70 豚汁
「とは言え、あれこれと考えてみても所詮は神の掌ですよねぇ。生まれ変わる前に一度くらい、想定の範囲外と言わせては見たいけれど」
悩んであれこれ進路を変えてみても、運命は決まっていて、そうなるように神様が調整しているのだという。なんだか自我が揺らぎそうな話ではあるけれど、物語にあるような主人公の行動によって運命が変わる、なんてこともなく、完璧に未来を知っているのだから、むしろ人間だったら精神を病んで死んでしまうだろうし、もう生物として違うから理解も出来ないので、そういうものだ、という事象を組み上げて上手に付き合うしかないんだよ、と、丹羽先生は穏やかに笑う。
「翻弄されているようで嫌な気分になりますね」
「まぁそういう生物だと思うしかないんだよ。カメムシなんかだとわかりやすいと思うんだけど、家に居て欲しくないから出て言って貰おうとしたのに、匂いを出してくるでしょう? 僕はあの理不尽がとても許容できないのだけれど、止めてくれと思っても伝えても止めてくれない。神様は考慮してくれるだけまだいいのかも知れない」
さらっと神様とカメムシを一緒にしちゃったよ、丹羽先生。
怒られないのかな。怒られないんだろうな。
「記憶を消されると言うのは、観測可能な事象でもあるから、意味がある、という事で間違いはなさそうなんだけれど、第三者がそれを特定するのは難しい。高坂さんの中にヒントや答えがあるんじゃないかと思うよ。葛城さんは僕にそれを伝えさせるために記憶を消されたのかも知れないし、それ以前にここに通うようになっていたのかもしれない。ピタゴラスを感じるねぇ」
「ただのドミノ倒しのような」
「あれもピタゴラスを感じるよ。玄関扉を開けたり、朝食を作ったり、ユニークなピタゴラス装置と呼ばれるものがたくさんあるけれど、大抵使われているよね、ドミノ。倒して遊ぶものじゃなかったのだけれど」
「え? そうなんですか?」
「トランプみたいな遊び方をするんだよ。世界各国で色々な呼び方の似たものがあるのだけれど。ああ、将棋の駒も並べて倒す事があるでしょう? そういう事だよ。物には多様性があるよね。木製の物なら燃やせば燃料にもなるし、木製でもヒノキやなんかなら玄関にちょっと飾って消臭目的でも使えるし……」
こんな感じに脱線するので話が進まなかったうえに、とにかく来客が多かった。
丹羽先生が神様からみた人間はボールペンだと言い出して、インクが終わった時に死ぬし、どんな事を書くのかはすべて知っている、そして記憶というのは書いた事ではなく、ボールペン本体の傷や、無くしたキャップの事なんではないか、と説明してからは、来た人来た人に人間を何かに例えるならなんだと思う? と聞くので、脱線は更に加速。
勿論私も聞かれたので、SIMの件も聞きたかったし、私は人間てパソコンかなと思ったのですが、と言えば、その考え方も良いね、と、あらぬ方向に話は進んでいく。
ちなみにやってきた人たちの、人間はウイルスで勝手に増殖して勝手に死滅する、という話には、神様基準だと恐竜が絶滅した感じだからそうかも、と思ったし、人間は車で、食事がガソリン、故障が病気、車検は健康診断、記憶は走行距離、というのには、旨い事を言うものだと感心した。
この話が終わるきっかけになったのは小学生くらいの男の子が来た時で、人間? 猿! と言い切って、走って出て行ったんだけれど、君、なにか用事があったんじゃないの? と思う私の横で丹羽先生は、猿は人間、人間が猿、とブツブツ言い、暫くしてからはっとして、話を戻さないとね、と眉を八の字にして笑った顔がなんとも人が良さそうで、一度知り合ったらたいして用事がなくても訪ねてしまうんだろうな、と来客の多さの方が腑に落ちた。
そこじゃないところが腑に落ちたかったけど。
「丹羽先生、大分お時間も取らせてしまいましたし、質疑応答形式でも良いですか?」
程々に丹羽先生を開放しないとなんだか支障がありそうだったのでそう切り出すと、寂しそうな顔をする。
「つまらなかったかい? 僕はつい話が長くなってしまうからねぇ」
「コンコン」
「ああ、失礼。どうぞー」
「失礼します。丹羽先せ……失礼来客中でしたか。後程また伺います」
これである。
「ごめんねぇ」
「いえいえ。来客の方も多そうですしあまり独占してもと思いまして」
「そうだよねぇ。来客多いよねぇ。分裂でも出来たら良かったんだけれど、僕には才能がなくてねぇ」
