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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第三章

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65 自宅フレンチ その2


「ダメですよ、そういうの」


 大きな声という訳でもないけれど、怒っている事だけは良く分かった。

 茉里奈はまっすぐに佐藤さんを見て言葉を続ける。


「余命一日なので余命十年の人と仲良くしてくださいって言われて優先順位変えられますか?」


 どこから見るかでやっぱり全然景色が違うんなぁ、と思う。

 でもまあ、当たらずとも遠からずっぽいんだけど。

 佐藤さんは普通に答えた。


「変えられますよ?」


 ですよね。佐藤さんはそうでしょうね。

 茉里奈は、え? と固まってしまっている。可哀そうに。


「余命一日なら尚更。最後のお願いは聞いて欲しいのではー? 良かったなーって死にたいじゃないですかー」

「……寂しいと思いませんか?」

「寂しくて最後の一日を一緒に過ごして欲しいならそう言えばいいんですよー」

「言えない人だっていますよね?」

「言えないのなら言えない程度なんですよー。私は言いますねー」

「相手の気持ち考えないんですか?」


 ちらりと茉里奈がこちらを見ている。居たたまれないのでこっちを見ないで欲しいなぁ。

 アケル君のグラスが空だったので白ワインを追加しながら視線を逸らす。

 佐藤さんに任せよう。いや、ダメか。


「どちらにしても自己満足ですよー?」


 くるりと佐藤さんはグラスの中のワインを回したので、ワインボトルを持ち上げて、グラスを空けろと仕草で伝えると、大人しく飲み干してグラスを傾けてくれた。


「ワインなんだから置いてよ」

「そういうものですかー?」

「多分ね。あと、あんまりウチの娘に圧をかけないで欲しいかも」

「私と言う女が居ながら浮気ですかー?」

「既に恋人がいるので佐藤さんが浮気だと思うんだけど」

「ええー! プロポーズまでされてるのにー! 慰謝料下さいー」


 ワインを注ぎ終え、カウンターに瓶を置いてから、私は全力で佐藤さんにデコピンをする。ちなみに私の全力デコピンは中指だ。

 ゴッと結構いい音がして、佐藤さんはちょっとだけ揺れて驚いた顔をする。

 やっぱり痛くはなさそうなのでほっとして息をついた。

 茉里奈は茉里奈で、何か喋ろうとして口をつぐみ、ちょっと目に涙を浮かべたと思ったら、真っ赤になって、それからデコピンの音に顔を白くして目をそらし、最終的にアケル君にご飯がいるか聞いている。

 すかさず佐藤さんもご飯を要求した。

 いや、フレンチ要求したの佐藤さんなのになんで。


「佐藤さんはなんて言うか色々反省した方がいいよ」

「高坂さんこそ暴力を反省してくださいよー」

「自分の中で反省する要素がないから無理」

「酷いお話ですよ。やっぱりお魚にはご飯がホッとしますねー」


 マイペースだなぁ。

 佐藤さんはそれからアケル君とご飯が一番進むおかずについて話始めたので、茉里奈が厨房に避難してきた。

 うん、気持ちは分かる。

 丁度魚料理もそろそろ片付きそうだし、肉料理前に口直しを挟むタイミングなので良かったかな。


 ステーキ用に用意しておいた牛肉に、塩コショウを振ってフライパンで焼きながら、赤ワイン用のグラスを準備してもらう。

 肉を裏返して赤ワインを入れ、火力を上げてアルコール分を飛ばして、肉を取り出してから同じフライパンでフォアグラも両面焼いていて取り出して、フライパンに残った肉汁等々に、バルサミコ酢が無いので普通のお酢とバター、赤ワインをちょっと追加で入れて、塩味は、醤油でいいか。峰岸さんもそんなこと言ってたし、丁度誰もこっちを見てないし。

