64 自宅フレンチ その1
「おつかれーっす」
落ち着かないのでコスがおすすめしてくれたアニメを見ていたらひょこっとアケル君がやってきて、後ろに来てますよ、というジェスチャーをするので、覗き込んでみた。
入り口の向こうは人が掘ったようなトンネルで、総合受付からは佐藤さんが先行して扉を出し、私の家の扉はアケル君に開けさせたのだろうか。
佐藤さんはと言えば、アケル君の真後ろ三十センチ以内に張り付いている。
これは一ネタ挟めという事だろうか。
「……アケル君お疲れ様。背後霊が見えるんだけど、大丈夫かしら」
「マジっすか。怖いっすわ。どんなっすか?」
「半裸の鬼ば……」
「違いますー」
最後まで言わせてもらえなかった。
「いや、久しぶりなんだし、もう少し普通に再会したかったんだけど」
「高坂さんはそういうところありますよねー。普通ってなんですかー? 私の普通が高坂さんの普通とは限らないんですよー」
「うっわ、めんどくせぇ」
「アケル君ごめんね。嫌いなタイプの女で困ったでしょう?」
「えー? なんですかー? 山田さん、私嫌いなタイプの女でしたー? お互い様なんですけれどー」
「ああ、佐藤さん、大人しめの男性が好みだったもんね。ごめんね、うるさい男で」
「そうですよー。ここまでまぁまぁ大人しかったですけれどー、友人の恋人を狙ったりもしないのでー、ご安心くださいねー」
「……帰りてぇ……」
玄関先でわちゃわちゃとまともな挨拶もせずに再会してしまったので、仕切り直しが難しい。
佐藤さんも、目が合うと苦笑いらしきものを浮かべて、アケル君の背中を押して家の中に入ってきた。
「今日はとっても素敵な絵があったんでご紹介したいなーと思いましてー。なんとたったの百万円の絵なんですけれどー、お友達価格で五十万でどうでしょうー。三年ローンで月一万五千円、一日五百円、毎日うちにコーヒーを飲みに来てくれたら元なんてすぐに取れちゃいますよー。あ、お好みもあるだろうと絵は何種類かあるので、どれがいいですかー?」
流れるように言いながら、佐藤さんはカウンターに座り、ついでにアケル君にも座るように椅子をぺしぺし叩いて、ボディーバックから小豆の入った保存袋を取り出してとん、とカウンターに置いた。
「これ、お土産です。小豆一キロ」
「そこは! 絵が出てきて欲しかった!」
「えー、冗談ですよー、冗談ー」
「お返しにお菓子詰め合わせセットがあるよ」
「ありがとうございますー」
「同居してる茉里奈がまだなんだけど、もう少しで帰って来ると思う。どうしようかな、取りあえず飲み物出すんで、落ち着いてもらおうかな」
佐藤さんはニコニコ笑って頷いた。
「ではそば茶をー」
「無いと思うじゃん? あるんだなこれが」
峯岸さんのおかげで一通りお茶は揃っているのだ。
お茶を淹れながら、到着してからのことを聞けば、三十分前くらいにようやく身動きが取れる様になったばかりだと言う。
それでアケル君と既にあの感じなんだから凄いことである。
大先輩とは現在分裂体同士で報告会中とのことで、気にしなくても良いと言った。
昨日のうちにまとめておいたので本体が出向く必要は無いんですよー、と楽しそうに笑顔を深めるので、相変わらずの貫禄というか、うん、怖いです。
そうこうしている内に茉里奈も帰ってきて、紹介を済ませ、それじゃあ取りあえず食事をしましょうか、と、私は厨房に立って、一品目の準備をする。
飲み物は茉里奈には炭酸水にレモンを入れた物を、大人組には白ワインの炭酸割、スプリッツァーを用意した。
小前菜は予定通りパイ生地にツナを乗せてミニトマトで飾ってそれっぽくしたツナパイに、グレープフルーツとタコのマリネは皿に盛るだけ。アケル君のお皿だけ少し悩んで二人前乗せた。
「なにに乾杯する?」
聞けば佐藤さんは嬉しそうに笑う。
「平穏の崩壊にー」
笑顔で何言ってんだこの人は。
