67 かき揚げ天そば
『やる気もないのにやる気なんて出すからですよー』
と佐藤さんは笑いながら言って、また夜にでもー、と電話を切った。
うん、この程度でいいのか。なんだか腑に落ちたような気がしないでもない。
「んじゃ、自分もそろそろ」
ぼんやりしていたらアケル君がそう言って出かけていった。
六時間もすれば夕食だと戻って来るのだし、出かけたって感じだよな。こういうのも同棲って言うのかな。泊まらないけど。
この後は大先輩と約束をしている。
さっきのアケル君の話ではないけれど、知らない土地を散歩するのも楽しそうだと、やって来た大先輩にお願いして、大先輩が育ったというお寺に連れて行って貰った。
音もなく開けられた戸の先は、何と言うか、山?
出てきた戸を見れば、手作りっぽい小さな建物だった。
山の中に寺があるので、こういった庵がいくつかあるのだという。
寺は?
「参拝目的ではないであろう?」
大先輩は笑って、ゆっくりと歩きだした。
「もっと時代を感じるかと思ったのに、山だとただの山ですねぇ」
流石死んでいると言うかなんというか、別に木々の匂いもしないし、空気が美味しいとか、気温が低いとかもなし、なにが凄いってこんな山中に虫も鳥も一匹もいない。
VRゴーグルでもつけているみたいだ。
なんなら音とか湿度、温度にもこだわる分、あっちの方がリアルかもしれない。
「それで、話とは?」
歩きながら、あちこち見ながら、そんな風に普通に話を始める。
「佐藤さんの件ですね」
「で、あろうな」
「私がわがままを言って、受け入れてくれたので、もういいかな、とも思ったんですけど」
枯れ枝を踏めばパキリと音を立て、生い茂る葉に肩が触れればカサカサと音がする。
静かだなぁ。
「せっかくだし、世間話でいいので、佐藤さんの話が聞ければ嬉しいかな」
「ふむ」
「大先輩はいつ知り合ったんですか?」
「あれが他界してから二十年後くらいだったか、奪衣婆の元に来てからの縁だな」
「ああ、お子さんの件とか色々あったって言ってましたもんね。二十年もかかったんだ」
「長いと見るか短いと見るかはそれぞれだが、もうあの調子であったよ」
くくっと、大先輩は声に出して笑う。
「こちらで死ぬと消滅する、というのは理解しているのだったか?」
「はい。本当に全部終わりって事なんですよね?」
「一応、貴女のように生まれる存在もいるにはいるが、人間界で考えれば圧倒的に少なく、意図して生まれるものでもないのでな。あまり消滅されると衰退するしかない」
「……絶滅危惧種みたいな話ですか?」
「まさしく。神様は六道の記録や記憶を食べて六道全てを維持し、それぞれの世界の生き物はそれぞれの世界を維持するために生死を繰り返す。人間界と同じことだな」
「同じ?」
「植物は植物の、動物は動物の、人間は人間の理で生きる。植物が急速に絶滅した場合、人間は栄養不足で病気になるだろう? 必要分は栽培して確保して行くしかない。神様が記録や記憶を食べて生きている以上、確保は必要だ、ということだな」
「なんでも生きてるとぐるぐる回るんですね。神様って不老不死なのかと思ってた」
「神様が死ぬには、人間の感覚では不老不死と言っても問題ないと言える年月が必要ということだ。この世界も壮大な暇つぶしと言えなくもないが、」
大きめの段差があったので、大先輩は振り返って手を差し出してくれる。紳士。
だが壁を走れるようになった私にはこの程度の段差、なんてことはないのだ。
一応手は借りるけれども。
「こういう仕組みで動く世界を大切にはしている。我々も出来る限り生まれ変わりを勧めて欲しいと言われているのでな、佐藤は最初から職務に忠実だった」
さっと少し視界が開けて、遠くに屋根らしきものがいくつか見えた。