 バットに入れて凍らせていたグレープフルーツ液をスプーンで削り取り、ガラスの器に盛って氷菓(グラニテ)も用意する。

 茉里奈に空いた皿を下げてもらい、グレープフルーツグラニテと赤ワイン用のグラスも出してもらう。


「肉料理前の口直し、グレープフルーツのグラニテです。ワインはここで赤に変えるんだけど、どうする?」


 ステーキをひと口大に切りながら聞けば飲み終わったら自分で入れてくれるというので、赤ワインの瓶ごとだした。

 これでいいのか自宅フレンチ。まぁいいか。気軽に美味しいのが一番だ。

 お皿にまたマッシュポテトを敷き、その上にステーキ、その上にフォアグラを乗せ、ソースをなんかそれっぽくかけて、サラダミックスを散らしてさらにそれっぽくして完成。


「牛ステーキのフォアグラ添え、ロッシーニ風です」


 グラニテはすぐに食べ終わるので、このタイミングが一番難しいと思ってたんだけど、茉里奈が手伝ってくれたので良いタイミングで出せた。


「物凄くフランス料理っぽいです! フォアグラはどんな感じでしょうー?」


 どんな。とな。


「あん肝みたいな感じかなぁ。結構油っぽいんで酸味のあるソースをかけてあるんだけど。アケル君食べた事ある?」

「あるっすよ。ぼんじりと砂肝を足して二で割ったような感じっすよね?」

「ごめん、ちょっと共感出来ないかも。茉里奈は?」

「あるんですけれどパテだったのでこの状態の食感は分かりません。味は普通にレバーだなと思いましたね」

「佐藤さん今の情報で行けそう?」

「普通に脂ののった鶏の肝臓で食べますよー。ロッシーニ風っていうのがフォアグラを使ってるって事なんでしたっけー? 味付けの事でしたっけー?」

「使ってるって方。なんか人名なんだよ。その人がフォアグラとかトリュフとか組み合わせて食べるのを編み出したって話」


 もともと作曲家だったけど最終的にレストランを経営していたという話だし、食べることが好きだったんだろうな。

 職場が一緒だったら仲良くなれそうだ。

 適当に取っておいた自分の分を食べ、赤ワインで流し込む。

 酒が先か、つまみが先か、などと思いながら、美味しいとか、濃厚とか、喋っているのを何となく聞いていたら、なんだかその呑気さに唐突に腹がたってきた。

 一応お酒には酔うんだろうか。


「ところで佐藤さん、私、凄く怒ってるんですよ」


 佐藤さんが笑顔を深めて首を傾げるので、うん、酔ってる事にして言ってしまおう。


「茉里奈に、どっちにしろ自己満足とかいうなら、私も自己満足で動きたいし、佐藤さんの自己満足は全部阻止したい」

「いいんじゃないですかー?」

「出来ないと思ってる?」

「やり方は変えますよ」


 佐藤さんは静かにそう言って、グラスを取って赤ワインを注いだ。

 絵に書いたような手酌である。


「自分ら席外す?」


 アケル君が聞いてくれたけど、それではダメなのだ。


「ダメなら記憶残らないんだしいいよ。消させるつもりもないけど。茉里奈、教育部に履歴残し頼める?」

「……はい」


 どうやらすでに教育部は稼働中の様だ。暇なのかな。暇なんだろうな。


「順を追うの苦手だから結論から先に言うね。

 このまま生まれ変わり条件が達成してもしなくても、佐藤さんが記憶を消して私から逃げるなら、こっちに戻って来る度に友達になるよ。

 何回でも友達になれると思う。

 私の方の記憶を消すって言うなら、記憶がない事に気が付いたらすぐ死ぬから。

 多分すぐ気が付けるし、死に方もわかってる」

「このお二方がー記憶がない事を伝えるとは思えませんけど」

「その場合、茉里奈も一緒に記憶を消されるから内容が分からないまま私に伝える率は高いし、アケル君は言わないだろうけど、流石に気が付くよ。

