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今日も何かを食べています  作者: 弓軸月子
第三章

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61 袋麺その3


「そういえば」


 水と砂糖を煮詰め、ミックスベリーと水と砂糖を煮詰め、じゃがいもを茹でている私の横で、チョコレートとお湯を泡立て器で混ぜながら峰岸さんは話し始めた。


「不貞裁判の準備は進んでいるの? 和香ちゃんもそれなりでしょう? なんだかそんな感じがするもの」


 それなりにそんな感じって、どんなイメージを持たれているのか。

 何か話したい事があって、話し始めてくれたのかと安堵もあった。

 私の為か峰岸さんの為かと聞かれれば、回答を持ってはいないけど。


「年齢相応よりはいい加減、かも」

「やっぱり」


 峰岸さんは笑う。


「自分から浮気はしないけど、断らないし、詮索しないでしょう?」


 煮詰めている鍋を交互にかき回しながら、まぁそうなんですけれど、と小さく返事をしながら、鍋から視線は外さずに峰岸さんを伺えば、彼女もまた手元のボウルからは目を離さずに先を続ける。


「心の浮気ならいいかしら? ちょっとだけ休憩させてくれないかしら? お友達としてなら? それから、そうね、一緒に居ても疲れない人と、大好きな人は違うかしらね。結構選んでしまったのよね。傲慢、と言うのかしら」


 穏やかに言う言葉は、懺悔や思い出話と言うよりは、寝物語や読み聞かせのおとぎ話のような、どこか俯瞰した声に感情はのっていなかった。


「相手に向ける気持ちがないことが罪なら、嘘に入るんじゃないかしら?」


 難しい事を考えるんだなぁ、と思いながら、ミックスベリーの入った鍋は火を止める。

 峰岸さんはチョコレートを保存容器に移している。


「不貞の定義ってことですか? 相手を傷付けるとかなんですかねぇ」

「性的な意味で?」

「性的な意味で」

「詐欺も結婚詐欺も、詐欺なんだから嘘じゃないのかしら」

「嘘は嘘として、不貞は不貞として、って分けると分けられませんかね?」


 水と砂糖を煮詰めて作るガムシロップは加減が難しい。

 やりすぎると水あめになってしまうので、そろそろかと、木べらですくって落としてみる。


「アラビアガムはないんでしょう? 香り付けはいいの?」

「アラビアガムって一般人が買えるんですか? というか入れるんですか?」

「結晶化を防ぐのに入れるでしょう? 買えるけれど、面倒でねぇ。香りはいつもラム酒をひと垂らし」

「入れた事ないですよ。片手で足りる程度しか作った事ないってのもありますけど」

「食品添加物って買ってもあまるのよね。ペクチンとか」

「……ジャムに入れるやつですっけ?」

「そうそう。アラビアガムもペクチンも粘着と言えば粘着なのよね。乳化剤とゲル化剤は……やっぱり違うものかしら」


 峰岸さんはそう言いながらミックスベリーソースを瓶に移して鍋を洗う。

 ああ、話が続いてたんだな、と思いながら、私はガムシロップ鍋の火を止めて、じゃがいもに爪楊枝を刺す。


「違うとは思うけれど、考えると一緒なのよね。一度に済ませて欲しいものだわ。それ中まで火が通ってなくても皮が剥けそうなら一度あげましょうか」


 裁判まとめてくれって発想もなかなか斬新ではあるけれど、これは、円周率再びだったのかな。

 不貞裁判のあと嘘の裁判でもう一度同じ物事に向き合わなければならないのは確かに辟易するかもしれない。

 峰岸さんが用意してくれたザルにじゃがいもを取り出しながら、峰岸さんって誤魔化したり煙にまいたりはするけれど、そんなに嘘は言っていないんじゃないかとふと思う。


「そんなに嘘ついてましたっけ?」

「心にもない事を言うのって嘘かしら?」

「ああ」


 そういう嘘もある。

 ダメだろうな、と分かりながらも、頑張って、と人は正義の元に嘘をつく。


「嘘についてはもう今から諦めてるわよ。多分大多数の人間は数えきれない嘘をついて生きているでしょう? それも罪になるというならそういうものなのよ。ついた嘘は突き通しなさいって言われて育ったし、育てたの。神様の前でも曲げないわよ」


 うふふ、と峰岸さんはぞっとするほど綺麗に笑ったので、全力で引いた。


 ガムシロップを瓶に移して、グレープフルーツジュースに丁度いい甘さになるまで加え、牛乳にゼラチンを入れ水切りヨーグルトと混ぜ、攪拌したチョコレートを冷蔵庫に入れ、じゃがいもの皮を剥き、細かく刻んで少量の水でぐずぐずになるまで煮て、その間もう裁判の話はしなかった。


 やっぱり峰岸さんが何を言いたかったのかは分からなかったけれど、別にそれでも良さそうだった。

 映画館で兄に言われた『和香にはちょっと難しくて分からなかったんじゃない?』という言葉を何となく思い出しながら、峰岸さんなら『そうかしら?』などと言わずに、その内分かるから大丈夫よ、と言うんだろうな、と思う。というか、そういう事だと良いんだけれど。


 じゃがいもにバターと塩を加え、マッシュポテトを完成させた後、残りの手順を教えてくれながら、


「やっぱりこのレシピだと食感が変わるだけでただのチョコレートよね。チョコレートムースのレシピは違うものを探してね」


と、自身が作ったチョコレートムースにダメ出しをして、


「明日は来れないけど頑張ってね」


そう言ってまた綺麗に笑って帰って行った。

 あ、心にもない事って事?

