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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第四章

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71 ガレット


「……と、言うような事があったんですよ」


 時間なんてあって無いようなものみたいだし、と、朝の六時に佐藤さんに電話をかけてみたら普通に出たので、昨日の事を報告してみた。

 洗濯機を回したり、掃除をしたりしつつのながら電話だったが、佐藤さんは気にした様子もなく、はいー、と相槌を入れつつ聞いてくれる。


『初死亡ですよねー? おめでとうございますー』


 祝われた。


「不幸じゃない?」

『どちらかというと事故ではー? 事故に縁がありますねー』

「そんな縁いらないんだ、け、ど」

『はいー』

「縁て言った?」

『言いましたねー』

「そうなの?」

『なんですかねー』

「男女の縁結びは年一で神様が集まって決めるって話無かったっけ?」

『ありますよー。出雲に集まるんですよねー。ですから縁は大切にしませんとー』


 暗に神様の介入があったとか言ってない?


『葛城さんはまだー、お戻りではないんですよねー?』

「え? うん、まだ戻ってない」

『きっとー、ホッとして泣かれますよー』

「もう落ち着いたんじゃない?」

『思い出すじゃないですかー』

「そういうもの?」

『高坂さんはー、流しますよねー』


 そのままさらりと話が変わるので、やっぱりなにかありそうだな、と思う。

 丹羽先生とも絶妙に話が出来なかったし、けれど。

 私がそう思う事も想定済みで、私の感覚としてはなるようにしかならない、という結果な気がするんだよな。考えるだけ無駄と言うか。


『聞いてますかー?』

「ごめん、聞いてなかった」

『ですからー、ネズミは一匹五銭だったんですけどー』

「絶対そんな話してなかったよね? なんでネズミ? 実験用ハツカネズミ?」

『違いますよー。ペスト予防で買い取ってくれたんですよー。ふふふ。本当は高坂さんがどうやって運ばれたのかと思いましてー』

「ああ。血まみれだったからゴミ袋に入れて、血が漏れてこないように口の部分をラップでグルグル巻きにして担いだって言ってた。一応お風呂場で血抜きをしてから、洋服を脱がして血は落としてくれたんだけど、万が一血が出て汚れないようにって、傷口にタオルをねじ込んでラップで巻いたとか言うし、その辺にあった服を着せてくれたのは良かったんだけど、下着はそのままびっしょびしょの状態っていうね」

『白雪姫的浪漫とかー』

「仮死状態の初対面の女にキスが出来るって相当な変態じゃない?」

『がっかりです!』

「そんなことを言われましても」


 この人相変わらず恋バナ好きだよな。

 そんな話をしていたら、二階からかすかに人の気配を感じたので、茉里奈が戻って来たかも、と電話を切った。今日も、それじゃあまたね、と次の約束は忘れない。

 パタンパタンと、ドアを開け閉めする音が聞こえたので、慌てて二階へ声をかける。


「茉里奈ー? おかえりー。一階にいるわよー!」


 階段から二階を見上げれば、バタバタバタと階段まで走ってきた茉里奈がこちらを見下ろしてから、へたりと座り込んだ。


「良かったー。ホントに生き返ってるー」


 泣かれた。


 ホットミルクにメープルシロップを入れて出し、慰めつつ、茉里奈の話を聞く。


 とにかく驚いた事。実は死後に夢を見ているだけで、このまま和香さんと二度と会えなくなるんじゃないかと思った事。アケル君や他のいつも優しい人々が、笑いながら平然と遺体を処理する様がとても怖かった事。

 そういうショックが落ち着いてから、あれだけ来客の多かった丹羽先生の部屋に、茉里奈が行くまで誰も立ち寄らなかった事や、丹羽先生が事前に話したいと言っていた事を忘れていたりと、不可解な点もあって、神様はどうしてこんな意地悪をするのだろう、と思ったら、そもそも死にたくなかった、もっと生きたかった、と、死んだ直後の気持ちも出てきてしまい、気持ちがぐちゃぐちゃになってしまったと、泣き笑いをするので、頭を抱え込むように抱きしめた。