 佐藤さん、結論なんだってば。

 佐藤さんに私のこれからを任せた、ただの脅迫だよ」


 私が決めた事なんて結局私が決めないという事だけだ。

 不特定多数に委ねていた事を一人に委ねようと言うのだから、成長したと思いたい。

 茉里奈は真剣な顔でこちらを伺い、アケル君は気にしていない風にワインを飲んでいる。あ、食べ終わっちゃってるのか。

 デザートの後で飲むようなら出そうと思っていたフロマージュ、所謂チーズの盛り合わせは、切って盛るだけなので、作業をしながら話を続ける。


「一つ、佐藤さんが知りたいけど調べなかったんじゃないかと思う事があるんだけど」

「なんですか?」


 出したままエプロンのポケットに入れていたSIMカードを握り、佐藤さんに差し出すと、佐藤さんは手のひらを上に差し出してきたので、そっと置いた。

 佐藤さんは驚いた後、SIMカードを持って型番を確認する。

 泣きはしなかったけど、瞬きを拒むように目を開くので、佐藤さんの正解には辿り着いたのだろう。


「高坂さん、これは、危ないから、入れておいてください」

「はいはい」


 差し出されたので適当に受け取って、適当に耳の後ろに押し込んだ。


「それ、無くしても、壊しても、別の人に入れてしまっても、終わる、のでー」

「え? 終わるの?」

「終わりますよー」

「……耳標みたいなものだと思ってた」

「良く分からない物を、雑に、扱わない方が、良いです」


 危うく永久に死ぬところだったらしい。

 動揺と困惑と恐怖となんだか複雑な表情の佐藤さんはちょっと面白い。

 佐藤さんでこの有様かとアケル君を見てみたら両手で顔を覆っていたので結構ヤバかったのかな。茉里奈は分かってなかったっぽいな。


「アケル君」


 声をかけてチーズの盛り合せを渡すと、猛烈に嫌な顔をされた。

 ごめんて。


「意地悪をされているような気持になってきましたー」


 佐藤さんまで眉根を寄せてそんな事を言いだしたので、はいはい、とカウンターを叩いて、空気を切り替える。


「取りあえず聞きたい事も山ほどあったんだけど、あんまり覚えてないんだよね。ねぇ、佐藤さん。嘘はなし、隠し事はしてもいいけど、後で聞くかも、そんな感じで、教えて貰えないかな?」


 そうは言っても、佐藤さんはもともと誤魔化しはするが、嘘は付かないのだ。

 そうですねぇ、と頬に手を当てて、佐藤さんは言う。


「取りあえずお肉食べてしまいましょうかー」

「あ、だね」


 という事でお肉を食べて貰っている間にデザートの準備だ。

 コーヒーも入れようと思ったけれど、茉里奈以外はまだ飲むと言うし、茉里奈はお茶が良いと言うので、自分で入れて貰おう。


 スプーンですくったチーズケーキとチョコレートムースを並べ、ベリーソースでハート模様を描き、デザート(デセール)のチーズケーキとチョコレートムースのベリーソースがけです、と最後の皿を出す。


「どこからお話ししましょうかー。聞きたい事はありますかー?」

「うーん、SIMの番号どうだったの?」

「やっぱり分裂体で間違いなさそうですー。一度人生経験したからですかねー、もう別人ですよねー。見た目も似てないですしー」

「……違うかも、とか、子供かも、とか、思った?」

「そうですねー、基本的に自分の人生ってもう年表的にしか把握していないんですよー。子供の事もあったので、死んでから、そうですねー、十年はおかしかったんだと思いますー」


 本気で幸せならそれでいいと赤ちゃんに思ったらそれが生まれ代わり条件で、赤ちゃんも消えて、それだけの話だと思っていたけれど、佐藤さんには佐藤さんの人間らしい部分があったのだ。