 流石にひねくれすぎかな、と一人で苦笑した。




***




 結局チョコレートムースに関しては豆腐とチョコレートを猛烈に攪拌したものでお茶を濁す事にした。諦めたとも言う。

 気が付いたら結構な時間だったのだ。夕飯を作らないと、と慌てたこともあるけれど、言わなければ分からないなら味など想像してもらえばいいだけの事である。

 なんとなく疲れたような気がして、カウンターに突っ伏していたら、やっぱりこういう時のアケル君である。


「っつかれーっす」


 普通に入ってきて、隣の席に座り、携帯端末を眺めている。

 わざわざ首を向けている方に座るのだからわざとだろう。


「つか、疲れないっしょ?」


 目を細めて携帯端末をポチポチする姿はなんだか大学生の様だ。


「疲れるって気分なんだなと、認識しているところ。もうそんな時間?」

「やー、ちょい早めっすよ。時間中途半端だったんで来ちゃっただけで意味ないし。自分の事は気にしねーでダイジョブっす」

「んー」


 無性に触ってみたくなって、携帯端末を持っていた手を掴んでみる。

 筋肉が浮きっぱなしの腕は、掴んでみると思ったよりも細い。もっと太そうなのになぁ、と、押し潰れないだろうかと、潰しにかかったら振り払われた。


「うっざ」

「酷くない?」

「なに?」

「触ってみたくなったんだけど、見るより細いから潰してみた」

「そっちのがひでぇし。腕が短いからじゃね?」

「短いの?」

「や、比率の話」

「ああ、じゃあやっぱり太いのか」

「しらんけど」

「食べたいものある? 考えるの面倒なんだけど」

「……義務ってるなら帰るけど」

「義務ってる」


 おかしくて笑った。


「義務ってたら無言でご飯と味噌汁とおしんこ出してるから平気。はは、なんだ、義務ってるって」


 なんだか変なツボに入ったようで、暫く笑ってたら、アケル君もつられて笑っている。珍しい。


「つかそれでいいっすよ。ご飯と味噌汁とおしんこ」

「義務りそうで嫌なんだけど」

「義務理想って聞こえんすけど」

「義務を理想に掲げちゃダメでしょ」


 もうしばらく笑ったのち、帰ってきた茉里奈に冷たい目で見られたのはいうまでもない。


「で、夕飯どうする?」

「こういう時って外食か出前? 適当にコンビニで買ってとか? なに食うんだっけ?」

「うちは備蓄食を食べてました。カップラーメンとか、レトルトカレーなんかを」

「あ、袋麺ならあるよ!」

「味噌バターラーメン食いてぇかも」

「普通に醤油味が一番好きです」

「もやしがないのが残念だけど、これでいい?」


 ガサゴソと袋麺を取り出して私は塩ラーメンを取って、振ってみたら同意が得られたので、夕飯はラーメンに決まった。楽だけど。いいのかな。

 昼間に散々料理をしていたのでなんだか変な感じだな。


 大鍋と小鍋二つにたっぷり水を入れて、ポットでもお湯を沸かして、豚肉は薄めに切って、ニンニクパウダーと醤油をかけて揉んでおいて、ざく切りキャベツに、コーンはレンジで解凍して、長ネギは小口切り、小鍋が沸いてきたら卵を入れて、と。


「卵の硬さはー?」

「硬さ? 黄身がデロるくらい?」

「私は丁度垂れないくらいが好きです。先にアケルさんの分、六分くらいですかね? 携帯端末、六分タイマー」

『タイマーをセットしました』


 そんな便利機能が?


「携帯端末、九分タイマー」

『タイマーをセットしました』


 真似して私もやってみたら出来た。

 ええ。便利。人生損してたかも。


 茉里奈が横で丼を温めてカトラリーも準備してくれたので、ついでに昼の残りの大根飯を温めて貰う。


 先に豚肉を炒め、皿に避けてフライパンは洗って、と。

 もう一つの小鍋に塩を入れてキャベツはさっと茹でて。

 タイマーが鳴ったので、茉里奈が卵を一つ取り出して水で冷ましてくれた。


「あ、和香さんは? 卵の硬さ」

「茉里奈と同じでいいよ」


 丼のお湯を捨てて、スープの素を入れて、と。


「茉里奈、麺入れるねー」

「はーい。 携帯端末、三分タイマー」

『タイマーをセットしました』


 丼に先に少しお湯を入れて、スープの素を溶かしておく。

 卵の次のタイマーが鳴ったので、引き揚げて水で冷ましてっと。

 先に冷ましていた卵の殻を剥いている間に麺のタイマーも鳴る。

 大忙しだ。


「やりますよ」


 茉里奈がザルを持って、麺をどんどん引き上げて、丼に入れてくれているので、引き続き卵の殻を剥く。

 茉里奈は丁度良さそうなところまでお湯を足して、麺線を整えてから、キャベツを盛り、ネギを散らし、コーンを添えて、味噌にだけバターを入れるところまでやってくれた。

 つくづく出来た娘。

 ポンポン、と卵を入れればラーメンの完成だ。

 片づけはもちろん後回し。

 そそくさとカウンターに回って皆で手を合わせる。


「「「いただきます」」」


 無言で勢いよく食べた。


 そういえばナルト替わりにかまぼこでもって前回反省したはずなのに、また忘れてたな。

 美味しい、という二人に挟まれつつこっそり反省する。

 残りものの大根飯も二人とも美味しいですと、綺麗に食べきり、作る前はなんだか疲れた気がしていたのに、気分はすっかり元に戻っていた。


 三人で片付けをして、食後のお茶を準備して、落ち着いた時、茉里奈は言った。


「せっかくアケルさんも居ますし、今日の内に終わらせておきたいので、始めましょうか」


 家族会議というにはいささか緊張感のある、家庭内裁判の幕が切って下ろされる。

 なんてね。

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