68 コーンフレークス
「そんじゃ、明日は荷物置いてけばいいんすね?」
コーンをブレンダーで粉砕しながら頷いて返事をする。
「うん。朝一で裁判行って、その後は教育部の先生とデートだからね」
「堂々とした浮気っすね」
「私はご紹介だけしたら退席しますから、二人っきりですね」
茉里奈がニコニコとアケル君の冗談に乗っかった。珍しい。
私が教育部の人と会うのが嬉しいのかな。
ちょっと保護者面談感あったんだけど、そんなこともなさそうだ。
「置きっぱなしで問題ない物を頼むようにしないとね」
「片付けとかなきゃヤバ気なら片付けるっすよ、アイスとかなんかそういうのなら。あ、嫌じゃなきゃっすけど」
「全然嫌ではないけど、なに急に」
「流石に無人の人んちの冷蔵庫開けるの背徳感すげーっすけど」
「ははは、今更。ついでになにか食べるものをカウンターに置いて行ってあげましょう」
「無人の人んちで一人で食うんすか? ハードル高っけ」
「じゃあお弁当にする? のり弁とか? 海苔と鰹節と醤油だけ。おかずなし。あ、弁当箱がないや。ラップでくるんだ馬鹿みたいにでかいやつとか楽しそう」
「それはテンション上がるっすよ。二段、二段にして欲しい」
恋する乙女みたいな顔をしている。
いっその事、天板サイズで作ってやろうか。持てないか。
「まぁ気が向いたらでいいっすよ。全然朝食と関係なさそうだし。コーンスープっすか?」
「これはコーンフレークス」
「自作するもんなんすか?」
「しないんじゃない?」
「てゆか作れるんすね」
「まぁ、ただの潰して乾燥したトウモロコシだしねぇ」
「煎餅みたいなもんすかね」
「考え方としてはそうじゃない? 玄米フレークとかもそんな感じでしょう? なんか祖母が米ぬかで作っていた気がする」
「ハイカラばあさんすね」
「ハイカラかなぁ?」
そもそも米ぬかで作るあたりハイカラからは遠いような気がする。
「ハイカラってどういう……あ、ハイカラーのシャツの事なんですね」
茉里奈が聞きながら調べて納得した。
「そうそう。出まわりはじめにハイカラーだ、が転じて西洋風とか流行に敏感とかって意味で使われてるのよね」
「明治……ワイシャツもその頃じゃなかったでしたっけ?」
「ああ、ホワイトシャツがワイシャツって聞こえた話? 時代背景同じだと混乱するなぁ。もっと前じゃなくて?」
「うーん、そもそも諸説ある案件みたいですけれど……」
そんな、割とどうでもいい豆知識みたいな話をしながら、天板にクッキングシートを引いて、滑らかになるまで粉砕したコーンを薄ーく塗り広げて、乾燥目的だから高温で短めに焼いてから、温度を下げてちょっと長めに時間をとればいいかな。
「そんじゃ、ぼちぼち。また明日の夜に顔出すっすね」
「はーい。お疲れさまー」
なにか自分の中で落ち着いたのか、周りがいいのか、穏やかでいい時間が流れているような気がした。
***
また夜にでも、と言っていたので、自室に戻ってから佐藤さんに電話をかけた。
今日は一日現世の情報収集をしようと、テレビやネットで動画を見ていたらしい。
自宅警備員みたいな一日だ。
こちらも大先輩と散歩をした話などをして、友達と言うか、なんか付き合い始めの遠距離恋愛中の人達みたいだなぁ、などど思う。
言わないけど。
『結局お寺は屋根しか見なかったんですかー?』
くすくすと笑う佐藤さんの声を聴きながら、ごろりと布団に転がって、私も笑う。
「そうなの。観光気分に浸れると思ったのに、体力作り気分だったよ」
『気分転換には良さそうですねー。私も戻ったら行きたいですー』
戻ったら行きたい、か。
記憶は消さずに戻ります、と言われたような気がして、少しだけ安堵する。
『そういえばー、今朝はイヤーな気分だったんでしたっけー。持ち直しましたー?』
「佐藤さんがあまりにもあっさり行くからねー」
『あっさり行かないとー、間に合わなかったらどうするんですかー』
「それはそうなんだけど」
『執着がないーなんて言ってましたけどー、ありましたねー、執着』
