60 大根飯
「魚料理はカジキマグロのポワレ、肉料理はフォアグラがあるしロッシーニ風の牛ステーキ、この二品は確定よね。前菜は野菜のテリーヌにするんでしょう? 小前菜は……後で考えましょうか。パンプルジェットもあるし、つまんでてもらうのも良いと思うの。あまり手をかけすぎても大変だから、スープはちょっと手を抜いてコンソメスープでいいんじゃないかしら。口直し用氷菓はグレープフルーツ、とデザートは、水切りヨーグルトがあるのね。チーズケーキ風にスプーンで形を作って、ドライベリーでソースを作ればらしくなりそう。チョコレートムースも作ってみましょうか。試してみたいレシピがあるのよね。お酒を楽しみそうならチーズを出せばいいわ」
明日の佐藤さん対策に峰岸さんを召喚して厨房にたっている。
ピンク色の謎料理を知っている人だ。メジャーなフランス料理なら詳しいに違いない、と思ったのは正しかったようで、在庫品を確認しながらメニューのアドバイスもしてくれた。というかメニューを決められた。
残念ながらほとんど何を言っているか分からないので、後でメニュー表を作らないとな。
もう一つ。
大丈夫かな、という心配もあったのだけれど、特にこちらからは言うべきではないような気がして、今のところ裁判については話していない。
話をしたければ話してくるだろうというのが、私が峰岸さんに抱いているイメージだ。
「初めて食べるかもしれないの?」
「そうですね。食べた事があってもこちらに来てからだと思うので、何味で食べているのかも分からないんですけど」
「それなら見た目フレンチで、味付けは和香ちゃんの好きな風に調整したらいいわ。言わなきゃわからないんだし」
おっとりと笑っているが、そう言うところだぞ、と心の中で突っ込みをいれる。
峰岸さんに悪気はないが、正しい訳でもないのだ。
状況は割と流れるままに受け入れて、その中で強引とも言える自分がある。
私との違いはそこなのか、あるいは、同じ年の頃は似ていた可能性もある、かもしれない。
最後が幸せそうだったから、その期間に培った余裕という線も捨てきれないし、だとすれば少し羨ましいような気もする。
「前菜を野菜のテリーヌにするなら、形を揃えるのに端野菜が出るから、進めてしまった方が良いと思うわ。先にデザインを決めましょうか」
料理の話なのにデザインとな?
「型から取り出しやすいし、カットする時に端の野菜が崩れやすいから、ぐるっとキャベツでくるむといいかしら。緑の額縁ね」
額縁。
「メインはやっぱりこのパプリカでしょう? 縦か横に虹を作るか、ランダムにモザイクにしても可愛らしいと思うけれど、断面を考えるとオクラも入れたいじゃない? 虹と星なんてロマンチックねぇ」
虹と星。ロマン。
「右下にアスパラとコーン、オクラを配置してこう斜めにパプリカを並べていって、左上にオクラとアスパラと人参、でどうかしら。白と黒のパプリカが扱いに困るところだけどね。下茹では二回に分けてコンソメで仕上げれば、コンソメの色も濃くできると思うのよ、琥珀の空。夕暮れより明け方かしら」
琥珀の空。夕暮れより明け方。料理の話ですよね?