 母親の心音を聞いて赤ちゃんは落ち着くとは言うけれど、私たちに心音は無かったし、体温はそんな気がするだけのものだけれど、それでも茉里奈は暫くして落ち着いてくれた。

 声を押し殺して泣くのは生前の癖なのかな。可哀そうな幼少時代とは思わない。やっぱり茉里奈は根性あるな、と感心する。


「のんびり朝食でも作ろうか」

「……はい」

「そういえば夕食ありがとう。美味しかった」

「良かったです。本当は何を作りたかったんですか?」

「きんぴらごぼうとかにんじんシリシリとか胡麻和えとか」

「全然違いましたね」

「美味しければなんでもいいけどね。今朝はどうしようかな。ガレットとか?」

「そば粉ありましたっけ?」

「乾麺がある」


 二人で厨房に立って朝食を作る。

 乾麺の蕎麦は茹でてからハンドブレンダーで粉砕。卵を入れて更に攪拌。扱いやすい水分量になるまで水で調整して、あとはバターを溶かしたフライパンで焼くだけだ。


 本当は茹でないでふやかしたり、濾したり、粘度を確認して小麦粉を足したり、こだわり処もあるんだけれど、毎度適当だ。

 プロとの差とか、こういうところなんだろうな。この適当さ加減だと趣味までもいかないかもしれない。

 だから自炊を辞める事も出来たんだよね。あんなになにもやらなくなるとは思ってなかったけど。


 茉里奈に生地を任せている間に、椎茸を六等分位にスライスして、玉ねぎとパプリカもそのサイズに合わせて切り、塩コショウでさっと炒める。

 サラダミックスも洗ってザルに入れておいて、ベーコンと卵、チーズも準備。

 こういう料理の時に卵を直接フライパンに向かって割ると、何故だか失敗して殻が入ったり黄身がつぶれたりするので、別の器に先に割っておく。


 二人で並んでバターを溶かしたフライパンに生地を流しいれ、全体に薄く伸ばしてから真ん中に炒めた野菜を置き、ベーコンを並べ、卵を落とし、チーズを振りかけたら蓋をして少し蒸し焼にする。

 チーズが溶けたら一度蓋を開けて、生地をフライ返しで具の部分を囲うように折りたたむ。

 綺麗に正方形に出来ると嬉しい。

 私は好みの卵具合までもうひと蒸しかな。


 そういえば茉里奈も黄身に少し火が通ったものが好きそうだった。

 完全に火が入るとホクホクして、あれはあれで美味しいけど、喉が渇くんだよね。

 それこそプロは付け合わせの野菜とかでそういうのを上手く調整するんだろうけど、私じゃスープやコーヒーで流し込む感じになるだけだし。


 余熱で多少加熱が進む分も考慮しつつ蓋を取ってお皿に移し、アケル君の分も焼く。

 茉里奈は自分の分を焼き終えると、盛り付けと飲み物、ヨーグルトも準備してくれた。

 もちろんそのタイミングでアケル君がやってくるのはお約束ではあるんだけど、今日いつもよりちょっと早めなんだけど、やっぱりどこかで見てない?


「「「いただきます」」」


 そして三者三葉の食べ方。

 私は半分をひと口大に切ってしまってから、茉里奈は縦に切ってくるくると野菜も巻いて、アケル君は切って食べようとして半分に切ったところで手で持った。

 マナー的には多分茉里奈が正解じゃなかろうかと思う。

 アケル君用の卵はかなり生状態なのに器用なもので、殆ど手を汚していない。

 そういえばあの手からパイプを出してたんだよな。


「行儀が悪いって?」


 視線に気が付いてアケル君がそんな事を聞いてきた。


「三人とも食べ方が違って面白いな、とは思うけど、行儀が悪いのは考えてなかったな。店でやられたら怒るかも知れないけど、家だし、分かっててやってる分には良いんじゃない?」

