい」

「あ、では僕はこれで」


 犬飼少年が動き出そうとしたので、ずっと黙っていた池橋さんがちょっと大きめの声で言う。

 そういえばきちんとお礼も伝えずに放置していたのよね。

 申し訳なくなったのでお礼を言ってから少し筋肉を褒めて別れた。


 それから犬飼少年が扉を開いて案内してくれたのは喫茶店だった。

 もちろん店員さんもいないし、他の客もいない、歴史を感じさせるような古い喫茶店で、テーブルはゲーム筐体だけれど、なんのゲームかは分からない。操作方法とか、こう、中に入り込んでなかったっけ? ボタン配列的に麻雀とかシューディングゲームじゃなさそうだけど、今日は遊びに来ているわけでもないので我慢我慢。


「飲み物はどうされます? 大体揃っていると思いますけれど」


 犬飼少年は相変わらず見た目とのギャップが凄い。

 店員も居ないのに誰が用意するのだろうかと思っていると、犬飼少年がもう一人現れて水とおしぼりを置いてくれる。こちらはシャツにネクタイ、スラックスにギャルソンエプロンを着ている。


「なにをご用意しましょう?」

「コ、コーヒーを、ホットで」

「私は紅茶を。彼女にはランチも出してあげて」

「かしこまりました」


 自分の分裂体とも普通に話すんだな。

 双子を見ている様な感じでそれほど違和感はないけれど、指示系統がはっきりしているのか、シチュエーションに応じているのか、いずれにしてもどこか作り物めいてはいる。


「先に連絡先をお伝えします」


 携帯端末に自分の連絡先を表示してこちらに向けてきたので、連絡先を自分の携帯端末に登録する。こちらの連絡先は伝えなくても良いのか、とも思ったけれど、考えてみたら向こうから私に用はなさそうだし、いいのかな、と聞かなかった。


「次の裁判は嘘についての審理で、五官王が担当です。既にご承知とは思いますが、人間が嘘をつかずに生きていくのは非常に困難で、私どもは出来る限りそれらを説明し、裁判後の気落ちを軽減したいと考えています」


 これまでの担当者とは違い、犬飼少年は裁判後の為の面会だという。

 確かに嘘の数だけ上げ連ねられたら、とんでもない数にはなるだろうけれど。


「五官王の裁判は人によっては非常に残酷な結果になります。神様が人によって姿かたちを変えることはご存じでしょう? 審理内容のご説明も、ご本人様のお気持ちひとつで変わります」

「え? 裁判内容が変わるんですか?」

「内容は変わりません。ご本人様の受け取り方が変わるだけです」

「はぁ」

「コンディションによってとらえ方が変わる事はありませんでしたか? 忙しい時にコーヒーはいかがですか? と声をかけられて、後にして欲しいと立腹してしまうような事ですね。忙しくなければ喜ばしく、喉が渇いていなければ煩わしい」

「ああ。ありますね、そういうこと」

「失礼します。コーヒーと紅茶でございます」


 そしてこのタイミングでコーヒーが届く当たりあの世の人っぽさを感じる。

 私の前にはランチですと言って、小さなバスケットに入ったバターロールサンドも置かれた。

 レタスやきゅうりがたっぷりと挟まれた、パストラミと卵の二種類。

 まさか作った? という思いが顔面からあふれ出ていたようで、犬飼給仕は微笑んで総合受付のレストランから買ってきていると教えてくれた。テイクアウト! その手もあったのか!

 と喜んだのもつかの間、普通の死者に対してはお断りされることもありますから、確認を取ってからご利用くださいと注意事項を述べられた。

 うーん。やっぱり色々あるのだろうか。システムがいまだに良く分からない。

 いただきますと有難くバターロールサンドを頂戴しながら、話の続きを聞く。


「結局のところ、この裁判は生前の自分を受け入れる裁判だと、私は考えています。受け入れがたく異議を申し立てれば立てる程結果も悪くなりますから、正解であると断定は致しませんが、一つの考え方として間違ってはいないと思いませんか?」


 そう言われてみればそうだ。

 人によっては理不尽な裁判だろう。言い訳は通用しないし、証拠は山のように揃うし。

 どうでもいいけどバターロールサンド美味しいな。ピクルスを細かく刻んで入れてあるマヨネーズソースといい、手も込んでいて流石プロの仕事だ。


「最も高坂さんが飲み込まなければならない嘘というのは出自からになります。今日はそれをお伝えしたかった」


 ごくりと咀嚼していたバターロールサンドを飲み込んで、頭半分、パストラミだとパンの甘さが引き立つなどと思い、もう半分で、それは普通の出自ではないと言いたいのだろうが、そういう話は出来れば高校生以上の見た目の人と話したかったな、などと思う。


「どこから生前の罪なんでしょう?」

「私の時は便宜上受精胚の発育時期、着床前です」

「私の時?」

「高坂さんと条件は同じです。魂化後初の人間界で六歳まで生きました」

「着床前って、あなたの罪とは思えないんだけど」

「魂化した者はそこに居るだけで生まれ変わり条件も無ければ裁判も受けられません。神様からみれば塵のようなものです。例外に例外を重ねるという事は嘘をつくという事になりますから、そう考えれば審理開始時期は遅いくらいでしょう。

 一度人間化させて循環利用しようとしたところを生き延びてしまうわけですから、嘘、という意味では生まれ変わりを確定した時から始まっているんです。

 私たちは魂があると嘘をついて、生まれ変わり条件が整っていると嘘をついて、裁判が終わったと嘘をついて、人間になった。誰も傷つけない着床前に死んで戻る運命に嘘をついて生き延びて、嘘を重ねて生きていた。本当はもう死んでいるはずだが生きている。そんな考え方も嘘であり、それを許容できたと言っても嘘になります」

「なにを言っても嘘になる?」

「そうです」

「自分から嘘なんてついてなくても?」

「一番最初、人間になる時に自ら選んだそうです。記憶を消されて人間界に送られますから覚えていないだけですし……本体の思考に寄ってはいたのだと思いますが、その場合どちらの罪になるのかもまた例外です。本体が裁判を終えていればすべての罪は私たちに返ります。裁判を終えていない場合というのは確立の低い話です」


 やっぱり詰んでるんだな、とぼんやり思いながら、佐藤さんはもう一つ嘘を重ねようとしている事に思い至る。


「犬飼さん」

「はい」

「私たちは神様に嘘をつけたという事ですよね?」

「はい。嘘をつくつもりがありませんでしたから」


 にたり、と、犬飼少年はスプラッタ映画に出てくる猟奇殺人鬼みたいな顔で笑った。

 その顔は可愛くないからやめた方がいいよ。

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