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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第三章

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69 おにぎらず


「普通よりちょっと悪い位でしょう。まぁ、許容範囲内です。次も人間で問題ないでしょう。なにか異議や質問はありますか?」


 予想していた通りあっさりと告げられた裁判結果を、私が想像した通りの裁判長の恰好をした俳優さんが告げる。結構好きな俳優さんで、そういうドラマが放送されてたんだよね。

 だから判決中は噴き出しそうだった。だって中身は本人じゃないんでしょ、これ。


「これって、君、失礼だな。希望通りのはずなのに」


 いけないいけない、ちゃんとお返事しなくちゃ。


「失礼しました。判決に異議はありません。質問が一つ」


 宋帝王そうたいおうは鷹揚に頷いてくれた。

 すみません、裁判の内容とは少し違うのです。そう思いながら私は聞く。


「前世の罪を反省して、生まれ変わるための裁判が行われているわけですが、私は現在生まれ変わり条件を満たしておらず、目途もたっていません」

「そうだね」

「私に、生まれ変わり条件が達成出来ると思われますか?」

「思わない」


 普通に言われた。

 思わないんだ。


「では、私にとって、裁判の意味は?」


 生まれ変われないんじゃ、この裁判に意味なんてないじゃない。


「うーん、そうだなぁ、強いて言うなら経験、じゃないかな」

「経験? 裁判経験ということですか?」

「死んだ後の一連の流れとか? 君、変わってるよね」

「変わってますか?」

「大多数が生まれ変わり条件の方を気にすると思うのだけれど」

「出来ないと思ってらっしゃるんですよね? では出来ないのでは?」

「何故か? とは聞かないの?」

「私が気がつかないとならない事だと認識していましたし、出来ないとおっしゃるのでしたら出来ないのかと思いまして」

「今のままだと出来ないだろうな、と思ったから、思わない、と言っただけで出来ないとは言っていないでしょう」

「あ、個人的なご意見だったんですね」

「そう。ただの主観」

「では条件は達成可能であるという事ですか?」

「システム的には可能だけれど、意図的に達成しないようにする事も可能ではあるかな」

「やっぱり出来ないんじゃないですか」

「それは君次第。僕らも全てに気を配る程余裕があるわけではないのだけれど、それでも消滅して欲しいと思っているわけではないんだ。条件達成困難な個体というのは一定数いて、寿命もないし、ずっといても何にも成れないというのは、いつ消滅してもおかしくないとも言える。人間にとって希望は最後の砦だと思っているのだけれど」