「崩壊するんですか?」
「世界は破壊と再生を繰り返しますからねー」
「不穏過ぎんだろ……」
「普通に再会と今日に乾杯しようか。お疲さまー」
「「「おつかれさまー」」」
全員グラスを持ち上げただけで、グラスは合わさなかったけど、まぁ、私は厨房だし、茉里奈は手伝うつもりで微妙な位置にいるし、アケル君と佐藤さんがグラスを合わせるのも、なんか、無理だろうな、って感じなので良しとしましょう。
ちなみに私は厨房で飲みながらの参加だ。
前菜の野菜のテリーヌは切って皿に盛り、トマトソースとマヨネーズソースを左右に点々と垂らしてから楊枝でスッと線を書くようにして、ハート模様を作る。
うん、いいんじゃないでしょうか。
茉里奈が出来上がった気配を感じたのか、厨房まで取りに来てくれて、感嘆の声を漏らす。
「うわぁ。綺麗ですね! 萌え断!」
「峰岸さん曰く明け方の虹と星らしいよ」
断面は確かに綺麗に出来ていた。
オクラの星型が可愛らしいがパプリカのグラデーションがちょっと出来すぎな感じがして人工物っぽいけれど、食材でこんな事ができるんだなぁ、と感動できる。
佐藤さんも皿を見て、これですこれです、と興奮してくれた。
自分の分は端を包丁で一口サイズに切っておいたので、そのままサクッと味見感覚で食べる。
うん。美味しい、っていうか、まぁこんなもんでしょって味がする。
パプリカが色によって微妙に味が違うのが面白い。
「そういや味、大丈夫そう? 分かる?」
「知っている好きな味で食べるので大丈夫ですよー。解説があると近づけられると思いますけれどー、隣の人は解説できるんですかー?」
カトラリーは一通り出したけれど、佐藤さんはお箸で食べている。
そんな佐藤さんがちらりとアケル君を伺っているが、アケル君の方は一応マナー通りにナイフとフォークで食していた。意外。
「は? 自分っすか? 解説? 普通に旨いっすよ」
食レポは無理そうだ。
「茉里奈、分かるのだけ解説してあげてくれる?」
茉里奈はメニュー表を見て少しだけ悩んでから、いくつか調理方法を質問してきたので、答えると、ちゃんと説明してくれた。
マヨネーズの味については、たまもとに酢を入れた物、という認識があったようで、味が理解出来ているのかどうかは分からないけれど、すぐに通じた。
問題はコンソメについてである。
アケル君がさらっと言ってのけた。
「塩味の豚汁っすよ」
「ええー。それでこんな綺麗な琥珀色になるんですかー?」
「玉ねぎの皮の色じゃねっすか? なんか色々入れて、猛烈に煮込んで、濾しまくるんすよ。んで猛烈に煮詰めて粉末状になったやつを売ってて、お湯入れると飲めるんす」
「ああー、洋風のお出汁ってことですよねー」
「そそ」
「おでんかなー」
ポトフは洋風のおでんて言うくらいだからまぁいいか、と放置しようと思ったんだけれど、茉里奈がコンソメの作り方とか説明し始めたので、任せて次の次の準備をしようかな。
次のスープは前菜の皿が開いたところで注いで出すだけなので特に準備もない。
パンを切ってからオーブンで温め、準備しておいたカジキマグロに塩コショウ、小麦粉をふりまぶして、フライパンで焼いていく。今日はポワレなので多めに入れた油をすくってかけたりもするので、焼き始めたら目が離せない。
「茉里奈、飲み物、次は白ワインを出してくれる?」
二杯目を茉里奈にお願いすると、空いた皿やグラスも下げて、私の分も白ワインを用意してくれた。
「ありがとう。じゃあ、スープも出してもらっていい? 炊飯器に入ってる」
「はーい。あれ? パセリどこですか?」
「ごめん、冷蔵庫の調味料入れだ。しまっちゃってた」
パンは大きな皿に入れて、お好きにどうぞ、とカウンターにトングと一緒に置いた。もちろんアケル君は秒で確保してそのまま口に放り込んでいたけれど、まぁこの際仕方なし。