「才能の問題なんですか?」
「それこそ割り振られているだけだと思うのだけれど、僕は出来ない方に分類されているみたいでね。羨ましい能力だよ」
「練習したら出来るようになるのかと思ってました」
「その場合は練習することに意味があるのだと思うんだ。教えてくれる人との縁だとかね。聞いて回る事は出来たけれど、練習までは行かなかったなぁ」
「使い道がピンと来ないですが、楽しそうではあるんですよね。練習してみようかな」
「使い道がないならお手伝いに来てよ。歓迎するよ」
「成功したら、考えてみます」
「それは楽しみだねぇ」
「考えてみるだけですよ?」
「おや、急に慎重だね?」
「そうですか?」
「ああ、そうか、確定や決定の言葉がダメなんだっけ?」
「そんな話しましたっけ?」
「二度目の記録、フランス料理の時にそんな話をしていたでしょう? 話だけでも美味しそうだったから、機会があれば招待して欲しいと思ったものだよ」
そういえばそうだった。結構な大人数であの時の話は聞かれているはずだ。今更ではあるが恥ずかしい。
「機会があればご招待します」
「楽しみが一つ増えたねぇ。また楽しく過ごせるよ」
「……楽しくない……ですか?」
「時折ね。高坂さんは苦しくならないのかい? 君の生い立ちはまるでアンドロイドが人間になるような話だろう? 進化なのか変異なのか、物質に魂は宿るのか、ファンタジーでもオカルトでも、どちらでも構わないけれど、少なくとも僕は君と話をしていて、普通に人と話をしている様に思う。
僕にも君にも、自分で出し入れできる個人識別用のSIMは入っているし、僕がアンドロイドで人間を学んでいる途中という考え方も出来るし、ああ、興味は尽きないけれど、知らなければ良かったという事はやっぱり存在するよね」
体が冷えたような気がした。
「魂は本当に生前と死後の世界を行ったり来たりしているのか、これは君を見送ったという話もあったようだし、他にもいくつかそう言った記録が残っているから間違いではないのだろう。と考えてみてもね、そう記憶や記録を改ざんされていたらと考え出すと、なにも信じられなくなるでしょう? 自分ですらも信じられないなら、沢山の人を巻き込んで平均を取って行くしかない。考え方というのは育った環境でも違うからばらつきもある。このばらつきを面白いと思うか、不安に思うか、これもまた人それぞれだけれど、さて、こういったことに平均を出して解決していいのか、という話にもなる。神様から見ればさぞかし滑稽な事だろうとも思ったけれど、そういう思考のおかげで、ひょっとして記憶の味も変わるのかな? と思うと、それもまた面白いと思ってしまったりする。まったく終わる気配がない。何もかも自分で終わらせなければ終わらないところなんだろうな、と思うと、楽しくないなぁ、と思ってしまう事もやっぱりあるよねぇ。
高坂さん。君が本当に知りたくて、聞きたくて、決めたい事はなんだろうね? 神様が君に何かをさせようとしているのは確かだとは思う。大多数の死者にとって、ここは生まれ変わる前の一時滞在所でしかない。神様の存在を意識する事も無ければ、神様はいなかったけど十王は居た、という感想だけ持つものもいるし、君が少数派である事はもう少し自覚した方が良いかもしれないよ。
と、少数派で集まっている僕がいうのもどうかと思うけれどね」
「コンコン」
「失礼、はーい、どうぞー」
また来客か。
入ってくる気配がないので、丹羽先生は、ごめんね、と言って立ち上がる。
うーん。何もかも自分で終わらせなければ終わらない事がどうして楽しくないのかな。
一人暮らしが退屈みたいな感じかな。何もかも、自分の為だけにしなくちゃならないんだよね。掃除も、洗濯も、食事も、自分が問題ないならしなくてもよくて、気が付いたら余った時間を潰してて、全然楽しく過ごしてないんだよね。フローリングの床の、板と板の間を、爪楊枝で線を引くようにほじりながら、背中を丸めてテレビを見ているのかいないのか、あの感じ。急に何もかもが嫌になってコンビニに行って全然好きじゃない食べ物を買って帰って来たり、したなぁ。
なんてことを考えていたら衝撃が来た。
「え?」
大型犬に飛びかかられた様な衝撃で、よろめいて来客の対応をしていた丹羽先生の方を振り返れば想定した位置に姿がない。
血を噴いて床に倒れているからすぐに分からなかったんだ。
血?