「ええっと、消滅させない……生かすために、条件達成可能ですよ、と嘘をついて希望を持たせてくれている、という事ですか?」

「違う」

「どうすれば?」


 混乱して思わず大きな声を出してしまった。


「言葉通りだよ。いつか条件が達成出来るといいと希望を持ちながら、消滅せずにいてくれたら嬉しいな、と僕らは思っているという事。他に質問はある?」


 話を締められてしまったけれど、まだ話はしてくれるらしい。

 せっかくなのでちゃんと今回の裁判に関わる事も聞いておこうか。


「ではお言葉に甘えてもう一つ」

「うん」

「私はちゃんとお付き合いした方々を愛していたんでしょうか?」

「愛していたら普通の罪だったろうね」

「……ありがとうございました」


 お礼を言って、不貞の裁判は終わった。




***




 裁判の内容を反芻しながら、やっぱり自分の事のように考えられないな、と総合受付で茉里奈を待っていたら、アケル君が通りかかった。

 手に黒い箱を持っていると思ったら、置いてきたおにぎらずである。


「お疲れっす。これ、あざっす」


 軽く持ち上げてお礼を言ってくれるが、やっぱり大きかったな。


「お疲れ様。配達ありがとね。やりすぎた?」

「想定外のデカさで笑ったっす」


 楽しそうで良かった。


「裁判終わって茉里奈嬢待ちっすか?」

「そう」

「じゃあ、ちょっと空いてんすね。午後混むかなー」

「そうなの?」

「朝一で来たら終わんの昼時が平均的なんすよ。つか眠いっすか?」

「はい?」

「ボケっとしてる」

「悪かったな」

「悪かないっすけど、転ばないようにしてくださいよー。んじゃ!」


 眠そうで転びそうって事? どんだけ覚束ないんだよ、私の足取りは。

 ぷんすかとアケル君を見送ってから、よく考えたらアレは分裂か。

 配達しておにぎらずをピックアップしてくるだけなら本人が行く必要はないだろうし、その場で食べなかったんなら、本体に配達するのかな。可哀そうな分裂体。

 そうこうしている内に茉里奈もやってきた。


「和香さーん」

「お疲れ様」

「やっぱり神様仏様枠でした!」


 嬉しそうに報告してくれた。茉里奈は順調だな。

 それから教育部の建物に案内してくれた。

 古い木造建築の小学校のような建物で、入り口にはカラーボックスみたいに扉のない下駄箱もあったけれど、そのまま土足で入っていく。

 用務員風の人や、先生のような人、子供もいて、本当に、普通だった。

 茉里奈はこんにちは、とすれ違う人たちと挨拶を交わしながら、迷いなく進んでいく。

 まるで死んでないみたいだなと思いながら、ギシギシと音を立てる階段をのぼり、会議室棟と書かれた扉を開けると、今度は近代的な廊下に出る。

 ぐるりと扉が並び、それぞれの扉に番号が振られていて、茉里奈はその内の一つをノックして、返事は待たずに扉を開けると、中はモデルルームの居間のような部屋だった。

 目まぐるしい様式変更はまるで夢の中で夢だと実感できていな様な感覚にさせ、少し視界の端が歪んだような気もする。

 部屋に居たのは若く見える異様にしっかりしたおじいちゃん、という感じの人で、なにか作業中なのか、急須から急須にお湯を行ったり来たりさせていた。


「先生、同居している高坂和香さんです」


 んー? と急須から目を離し、秒でお湯をどぼどぼとこぼしながら先生はこっちをみて笑う。


「いらっしゃい。今日はよろしくね」

「先生、こぼれてます」


 茉里奈が慌てて先生の所に駆け寄って、急須を奪い取った。

 それで急須から興味がそれたのか、ニコニコとこちらを観察しているようなので、掃除をしている茉里奈を申し訳なく思いつつ、挨拶をする。


「初めまして、高坂和香です。こちらこそ今日はよろしくお願いします。失礼ですがなんとお呼びしたらいいでしょうか?」

「ああ、これは失礼。丹羽と申します。教鞭を執っていたからか、こちらに来てからも先生と呼んでくれる人は多いんですが、僕は人と楽しくお話をする事が好きなんでね、堅苦しくならず、呼びやすいように呼んでくれたらと、そう思いますよ」


 にこにこしているのに目が笑ってなくてちょっと怖い。


「先生、なにをするつもりだったんです?」

「ああ、お茶を入れるのにお湯の温度を下げるでしょう? 僕は水で調節すればいいと思ったのだけれど、普通は冷めるまで待つんだよねぇ? そういえば妻がお湯を行ったり来たりさせていたなぁと、あれは温度を下げていたのかもしれない、と思ってね。細かい道具が思い出せないんだけれど、湯呑に入れたら湯呑が熱くなって持てないし、急須同士なら持ち手があるから良いかと思ったんだけれど、何度も試していたら温度が下がりにくくなってきたから、空気に触れる時間を長くしてみようと……」