「……そうだね。むしろ佐藤さんに無かったね」
『あるからこそなんですがー』
なるほど、そういうものなのか。
「まぁでも、私の場合は何考えてたか忘れる傾向にあるから、やっぱり継続はしないんだよ、きっと」
『忘れないから消すんですかねー』
「そうなの?」
『わかりませんけどー、まぁー、忘れないですかねぇー』
「しんどい?」
『気になる事が重なる時はー』
「解決するまで考えちゃうって事?」
『ですかねー。関わる人数が多いのでー、気にしない様にはしているんですがー』
「目の前にある物だけじゃ駄目かねぇ」
『トロッコ問題ですかー?』
トロッコ問題、トロリー問題とも言ったっけ。
Aを助けるためにBを犠牲にしてもいいのか悪いのか、という話、というか、倫理上の課題と言われいてる話だったはず。
目の前にある物だけじゃ駄目って事だろうか。
「悩むくらいなら目の前にあるものから手を付けるかなって思うけど」
『そうですねー。殺人犯に追いかけられた被害者がいたとしてー』
「うん」
『双方ともに崖に落ちたとしてー』
「うわぁ」
『通りかかった高坂さんはー、近くにいた殺人犯を先に助けてー、殺されてしまいましたとさ、という場合もありますよー』
うん。途中からそんな気がしてた。
「何度遭遇しても手前から助けちゃうと思うけどね」
『そういうところー、凄いと思いますよー』
「お迎えのお仕事って大変なんだねぇ」
『それなりなんですよー。死んで最初に目の前に現れる藁ですからねー』
すがられても、と思ってしまってから、私も佐藤さんに頼ったし、今もこうして電話をしている事に気が付いて、他に何人、そんな人が居るのだろうと思う。
関係性的に私が特別ではあるのだろうけど、それは佐藤さん側からだけの話で。
それだけの事かも知れないけれど、佐藤さんにとって、なにかのきっかけになればいい。
「仕事の愚痴言わないねよね」
『説明も難しいですからねー。行きは特に何もありませんしー、あるとしても到着してからですよー』
戻ってきたら記憶を消していたみたいだし、短いスパンで忘れる事になるから、人に話さずに済むのかな。
この人本当に生きているのかな、とも思うし、もう死んでるからこうなんだって、同時に突っ込みを入れる自分もいて、混乱までは行かないけれど、腑に落ちないままのふわふわした感情を、こうだと、特定もできない。
特定する様な事でもないのだけれど、スッキリもしないのに、明日には、昨日なんかもやっとしたなー、位しか覚えていないのだ。
『明日は裁判ですよねー。お気をつけてお出かけくださいー』
「ありがとう。おやすみなさい」
普通に話して、普通に電話を切って、良く分からないなぁ、と思いながらも、穏やかに一日を終える。
明日は裁判か。
少し、神様ともお話してみたいな。
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死亡 十九日目(六日目)
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入手品:懐石弁当/餅/蕎麦/F10スケッチブック
朝食:なったま素麺
昼食:懐石弁当
夕食:かき揚げ天そば
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翌朝はいつもより早めに厨房に立った。
昨日焼き上げて乾かしておいたコーンシートは、茉里奈がパキパキと細かく折ってくれている。
こちらはアケル君の朝ごはん兼我々のお昼ご飯だ。
宣言通りのり弁のご飯だけは決定しているけれど、インパクトが欲しい。
テリーヌ型にラップを敷き、海苔を敷いてご飯を入れ、鰹節に醤油をかけたものを満遍なく並べて、ちぎって細かくした海苔を並べて、ご飯に戻る。
そこそこデカいので、崩れないようにとギュウギュウ押し込んだらなんと四段になってしまった。
重い。
ま、いっか。
海苔で包みきったらラップでも包んで、型から外せば完成だ。