「生きていた頃なら衰弱死でもしたんでしょうけれどー、ここに居る限り元気ですからねー。全然ダメでしたよー。自分が元気な事すら納得が出来なくてー、毎日、展望台から家族を見ても、やっぱりこっちで産んだはずの子供はいないしー、こっちで子供産んで楽しく住んでいる人もいるしでー、あの子の魂はどこに生まれ変わったのかとか、裁判を受けたのかとかー、うん、色々調べたりー、探したりしましたねー」


 妬み、嫉み、忘れて生まれ変わるなんて納得も出来なくて、けれど。


「その十年後っていうのが、多分、私の子供だった魂がまた死んだ時だったんですけれどー、なんでしょうねー。産まれる前に死んで、産まれても十歳で死んでーって事なんですよねー。そういう運命なのかとかー、まぁー、色々ですよー。楽しくもない話です」


 横で茉里奈が泣き出したので、上に行ってていいよと声をかけたが首を振られた。

 茉里奈にとって、どこが泣きポイントだったのかな、と思いながら、佐藤さんの話の続きを聞く。


「調子に乗る、と言うんでしょうかー。所謂感情を伴う記憶をどんどん消して、分裂体もどんどん増やして、箇条書きの行動記憶だけ残して、機械的に仕事をこなしていたら、ある時知らない人から物凄く怒られてー」


 踏み込み過ぎて依存させてしまった死者だったという。


「記憶が無いので、目の前にあると手を出してしまうんですよねー。それが良いか悪いかの区別がつかないので、反省も出来ないし、繰り返してしまうし、少し記憶を残してみたりもしたんですがー、上手く行かなくてー」


 仕事が出来なくなった。分裂体の情報を確認出来なくなった。その内、分裂体が何体あるのかもわからなくなった。けれど、まぁいいか、としか思えなくなった。

 ある日神様に呼ばれて、分裂体が魂化したよ、と聞かされて、なにも分からなくなった。


「分裂体ってー、物凄く子供だと思いませんかー? 人間だった時って相手がいないとダメですけれどー、自分だけで出来たって感じがしてー、憑りつかれたみたいになってー、毎日見てました。

 少し変わってはいるけれど、普通に生きていたので、もう忘れなくちゃ、と思ったんですけれどー、思い出さない事が癖になってただけでー、記憶を消したわけではなかったんですよー」


 だから担当死者資料が届いた時にすべてを思い出して混乱した。

 大先輩に連絡を取って確認したら、大先輩は覚えていたけれど、あまり関わってはいけないよと言う。


「生まれ変わり条件達成が難しい生い立ちですし、私の分裂体放置が原因でー、結果的に高坂さんに辛い思いをさせるかもしれないと思うと申し訳なくてー。せめて裁判が終わるまでは、出来る限り手を尽くしたいと思ったんですよー」

「いや、佐藤さんそこそこ楽しそうにしてたって」


 しんみりしているので突っ込みを入れた。

 それなり楽しんでましたよねぇ。

 佐藤さんは笑った。


「友達なら最高だと思いませんでしたー? 母子は無いでしょうー?」

「無いねー」

「色々人間的に欠けてますからねー。……がっかりしました?」

「がっかりって言うか、裁判終わりで状況どうあれ記憶消すつもりだったでしょ? それも無いわって」

「ふふ」

「あとさー」

「はい?」

「分裂体への指示って、いまだに残ってるって事でいいの?

 言う事を聞いて、言われた事をして、出来るだけ長生き、辛いならサクッと死んでオッケーってやつ。

 脅迫しといてなんだけど、佐藤さんと縁切れたら辛そうだから死のうかなって、全然、全く、抵抗ないし、割と本音でもあるし、基本的に生存に関してはもともと考え方が危うい気がするんだよね」


 どうでも良さに拍車がかかるのだ。

 こちらでの将来を誰からも決め打たれないのは性格のせいかとも思ったけど、じゃあその性格の構築っていつ行われるのだって話で。

 チョコレートムースを口に入れて佐藤さんを見れば、なんだか固まっていた。

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