「全体的に甘みがありそうね。もう少し華やかな色味も欲しいし、ソースはトマトと卵で二種類、こう、左右に飾りましょうか。サッパリとこってりで」
ようやく料理っぽい話になったので、ほっとしつつも、良く分からなかったので曖昧に頷いた。
「パプリカの上下の丸いところと、アスパラガスの穂先は落として、魚料理のソースに使って、後は飾り関係と、パンかライスは必要そうかしら?」
うーん、と考えてみるが、日本人的な感覚で、何となく必要と思うが、出すタイミングが分からない。
「そうなのよねぇ。おかずの味が濃いとご飯が欲しくなるじゃなあい? 大体マッシュポテトとか、茹でたじゃがいもが添えられているし、途中でお腹がいっぱいになっちゃうから、いらないと言えばいらないのよねぇ。ポテトは少なめに添えて、パンを焼いて籠に入れておく方が気が楽でいいかもしれないわね」
「パン、食パンとクロワッサンしかないですよ」
「オーバーナイト法で仕込んでおいて明日焼いたらいいじゃない。今仕込んで明日のお昼に出して、夕方焼いたらいいわよ」
なんか作業が増えた。
小麦粉に水、塩少々にドライイーストも少な目な上に目分量で、ボウルに全部いきなり入れた峰岸さんに驚いたけれど、これで大丈夫だという。
しかも水分量も多めで、手で捏ねたら大変な事になりそうだ。
割と雑にしゃもじで混ぜ捏ねて、疲れたからと普通に休憩して、またしゃもじで混ぜ捏ねて、表面に小麦粉をまぶしてから生地をすべてボウルから取り出して、台に置くこともなくささっと丸めて再びボウルに収めると、ボウルにラップで蓋をして、
「はい、おしまい」
と笑って手を洗っている。
そういうものらしい。
「このまま冷蔵庫の出来るだけ温度の高そうなところに入れておけばいいわ。明日出したら室温に戻るまで置いておいてね。ガス抜きの時は小麦粉をまぶして、今みたいに丸めてそのまま焼いて、切って食べれば成型も必要ないから楽でいいでしょう?」
クランペットの濃度違い生地という感じだろうか。
私も適当だが、峰岸さんも適当である。
「娘と料理しているみたいで懐かしいわ」
そう言いながら、半分に切ったパプリカを次々とオーブンに放り込んで、使わない方はそのまま袋に入れて、野菜入れに入れてくれる。
「劣化しない野菜って天国ですよね」
「本当よー。気が付くと芽が伸びてたりね。ああ、でも、ピーマンやパプリカの中に小さな実が出来てるのは少し嬉しかったわねぇ」
キャベツは剥いて芯を取り、オクラのガクをとり、アスパラの穂先と袴を取って、塩で軽く茹で、焼いたパプリカの皮を剥き、上下を落としてスティック状に切りそろえる。
「食感を残したい人もいれば、全体的に一体感を出したいからって、一番柔らかいものに食感を合わせる人もいるそうよ」
オクラは溶けてしまったり、色が悪くなるので、味を絡める程度でいいかしらと、本当にくぐらせるだけですぐに引き上げた。
そんな風に教えてくれながら、スープ位の濃さにしたコンソメに次々野菜を入れていく。
キャベツはしんなりと取り扱いが楽な状態まで茹でて取り出したけれど、パプリカはしんなりしてから、人参とコーンはミックスベジタブルの物なので、さっと湯に潜らせてから、十分に火を通していた。
スープを別の鍋に濾しててくれている間に、テリーヌ型に野菜を詰め込んでいく。言われたとおりに詰め込んではいるけれど、なるほど、デザインを先にしておくと迷いもなく、触れる回数も減るので衛生面でも良さそうだ。
ゼラチンを溶かしたスープを流し込んでから、型の外側に逃がしておいたキャベツで蓋をするように包み込み、ダメ押しでぎゅぎゅっと軽く押さえたら作業は終了だ。
「粗熱が取れたら冷蔵庫に入れましょうか。あとは食べる前に切るだけよ」
そう言いながらも、片付けと次の準備が同時進行で進んでいる。
歳のせいか速度はゆったりしているが、迷いがないので、どんどん進んだ。
峰岸さんが卵黄に塩コショウを用意してくれている間に、ブレンダーでトマトを潰して峰岸さんに渡し、アタッチメントを泡立て器に変えて、卵黄を混ぜていると、峰岸さんは潰したトマトを煮詰め、その間に、私が作業する卵黄に少しずつオリーブオイルを入れてくれる。最後にお酢を入れて混ぜている間に、お酢と塩で味付けされたトマトソースは出来上がって瓶に移され、片付けが済んだら、濃厚なマヨネーズソースも出来上がる、といった具合。
「ポワレは小麦粉をまぶして焼くだけだから明日でいいけれど、端野菜は先に処理しちゃいましょうか」
そのまま次に進みそうだったので、ちょっと休憩がてら作業の相談しましょうよ、と、お茶を入れた。
私が休憩したいっての。
カウンター席について、さっき峰岸さんが決めたメニューを紙に書きだし、やった事、作った事のないもの、今日処理しておいた方が良さそうなものを確認する。
「そういえばフォアグラの調理って初めてです」
「普通のスーパーでは売っていないものね。切って焼くだけだから手間ではないのだけれど、製造工程がねぇ」
と、峰岸さんはおっとりと首を傾げた。
「製造工程……」
確かに今回のフォアグラは下処理を終え切って焼くだけの真空パックに入ったものだ。
製造工程というと、単純に鶏肉と考えれば、処理は他の肉とたいして変わらないように思う。
首を落として血抜きをし、羽根をむしって部位ごとに切断、血管や骨などの処理をして、腸などの内臓は確かに手間はかかるけれど、料理、という段階になってしまえば臭み抜きに、牛乳や酒、ハーブなどに漬け込む程度のはずだ。
「なにか特別な処理工程があるんですか?」
「食道にパイプを入れて高カロリーの食材を直接胃に流し込むじゃない?」
はい?