 多分茉里奈は急須とかお湯とかどうしたらいいか知りたかったんだろうけれど、丹羽先生はなにやら熱心に語り始めてしまっている。

 お湯、置いといたら水にしちゃうタイプなんだろうなぁ。


「あのー。おにぎらず持ってきたので、お昼にしましょう。取りあえず茉里奈も。お茶は私淹れるので」

「ああ、いやいや、お茶は良いよ。特に飲みたいわけでもないし。それよりおにぎらずって何だい?」


 飲みたくもない飲み物に何故にそんなに熱心だったのか知りたいよ。


「それなら私がお茶を入れるので、お二人とも座っていてください」


 結局、急須を持ったままだった茉里奈がそういうので、二人で椅子に座り、持参したおにぎらずを出しながら、おにぎらずの説明なんかをする。


「握らないからおにぎらずか。巻きずしも酢飯を使わなければ巻おにぎらずになるのかねぇ」

「ラップで棒状にしたスティックおにぎりだか棒にぎりだかにぎり棒だかは存在していましたよ」

「握ってしまっているじゃない」

「あ、そうですよね。わんぱくサンドの方が近い気がするんですけど」

「わんぱくサンド?」

「海苔の代わりにラップで、ご飯の代わりにパンで、物凄く具材を詰めるイメージでこう」

「圧着?」

「そう言われちゃうと美味しくなさそうですね」

「友人にあんパンとかクリームパンを限界まで押しつぶして折り畳んで食べるのがいましたねぇ」

「サンドイッチ用のパンを薄く伸ばしてカレーパンにする話なら聞いた事がありますけど」

「発酵させた小麦粉なんだからカレーうどんと同じ味でいいはずなんだよねぇ」

「食感が味覚に影響するとかなんですかね? 中力粉と強力粉って味に違いがあるのかな」

「粘度による味覚認識は差が出そうだけれどどうだろうね。いずれにしてもどちらも圧着しているね」

「おにぎらずはそうでも無いですよ。せいぜい海苔で押さえる位で」


 お茶を出してくれた茉里奈が、話を聞きながら苦笑いを浮かべていた。


「お話が弾みそうで嬉しいのですが、噛み合っているのかいないのか」


 何か噛み合っていなかっただろうか? 丹羽先生も同じことを思ったのか目が合ったので微笑みあっておく。


「ああ、これがおにぎらず。押し寿司……柿の葉寿司の方がイメージしやすいかな」

「酢飯じゃないんで、味はただのおかかおにぎりですよ。チーズとツナいれちゃいましたけど」

「マグロにカツオか」

「といってもツナはカジキで作った自家製なんですけど」

「メカジキ科? サバ科兄弟にぎりかと思ったのに」

「内緒にすればよかったですね。なんかすみません」

「いただきます」


 丹羽先生は、一口、二口と、未知との遭遇のような顔つきで少しずつ口にし、三口目からはバクバクとあっという間に食べきった。

 口に入れるだけ入れて咀嚼には時間をかけるのか、もぐもぐと噛み続けているが、ちょっとリスっぽい。


「あ! 懐かしい味がします」


 茉里奈の家ではおかか部分が鰹の佃煮っぽいものとチーズだったらしく、食感も近い為か、どうやら脳内で変換されて懐かしい味になった様だ。

 その件についてなにか話したそうに丹羽先生はもぐもぐの速度をあげている。

 失礼なのは重々承知なんだけれど、なにかしらこの可愛い生き物。

 やがてごくりと嚥下して、丹羽先生は言った。


「こちらに来てより極端になっているだけで、そもそも味覚というのは案外あやふやなんだよね。体調によって味の印象が変わる事もあるし、友人と楽しく会話しながら食事を楽しんだ場合、実は味わってはおらず、味をよく理解出来ていないけれど、美味しかった、という感想を持ったりする。懐かしい味というのは一度食べた事のある食材である、という意味ではなく、これまでの……」


 あまりにも一定のテンポで言葉が紡がれるので、これは眠くなりそうだな、と思いながら、適当に頷いておにぎらずを間食する。うん。普通に美味しかったですとも。

 茉里奈が入れてくれたお茶を飲み、一息ついたところで茉里奈は授業があるので、と退室した。

 改めてお茶を入れさせてもらってから本題に入る。

 とはいえ、私自身どこからどう聞くのが良いのかもわからないので、そのまま告げると、丹羽先生は笑いながら言った。


「この機会のきっかけになった記憶を消される話からですかねぇ。一番気になるのはやっぱり、」

「何故記憶を消されたのか、ですか?」

「そうだね。気になるよね。それにはまず神様って何だろうという話なんだけれど。

 神様から見たら人間は非常に弱い。目障りだと思えば容易に絶滅できるけれど、人間の記憶を食料としているから大切にされているんだよねぇ。

 人間の場合、植物には水や肥料、動物には餌や清潔な環境とか、なんとなくこんな事を望んでいるんじゃないかな? と思考して生きているけれど、神様の場合は正しくどうしたいと思っているかを読み取れるし、未来も分かるから、どうやら思考しているわけではないようなんだ。

 意思の疎通が出来ているわけではないし、理解とか、認識の共有をしているわけではないんだよね。

 僕たちがこうあって欲しい、と思っている姿で現れるし、そういう言葉を投げかけては来るけれど、彼らの思っている事を口に出しているわけではないんだ」

「……私が、私の記憶を消したかったという事ですか?」

「そういうパターンもあるんだろうけれど、それだけではないよね。

 覚えていると良くない未来が訪れるので消しておくだとか、別の誰かにとって記憶が無い方が都合が良く、尚且つそちらの人物を優先した方が流れが良いからだとか、このタイミングで君に記憶は消せるものだと認識させたかっただとか、いくらでも考えられるよね」

「きりがないですね」

「おや? 面倒かい? 僕はこういう事を考えたり、意見交換をするのが好きでね。僕と君を合わせるために記憶を消したんだとしたら神様に感謝しないといけないと思っていたんだけれど、そのパターンは無かったのかな」


 丹羽先生は朗らかに笑うけれど、そんな神様のお気に入りかもしれない佐藤さんという図式に、なんだか嫌な予感がした。

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