頭を掴まれて、恐らくぶつかって来たであろう人物が私の顔を覗き込む。
「お前、誰?」
答えようとして、ごぼごぼと口から詰まった排水管の様な音がして、私の視界は暗転した。
***
目が覚めたら自室の布団の上だった。
すのこベッドなので高さが全然ないのだけれど、傍らに座布団をスロープみたいに配置して寄りかかったアケル君が携帯端末をいじっている。
「お、生き返った。やー、茉里奈嬢が大パニックで。死体置き場じゃなくて持って帰って来たんすけど、刺殺されてたっすよ」
えええええええ。
「お、丹羽センセも復活だ。電話したいって」
なにが何やらと思っていたら携帯端末を渡される。
「……高坂です」
『ああ、どうも、丹羽です。すみません、巻き込んでしまったみたいで。また日を改めてお話をしましょう』
「はぁ」
『びっくりしましたね! それではまた』
えええええええ。
「なんか茉里奈嬢が帰り際に和香嬢のお礼がてら会議室行ったら二人とも死んでたって、泣きまくって」
そらそうでしょうね。
「え? なんなの?」
「ストレスがたまるから定期的に発散するのに殺しに来るんだって。自分もよくわかんねぇんすけど、教育部的には有りっつー話で、たまたま居て運がなかった位の感じだったんすけど」
運とかの問題か?
「というか、茉里奈は大丈夫なの?」
「もう落ち着いて、今日は教育部に居るっつってたっす。明日の朝飯には戻るって。あ、そだ、今日の配達分のごぼうとにんじんと小松菜、あと茉里奈嬢からロマネスコだったんだけど」
「ロマネスコ?」
「ブロッコリーとカリフラワーの中間位の味がするらしい尖った仏像の頭みたいな野菜」
「ああ、うん」
「それ茹でたやつと、食べたかったんじゃなかろうかって、豚汁作ってった。食う?」
「食う。なんで豚汁?」
「たこ焼きの時ごぼうが入ってなかったしにんじんがミックスベジタブルのだったからリベンジに違いないって」
「小松菜は?」
「入ってたけど」
豚汁に小松菜って入れたっけ?
もう、全然、頭も回らないし、意味も分からない、と思いながら一階に降りると、アケル君が全部の準備をしてくれた。
ホカホカの豚汁に、少な目に盛ったご飯、茹でたロマネスコにはマヨネーズ。
豚汁はどこか男気を感じる具材ゴロゴロ仕様。
「いただきます」
手を合わせて口にすると、ほわりと気持ちが温かくなるような味がした。
「刺殺体みて豚汁作るとか、茉里奈も根性あるね」
「やー、気ぃ紛らわしたかったんじゃねーの? 手ぇ震えてたから具がでけぇんだよ」
「なるほど。だがそこが良い!」
「そっちこそ死んでた割に普通に食うよな」
「痛くもなかったし、むしろ起きてからの方がびっくりしてる感じ」
「残念なお知らせが一つ」
「なに?」
「日付変更しちゃったから明日の配達物は無し」
「えええええええ!!!」
今日一の不幸だ。
あ、日付変わったところだった。
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死亡 二十日目(七日目)
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入手品:ごぼう/にんじん/小松菜/ロマネスコ
朝食:コーンフレークス
昼食:おにぎらず(のり弁)
夕食:豚汁