峰岸さんの簡素すぎる説明はただただ気持ち悪くて良く分からなかったので、詳しく話を聞いてみれば、そのただただ気持ち悪くて良く分からない事をしているだけだった。いや、意味は分かったけれども。要するに人工的に成人病にするという話だ。
「仲間の餌を奪い取っちゃうような食いしん坊さんの肝臓だけって事なら問題なかったのよねぇ。美味しい、もっと食べたい、って人間の食いしん坊さんがたくさんいたから、飼育方法が確立されたし、世界三大珍味なんて言われると、一度は食べてみたいと思うじゃない?」
そっと、飲み終えたカップを置いて、峰岸さんは続ける。
「大好物になるほど好きな味だったら、やっぱり買える限りは食べちゃうわよね」
「そうですね。食べないとゴミになっちゃうし、それはそれでどうかと思いますし」
難しい問題すぎて、なんとなく口が重たくなった私をみて、峰岸さんはごめんなさいねー、と笑って立ち上がった。
「お昼は真逆のものにしましょうか」
「真逆?」
「そう。無くて足りないから出来たお料理」
峰岸さんはお米を研いで、とぎ汁で角切りにした大根を下茹でして、ご飯と一緒に鍋で炊いてくれた。
私はその間に端野菜にトマトと玉ねぎも追加して細かく切り、オリーブオイルとレモン汁、塩コショウで和えたものを瓶に詰めて、魚料理用のソースを完成させる。
出来立てはサラダみたいだけれど、一日置くとしんなりしてソースっぽさが増すだろうと言うので信じよう。
カジキマグロには確かに合いそうだ。
グラニテ用にグレープフルーツはブレンダーでジュースにして濾しておく。
口直し用の氷菓なのでそれ程甘くする必要もないけれど、少し甘みを足してもいいかもしれない。
後でシロップを作ろうかな、と考えていたら、できたわ、と峰岸さんが鍋の蓋を開けて炊き立てのご飯の匂いを嗅いでいる。
「大根飯、食べた事ある?」
知識として知っていたが食べたことはなかったので首を振ると、お茶碗によそいながら言った。
「お米の嵩を増すための知恵よね。ないから作って文明が発達するとして、やっぱりそこに知恵は必要だから、どちらもないと駄目ね」
よく分からないな、と思いながら、梅干しを小皿に取り出しておく。
「いただきます」
「はい、いただきましょうか」
味はほんの少し塩を入れただけでつけていないという大根飯は、普通に美味しかった。
ご飯の甘さもよく分かるし、大根の大きさにもよるのだろうけれど、炊き込みご飯ぽさもあるし、水分量が多いので、するすると飲み込める。
質素ではあるけれど、なんら問題はない昼食だ。
梅干しを箸で割り、ご飯に乗せれば至福と言っても過言ではない。
「自分の稼ぎの悪さを棚に上げて、こんなもん食わせやがってと自分だけ肉や魚を要求するおバカさんもいたものよ」
うふふ、と笑う峰岸さんに珍しく黒い物を感じつつ、美味しいです、と言えば、時々ならね、と返ってきた。
「おろしてお醤油をかける、短冊に切って塩もみでおしんこ風、お味噌汁に入れて、炒めて、毎日少しのお米と大根だけだったら他の物も食べたくなるわよ」
言いたいことが分からなくて、落ち着かない気持ちになってきた。
そうですね、と返事をしたきり黙る私に、しかし峰岸さんはにっこりと笑うだけで、特になにも言わなかった。