マッシュポテトをスプーン一杯分だけ皿の真ん中に置き、焼いた魚をイイ感じに置く。
置くためだけのマッシュポテトと言っても過言ではない。
「お二人は仲が良いんですねー」
「仲がいいっつーか、親子っぽいっすよね」
「ああ! 分かるような気がしますー。友達にはなれない感じしますよねー」
「なれないっつか、想像がつかないっすよね」
佐藤さんとアケル君が私に凄く失礼な事を言っているが、魚を焼いている最中なので突っ込みが入れられない。茉里奈をみればどう反応してよいのか困惑しているようで、佐藤さんが笑顔を深めているので気が付かなかった事にしよう。
私の分のスープはカップに入れてくれたので、気が利くなぁと思いながら一口飲む。
安定感のある味である。胃が温まるような感覚はあるけれど、と、少しだけ虚しさが押し寄せてきそうだったので、茉里奈が運ぶのに合わせてスープの説明を入れる。
「スープはちょい手抜きでごめんなベーコンと玉ねぎのコンソメスープです」
コンソメ味がいかにメジャーかについて話しているのを聞き流し、二ターン目の焼いた魚を盛り付けて、仕上げに昨日作っておいた野菜ソースをかける。
良く写真で見るような、お洒落にちょいがけ。全体的にかけろよと食べる時に思うんだけどね。情緒大事。
とか思いながらも自分の分は全体的にかけちゃうんだけどね。
元々少な目に出したスープの皿と魚料理の皿を交換し、
「魚料理はカジキマグロのポワレです」
と、給仕さんぽいことも言ってみた。
バリバリふつーのエプロンでカッコよさの欠片も、フレンチ感の欠片もないけどね。
「ポワレってどういう意味なんですかー?」
「うーん、諸説あるんだけど、ポワレ自体はフライパンで焼く事みたいなんだよね。私も良く分からないや」
と茉里奈を見れば、すちゃっと携帯端末を取り出したので後は任せよう。
お行儀は悪いけれど、緩めの飲み会みたいな感じでいいんじゃないの。
「小麦粉を塗しちゃったらムニエルだとか、バターを使わないとムニエルにはならないとか、油をかければポワレだとか、調べれば調べる程分からないんだけど」
「本当ですね、言いきれません」
「なのよ」
茉里奈からの同意も得られたので、フォークでカジキマグロを切りながら続ける。
「こう、表面がカリッとなればポワレって言う人もいる」
「あー、確かに、うっすく衣が付いててバター味だとムニエルってイメージあるっすね」
「そうですね、ポワレは揚げ焼、ムニエルは焼き、ソテーは炒める、でしょうか? ああ、でもこちらの記事だとちょっと違うんですよね」
「いいですねー。異文化に触れてる感じがしますー」
佐藤さんはニコニコと笑っている。
笑っていられるのは今の内ですよ佐藤さん。私は後で貴方にデコピンをします。
どうせ痛くないと思うので全力でやろう。びっくりくらいはさせたい。
「あ、バターで思い出した。バターいる? パン用に出すの忘れてた」
「欲しいっす」
「マナー的にはソースを付けるだっけ?」
「旨きゃなんでもいんじゃないっすか? 新作パン旨いっすね。バリっとしてて」
「峰岸さんレシピ」
「料理上手そうっすよね」
「ねぇ、アケル君の旨そうと上手そうと美味そうの区別がさっきから付かないんだけど」
「えー? そんな何種類もうまいっつってました?」
「区別付いてないから分からないんだってば。佐藤さんなに笑ってるの?」
「仲良しだなーと思いましてー」
「「コレと?」」
綺麗にハモったので追加で笑われた。
「話し相手も増えてー、私じゃなくても大丈夫だったでしょうー?」
「佐藤さんは佐藤さん、アケル君はアケル君だよ」
間髪を容れずに言う。
「物理的に長く居られる方に優先順位を割り振ってくださいねー」
間髪を容れずに言い返された上に笑顔である。
どうでもいい話の間に重要な事をさらりと混ぜ込むのは止めて欲しいなぁ。
と思ったら、茉里奈がキレた。