「職務に忠実って言うと、生まれ変わり条件の達成と、生まれ変わり率の高さ、とかですか?」
「ああ。裁判を通じて人生を振り返れば条件達成はそれ程難しい事はないが、こちらの生活が楽だと生まれ変わりを望まぬものも増える。その頃の死者はまだ女というだけで侮るものも多かった。時に苛烈に鬼を演じ、早く生まれ変わらせてくれと言わせるのは上手かったな」
「容赦がなさそう」
「無かったな。故に記憶を消し始めた時もたんたんとしていた」
「なんとなく想像はつきますけど。大先輩は消していないんですよね?」
「記憶を邪魔なものと認識したことがないのでな。それ程思い出すこともないであろう? よほど印象深い事柄であれば楽しみとも言える。経験に基づいた判断が必要な時は大切だとも思う」
「良い思い出ばかりという訳でもないでしょう?」
「初めての嫌な経験というのは人生が終わるような気持ちにはなるが、それが二度目三度目となれば、そんなこともある、と思える。なに、歳をとって思い出してみれば造作もない」
そんなもんなのかな。
「下手に同情してしまうのも嫌だったんであろう。経験則としての考え方は消さなかったが、感情や対面時の会話はすぐに消していたな。例えば、」
ぴっとその辺の木から葉を取りくるくると回して見せる。
「タブノキは知っていても、どうしてそれを知ったのかは分からない。が、別に困らないと思ったんであろうな。実際に困る事も少ない。そう思うは本人ばかりだが」
「というと?」
「本当にどうしたかったのかは思い出せないという事だな。どうして生まれ変わらなかったのか、なにか目的があったのか、考えたことがあったのか。思い出す事は永遠に叶わないが、新たに目標を持つにも記憶を消しすぎている。
長い事同じ顔が見られるのは嬉しくもあるが、時折話が通じない事もあるからな。少しは覚えていて欲しいものだ」
「大先輩はなにか決めているんですか? 生まれ変わる時とか、辞める時とか」
「条件は未だ未達成という事もあるが、なに、そう悪い世界でもない。飽きるまで付き合おう」
「懸衣翁に?」
「ああ」
「仲が良いんですね」
神様って裁判以外で仲良く出来るのかな? コスは仲良くしてるみたいだけど。
「いや、奪衣婆と懸衣翁は神様ではない。指名制で責任者が変わるが、少なくとも二百年は今と同じ人物でな。裁判が終わってどうしたらいいか分からずに居たところに声をかけてくださったんだ」
捨て子でお寺に拾われ、当時は少なかったクォーターで、あまり人前に出ることも無く、修行だけの日々だった大先輩には普通の事が全く分からなかった。
熱心に教えてくれ、その度に、どうだ、もう一度人生を迎えたくなったんじゃないか? と聞き続けてくれて、本当に心から人生を迎えたいと思う事が条件達成なのかもしれないと、自分でもそれなりに努力をしてみたが駄目だった。
それならばこっちで仕事を手伝ってくれ、と、本当に色々教えてくれて、今に至る。と。
お父さんみたいな感じなのかな。
「そうかも知れぬな。それで、貴女はどうするのだ?」
「どうもしませんよ。飽きてから考えます。私が佐藤さんの子供の場合ならまた違ったんでしょうけど、分裂体確定みたいなんで」
「依存でないなら構わぬが」
「友人としては、条件も達成しているし、生まれ変わらせたいとは思いますけどね、佐藤さん。今の状態って何となく不健全な感じがするし」
「そう思ってくれているなら喜ばしいが、その後が辛かろう」
「どうでしょうね。まぁ、先も長そうだし、記憶消しとは違った話ですけど、忘れっぽいので、大丈夫だと思いますよ」
だらだらと山を歩いて、世間話の様に穏やかに、そんな話をして別れた。
結局、佐藤さんの話というよりは大先輩の話になっちゃったし、寺も見なかったけど。