袋にでも入れてあげようかと思ったが、佇まいが只者ではないので、そのまま置いておこう。
茉里奈も二度見した素晴らしい出来である。
「和香さん、シリアルどうやって食べます?」
「ドライベリー大匙一、グレープフルーツ二房、豆乳とヨーグルト半々で」
「はーい」
さて、ついでに普通サイズのバージョンも作るか。
ラップをの上に海苔を置き、海苔の真ん中にご飯を乗せて、鰹節に醤油をかけたものを満遍なく並べたら、ただのおかかおにぎりか。チーズとツナでも追加しよう。上からご飯をかぶせて、海苔を畳めば完成っと。
二つ作ってラップごと十字に切って、再度ラップに包んで二個づつ袋に入れて、一つは茉里奈に、とそこで思い出した。
「そういやコスのトコってもう顔出しても平気?」
「一応、害はないんじゃないかという話にはなったんですけれど、今日、先生と会ってからがいいかと思います。その話もするっておっしゃっていたので」
「そう。いや、茉里奈の靴見たのと、おにぎりが一袋迷子だから」
裁判の為今日の茉里奈は新入社員みたいな格好なのだ。靴はコスの所で貰って来たものだし、急に思い出したんだけど、そういえば微妙な状態だったな。
綺麗さっぱり忘れていた。
「渡すだけなら問題も無いでしょう。行きに中継しましょうか」
「そうだね」
「ちょうど出来ました」
流石女の子というべきか、コーンフレークスはパフェみたいに可愛く盛り付けられていた。
ごめんね、全部ぐちゃーって混ぜちゃうんだよ。
茉里奈の分はヨーグルトにハチミツとドライベリーがたっぷりと乗っている。これこそ食感もパフェっぽそうだな。
***
「コスー、おはよー。おにぎらずあげるー。じゃ、またー」
コスの所は、店先でそう声をかけて、店の奥でドタバタしているのを聞きながら、袋を置いてきたので、本当に近い内にまた顔を出さねばならない。
裁判の為に総合受付に行けば、今日は池橋さんが受付にいた。
「おはようございます。池橋さん、先日はどうも。どうして受付に?」
「ああ、高坂さん、おはようございます。あれから記憶は大切にしているようで何よりです。ちょっと所用がありまして」
とか言いながらポージングをするのは止めて欲しい。癖なのかな。癖なんだろうな。
「今日は裁判でしたね。どうですか、考えはまとまりましたか?」
「あー、忘れてましたねぇ」
「え?」
「考えても仕方がなさそうだったので」
隣で茉里奈が同居人が済みませんというように首をすくめている。
池橋さんは一瞬驚いた顔をしたけれど、笑いながら言った。
「考えても仕方がないなら、そういう事だったんでしょう。裁判で揉めなければそれで構いません」
「池橋さんも大概ですね」
「ははは! そうですね!」
肯定しやがった。
「裁判の時って、裁判以外のお話、出来たりしますかね?」
「宋帝王とですか?」
「他に誰かいましたっけ?」
「一応、同室にもう一人くらいは配置していますよ」
「へぇ」
「なにか聞きたい事があるんですか?」
「一つだけ、聞きたい事が出来たので」
「一つなら問題ないでしょう。答えが聞けるといいですね」
「どうも」
聞けるのか。
それから例の卵みたいな乗り物の前で、案内をしてくれている人に、この後二人で用事があるから、近い時間で終わるようにしたい、と告げて二人で卵を待った。
認識ができないだけで大量の卵と同じ数の死者が、ここで順番を待っているのだろう。
第一回裁判の時は佐藤さんが卵に乗せてくれて、案内の人なんか見えなかったし、だんだんとこちらに馴染んでいるのかな。
茉里奈に聞いてみたら、やっぱり同じような視覚情報らしい。
佐藤さんが全力で別の死者を避けているからかと思ったけど、裁判待ちの部屋は少し特殊なのかもしれない。
茉里奈の裁判の方が明らかに早く終わりそうだからと、お先にどうぞ、とすすめてくれたので、お礼を言って卵に乗り込む。
さて、丁度真ん中の裁判だ。どうせあっさり終わるのだろうけれど、意味のあるものにしたい。