「こぼしたり、手や口の周りを汚さないですし、堂々としていて、そういうものだと思わせる動きなんですよね。私は行儀が悪いな、って思ってますけど」


 茉里奈は思っていたらしい。


「そうじゃなくて、手からパイプってどうやって出すんだろうって」

「はい?」


 茉里奈が笑顔のまま首を傾げる。聞き間違いだとでも思っているのかもしれない。

 アケル君はマイペースに手に持ったガレットを食べ終えてから言う。


「骨折とピアスとドアっすかね」

「はい?」


 今度は私が首を傾げた。全然わからない。


「骨折した時に骨の代わりに鉄パイプみたいなの入れんじゃないっすか。まず体内に金属が入ってる事もあるってイメージで」

「うん」

「でも埋まってるんじゃなくて、出し入れが出来る、って事を考えるとピアスなんすよね。これで、体内の金属が固定されないイメージを作って」

「うん」

「出し入れは移動する時のドアと同じ考え方でいいかなって思ったんで、開けばいいんじゃないかって事で」


 そう言ってアケル君は手のひらをこちらに見せてくる。

 母指球の下の方に小さなピアスが付いていた。


「ピアス取った時の穴が工具箱につながってるってだけ」


 だけってなんだ、だけって。


「穴のサイズと出てきたパイプのサイズが全然合わないんだけど」

「えー。振ると出てくるから別によくね?」

「手が千切れそうで怖いんだけど」

「言われると千切れそうでヤなんすけど……。

 ボディピアスって段階踏んで太くしてくのとかもあるから、結構へーきなイメージなんすよね。そんかし腕より太いのは想像つかなくて無理だったのと、目撃された時にそんな馬鹿なって思われちゃうと途中で詰まって出てこなくなっちゃうんで、見んなって言ってんすよ」

「なるほど。後でやってみようかな」

「ダメですよ。絶対だめです」


 茉里奈に拒否られたので諦めた。




***




 配達物は無かったけれど、茉里奈からアレッタという野菜を貰った。

 食べた事がないので、味も分からないしどうすればいいのか分からないが、元はブロッコリーとケールで、ケールの苦みをブロッコリーが相殺して食べやすく栄養価の高い食材、らしい。

 なんだか分からなければやりたい放題できますよね、と笑っていたので、暫く謎野菜を贈られそうだな。面白いけど料理する時と食べる時に困るんじゃ。


 茉里奈には丹羽先生へ連絡先の交換をお願いした。私に巻き込まれて記憶が勝手に消されるのも問題なので、普通に茶飲み友達感覚で顔が合わせられれば嬉しいと思っている事も伝えて欲しいと頼む。

 残念ながら私か佐藤さんが記憶消し騒動の中心ぽいからね。


 アケル君には分裂体の出し方を教えて欲しいとお願いしてみたんだけれど、ちょっと困られた。


「ホント人それぞれなんすよね。自分だけじゃなくて、他の人にも聞いた方がいいかも。

 ちょっと思い出しとくんで、明日朝飯食った後でも、自分の時のやり方教えるっすね」


 どうやら初めて分裂した時の事を忘れていたので困っていたらしい。

 教える事を困ったわけでは無いようなのでほっとした。

 記憶消えてないよね? と慌てて聞けば、なんとなく覚えてるけど、どういう言い回しで習ったとか、細かい事を覚えてないだけだというので、こちらにもほっとする。

 自分が忘れる分には全然気にならないけれど、影響範囲が広すぎて怖くなって来ているのかもしれない。


 そして、昨日置き逃げしたコスの所にでも行って教えてもらうか、と外出して今に至る。


「鏡、鏡」


 コスはびっくりしたけど美味しかったので許します、と許してくれたあと、分裂体の出し方教授に快く了承してくれて、姿見鏡を二枚用意した。


「二体しか出せない上に対面出来ないタイプだから、参考になればいいんだけど」


 部屋の入り口に一枚、その鏡の正面から少しずらしてもう一枚、両方の鏡に全身が入るように設置して、コスが設定した立ち位置に立つ。

 普通に合わせ鏡だから、何人も私が居るように見えるので、ここから何か発展させているのだろう。


「入り口の鏡に後ろ姿が映ってますよね? その体勢なら入り口の向こう側を見ているはずなので、見ます」


 意味は分かるけど自分の家じゃないから難しいな。


「見えたらそのまま歩いて向こうの部屋にいければオッケー。もう一体の方も説明だけ。普通に鏡を見ている自分と目が合ってますよね? そしたら、向こうが自分で自分が分裂体だと思って、鏡の方だけ後ろを向かせられれば、成功です。また別の部屋に移動させて、これで分裂は完成で、私の場合は右の分裂体と左の分裂体と思っているので、どちらかの耳なり目を、塞ぐか瞑れば同期できます」

「え? 本体はどうするのよ?」

「奥の部屋に居ますよ。基本同期しっぱなしなので、ここに居るのは殆ど本体ですけど」


 どうやら私が会ってたコスはずっと分裂体だったらしい。


「言いましたよ。チョコとマシュマロあげた時に。店先とここの二体同時だけって」


 いや、そんなのすぐ理解出来ないって。

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