寺の敷地内の山らしいけど、寺、広すぎ。
***
「さてと」
今夜は茉里奈から貰ったフライヤーを活用したいし、かき揚げ天そばにしよう。
蕎麦は茹でるだけ、そばつゆと、薬味でネギと、大根おろしもちょっと欲しいかな。あとはおしんこ、サラダっぽく食べられる感じが良いかな。
食材を眺めながら献立を決め、お湯を沸かす。
白菜とセロリをなんかおしんこで見た事のあるサイズより一回り大きめに切って、保存袋に入れて、塩昆布に塩をもうちょいと輪切り唐辛子を入れてひと揉みしたら冷蔵庫でほったらかし。
かき揚げ天の具はシーフードミックスと玉ねぎ、と、緑の物を入れたいけど、大葉だと香りが立ちすぎるし、豆苗はどうかな? あ、アスパラ入れてみようかな。
アスパラは縦に半分で横は四分割でどうだ。玉ねぎは繊維に沿って薄切り、シーフドミックスはたっぷり贅沢に。
包丁ついでに薬用のネギを刻んで、大根は皮を剥いてハンドブレンダー様お願いしますっと。
そばつゆ用に沸かしたお湯に鰹節粉をいれて、みりんと酒と醤油でシンプルにいこう。後で味見して最終調整すればOK。
卵、薄力粉、片栗粉、水を、ざっくり混ぜて、天ぷら液も完成。
フライヤーで油を温めている間に、お椀に一つ分の具材と天ぷら液を入れて混ぜて、と。
木べらに天ぷら種を取り上げてからゆっくり油にいれる。
いっぺんに二個位揚げられるかな?
形が定まってきたらひっくり返して、揚げている間に蕎麦も茹で始めないと。
そういえば未だ網がないんだよね。ステンレスバットの上にザルを置いてかき揚げを引き上げる。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
二回目のかき揚げを油に落として、おかわり用も含めて蕎麦の準備をしていると、茉里奈が帰って来た。
お湯は既に沸いているので、蕎麦を入れる。
おっと、そろそろかき揚げをひっくり返さなくちゃ。
忙しいな。
「お疲れーっす。すっげいい匂い」
「今日はかき揚げ天そば」
「えー、無限に食える」
アケル君もやってきた。
発言が本気で怖い。
足りなくても我慢して貰わなくちゃ。
おしんこは保存袋の中で丁度良く出来上がっている。
皿に移して、薬味も準備して、おっと、かき揚げ焦げちゃう。
「お蕎麦やりますねー」
茉里奈が手伝ってくれた。
お蕎麦は茉里奈が湯から上げて水で締めてくれていた。
おつゆの味見と調整も頼むと、分かりましたと、請け負ってくれたけど、足す様子はなかったので丁度良かったのかな。
丼に麺を入れて、あつあつの汁を注ぎ、かき揚げ天は別皿に盛って、完成。
「「「いただきまーす」」」
揚げたてのザクザクっとした歯触りを楽しんでから、そばつゆにダイブ。
私は崩して麺と絡めて食べる派だ。
アケル君は、かき揚げで蕎麦をくるんで食べている。口がデカいからか。
茉里奈はなるべく崩さずに食べる方法の様だ。
相変わらず気が合うのか合わないのか分からないが、今、三人で、わいわいご飯を食べられている事を、いつか楽しかったなと思い出すのか、もう二度と誰にも思い出されないのか、そんな風に考えると不思議な気分になる。
それぞれが決めて、どこかで分岐するんだろうな。
「かき揚げのアスパラもいいですね。初めて食べました」
「え? アスパラ入ってたっすか?」
「入ってるよ」
人間界で誰からも思い出されなくなった時が二度目に死ぬ時、と聞いた事がある。
それは百年もしない内に起こる事だ。
親族で名前だけ知っているというのはあるかも知れないけれど、思い出は無いだろう。
「和香嬢、七味」
「へーほーこのはか」
「取ってきますよ」
七味入れるならもう少し甘めのおつゆでも良かったかな。
まぁ、美味しく食べれているなら些細なことか。




